7話
ひたすらな暗闇を見ていた。意識を失う前までは身を焦がす程の熱に苦しんでいたというのに、今はその暗闇以外の情報はない。
無茶したなぁ。折角………と言うべきかは分からないが、第二の人生を貰ったというのにこんな所で終わってしまうのは情けないやら、申し訳ないやら。
俺が本当に死んでいるのかもわからないんだが。そこまで考えた時、ふと声が聞こえてきた。老若男女すら分からない、ただそれが声だと言うことが聞き取れる程に微かな物だった。
その声に耳を傾けた瞬間だった。視界いっぱいの暗闇を呑み込むように、炎が広がった。
「………」
目が覚める。目に入ったのはよく知っている天井だった。助かったんだなぁ………とぼんやり考えていると、不意にドアが開かれた。そして、部屋に入ってきたのはセリアだった。だが、俺が目を開いてるのを見るなり一瞬だけ目を見開き……すぐに戸を閉めてどこかへ駆け出して行った。それから数分とした後、廊下をやや急ぎ足の足音が二つ。
「ノイン、目が覚めたのか………!もう大丈夫かい………!?」
「兄さん、本当に良かったです………」
部屋に入って来たのは、父さんとイリスの二人だった。その表情を見れば、どれだけ心配をかけてしまったのかが嫌でも分かってしまう。そんな二人を見て、俺はゆっくりと体を起こした。
「あ、あぁ………大丈夫です………どれくらい寝てたんですか?」
「………四日だよ」
「四日………ですか。あはは、またちょっと寝すぎちゃいましたね」
「ノイン」
俺の少しおどけた言葉をやや遮るように放たれた真剣な声に、俺は思わず言葉を失った。考えてみれば当然だ。自分の子供が………それも、奇跡的に不治の病から助かった息子が、勝手に無茶をして死にかけていたんだから。
ただ、今まで父さんの怒ったところを見た事が無かった俺は、それを直視する勇気が無くて視線をベッドに伏せる。そしてしばらくの沈黙が続いた後………そっと俺の頭に、大きな手が乗せられた。それに驚いた俺は、思わず顔を上げる。
「………え?」
「ノイン。君がしたことは、とても危険な事だ。それについては、私からも言いたいことがある」
「はい………すみません」
「………けど」
父さんは言葉を続けた。
「君が友を守ろうとしたことは、この地の人々を守るフロスディア家の人間としてとても立派な行いだった。こんな勇敢な息子になってくれたことを、父として誇らしく思うよ」
「父さん………」
「ただ、それとこれとは話が別だよ。流石に次こんなことがあったら看過できないから、もうこんな無茶はしないように」
「はい………」
まぁ、そうですよね。いやまぁ、俺も無茶をしたくてしたかった訳じゃない。ただ、気付いた時には無茶をしていた。それが問題なんだけど。
それにしても、この半年でだいぶ魔力の制御も上達してきたと思っていたけど………俺の思い違いだったみたいだ。過度な感情の高ぶりは、魔力の暴走を誘引することもあるとは聞いていたが………まさかここまであっさり制御不能になるとは思っていなかった。
「それと………君はもう一人前の我が家の人間だ。私にも、敬語を使う必要はない」
「え、でも………」
「無理にとは言わない。けれど………そうだね。多分、私とノインは………対等な立場が良いと思うんだ。目覚めてからの君を見ていて、きっとそうした方が互いの為になると思っていたけれど………今回の事で確信したんだ。だから、君さえ良ければ」
「………分かったよ。父さん」
父さんが頷くと、俺に手を差し出して来る。俺はその手を取って、互いに笑みを見せた時だった。慌ただしく駆けてくる足音。軽い音から考えて、多分………
「ノイン!」
扉が勢いよくあけ放たれ、予想していた登場に俺が返事をしようとするよりも早く、彼女は俺に飛び込んできた。
「あ、ちょっ………」
「あぁ、君が無事で、本当に良かった………!もしもの事があったら………僕は………僕は………!」
「………」
俺の胸の中で嗚咽を上げるエリーを見て、驚きの声も引っ込んでいた。エリーの性格を考えれば、もし俺が目覚めなかった時に彼女の心に深い傷を残してしまうのは分かり切った事だった。それを理解したうえで、俺はエリーには無事でいてほしかったんだけど。
こうして泣かせてちゃどうしようもない。情けないのは、俺はそんな彼女に掛ける言葉が見つからない事だった。
「エリー!他人の家を走っちゃ………」
エリーを追いかけて来たフレジオさんも、彼女の姿を見てそれ以上は言葉を呑み込んでいた。何故二人がいるのかは、今更疑問に思う事は無かった。この四日間、毎日様子を見に来ていたんだろう。
気丈なエリーの事だ。目が覚めない俺を見て、自分を責めて後悔しても、きっとそれを父の前で見せようとはしなかっただろう。だからこそ、こうして人の前で弱さを見せる娘の姿に、フレジオさんも何も言えないと言う様子だった。
「………ノイン君。目が覚めたようで何よりだ。そしてすまない。僕の過ちが、結果的に君とエリーを傷つけることになってしまった。本当に、申し訳ない」
フレジオさんは、そう言って頭を下げる。本当なら、領主の息子とは言えこんな子供に公爵家が頭を下げると言うのはあまり良くない事だと思う。けれど………
「そう思うなら………エリーの事をちゃんと見てあげていてください。エリーは確かにすごい子です。でも、まだ子供でしかないんですから。エリーなら大丈夫、とか。そういうのはもう、やめてください」
「あぁ。肝に銘じる」
フレジオさんは頷く。本当は、エリーにも実力の過信はやめて危ない事をするなとか、見栄を張らずにちゃんと大人を呼んで来いとか、言いたいことはある。けれど………今の彼女に、それを言うほど、俺は厳しくなれなかった。
「本当に、ごめん………っ!僕が………僕のせいで………!」
「あぁ、そうだな。でも、お前が無事でよかった。もう傷は良いのか?」
「ぐすっ………人の事より自分の心配をしろ、ばか」
まぁ、かなりギリギリではあったけれど………結果としては、俺もエリーも無事に終わった。そのことに、俺は何よりも安堵したのだった。
それから、エリーが泣き止むまで暫くかかった後。俺達はエリー達も一緒に少し遅い朝食を食べていた。その途中で、気になる事があった。
「父さん、ソフィアさんは?意識を失う前に、俺の手に触れて火傷を負っていたような………」
「そうだね。すぐに自分で治療をして跡も残っていないようだけど、気になるなら自分でお礼を言いに行くと良い。彼女が居なければ、本当に君は助からなかったはずだ」
「あぁ、そうする」
あの暴走してた魔力を鎮めるとか、どうやったのか気になるけどな。ただ、お礼は絶対に言わなきゃいけない。あの人には二度も命を救われて………あれ?俺一度目の事は言ってなくね?起きたばかりで混乱してた時期とは言え、やらかしたなぁ………
「兄さん、本当にもう体調は大丈夫なんですか?四日も寝ていたんですから、どこか違和感があったりは………」
「本当に大丈夫だよ。イリスにも心配かけて悪い」
「………本当ですよ」
イリスが少し拗ねたように返事をする。本当に心配しているのだろうし、まだ怒っているようだが、いつもは感情の起伏があまり感じられない彼女にしては少し珍しい。良い事ではないが、それだけ心配してくれたのだなぁと思うと、少しだけ嬉しいような気もする。
勿論、それを口に出したりはしないが。そして、小食で食べる量が少ないエリーはすぐに食べ終えたらしく、頬杖をついて俺の方を見た。
「それにしても、少し意外だったね」
「なにが?」
「ふふ………君があんな台詞を言うとは思わなくてね」
「………俺何か言ってたっけ」
昨日の晩飯すらろくに覚えてない俺だ。昨日はそもそも何も食ってないけど。それはそれとして、あの時は普通に冷静じゃなかったから、あんまり言語にリソースを割いてなかったんだよな。思ったことをそのまま口に出してた気がする。
すると、エリーはからかうような笑みで見せて
「お前ら全員地獄行き」
「あー?………あー、いや。んー」
言ったか?いや、言った気がするな。言ったかも。冷静になって聞くと恥ずかしい台詞だなぁ。心の奥に飼ってた厨二が目覚めていたらしい。いや、多分、地獄に落ちてほしい程あいつらが許せなかったっていう意味だったんだけど………多分、あの場の勢いで滅茶滅茶脅しっぽくなっちまったんだな。
「ふふ。それだけ僕の為に怒ってくれていたと思うと、嬉しい気持ちもあるけどね」
「やめてくれ。ちょっと冷静じゃなかっただけだ」
「君が冷静さを欠くほどだとしたら、余計にだよ」
言うほど普段から冷静キャラじゃ無い気がするけどな。確かに普段はいい子ちゃん演じてるから、そういう意味ではらしくなかったかもなぁ。
「おやおや………ノインにそんな一面があったとは驚きだね。はは、少し見てみたい気もするよ」
「やめてくださいほんとに………」
「私も兄さんに守られながら、怒ってくれる姿を見てみたいですねー」
駄目だ。父さんもイリスも弄りモードだ。これはもう、不貞腐れモードで応答拒否しかない。なんて本当に子供じみた対応だったが、それ以外やりようもない。そこで、俺はふと気になった。
「………」
けど、それを口には出さなかった。聞くまでもない事だったから。あの時は、胸から溢れた激情に任せてその力を振るった。だが………その結果、あいつらがどうなったかなんて。
戦わなきゃいけない、あの時はその思いに疑いはなかった。今も間違いだとも思っていない。
「ノイン?どうか、したのかい?やっぱり、体調がまだ………」
「あ、いや。そうじゃないんだ。ただ………いや、やっぱりなんでもない」
けれど………そんな俺に、違和感を覚えた。少なくとも、人を殺すという行為は、俺の中では禁忌だ。この世界でも当然許されない事ではあるものの、ああいった山賊や盗賊、海賊と言った無法者に対しては徹底的な武力行使が認められている。この世界を知るために読んだ本で、明確にそう記されていたから間違いはない。
だが、だったら人を殺すことを躊躇わなくていいのか?俺は、だったら山賊なら殺せばいいとドライに割り切れるような人間だっただろうか。
「………ご馳走様でした。俺、もう少し休んでおくよ。やっぱり、まだちょっと疲れてるし」
「え?あ、あぁ………うん。しっかり休んで」
「ノイン。元気になる日を楽しみにしているよ。そしたら、また一緒に稽古だ」
「あぁ、俺も楽しみにしてる。」
そう言って、俺は自室に食堂を出て向かう。廊下を進みながら、俺は自分の右手を見た。俺の中で湧き上がる炎。これは………ただの魔力ではないのかもしれない。そんなことを考えて………それでも、俺はこの炎を受け入れるしかない。
拒むだけでは、この炎はいつか俺を焼くだろう。それに、この炎が無ければ………俺は、ただの弱者だ。父さんは、俺の行動を認めてくれた。なら………この地を守る者として、弱いままではいられない。だから、俺はこの炎を受け入れた。
見ることも出来ないのに、俺の中の炎が、確かに揺らめいた気がした。




