88話
「さて………それじゃあ、君達が知っていることを一から話してもらおうか?シーカーと言う組織についてね」
「………はい」
重々しく先生が頷いたのは学校の会議室。そこで俺とエリー、フェリス。そして校長を含めた先生たち。更に父さんとフレジオさんが大きな机を囲んで座っていた。
あの後、俺達から事情を聴いた父さんの行動は早かった。フレジオさんとすぐに連絡を取り、恐らくまだ連絡関係で忙しいであろう学校へと迷いなく突撃したのだ。
先生達も当然忙しいだろうが、自らの領地で魔術会と恐らく因縁がある組織が暗躍していたと言うのは、到底後回しに出来ることではなかったようだ。
今まで見たことがない程に険しい表情を浮かべる父さんは、少しだけ普段とは別人のようにも見えた。
「…………何から話しましょうか」
「そうだな………ここは俺が話そう。我らの過ちでもあるのだからな」
校長はそう言ってため息をつく。やはりと言うべきか、アルヴィースと魔術会は浅からぬ因縁があるようだ。
父さんも無言で校長の言葉を待って数秒が経った時、彼は重苦しそうに口を開いた。
「まずは結論から話そう。奴ら………シーカーの創設者であるアルヴィース・ノレッジは20年前まで、我ら魔術会の総合魔法科の主宰だったのだ」
「………主宰か」
「………元魔術会所属なんだろうとは思ったけど、まさかあの男がそんな立場だったとはね」
最初は魔術会とシーカーがグルなんじゃないかと疑ったが、先生が俺達を助けに来たことでそれはないと判断した。だが、同時に魔術会と彼が何らかの因縁があったことも分かった。
だから、彼が元々は魔術会の人間だったと言われても驚きはない。主宰だった、と言うのは流石に意外だが。
「許されない過ちだ。奴がその内に飼っておった狂気を、誰一人として見抜くことが出来なかった。君達も見たかもしれんが、奴は自らの知的好奇心を満たすためならば如何なる犠牲をも良しとする獣だったのだ」
「…………」
「俺達がそれに気付いたときには、もう手遅れだった。奴の元へ我らが向かったときには、アルヴィースは保管されていた多くの研究成果と共に魔術会から姿を消していた。…………それから魔術会は奴の捜索にあっていたが、結果は今の通りだ」
まるで懺悔のように話す校長。しかし、そうなったのならば何故今まで何も言わなかったのだろうか。そんな疑問を抱いたのは俺だけてはなく、父さんがゆっくりと口を開いた。
「…………今の今まで何故それを黙っていたんだい?」
「言えるはずが無い。魔術会は国境を越えて魔法研究を行うことを許された組織だ。その主宰が、非人道的な研究を行う下道だったなど」
父さんはその返答を聞いて眉を潜めた。俺だって、校長が話す理屈は理解出来る。しかし、それは都合の悪い事実を隠し、多くの人を見殺しにしたと言うことではないのか?
「貴方達の疑念は理解できる。俺とて、このような事をするのは心苦しかった。だが、奴の存在を表に出せないのは何もそれだけではない。奴の行っていた研究は異常で、許されるものではないが………いや、だからこそ。その研究は、世に知られてはならんのだ」
「…………跡を継ぐ奴が現れるかもしれないと?」
「そうだ。奴の研究は、多くの人の探求心を刺激する。中にはその研究を受け継ぎ、完成させようとする者は必ず現れるだろう。…………何故なら奴は魔法の根元。すなわち、魔神を創造すること。それが、奴の研究の目的なのだから」
「………急にスケールがデカすぎんだろ」
魔神………それは、魔法学の本には初学として出てくる魔力の祖である存在だ。御伽噺などではなく実在したと言う証拠も残っているらしいが、だからと言って神を創るなんて唐突な話に、俺達はなんとも言えない表情を浮かべるしかない。
勿論、この場で冗談を言う訳はないと分かっているが………普通の感性を持っていれば、実感が無さすぎて逆に冷静になってしまう。
「確かに、与太話に聞こえるかもしれん。しかし、奴は確かにそれを可能とする研究へと至っている」
「………と言うと」
「君がライナスから教わった魔力の圧縮だ。臨界点を越えた魔力は、この地に住まう生物が持つ全ての魔力の祖となる魔神の魔力が希釈されていた物なのだよ。それを圧縮すると言うのは即ち、魔力を本来の姿に近付けると言うことなのだ」
「…………つまり、魔力を圧縮し続ければ魔神が生まれるって?」
「いや、それではまだ足りん。魔神を創造するには、膨大な魔力を蓄積し、圧縮した魔力を生物と同じように循環させる必要がある。だが、人の肉体ではそのような魔力には耐えることは叶わず、奴はモンスターを使って行っていた。………そのはずだったのだ」
「…………まさか」
言葉を切った校長の言葉で俺の中で浮かんだのは、あの時アルヴィースを助けに来た少女の姿。臨界点を越えた魔力の力は、俺が最も理解している。
熱の事もあるが、俺ですら今は数分と持たない力なのだ。それを、身に宿る魔力を全て置き換えてなお耐えられるようにする改造など、もはや人ではない何かにされていると言っても過言ではない。それを加味せずとも、あの少女の傷は明らかに並大抵の苦痛ではないはずだ。そんな悍ましい実験を、あいつは当たり前のように行っていると言うのか。
そして、そう考えた俺に首を縦に降ったのはライナス先生だった。
「その通りだ。私達が見たあの少女が恐らく、奴の研究の次段階。………人体を器足る循環器へ改造を施し、人を魔神に昇華させるつもりだろう。どのような改造かは具体的には分からないが、恐らくモンスターを………あぁ。人の尊厳すらを無視した、許されない研究だ」
「………色々聞きたいことはあるけど、何故今もそんな男が野放しになってるんだい?」
「…………申し訳ありません。我々の、力不足です」
父さんの問いに、先生は深く頭を下げながらそう口にした。アルヴィースの口振りからしても、魔術会は今まで何もしなかったわけではなんだろう。
しかし、あれは普通の人間が敵うような相手じゃないと、相対した俺だからこそ言える。あれだけの火力を受けてもまだ立てるような奴が、人間にいるとは思ってもいなかったが。
「今回は、ノイン君が奴を今までにない程に消耗させてくれたおかげで、寸前まで追い詰めることが出来ました………その機会を逃してしまったこと、私に弁明の余地はありません。………本当に、申し訳ありません」
「………はぁ。その点に関しては、私が口を出せることは無い。ノインが勝てない相手なら、捕らえるのはそう容易い事ではないだろうからね。けど、ならばもう秘密をどうとは言っていられないんじゃないかと思うのだけど?」
「えぇ。ですから、今こうして話しています」
「では私達だけではなく、各国に呼びかければ良いじゃないか。君達はそれが出来るだろう?」
父さんは机に肘を乗せて問う。実際な所、今回の件は俺達だけではあまりにも大きすぎる話だった。
「………可能かどうかで言えば、可能です。しかし、そうしたところで各国は手を取り合う事が可能てしょうか?寧ろ、自らの国が功を上げようと躍起になりはしないでしょうか?」
「ふむ。奴を捕らえ、魔術会に恩を売ると同時に周辺諸国へ奴を捕らえられるだけの国力を示す………確かに、偉い人が考えそうなことだ」
先生の言葉に、フレジオさんが顎に手を当ててそう呟く。こんな時にまで政治がどうとか言ってるのはどうかと思うが、俺がそれを言っても仕方ないだろうなぁ。
けど、もしそうなった時は国王はどうするだろうか。あの人は俺の中ではかなり広い視野で大局を見る人だと思っている。だが、他国の関わりがある以上は協力的な姿勢を貫くだけではダメだろうし。そんなことを考えている間に、校長が話し始める。
「奴の捕獲のために各国の情勢が混乱してしまえば、アルヴィースはそこに付け入るに違いない。もしそうなれば、奴の捜索は更に難航するだろう。ただでさえ、奴はあれだけの規模で活動をしている中で、表にそれを隠蔽するだけの手腕があるのだからな。故に、この案件は最小の規模で行わなければいかんのだ」
最後にため息をついてそう締める校長。俺でも、先生達の言うことも何となく想像は出来ることだった。各国が協力するどころか、競争状態になったとしよう。そうなると、まず考えなければ行けない他国からの妨害。
根も葉もない噂を流されたり、物理的な妨害だってあり得るかもしれない。ただでさえ奴を捕らえるのは困難な中で、他国の干渉を考えなければいけないなど堪ったものではないだろう。…………しかし、今の口振りだとまるで
「ならなんだい?君達は、その男の捜索と捕獲を秘密裏に私達の手を借りたい。そう言っているように、私には聞こえたのだけどね」
父さんの問いに対して、先生たちは視線を伏せる。その態度は、言葉よりも明らかな物だった。………実際な所、奴を野放しにしていていいとは思えない。このまま放っておけば、奴は際限なく人の命を奪い続けるだろう。
俺とエリーは同時に視線を交わす。俺たちの中では答えは決まっている。けど、俺達がそう決めたからと言って思い通りに出来る訳ではない。今まで散々心配をかけて来たし、今回だって話を聞いた父さんは何も言わなかったが、あの表情を見るに恐らく状況が状況だっただけで、急ぎの用事が無ければ俺達はこっぴどく叱られていたはずだった。
「せめてクリフォト国王にだけでも………と言いたいところだけど、政治的に中立の立場である君達がそんな真似を出来るはずもないか」
「理解していただけたようで何よりです。………情けない話ですが、今まで奴をあそこまで追い詰めた事は今まで一度もありません。それは、偏にノイン君とエリシア君の力があってこそ。奴の狙いは二人に向いていることが分かっている以上、必ず奴はこの地に再び現れます。我々の因縁に関係のないあなた方を巻き込むのは、間違っていると理解しております。ですが!………奴は、奴だけはッ!何としても止めなければいけないのです………!どうかノイン君たちの力を、私達に手を貸していただけないでしょうか!必ず、私の命に代えても彼らを守り抜きます………!ですから、どうか!」
「………」
深く頭を下げた先生達を見て、父さんとフレジオさんは顔も視線を交わす。それは、ある種のお互いの意思の確認のようだったが………数秒ほどして、二人はため息を付く。そして、口を開いたのは父さんだった。
「私は、彼には自身で決断し、自らの道を選ぶようにと願っている。私は、私にしか出来ないやり方で彼を出来る限り支える事しか出来ない。それでも親としては、君が誰よりも大事だ。私達と関わりのない人が何人犠牲になるとも、私は君だけに無事でいてほしい。でももし彼がその男との対峙を選ぶのなら、私に出来ることは限られる。………ノイン。君は、それでも奴と戦うかい?」
父さんは俺を見ながらそう聞いた。しかし、その瞳は最初から答えなど分かっているかのように不安に揺れている。だけど、それでも俺にそう聞いてくれたのは………きっと、そういう事なんだろう。
「………ごめん、父さん。俺はあいつを止めるために戦いたい。確かに、あいつの奪った命、奪う命は俺達と直接関係ないかもしれないけどさ。………やっぱり、見て見ぬ振りはしたくない。あんな勝手な理由で奪われていい命なんてある訳が無いし、あいつが俺を狙ってるのなら遅かれ早かれあいつはこのフロスディアでも本格的に活動すると思う。そうなった時に、一番に犠牲になるのはこの街の人たちだ。………だから俺は、皆を守りたい」
「………分かった。なら、私は出来る限り君の助けとなれるようにする。だから、君は君のやると決めたことを果たすんだ。その責任は私が負う。だから、必ず無事に最後は帰ってきなさい。約束できるかい?」
「あぁ、勿論だ」
「なら………頑張ってきなさい」
そう言って父さんは俺の頭を撫でる。それを見たエリーは腕を組んで、小さな笑みと共にフレジオさんに声を掛けた。
「父上は僕に何も言わなくて良いのかい?」
「はぁ………ノイン君が行くのなら、君は僕が止めても行くだろう?僕もライツさんと同じだ。君のやる事の責任は僕が負う。だから、一番身近で彼を支えてあげられる君が、ちゃんと彼の傍にいてあげるんだ」
「勿論そのつもりだ。………ノイン。僕はまだ、君の隣に立てるほど強くない。けど、今回こそは、君の隣で戦いたい。足手纏いにはなりたくない。だから、先生」
「………あぁ、そうだね。君にも教えなければいけない………ノイン君とは違って、短期間での練習になるだろう。私も厳しく指導する。覚悟はいいね?」
「勿論だ。望むところだよ」
エリーはそう言って頷く。けれど、恐らく先生の心配は杞憂に終わるだろう。彼女は俺に魔力の扱いを指導した奴なんだ。彼女なら、数ヶ月もしないうちにあの技術を身に着けるだろうと俺は思っていた。
それに、俺は魔力の特性上厳しい制限時間があるが、エリーにはそんな縛りはない。さて、ちゃんと追い抜かれないように俺も頑張らなきゃな。
「ところで」
俺が意気込んだところで、エリーがふとそう呟く。それに全員の視線が彼女に集まった時、エリーは背後の扉に視線を向けた。その瞬間、会議室の扉が開かれる。それにぎょっとして俺達がそちらに視線を移す。そこから現れたのは――――
「くっくっく。話は聞かせてもらったぞ」
「は?」
自信満々の笑みで入った来たのはカイン。………だけではなく、ルリアにアリス。そしてリリィだった。なんでお前らがここに?と言う質問をする前に、笑みを浮かべて話し始めたのはカインだった。
「僕も色々と伝手を使ってな。シーカーの事を調べて、アルヴィースの存在まで辿り着いたんだよ。だから、ここに領主が来た理由も予想するのは難しくない。どうだ?納得したか?」
「納得しねーよ何で来たんだ」
「おいおい、その単純な事だろよく考えろ。人数は多い方がいい」
「………あのな。これは遊びや訓練じゃないんだよ。下手すりゃ本当に死ぬし、お前は次期皇帝だろ?そんな危ない真似していい訳ないだろ」
「ノイン君の言う通りだ。君は確かに優秀だが、何かあった時に私達は責任を取り切れない。今回の件は………」
「ふん。あなた達、王族という物を理解してないのね」
先生の言葉を遮って、アリスが割り込む。そう言われると、そりゃ分かる訳ねぇよとしか言えないんだが。先生が一度口を閉じると、アリスは続けて話し始める。
「皆を守る………この場合、私達に言わせてもらえば民を守ると言えるわ。さっきの話が本当なら、今の話はあなた達だけで完結する話じゃない。私達の故国だって、アルヴィースと言う男に好き勝手されてしまうかもしれないのでしょう?だから、これは私の責任でもある」
「いや、そもそもこれは秘密裏にって話だからな?お前達がいくら民の為に動いても、それを民に伝えるのは――――」
俺がそう言いかけた時、アリスは鋭い視線で俺を睨む。おいこえぇって。なんだその刃みたいな視線。まさか剣姫ってその雰囲気から来た訳じゃないだろうな。
と、場にそぐわないアホな事を考えた俺だったが、アリスはそのまま口を開いた。
「いい?名声の為にやるんじゃないわ。私は王座を継ぐ立場ではないけど、それでも女王陛下の血を継ぐ者。民を守るのは私が当然に負うべき義務であって、そこに名声や対価は必要ないの」
「ま、という訳だ。僕も次期皇帝だからこそ、民を守るのは当然だ。それに、僕はお気に入りを放っておけない質でな。なぁ先生。エリシアが良いのなら、僕達にだって教えてくれてもいいだろう?」
「私は巫女と言う立場ですから、王とは少し違いますが………皆を守りたい気持ちは同じです。それに、カインさんの言う通り、数は少しでも多い方がいいと思いますよ」
「………折角できた友達に、手を貸してあげたいって思っただけ。でも、私ならきっと力になれると思う」
四人はそう言って引く様子はない。恐らく口で言っても駄目だろうなぁ。どうするんだと校長を全員が視線を送る。必要なら叩き出してもいいが、納得しないだろうな。少なくともアリスとカインは絶対ついて来る。
すると、校長は四人を見て真剣な表情で問い始めた。
「………本当に良いんだな?ノインが言った通り、これは表に公表できん。どれだけ功を上げても、その活躍を民には知られてはならない。そして、何より命の保証も出来ん。生徒の命を全力で守る覚悟はあるが………」
「命を懸ける覚悟はとっくに出来てる。小さい頃、帝国がクリフォト王国と戦争を始めた日からな。だから、早く言え。僕達を戦力に入れると」
「………そうか。ならば、お前達の力を借りたい。どうか、頼む」
「ふっ………やっと言ったか」
カインはニヤリと笑みを浮かべた。そして、彼らは同時に同じ返事を返す。そうして俺は、この後の行われるアジト調査に付いて行くことになった。だが、用心深い奴の事だ。既にあのアジトは放棄されているだろうとのことだが、それでもまだ何か手掛かりはあるかもしれない。少なくとも、魔術会は今までそうやって少しずつ情報集めて来たらしい。
まさか、戦争の前にこんな大きな事に巻き込まれるとは思っていなかった。でも………俺はもっと強くなると決めた。こんな事で躓く訳にはいかない。
必ず勝って、あいつを止める。そして、これ以上あの少女のような………そして、奴の身勝手で奪われる命を増やさないために。
そんな決意を胸に、俺の新たな戦いがここに始まったのだった。