9話
俺達は街の見回りに出て、すれ違う皆と挨拶を交わしながら歩いていた。元々は、俺達がモンスターと戦う事に街の皆は口を揃えて反対していたが………Dランク程度のモンスターなら、一撃で掃討出来る程の魔法の威力を見れば、納得せざるを得なかったんだろう。
勿論、心配になるのは分かっているけどな。特に俺達はあの日盗賊に捕まって命の危機が迫ったわけだし。けれど、あの日の事があって俺達はより強くなったと思う。驕るつもりは無いし、油断もしない。ただ、もうあの時とは違う。今はこの街の戦力として頼られる程度には。
「そういえば、セリアが君の付き添いに来なくなって久しいね。彼女は元気かい?」
「あぁ。最近は鈍るといけないからと言って仕事の合間に体を動かしているみたいだ。たまに武器の扱いを教えて貰ったりしてる」
「なるほど。君は将来、家を継ぐのかい?」
「どうだろうな。この領地は手放すことになるし………爵位が無くなったら、俺は冒険者か騎士にでもなるかもな」
「そうか………確かに、君はそっちの方が向いてそうだ」
「俺もそう思う」
転生する前は、どちらかと言えばインドアだった気がするんだけどなぁ。今は体を動かす事が何よりも楽しい。勿論、本を読むのもまだ好きだし、時間さえあれば妹と勉強会をしたりしてるけど。
あの子も背丈が伸びて、綺麗になったからなぁ………お兄ちゃん嬉しい。病弱なのも、ほんの少しだけ良くなっているらしい。最近は少しなら外に出ているし。
「そういうエリーは?」
「僕は………」
エリーが何かを言おうとした時、先ほど話に出ていたセリアが俺達の名を呼びながら走っているのが見えた。それに気が付いた俺達はすぐに大きな声で彼女の名を呼んで、そっちに走る。
「セリア。何かあったのか?」
「ノイン様。エリー様。実は、今日この街で休息をとるはずだった魔術会の旅団なのですが………」
「………何かあったのか?」
関わりが無いと思っていたが、まさかトラブルか?とは言え、魔術会と言えば名だたる優秀な魔法使いのみが加入できる、魔法分野でその名を知らない者はいないと言う程大規模な団体だ。一つの領土を持ち、それこそ国家と大して変わりない程の影響力を持つ彼らの旅団が、早々何かあるとは思えないが………
「はい。道中でモンスターの急襲を受け、立ち往生しているらしいです。怪我人も出ていて、今は森の中で身を潜めているらしいですが………」
「………救援依頼が届いたと」
「はい。こちらの手紙を、使い魔のフクロウが」
俺はセリアから手紙を受け取り、内容をエリーと共に読む。書いてたことは、大体セリアから伝えられたことと同じことと、大体の位置。襲ってきたモンスターは恐らくCからBランクのモンスターらしい。この辺にそんな奴いたか?
と気になったが、魔術会の奴らがうちの領地で壊滅したとあってはかなり体裁が悪い。勿論、直接責任を問われるようなことはないだろうが………面倒な事にはなるだろう。
「………行くか」
「そうだね。折角だし、借しを作ってやろう」
「私もお供致します」
「あぁ、頼む。他の兵士は?」
「既に街を出ていますが………」
「OK。行こう」
手紙を懐にしまい、俺達は街の外に向かう。今までで一番の大物だ。気を引き締めなきゃいけない。だが………俺とエリーは顔を見合わせて、笑みを浮かべて頷く。負ける気はしなかった。
手紙に記された街から1時間程の場所にある森に入り、優先したのは当然ながら旅団の保護だ。慎重に森を進みながら、エリーが魔力の痕跡を見つけてそれを辿ると十分もしない間に彼らを見つけた。先に出ていた兵士達と合流し、彼らから応急手当を受けているらしい。
「悪い、遅れた」
「ノイン様。エリシア様。お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ様。状況は?」
「見ての通りです。エリシア様には、数名の重傷者の手当てをお願いしてもよろしいでしょうか」
「うん。任せて」
エリーは頷き、比較的大怪我を負っている人の治療に当たる。毎日のように俺の怪我を手当てしていたせいで、治癒魔法の練度はそれこそ専門家にすら届くほどになっているらしい。俺が良い練習台になって良かったな、とか言ったらこれでもかという程大きなため息をつかれた事がある。
そんな事を思い出しながら、怪我人たちの様子を見る。少なくとも、身体に刻まれた大きな裂傷はただの狼やゴブリンといった小型の生物ではない事は確かだ。かなり巨大な獲物かもな。
と思っていた時だ。比較的傷が無く、今も周囲の様子を警戒していた一人の男性と女性が俺の下に近付いてきた。ローブを着ているし、旅団の一員なのは間違いない。どっちも知らない人だし。
「お初にお目にかかります。お噂はかねがね。お会いできて光栄です。ノイン様」
「そんな。私はまだ子供ですので、そのようにかしこまらなくても結構です」
「そういう訳には。この度はお手数をおかけしてしまい申し訳ありません」
「お気になさらないでください。魔術会が壊滅したとあっては、こっちとしても困りますし………」
俺はそう言って振り返る。その様子に一瞬だけ疑問を抱いたようだったが………直後に感じた地響きと大きな音に、顔が強張る。
「折角の大物です。ここは………任せて頂きます」
その瞬間、森の木々を突き破って巨大な影が姿を現す。白い皮膚と、巨大なツノ。鋭い眼光を纏いながら俺達を睨みつけて天を貫く咆哮を上げたのは………
「ベヒーモス………?とは少し違うな。なるほど、こういうところで影響が出てたのか」
どちらにせよ、今まで相手にした奴らとはわけが違う。いつの間にか、エリーも俺の隣に立ち、セリアも兵士が持っていたのを借りたのか槍を構えていた。
「そっちは旅団の護衛を頼む」
「かしこまりました!」
兵士達にそう伝え、俺とエリーは顔を見合わせて頷く。
「さぁ、いくか」
「うん。いこう」
先手を渡す理由はない。俺は両手に炎を纏い、迷いなく駆けだした。それを見たベヒーモスが咆哮を上げ、右腕を振り上げる。が、それが俺目がけて振り下ろされた瞬間、脚から放たれた炎で俺は空に飛びあがってそれを躱す。そして、両手に纏わせていた炎を収束させ、両手を付き出して業火を放つ。
炎に飲まれ、苦しそうな唸り声を上げるベヒーモス。しかし、怯んだのは一瞬で、俺に氷のブレスを吐き出した。
「ちっ」
左手を振り払って炎を放つ。ベヒーモスはブレス攻撃はしないはずだが………やはり変異種か。氷のブレスを掻き消すと、次の瞬間にはベヒーモスは大地を踏みしめて飛び出そうとしていた。だが………
「僕がいることを忘れて貰ったら困るね」
大地を踏みしめた右足に、光の剣が突き刺さる。力んでいたこともあって、激しい出血にベヒーモスは思わず体勢を崩す。それを見て駆け出すセリア。そんな二人を纏めて薙ぎ払おうとブレスを放つと、エリーは左手を振るう。
二人の前に光の結界が作り出され、ブレスから身を守る。そしてセリアが懐に潜り込んで手に持っている槍で右腕を払うと、完全に支えを失った身体が地面に倒れる。
「下がれセリア!」
「はっ………」
セリアが俺の声に従って離脱する。それを合図に、俺は空から降下しながら右手を引いて炎を纏わせる。エリーも同じタイミングで右腕を天に掲げた。
「光よ、飲め!」
掲げた右手を振り下ろすと、ベヒーモスの周囲に無数の光の輝きが現れ………それらが輝き、無数の光線が放たれて爆発を起こす。
そして、俺が右腕に纏った炎は地上に近づくにつれて巨大になっていく。周囲の景色が揺らぐほどにまで熱されたその炎を………右腕を振り下ろしてベヒーモスに叩きつけ、蓄積していた魔力を全て開放する。
直後、周囲の木々を吹き飛ばす程の暴風と、積もっていた雪を一瞬で融解させるほどの熱波。爆発音とともに巻き起こった巨大な火柱が、ベヒーモスの巨体を完全に包み込んだ。
俺は爆発の反動で吹き飛んだ体を空中で立て直し、エリーの隣に着地する。
「ふぅ………」
「まだ気を抜いてはいけないよ」
「分かってる。まぁ………」
火柱が消え、ベヒーモスの姿が確認できた。真っ白だった体は黒く焼き焦げ、一部は完全に炭化して無残な姿になっていた。
「これで生きてるんなら、驚きだけどな」
「………魔力の循環が止まった。終わりみたいだ」
「なんだ。ベヒーモスの変異種っぽいが………大して強くなかったな」
「肉体的には寧ろ虚弱なのかもしれないね。寒冷地に対応した代償………かな」
「良くてCランクか………」
魔術会のやつらが、こんなのに苦戦してたとも思えないが………まぁいいや。取り敢えず、仕事は終わったし彼らの状態を確認するために振り返る。その瞬間だった。背後にいたベヒーモスが、突如として起き上がって右腕を振りかざす。
「ノイン様!エリシア様!」
兵士達が叫ぶ。しかし、俺は振り向きながら冷ややかにそれを見た。
「遅い」
俺が指を鳴らす。その瞬間、巨大な爆発がベヒーモスを包み込んだ。先ほどよりは小規模ながら、元々ボロボロだった肉体はその爆発で角が完全に折れて吹き飛び、炭化した部位ははじけ飛ぶ。まさかまだ立てるとは思わなかったが、次こそは終わったはずだ。
「タフだったな」
「まぁね………少し驚いてしまったよ」
「………お二人共、怪我はありませんか?」
「僕はないよ」
「俺は………まぁ」
「また火傷したのかい?全く君は………君程火傷を負う人は、他にいないよ」
また小言を言いつつ、軽く治療をしてくれるエリー。もうこの程度の傷なら数秒もかからず完治するようになっていた。俺自身、もう火傷を痛いと思わなくなってきたんだよな。感覚が麻痺しているのかもしれない。
「僕は彼らの治療に戻るから、周囲の安全は頼んだよ、ノイン」
「任せろ」
とは言っても、今の爆発で大半のモンスターは寄ってくるどころか逃げ出してそうだが。さっきの爆発でこの辺は少し温かくなったし、一応警戒だけはしておくか。ま、俺は寒さを感じない体質なのか、寒いと思った事が無いんだけど。
多分魔力が関係してるんだろうなぁ………
「………これは驚きました。まさかこれほどの魔法を………」
「魔法というには、少し雑かもしれませんけどね」
蓄積した魔力を解放し、点火する。魔力を単なる爆弾として使った強引な攻撃手段だった。一応、こんな雑な攻撃でも魔法というカテゴリには入っているらしいが………長い年月を掛けて魔法を熟練した魔法使いが見れば泡を吹いて倒れるだろうと、エリーは言っていた。
俺の底なしの魔力があるからこそできる芸当だった。底が無いと言うか、燃え広がる大火のように湧き上がり続けているという表現の方が正しいらしい。
まぁ、今の俺にはその魔力を全て使える程の能力はないんだが。
「ははは………確かに我々が真似しようとすれば、間違いなく魔力が枯れ果てる荒業でしたが………これが、生まれ持った才能という物ですか」
「素質に私自身が付いていけてないところはありますが。最近ようやく、思い通りになってきたところです」
一応、貴族としての礼節は身に着けている。今後必要になるかもしれないし。まぁ、エリーのように身に着けた上で敢えて使わない剛の者もいるが。
俺は少し魔術会の男性と言葉を交わした後、周囲の警戒に移る。とは言え、やはり思った通りモンスターの襲撃などはなく、退屈な時間が過ぎて………治療が終わり次第、すぐに引き上げることになった。俺達は念のため旅団に同行し、街に戻る。
とはいえ………やっぱり、何故あんな雑魚に魔術会の旅団が追い詰められていたのか気になるな。確かに今まで戦ったモンスターよりは強力だったが、そこまで特別強いという感じもしなかった。
まぁ、何故負けたんだ?みたいなことをわざわざ聞くのは失礼になるから、口には出さないが。俺は口は災いの元だと知ってるからな。エリーも同じことが気になったようだが………互いに黙って目線を交わし、何も言わずに旅団の護衛を務めることにした。




