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87話

 吹き荒れる暴風。砕ける床。俺が燃やした炎の中で、二つの影が幾度となく交差する。その度に巻き起こる突風が、戦いの激しさを物語っていた。

 天嚇を使えない今、二人の戦いを目で追うことすら難しい。だが………


「前より動きにキレがないなアルヴィース!!熾炎の貴公子との戦いは貴様と言えど消耗したかァッ!?」

「ちっ………後から来たハイエナが偉そうな口を叩いて、実に惨めなことだねぇ!!」


 戦いは先生が優勢。アルヴィースがあれだけの攻撃を受けて生きているという事実には未だに驚愕するしかないが、無駄だったという訳ではないらしい。俺達と戦っていた時と違い、明らかに余裕のない声。そして、二人の会話で何となく分かった事があった。


「………魔術会とシーカーには何か因縁があるのか?」

「分からない。とにかく、ここを離れた方が良い………歩けるかい?」

「………なんとか。けど、暫く炎は無理だ」

「そうなると厄介だね………」


 エリーは天井に空いた大穴を見上げる。転移さえ使えればこの大穴を使って脱することも出来たんだが、もうこれ以上俺の中で火を燃え上がらせるのは危険だった。激昂してしまったとは言え、後先考えずに出し切ったのは短絡的だったと反省する。


「じゃあ動かないでくれ。………今は、先生に託そう」

「………そうだな」


 エリーは俺の傍で屈むと、戦いの余波が届かないように結界を張る。その間にも、アルヴィースと先生の戦いは激しさを増していった。アルヴィースは先生相手に小細工なんて無駄だと理解しているのか、魔法ではなく自己強化による純粋な殴り合いをしている。互いに距離を取っては再び詰め、何度も拳が激突する。たった一度の踏み込みで床が砕け、炎の余燼が掻き消された。ぶつかり合うたびにその余波が地面を割り、衝撃波がこちらまで届くほどだ。そんな純粋な力のぶつかり合いが続くが――――


「はああああァァッッッ!!!!」

「――――」


 アルヴィースの一撃を躱した先生の右手に血管が浮き上がり、拳の一撃から出たとは思えない轟音を響かせながらアルヴィースの顔面にめり込む。その一撃に苦悶の声を上げる間もなく、まるで弾丸のようにアルヴィースの体が空気の壁を破って吹き飛んだ。彼はそのまま部屋の壁に激突し、頑丈な壁に巨大な罅を作りあげる。

 そして、先生は肩で息をしながら握った拳を構える。


「今度こそ逃がさんぞ………アルヴィース!!」


 先生はそう言って、ピクリとも動かなくなったアルヴィースの元へと歩いていく。色々と聞きたいことはあるが、その姿を見て取り敢えず今回の件はこれで終わりか、と俺は大きく安堵のため息を付いた。

 エリーも同じだったようで、小さく息を付いた後で結界を解いて、そっと俺の頭を撫で始める。


「おい、何してんだ」

「頑張ったんだから、ちゃんと褒めてあげないと駄目だろう?」

「子ども扱いすんじゃねぇ!」


 なんて俺達が戯れている間に、先生はアルヴィースの下に辿り着き、彼の胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「【天焔】まで手中に収めようと欲を出したのが貴様の失敗だ。今日が貴様の――――」


 瞬間、先生とアルヴィースの間に猛烈な勢いで何かが割って入った。それによって巨大な砂埃が巻き起こり、俺とエリーが叫ぶ。


「先生!」

「っ、なにが………!?」


 俺とエリーは遠目からその砂塵を凝視する。その中で、何かが蠢く影が見えた。それはまるで蛇のように細長くうねり………砂塵を突き破って俺達へその何かが迫った。


「っ!?」

「――――させるものか!!」


 だが、それは再び俺達の前に現れた大きな人影が受け止める。全身で抱え込むようにそれ………気味の悪い真っ赤な触手が、彼の腕の中でうねっていた。


「なんだこれはッ…………ぐぅっ!!!」


 先生が一歩後ろに下がる。歯を食いしばって耐える先生は、その触手を抱えたまま右手を大きく掲げ、それを手刀のように振り下ろす。ブツリ、と肉が裂ける嫌な音を響かせながら触手が切り落とされ、それに驚いたかのようにその触手は一気に彼の手を抜けて煙の中に引っ込んでいく。

 先生が手の中に残された触手の残骸を捨て、砂塵の中を睨む。しかし、少しずつ張れる煙から現れたそれを見て、俺達は目を見開いた。


「なッ………!?」

「っ………」

「アルヴィース………貴様、まさか………」







 そこに立っていたのは俺達とそう変わらない少女。真っ白な短い髪に、その毛先や髪の裏が赤く染まり、右目を包帯で覆われた少女は、赫い光を放つ左の瞳で俺達を憎悪を込めた瞳で睨んでいた。

 少女は清潔な白いシャツを身に纏っているが、それから伸びる裸足の足には痛々しい包帯が巻かれ…………そして何より、その少女の背中からは先ほど襲い掛かった触手が四本、ゆらゆらと揺れながら伸びていた。


「パパを虐める人は、殺す………!」


 その触手を地面に叩きつけ、憎悪の籠った声でそう言った少女。彼女の背後で意識を取り戻したアルヴィースがゆっくりと立ち上がる。それを見て、唖然としていた先生が今まで以上に怒気を含んだ声を上げた。


「貴様……………貴様ッ!!!!他人の命を使い捨てるに留まらず、人の尊厳すらも弄んだかッッ!!!!」

「ははは………言っただろう。良いサンプルが居なかったとね………だが、この子は成功だ。まだ理想には程遠いが、消耗した君を殺す程度なら訳が無い」

「ッ………!」


 ここに来て隠し玉かよ………!先生も冷や汗を流し、苦々しい表情を浮かべている。………もう限界がどうとか言ってる場合じゃねぇな………!


「こうなったら――――」

「ホルルルルルルッ!!!」


 俺が再び炎を燃え上がらせようとした瞬間、鋭い鳴き声が響く。同時に炎の雨が降り注ぎ部屋の至る所が燃え上がる。

 その熱は、今の俺が無理をして放つことが出来る最高到達点の熱量。再びこの広い部屋が熱され、空気が揺らぐ。


「フェリス!!」

「フェニックス………主の危機を察知して来たか。君も私の手の内に入れたいところだが………」

「ホルルルルッッ!」


 雄大に燃える巨大な炎の翼は、羽ばたき一つで鋼鉄が融解する熱風を巻き起こす。だが、その風は少女が振るった四本の触手が巻き起こす気流に掻き消されてしまった。だがそれを見た先生は、すぐに俺とエリーを抱える。


「しっかり捕まっていなさい………!」


 先生はそう言って上を見上げ、足に力を込める。そして次の瞬間、一瞬にして先生は何層もの階層を飛び越えて大穴を抜け、そのまま地表で広がる森へ着地して俺達を降ろすと同時に、大穴から巨大な火柱が立ち昇った。


「フェリス君、だいぶキレてるようだね………」


 先生がその火柱を見上げてぼそりと呟く。その直後、火柱の中から大きな炎の鳥が俺達の方へと向かってくる。フェリスはそのまま地面を滑りながら着地すると、そのまま人の姿となって俺達へと駆け寄ってきた。


「ご主人様!!大丈夫!?」

「あぁ、悪い。助かった………」

「間に合って良かった………ごめん、私が普段からご主人様の傍にいないから………」

「いや、気にするな。俺もこうなるとは思ってなかったし………ところで、あいつらは?」

「分かんない。取り敢えず、追って来れないように追撃をしてすぐに戻って来たから。確認して、必要なら殺して来る?」

「………いや、今は良い。まだ何か隠し持ってるかもしれないし、無理をしてお前が捕まったりしたらそれこそ最悪だ」

「ん。ご主人様がそう言うなら、分かった」


 フェリスはそう言って俺の頬に手を添えると、目を閉じる。それと同時に俺の中の熱が彼女に移って行く感覚がして、感じていた苦しさがかなり引いた。

 それを見たエリーはホッとした表情を浮かべる。俺も同じような表情をしていただろう。もう一度フェリスに礼を言って立ち上がろうとした時だった。


「………ノイン君、エリシア君」


 先生の低い声に動きが止まる。俺とエリーに緊張が走った。考えてみれば当然だ。もしあそこで先生が、そしてフェリスが来てくれなければ確実に俺達は彼の手に落ちていたのだから。


「君が………君達が、故郷を想う強い人だと言うのは分かっていたよ。確かにノイン君は魔龍を討っているし、エリシア君はそんな彼と何年も研磨を続けて来た優秀な魔法使いだ。………だが君達はまだ子供だ!人の悪意や策略は底が無い!それは時に災厄と呼ばれる存在すら上回るッ!!だと言うのに、それに慣れていない君達がこんな危険な真似をして………!!!」


 先生がそう言いながら俺達に詰め寄って来る。フェリスはそれを止めようとするか悩むそぶりを見せたが、動かない事に決めたらしい。俺達も、今回の件は何も言い訳が出来ないから、黙って目を閉じた。

 助かったのは、俺達の力じゃない。俺達を常日頃からよく見てくれていた先生が居たからだ。そして、俺の異変に気が付いたフェリスが居たから。以前にも、俺は国王に短絡的に敵の本拠地に乗り込むのは辞めろと言われていたじゃないか。恐らく来るであろう拳骨の痛みに心を決めて数秒が経った時だった。

 そっと、大きな腕が俺達を抱きしめる。それに驚いて、俺達は同時に目を見開く。


「君達が無事で、本当に良かった………」

「先、生………」


 小さく呟いた先生の体は震えていた。その姿が、先ほど勇猛に戦っていた姿と重ならなくて………けど、どれだけ先生が俺達の事を考えていてくれていたのかを理解して、今更ながらに後悔が沸き上がって来る。

 数秒程で先生はゆっくりと俺達を離し、肩に手を置いて話し始める。


「今はここから離れよう。今回の事は、君達が領主様へ直接報告してくれ。私は校長へ報告し、すぐにあのアジトへの突撃を行う」

「………分かりました」

「うん、それでは行こう」


 先生は俺達を立ち上がらせると、そのまま森の中を歩き始める。俺達は一度顔を見合わせた後で、その後ろを付いていく。あの最後の爆発で終わっていてくれればいいんだが、俺の中で、あれで終わりな訳がないと勘が告げていた。

 そして、それは俺だけでなくエリーや先生も同じなんだろう。アルヴィースの異常な力を、少女の力を間近で見たからこそ、確信を持って言える。だが、今は何も言わない。静寂の中で、雪を踏みしめる音だけが耳に残った。












 炎と煤だけが残る部屋で、二人の人影は光が差し込む天井の大穴を見上げていた。少女の背中から伸びる触手の先は黒く焦げているが、少女はそれに何の反応もなく男の隣に立っていた。


「ふぅむ。今回は互いに痛み分け………助かったよ。君の名前は何だったかな」

「66番、だよ?」

「あぁ、すまないねぇ。………そうだ、君には後でご褒美を上げよう。だから、今は部屋に戻れるかな?」

「うん、分かった」


 66番と名乗った少女はそう言ってここに来た際に壁に開けた穴に戻っていく。その後ろ姿を見送って、アルヴィースはため息を付いた。そして、右手を掲げるとそこに透明な光の球体が作り出される。


「聞こえるかい」

「アルヴィース様!ご無事で………!」

「あぁ、私は無事だ。だが君も分かっているだろうが、このアジトはもう駄目だ。これから四時間以内に、有用な研究成果を持って転移門から別のアジトへ移動しなさい」

「よ、四時間以内に………!?そんな、ここにある研究成果は有用なものが多く――――」

「元はと言えば君達の確認不足が招いた結果だ。………理解したね?」

「ッ………は、はいっ!直ちに!」


 アルヴィースは男の言葉を聞いて、その光を消滅させる。そして、アルヴィースはもう一度大穴の先に広がる空を見上げてため息を付く。

 しかし、その口に浮かんだのは笑み。そして、彼は大きく手を広げた。


「全く………数年かけた計画が大きく崩れてしまった。だが、これはこれで私にとっては好機かもしれないね。熾炎………君はもう、私の存在を無視できないだろう?」


 君程の高尚な英雄ならば。最後にそう呟いた彼は硝煙に紛れてその姿を消す。一切の人影が無くなり、溶けかけた鉄で囲まれたその部屋は、ただ破壊の跡だけが残されていた。







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