53話
俺が穿った大穴の底に降りる直前、両足から炎を噴射して勢いを殺す。だが、問題は………
「派手にやりすぎたか」
「そりゃそうだよ………」
周囲からこちらに向かってくる多くの気配。殺気を隠そうともせずに迫って来るそれらに、フェリスは大きなため息を着いた。
「私が道を開くよ。ご主人様はもう火を使わないで」
「悪い、頼む」
フェリスは頷き、再び鳥の姿になると同時に炎で全身を包み込んで巨大な燃え盛る炎の体を咆哮と共に表した。その身から放たれる熱が勢いを増し、感じられる生命の気配は今までとは比べ物にならなかった。
迫ってきていたモンスター達を炎の弾幕で纏めて焼き払い、その膨大な熱を以て蹂躙していく。周囲のモンスターが全て消し炭となったのを確認したフェリスはそのまま通路を進み始め、俺はその後に続く。この階層は今まで以上に広く、今のフェリスの姿でも十分飛行する余裕がある程の広さがあった。
だが、それだけ広いと言うことは、逆に言えばそれだけ巨大なモンスターが現れると言う事でもあって。
「ガアアアアアア!!!!」
「ちっ………サイクロプスかよ………!」
行く手に現れた一つ目の巨人。ランクAの中でも特に上位とされるサイクロプスが俺とフェリスを見て咆哮を上げる。サイクロプスが持っていた巨大な棍棒を振り上げるのを見て、俺とフェリスは左右に分かれて回避に移る。
直後に背後で響いた轟音と振動。ちらりと背後を見れば、あまりの威力に隆起した床と、棍棒を持ち上げつつこちらに振り返るサイクロプスが。
「いや、無視だ!このまま振り切る!」
「ホルルル!」
サイクロプスは圧倒的なパワーと強靭なタフネスを誇る。だが、速度で言えばAランクの中では寧ろ下位だ。巨体故のアドバンテージがあるため致命的に遅いという訳ではないが、俺達ならばこのまま振り切れる程度のはずだった。
背後からサイクロプスの咆哮と足音が響くが、それが少しずつ遠くなっていく。しかし、サイクロプスだけがここにいる訳ではない。
1体のミノタウロスとガーゴイルの群れ。ミノタウロスはともかく、ガーゴイルも一体一体がBランクモンスターであり、目測だけでも30体は超えている。
「ホルルルッ!」
「ちっ、やるしかないか………!」
流石に一体ならともかく、この数を無視して進むのは難しい。俺は燃え上がった炎から槍を作り出し、魔力を流して炎のオーラを纏わせる。フェリスも燃え上がる炎の肉体の温度を上昇させ、その魔力を収束させた。
「穿てッ!」
「ホルルッッ!」
全力で槍を投擲する。空気の壁を容易く貫いた赤い閃光は、躱す判断をするよりも早くミノタウロスの頭に命中し、跡形もなく吹き飛ばす。それと同時にフェリスは巨大な熱線を放ち、ガーゴイルの群れを焼き払っていった。
俺の手元に再び現れた槍を構え、背後に振り向く。一度立ち止まったならもう同じだ。
「てめぇもしつこいんだよ!!!」
再び魔力を流し込み、追いついて来ていたサイクロプスの胴体に槍を撃ち込んだ。直後、赤い閃光がサイクロプスの胸を射抜いた刹那、その巨体から激しく血を吹き出していく。しかし、サイクロプスが倒れるかどうかを確認する事もなく、俺とフェリスはすぐに駆け出した。
「ガアアアアアアッッ!?」
けたたましい咆哮………いや、断末魔がダンジョンに響き渡る。それを背に、俺は再び手元に現れた槍を消失させて更に速度を上げた。正直、既に炎がどうとか関係なく疲れで足が痛い。
恐らく、明日はほぼ一日中動くことは叶わないだろう。だが………とにかく、今動けばそれでいい。疲労を訴える体を無視して走り続け………その先にあった階段の前に、白い人影が並んでるのを見た。
「ちっ!」
「熾炎。あなたをこの先に行かせるわけにはいきません」
「てめぇ………!」
以前に見覚えがある醜く歪んだ顔。俺とフェリスが彼らを睨みつけると、白の裁徒達はナイフを取り出す。そして………
「熾炎………ここで、お別れです」
迷うこともなく、自分達の胸を貫いた。
「………は?」
「ふ、ふふ………そう………あなた、だけ………は」
そう言い残し、彼らは地に伏して血だまりを作っていく。理解が出来ない。数秒ほど呆気に取られていたが、復活する様子が無いのを見て再び走り始めようとした時だ。突如として彼らの亡骸の下で巨大な魔法陣が作り出され、輝き始める。
それを見て足を止める俺とフェリス。だが、その魔法陣を見て俺は目を見開いた。
「っ!?まさか………!」
「ホルルルルルル………!」
直後流れていた血と倒れていた彼らの亡骸は魔法陣に沈んでいく。そして、その魔法陣の輝きが増す。そして、大量の魔力を放ち光り輝くその魔法陣から巨大な影が現れ始めたのだ。
それは俺ですら感じるほどの膨大な魔力。炎の肉体となっているフェリスよりも一回り大きい見上げる程の巨体。五つの頭を持ち、その口から吐く息は肉眼ではっきりと見えるほどに濃縮された高濃度の毒。
最も危険度が高い区分に分けられ、その名はフェリスと並んで有名な龍種として認定されるSランクモンスター―――ヒュドラ。
魔龍程ではないものの、その脅威は十分に匹敵すると言っても過言ではない、国災級のモンスターだった。
「くそっ………」
圧倒的な再生能力に、少しでも吸ってしまえば即死する程の毒。油断はしてはいけない相手だが、ここで時間を使っている訳にもいかない。
「ホルルルルルッッ!」
その時、フェリスが俺の前に立ち、大きく翼を広げた。その姿を見て、彼女の意思を汲み取った。
一瞬だけ目を閉じ、再び開いた後にこちらに視線を向けていた彼女の目を見る。
「………フェリス。ここは任せる」
「ホルルル!」
「頼んだぞっ!」
そう叫び、俺は駆け出した。それを見て俺に毒のブレスを吐こうとしたヒュドラの首に炎の弾幕が命中する。大きなダメージではなかったらしいが、それでも俺から気を逸らしてフェリスに意識を向けたヒュドラ。
「ホルルルルッ!」
「グルルル………」
明確に、彼女を倒すべき敵だと認識したらしい。その間に俺は階段に飛び込み、一気に駆け下りていく。雰囲気からして、この先が最下層だ。そして、奴らがまだ邪魔をしていたと言うことは、まだ転移は完了していないはず。
長く続いた階段が終わると、そこは今までと違った一直線の暗く巨大な通路だった。だが、その雰囲気の変化を気にするより先にすぐにその一直線の通路を駆け抜ける。
「はぁ………!はぁ………!」
荒れる息を無理やり整え、少しずつ見えて来た光を見て俺はさらに速度を上げた。そして………その光に飛び込む。
「っ………」
その先に広がっていたのは広い部屋だった。周囲の壁は何故かボロボロに破壊されており、部屋の中央には一人の白いローブの男。そして、その隣にはルーナがいる。
「へぇ、もう来たのか。もうちょっと掛かると思ってたのになぁ」
「ノインさん………」
ルーナが俺の名を呼ぶ。その隣にいる男が放つ、今までの奴らとは明確に違う雰囲気と魔力を感じ取り、俺は睨みつける。
「お前だな………【冥淵】の継承者は………!」
「流石に気付くか。まぁ、その上で来たんだろうけど」
「………これは警告だ。今すぐ投降してルーナを返せ。でなけりゃ………白の裁徒。てめぇら全員を、ここで殺す」
部屋の奥で術式を編んでいるローブの男達。恐らく、転移用のゲートを作っているのだろう。余計な問答は必要ない。ただ、彼女を返すか否か。それだけの問題だった。
「とのことだけど………どうする?」
男は何故か隣にいるルーナにそう声を掛けた。意味が分からないが、返事をするつもりがないならそれでいい。すぐに戦闘態勢を取ろうとして。
「………ノインさん。お願いがあります」
「………何?」
突如告げられたルーナの言葉に、俺は動きを止める。何故このタイミングなのだろうか。ますます理解できなかったが、次の言葉を待ち―――
「どうか………もう、その力を使うのをやめてください。これ以上………誰かのために戦うのはやめてください」
「………は?」
続けられた言葉に、思わず声を漏らした。何を言っている?戦うのをやめろ?まさか、自分を攫った奴の身を案じてるのか?………いや、違うな。何らかの魔法で精神支配を受けている………または、あまり考えたくはないが、既に【冥淵】の影響を受けて思考が汚染され始めているか。
どちらにせよ、まともな精神状態ではないだろう。なら、時間を掛けるのは悪手だ。ルーナに問いただすこともせず、俺はため息をつく。
「はぁ………小賢しい真似をするんじゃねぇよ………そっちがその気なら、いいさ」
燃え盛った炎の中から剣を作り出す。そして、炎のオーラを纏うその切っ先を男に向けた。明確な殺意を宿してその男を睨む。
「問答はいらない。てめぇら全員死ね」
結局、この方が簡単だ。
「ノインさん!私は………!」
「無駄だ。あの状態になれば、もう何を言っても聞かない。………掛かってこいよ。道中で疲れてるお前が、どこまでやれるか見せて貰おうか」




