52話
共にダンジョンに飛び込んだ俺とフェリス。フェリスが羽ばたくたびに熱波が周囲に吹き荒れ、俺の駆けた後には燃え盛る炎が残されていく。一層は単調な通路で、分かれ道も少ないらしい。
モンスターも低ランク。ゴブリンやスライムと言った低級のモンスター程度な物だ。けど、今の状況ではそれすらも邪魔で仕方ない。
通路の先で耳障りな声が複数。舌打ちをして、右腕に大火を纏わせた。
「どけっ!!!」
その腕を立ち止まらないままに振るう。放たれた業火の渦が前方で行く手を阻もうとしていたゴブリンの群れを呑み込み、声を上げる事すらなく一瞬でその身が炭化し、その小さな体躯が崩れ去る。それを一瞥することもなく踏み越えて、炎と共に駆け抜けていく。
その途中、一瞬だけカチリと小さな音が耳に入る。直後、俺が炎を纏ったと同時に足元に大きな穴が開く。だが、床が無くなった事による浮遊感を感じるよりも先に俺は炎と共に通路の先へ転移し、再び走り始める。
「ホルルルルッ!」
再びモンスターが姿を現した時、フェリスが甲高い鳴き声を響かせて翼に炎を宿す。その燃え盛る翼から無数の炎の弾幕を放ち、進む道を切り開く。俺達は立ちはだかるモンスターを一蹴し、邪魔な罠を飛び越え、時には強引に破壊する。
そんなことを繰り返し、半刻もしないうちに2層への階段を見つけた。
「ちっ………!」
一段ずつ降りる時間が勿体ない。足に炎を纏わせ、爆発させて一気に降下していく。地面に激突する寸前で再び足に炎を纏わせ、着地と同時に爆破する。
その反動によって得た加速で2層を駆け抜けた。フェリスも全身を炎に包み込み、輝く軌跡を残しながら加速し、俺達の炎によってこのフロア全域の温度が上昇する。
その途中、再び罠を踏み抜いてしまった。次の瞬間、前方の通路が巨大な壁によって閉ざされていく。
「あぁくそっ………めんどくせぇんだよ!!!!」
両足に炎を纏わせ、右足に纏う火炎を爆発させて加速する。そして、左足で燃え盛る業火を纏った飛び蹴りによってその障壁をぶち抜いた。決して薄い壁ではない。俺の左足にも反動で痛みが走るが、そんなこと気にしていられなかった。
何度か冒険者とすれ違うが、彼らは一様に俺達が纏う熱量を察し、慌てて道の端に寄っていく。時には戦闘中だったと思われる冒険者もいたが、彼らが退いたところでモンスターをその熱をぶつけて排除し、そのまま駆け抜けていった。
3層に辿り着く。それを抜けて4層、5層と恐らく俺達は未だかつてない程の速度でダンジョンを踏破していった。休みなく走り続け、恐らく外で日が昇り始めた時間が経つ頃には既に9層を走っていた。8層からが深部階層とされているはずだが、未だに奴らとは出会っていない。
「っ………はぁ………はぁ………!」
炎を燃やし続けたことで、俺の体温もかなり上昇していた。戦闘の殆どはフェリスに任せて、炎の使用は最低限にしていたが、ついに手足の先から身を焦がすような熱が襲ってくる。
更に一身に走り続け、俺自身体力には自信があったがそれでも限界はある。歩き続けるだけならともかく、数時間にも及ぶ全力疾走は疲労となって蓄積していた。
そして、鳥の姿で飛行していたフェリスが人の姿となり、大きく声を上げた。
「ご主人様!一度休憩しよう!?」
「いや、このまま走るぞ!」
「で、でも!」
「このくらい考えてなきゃ、最初からこんな提案してねぇんだよ!!」
この様子では、恐らく相手も休みなく進み続けているはずだ。既に10層よりは深い階層………20層は無いと考えれば、既に最深部付近にいてもおかしくない。
後数層程度で終わるダンジョンだとしたら、もうこのダンジョンからは脱出しているだろう。だが、まだまだ続くダンジョンならかなり深い所………17~8層といったくらいでもおかしくはない。なら………
「もうこれより下には誰もいないはずだよな」
「え?………あ、多分。最高到達階層は12層だけど………1例しかなかったって」
「そのパーティーも今は街にいないんだったな」
なら、もう遠慮はいらないだろう。俺は一気に足を止める。今までの速度が乗った状態で唐突に止まったため、慣性によってかなりの距離を滑ることになったが。
そして、立ち止まった俺を見てフェリスも立ち止まり、首を傾げた。
「ご主人様?やっぱり休け………っ!?」
休憩するのか。そう問おうとしたフェリスは、俺の中で更に膨れ上がる膨大な熱を見て息を呑んだ。彼女も業火の担い手だ。俺のしようとしていることに気が付いたのだろう。
「駄目だよご主人様!その状態でそんな炎を使ったら………!」
「―――紅炎」
俺の周囲の大地が融解していく。俺の姿が二重、三重に揺らぐほどの温度を放っていた。その温度を右手に収束させ、俺は大きく跳ぶ。階層の天井に足を付け、一秒に満たないその一瞬ですら天井が融解していった直後、俺は天井を蹴って地面に迫る。
そして、纏った劫火を地面に叩きつけ――――――周囲一帯を呑み込むほどの大火が、全てを覆っていった。
「っ!?」
「ほう………」
白の裁徒に連れられて通路を歩いていた時、突如として強い揺れを感じた。突然の出来事に私は息を呑んで上を見上げ、集団の先頭に立っていた白いローブの男が小さく息を漏らす。
「熾炎の貴公子………噂には聞いていたが無茶をするなぁ」
「っ………今の揺れは………」
ノインさんなのだろうか。彼らに連れ去られた私を助けに来たんだろう。けれど、あの人の熱は膨大すぎるが故に、己自身すらも焦がしてしまう。今の揺れを考えれば、どれほどの炎を使ったのかなど想像も出来なかった。
「その覚悟が、彼自身を滅ぼすと言うのに………」
意味深な呟きを残しつつ………その男は目の前にあった巨大な扉を開いた。そこには、今までのどの階層よりも広い部屋が広がり、少し息が詰まる程の膨大な魔力が渦巻いていた。そして、四方の壁には壁画と………やや古い言葉が。とは言っても、使われなくなって数千年と言ったほどの物ではない。少しその気になれば、覚えることは容易かった。
そして、私はその知識を持っていた。
「っ、これは………!?」
「よく見ると良い、【命煌】の継承者。これが………………守護者の真実だ」
数分。その場を煙が覆っていた。それがようやく徐々に晴れて良き………広がる景色にフェリスは目を見開く。狭かった通路の壁は全て吹き飛び、恐らくフェニックスでなければ確実に死んでいたであろう劫火によって空いた大穴。それが何層も床をぶち抜き、下の階層へと続いていた。これで15層までは届いただろう。
そして、その炎を放った俺の右腕は完全に焼き焦げていた。殆ど感覚が無くなった右腕を見て舌打ちをする。
「ちっ………無茶をしたな」
「無茶をしたじゃないよっっ!!!そんなんでどうやって戦うつもりなの!?」
「ポーションはある。それで誤魔化すさ」
「っ………ご主人様のバカ!!」
フェリスの罵声を無視し、城を出る前に渡されたポーションを右腕に振りかけた。城で常備していただけあって、効果は高く一気に傷が回復していく。完治とまではいかないし、微妙に治った火傷のせいで寧ろ痛みが増してきたが、動かないよりはマシだ。
「いくぞ」
「………帰ったら、うんと文句言ってあげるから」
それは困るな。微妙な笑みを返しつつ、前に向き直り………俺とフェリスはその穴に飛び込んだ。




