8話
それから数日。念のためと設けられた療養期間もようやく終わり、俺はエリーの屋敷に向かっていた。家にいた間に会いに来てくれたソフィアにも礼を言い、道中であの日俺達を助けてくれた人たちにもお礼を伝えて回りながらエリーの家に向かう。
そういえば、なんで街の人たちは俺達が山賊と戦っていると分かったんだろうか。
「なぁセリア。なんで、あの日俺達が山賊と戦ってることが分かったんだ?」
「エリシア様を連れ去った山賊がいたと、山に入っていた猟師が皆に話したんです。ノイン様にそれを伝えようとした時には、既に姿が見えなかったので………」
「あー………何も話さなくて悪い」
伝えるかは悩んだけど、変に伝えて不安にさせるのは良くないなぁって思っちゃったんだよな。
「そうですね。私もそういった荒事から貴方様を守るためにお供しておりますので。何かあれば、以後は必ずお伝えください」
「………セリアって戦えるのか」
「これでも、元Bランクの冒険者ですので」
「………なんでメイドやってんの?」
「色々あったのですよ」
何があったのか気になるが、話さないと言うことは聞いても答えてくれないだろう。そういえば、父さんの過去も知らないし………聞いてみたら意外な過去が出てきたりしそうだよな。
そんな風に普段より時間をかけてエリーの家に着いた。家のドアをノックして、エリーを待つ。そして、いつも通り彼女がドアを開いて顔を見せた。
「やぁ、おはよう。それじゃあ、今日も始めようか」
「あぁ。よろしく頼むよ」
セリアがいつも通り屋敷の中に通されて、俺達は庭の方に向かう。あの日以来初めての稽古だ。まずは、いつも通りエリーがお手本を見せるために、手を合わせて魔力を繋げる。稽古の時は、毎日これから始まった。意識すれば、お手本通りにやることが出来るんだが………
「っな………」
「え?どうした?」
「………君、何かあったのかい?」
「何かって?」
「魔力が………変質してる?君の胸の奥底で留まっていたはずの魔力が、君の全身に広がって………燃えている?」
啞然と呟くエリー。やっぱり、何かが変わったと思っていたが………そんな変化が起こっていたとは。
「君、本当になんともないのかい?こんな状態じゃ、普通なら………」
「いや、本当も何もない。寧ろ………なんて言うか、調子がいい?って感じがするんだよな」
「………そうか。申し訳ないけど………この魔力は、流石の僕でも手に余る。僕の体では耐えきれない」
「分かった。じゃあいつも通りやってみるか」
そういって、俺達はいつも通り魔力の稽古を始める。だが、エリーの言葉で俺は確信した。右手に炎を灯す。いつもなら、ここで火傷を負ってエリーにため息をつかれるところだが………
「………とても安定しているね。今日は熱くないのかい?」
「あぁ、なんとも」
「ふむ………あの日を境に、君の魔力に何らかの変化があったと見るべきかな………だったら」
エリーが言葉を続けようとした中だった。炎を纏っていた右手がいきなり熱くなった。
「あっつっっっ!?」
「えぇー………」
慌てて火を消す。おかしい。別に魔力に変化は無かったはずだ。さっきまで、意識しなくても熱いとは感じなかったのに。
「………変わったのは魔力だけじゃなくて、君の肉体もみたいだね。炎に対する耐性………かな」
「つまり………今のは、耐性の限界でいきなり熱くなったってことか?」
「多分。ただ………そうだね。状況を考えるに、魔力そのものが熱量の限界を迎えた際に、それに耐性を付ける形で君の体に影響を与えているんだろう」
「大丈夫なのか?それ」
「そんな話を他に聞いた事が無いから、何とも。でも、君の魔力が無意識に君自身を害すると言う可能性は、もう殆どないとみて良いと思う」
「そうか………」
取り敢えず、最初の目標は達成できたな。最終的には、かなり荒っぽい方法になってしまっていたが………まぁ、そもそもあの日戦えたのはエリーとの稽古あってこそだしな。そんなことを考えていると、いつも通りエリーが俺の右手を取って治療を始める。
「………最初から、何かおかしいと思っていたんだ。ここまで炎に特化した魔力なんて。寧ろ、魔力に性質が似た別の何か………と言われた方が納得できる」
「そこまで変なのか?」
「変………と言うと言い方が悪いかもしれないけど、そうだね。僕の魔力は、白魔法と光の魔法に性質が寄っている。この二つの魔法なら、魔力の消費を抑えながら高い効果を発揮することが出来るけど………他の魔法だって、使おうと思えば使える」
「こういう風にね」と言いつつ、ある日の俺と同じように指を鳴らして小さな火が弾けた。そういえば、俺は炎が以外の魔法を試したことが無い。ただ、何故かは分からないが………きっと、やろうと思っても出来ないんだろうなという確信があった。
「どうする?稽古の目的である魔力による自滅を克服する事は出来た。君が望むなら………その、この稽古を終わりにしても、いい」
そう告げるエリー。でも、その言葉には紛れもない寂しさがあって、本人はそれを隠そうとしているのかもしれないが、流石にそこは年齢相応だ。誰が見ても明らかだった。それに、確かに魔力の暴走の危険性は少なくなったのかもしれないが………どちらにせよ、俺の最終目標は元々変わっていないしな。
「いや、稽古は続けるつもりだ」
「………え?」
「俺は魔法を使いこなす事が目的だからな。やっと最初のステージに立ったところなんだ。エリーさえ良ければ、これからも一緒に魔法の稽古に付き合ってくれないか?勿論、エリーが嫌なら断ってくれても良いんだけど………」
「い、嫌じゃない!全然嫌じゃない!………ふ、ふむ。そういう事なら、これからも君の稽古に付き合ってあげないこともない」
「あぁ、ありがとう」
別に、エリーが寂しそうだからって訳じゃないぞ。魔法の天才と言われるエリーと一緒なら、きっと成長できるという打算があってこそだ。やっぱり、こういうのって一緒に頑張れる友達がいる方がモチベになるし。けど………嬉しそうな笑みを隠せていないエリーを見たら、自然と俺にも笑みが浮かんでいた。
取り敢えず、暫くは日常が続くだろう。その事が、俺にとってはとても嬉しい事だと思えた。
俺の想像通り、それからはずっと穏やかな日々が続いた。エリーと一緒に魔法の本を読んだり、一緒に実践してみたり。俺の性質上、限界ギリギリの魔力の使い方を続けることで成長するから、ミスって怪我した時に呆れられながらエリーに治療してもらったり。
最早、わざと限界を超えて怪我して限界を引き上げた方が手っ取り早いんじゃないかと思っている。というか、間違いなくそうなんだろうけど。治療をしてもらってる手前、わざわざ意図的に怪我するわけにもいかない。
そんな日常を繰り返しつつ、気付いたころには………3年の月日が経っていた。
「はぁっ………!」
「っ、ふふ!やるね」
7歳になった俺達の稽古は、いつしか実戦に近いものになっていた。互いに魔法の扱いと、怪我をしない程度の威力の加減を出来るようになってから、エリーが提案したものだった。勿論、お互いの親の了解は得た上でやっている。最初はソフィアが心配して見に来ていたけれど、俺もエリーも互いを傷つけないようにと常に細心の注意を払っていたし、1ヶ月もする頃には特に見張り役はいなくなっていた。
「さて、今日はここまでにしようか」
「そうだな。ふぅ………今日は俺の勝ちだな」
「次は僕が勝つよ」
なんて、幼い男女の会話とは思えないやり取りをする。いつの間にか、ほぼ変わらなかった背丈は俺の方が高くなっていて、エリーは長かった髪が更に長くなってより可愛らしい女の子になっていた………が、その口調は変わず。
まぁ、寧ろもうイメージが固まっているし、急に変わったらそっちのほうが困惑するかもしれない。
「そういえば、今日だったね。魔術会の旅団がこの街で休泊するのは」
「だったっけ?よくもまぁこんな辺境通るよなぁ………」
「こんな所だからじゃないかい?ここじゃ危険なモンスターなんて滅多にいないし、氷身病は危険ではあるけれど………少しの滞在で発症するようなものでもないしね。旅の通り道としては、比較的安全なんじゃないかい?」
「まぁな………それでも、わざわざここを通ろうとするもの好きは滅多にいない気がするけど」
そもそも、魔龍に呪われた大地とか縁起が悪すぎる。氷身病は毎日発症者が増えるようなものでもないとはいえ、確かに命を奪った数は多い。俺も、今まで何度か氷身病で命を落とした人を見てきたが………身体の末端から凍っていき、進行すると共に範囲が広がっていく。そのまま全身が氷に包まれて………となる前に、大体は体力が尽きて命を落とす。
発症から数ヶ月は問題なく動けるらしいが、徐々に弱って1年もする頃には体を満足に動かせなくなり、1年半ほどすれば意識も戻らなくなる。
4年も闘病をしていた俺は、子供にしては異例なほどに耐えていたらしい。進行も遅かったらしいし。
「………最近は吹雪や氷身病患者も増えてきたからね。先月生まれたあの子も………発症してしまったらしい」
「あぁ、聞いてる。昨日見舞いに行ったが………」
約束された最後の日。その日が迫るにつれ、寒波も病も勢いを増していた。それを実感するたびに、本当に終わりが近いのだと告げられた気がしていた。父さんは、最後の日を迎える前にはこの街の人達を全員連れて、エリーの家………エンゲル公爵家の領地に移り住むことになっているらしい。エリーの家は分家だが、本家とは何やら特殊な事情があるらしく掛け合ったらすぐに了解を貰えたとのことだ。無論、全くの無条件ではなく何らかの取引が行われたらしいが………まぁ、俺が聞いてもどうしようもない事だ。
「最近はモンスターの姿も増えて来たね。全く、こんな寒い中なんだから大人しく冬眠していて欲しいよ」
「寒冷耐性を得た個体が増えているらしいな。詳しく調査をすれば、正式に亜種か別種として登録されるかもしれないけど………ま、どちらにせよ後三年だからな」
「街に侵入するやつも増えているし………この前も戦ったんだろう?」
「あぁ。いつも通りの雑魚だったけどな」
実戦での稽古が実を結んだのか、俺はある程度のモンスターの群れなら単独で殲滅できる程度の実力を身に着けていた。勿論、俺と互角のエリーもだ。
おかげで、俺達は子供ながらにこの街一番の魔法使いと呼ばれ、元々天才扱いだったのが更に拍車をかけていた。俺たち二人の名前は、この領地以外にも広まり始めているらしい。
「んじゃ、見回り行くか」
「うん。そうしよう」
俺達は稽古が終わった後、街の見回りに行くことが日課になっていた。さっきの事が主な理由だし………何より、もうすぐ終わりを迎えるこの街を、少しでも目に焼き付けておきたいという理由もあった。
こっちに来たばかりの頃は、呪われた大地に住む意味が分からなかった。さっさと移住すればいいのにと思ったことは何度もある。けれど、あの日山賊と戦った時、街の人たち全員で助けに来てくれた。こんな厳しい環境でも、俺達の成長を喜び、見守ってくれていた皆や父。
未だに病弱に苛まれながら、慕ってくれる妹や、一緒に学び、高め合った幼馴染など。簡単に捨てると言うには、この地には思い出が多く出来てしまった。
「………」
吹雪に閉ざされた極寒の大山。その頂きに住まう元凶の魔龍。一度、大規模な討伐隊を派遣しても、誰一人として帰らなかった強大な存在。
けれど………脳裏に過ぎる一つの可能性を、俺は捨てきれずにいた。




