46話
ダンジョンに行くと決めてから数日程。とは言っても、俺もダンジョンの攻略経験がある訳でもないし、そもそも冒険者ですらない。ダンジョンには冒険者以外入ってはいけないという決まりがある訳じゃないけど、そう簡単に準備が整うはずもなかった。
万全な準備をしてから挑むと約束もしているし、正直なところ数週間どころか数ヶ月を考えても良いかもしれない。
「さて、と。あれが最近ここらを騒がせてる奴か………不足無しってところだな」
まぁ、そんなわけで。今日も今日とて国王からの命令を受けてモンスター退治にやってきていた。茂みから気配を殺して様子を窺っている相手はランクBのミノタウロス。そこそこ名の知れたモンスターであり、牛の頭を持った巨人のようなモンスターだ。
彼らが持った巨大かつ堅牢な斧と、その強靭の剛腕から繰り出される一撃は樹齢1000年を超える大樹を一撃で叩き切ってしまうとさえ言われている膂力。不覚を取れば、俺の体など容易く肉片となるだろうが………丁度、それくらいの相手を探していた所でもあった。
「この剣の切れ味、試させてもらうか」
「………私は手を出さない方がいい?」
「あぁ、そうだな」
何故かついて来たフェリスにそう答えながら、俺は彼女から貰った剣を取り出す。
「点火」
俺の中で炎が燃え上がった。さり気なく振っただけでも空気が切断される音が聞こえるほどの鋭さを誇る赤い剣を構えた俺は茂みから飛び出し、それと同時にミノタウロスの頭上に向けて剣を投擲する。それと同時に炎と共にミノタウロスの頭上にある剣に転移して剣をキャッチし、ミノタウロスの首に向けて振り下ろした。
「!!!!」
その殺気を察知したミノタウロスが咄嗟に振り向きながら斧を構える。流石にBランクモンスターと言ったところだが、俺はそのまま剣を振るったことで斧と剣が激しい音を立ててぶつかり合う。
そして、吹き飛んだのは俺と数倍ほど体格差があるミノタウロスの方だった。
「ブモォッ!?」
「へぇ」
流石に俺のような小さな体躯の人間に力負けするとは思っていなかったのか、驚愕の声を上げるミノタウロス。対して、俺は関心の声を漏らす。流石に国が傾くと噂されるフェニックスの尾羽を二本も使った剣だ。
マジックアイテムとしての価値は、それこそ一国を買えるほどの値段がついてもおかしくないだろう。勿論、そんな火種を撒くような真似はしないが。
吹き飛びつつも、すぐに地面に足を付けて勢いを殺したミノタウロスに今度は直接剣を投げる。
「!」
ミノタウロスから見ても、その剣が相当な物であることを理解したのだろう。明らかに気配が変わり、その剣を全力で斧を振るって弾く。
俺は弾かれて宙を舞った剣に転移してキャッチし、そのまま地面に降りようとする。その隙を狙ったようにミノタウロスが斧を振り上げ………
「甘いな」
着地の反動をその場で回転することで逃がし、そのまま剣に魔力を込めながら振るう。魔力を流された剣は纏う炎のオーラの輝きを増し、振り下ろされた斧と激突し………瞬間、甲高く鋭い音を響かせながらミノタウロスの斧の刃が両断された。
「――――」
恐らく、今まで刃こぼれ一つしてこなかったであろう自慢の斧が容易く切断され、声すら上げずに目を見開くミノタウロス。その隙を逃す理由は無かった。俺はそのまま一瞬にしてミノタウロスの方へ飛び込み、すれ違いざまにその筋肉質な腹部を一閃する。
暫くの静寂が場を支配し………ミノタウロスの上半身が、地に落ちた。
「………骨すら突っかかりなく斬れるのか。分かってたけど、ちょっと強過ぎるな」
ミノタウロスを討伐した後、俺達は討伐した証である角を切り取って、肩に担ぎながら街へと戻った。ミノタウロスの素材は貴重で、骨や皮も需要があるらしいが俺は剥ぎ取りの技術は無いからそのまま死体は焼いた。ちょっと勿体ない………というか、間違いなく勿体ないんだが。うちだって一応にも領主の家だし、そもそも今は殆ど金を使う事が無い生活をしているのだ。
金銭的に困る事が無いのだから、わざわざ剥ぎ取りを学ぶ必要もないかと思ってそのままにしている。流石にドラゴンを倒すようなことがあればそうも言ってられないけど………当分、竜種に関しては見たくもない。
「本当に良かったの?ミノタウロスのお肉、結構おいしいのに」
「あー………死体を解体するのはちょっと抵抗があってな」
「死んじゃったらただのお肉なのに」
確かにその通りではあるが、そう割り切れたら苦労しないのだ。理解できないと言う風に言いつつ、手に持っていた串焼きを頬張るフェリス。人と共に歩む経験がないから、その文化に触れたこともなかった彼女が真っ先に興味を持ったのは食だった。
代謝をコントロール出来る上にそもそも不死の存在である彼女は食事をする必要がない。味覚や消化する能力はあるらしいが、エネルギーには変換せずそのまま体内で完全に燃焼させるらしい。ただ、それだけに食文化という物は特に遠い存在だったらしく、あれこれと興味を持ってはねだってくるようになっていた。
「ん!これ美味しい!ご主人様も食べる?」
「いや、大丈夫だ」
「そう?」
こうしていると、純粋無垢な少女にしか見えないんだけどな。彼女はモンスターとしての姿で過ごす方が好んでいるらしいが、街中を歩かせる時は必ず人の姿にさせていた。
人の姿でいる方が目立ちにくく、仮にフェニックスであると知っていたとしても見る目がかなり変わって来るだろうからな。………ま、それでも完全に、という訳にはいかないのは仕方ないのだろう。
「………」
先ほどから建物の陰に隠れつつこちらを尾行している複数の気配。最初は白の裁徒かとも思ったが、明らかに気配の消し方が素人過ぎる。場合によってはわざと気配を感じさせて警戒させ、本命から意識を反らすという事もあるが、それにしたって場所がバレていたらあまり意味がない。
というか、そういう意図があるような気配の隠し方でもない………それどころか、俺だけではなく街行く冒険者すらも気が付いてる奴がいる。
「………ねぇ、ご主人様」
「あぁ、分かってる」
「………あいつらかな?」
「ないな。ただの宿無しとかじゃないか?」
ま、結局はそう言う結論に落ち着く。勿論、万が一を考えて警戒はしているが、以前の事を忘れた訳ではない。そちらの警戒は最小限にして、寧ろ周囲に気を張る。
「宿無し………お金が無いって事?」
「まぁ、そうだな」
「………ここって、一番栄えてる街じゃないの?」
「だからこそだよ。光あるところには陰がある………ってほど大袈裟じゃないけど。誰もが平等にその豊かさを享受できるわけじゃない。中には失敗して落ちぶれたり、単に運が悪かったり………ま、そういうもんなんだ」
「ふーん………」
フェリスは面白くなさそうに鼻を鳴らす。貴族と平民で絶対的な差がある世界だ。平等なんてあるはずがない。寧ろ、万民が平等であるなんて説いた日には国家反逆罪として罰される可能性すらある。
まぁ、そんなことを言っている俺は貴族………つまりは恵まれた側の生まれなんだけどな。そんな俺がフェニックスまで連れているとなれば、後はもう言うまでもないだろう。
「ご主人様は、そういうのどう思うの?」
「どうって言ってもな………そういう奴が減ればいいなとは思うよ。ただ、俺だって貴族の生まれだし。俺が何を言っても、説得力はないだろうな」
「そっかぁ………」
「ま、面白くない話だろうけど………このまま付き纏われるのも面倒なんだよな。このままじゃ、あいつらが警備兵に見つかるのも時間の問題だろうし」
「………なんか恵んであげる?」
「別にそうしてやってもいいんだけどな。あいつらだけ助けて、他を助けないなんてそれこそ不平等だろ?それに………一度楽して救われたら、今後もそれに頼ろうとする可能性が無い訳じゃないし」
まぁ、それでも飯くらいなら奢ってやってもいいけどさ。あいつらはそれじゃ満足しないだろう。何故なら、もっと金になる………それこそ、一気に人生を変えれるほどのチャンスが目の前にあるんだから。
「………寄り道していくか」
「ん、分かった」
さっさと城まで帰るのも手だが、今後街を出歩くたびにあいつらに尾行されるのは遅かれ早かれトラブルの元になる。最悪の場合、もっと大きなトラブルが起こった時にどさくさに紛れて何か仕出かす可能性もあるし。
わざと人通りの少ない裏道に入る。すると、明らかに彼らの動きが慌ただしくなったのを感じた。そのまま少し広くなっている突き当りまで来て立ち止まり………ため息を着きつつ背後を見る。
「出てこい」
俺がそう言うと、次々と物陰から数人の男………いや、少年達が現れた。低い所で俺と同じくらいから、少し上くらい。一番年長の奴でも成人前と言ったように見える。そして、比較的年齢が高い奴らの手には、恐らく手入れもされていないであろう錆びたナイフが持たれている。
険しい顔をしつつ、その視線は俺ではなくフェリスに向けられていた。思った通りではあるが。そして、その中でも年長だと思われる男が俺に視線を向けて舌打ちをする。
「ちっ………最初からお見通しって訳かよ」
「いくら世間から離れてても、この街に住んでるんなら俺の噂くらい聞いたことあるだろ?本当にバレないと思ってたのか?」
「………他の貴族は気が付きもしなかった」
「俺をそこらの貴族と一緒にされちゃ困るな。俺はこれでも龍殺しを果たしたんだから」
龍殺しを果たした。俺の言葉に、少年たちは更に視線を鋭くする。それは最早憎悪と言っても遜色ないもので。
「気に入らねぇ………気に入らねぇっ!金持ちに産まれたくせに、腕っぷしにも恵まれて、英雄と呼ばれてチヤホヤされて………おまけにフェニックスまでテイムしやがって!!なんでてめぇばっかり恵まれて、俺達は………ふざけんなよっっ!!!」
「………ま、仕方ないか」
特に反論はないし。ただ、別に俺だって全て楽して手に入れた訳じゃない。文字通り身を焼いてでも続けて来た特訓や苦しみがあったからこそ、今の俺がある。
それを分かってもらおうとは思わないが。明確な敵意と刃を向けられたからには、その気があるということでいいだろう。
「悪い、持っててくれ」
「分かった」
俺はミノタウロスの角をフェリスに預け、ぽきりと指を鳴らす。敵対者ではあるが、流石にこの程度で殺すつもりは無い。だが、どちらにせよ。
「こいよ。全員纏めて相手してやる」
全てを運と片付けるばかりじゃ、絶対に超えられない壁があると言うのは教えておくべきだろう。




