35話
「んん………朝か」
騒動があった翌日。俺は慣れない部屋で目を覚ました。本当に故郷を離れて暮らすことになったのだなぁ、と窓から朝日を見ながら考えるが、ボーっとしている訳にもいかない。
エリーとの約束もあるしな。俺はベッドから出て身支度を済ませると、そのまま部屋を出る。この時間はまだ誰も起きていないのか、部屋の外は静まり返っていた。
俺の屋敷よりもずっと広く、長い廊下や階段を下りていく。ちょっとめんどくさく感じるほどの時間を掛けて、ようやく中庭に続く階段に出た。そこでは近衛騎士達が既に訓練を始めており、模擬戦や素振りなどを行っていた。
そして、その中の一人に近付いていくと、相手も俺に気が付いて頭を下げて来た。
「ノイン様、おはようございます。お早いのですね」
「おはようございます。ところで、ここの訓練用の武器とかを私も使わせてもらってもいいですか?」
「………ノイン様が、ですか?」
「えぇ、日課なので」
「なるほど………勿論構いませんよ。あちらにあるので、どうぞお好きにお使いください」
近衛の許可を貰って、俺は庭の隅にあった武器掛けから訓練用の剣を一本手に取る。刃が潰されているが、それなりに重量がある。普段の木剣とは比べ物にならないが………まぁ、このくらいなら大した問題じゃないか。
近衛たちの邪魔にならないように少し離れて、目を閉じる。何度も打ち合った相手だから、何となく動きのイメージは頭の中にある。その動きに合わせて、俺も体を動かしていく。
セリアの戦いは常に実践向きだった。型がある訳ではないが、その太刀筋は明らかに洗練されてると素人目にも理解は出来た。武器だけでなく、必要に応じて体術も織り交ぜた戦術。
俺はそれを何度も模倣し、自分なりに勝てる方法を模索してきた。まぁ、セリアが本気を出していたわけではないだろうし、結局身に着けた剣術を使う機会は一度もないんだけど。
そもそも、セリアに勝てるようになった大きな要因になったのが【天焔】の覚醒なのは、自分ではあまり納得できない事でもあった。
「………セリアにも一試合本気の戦いを頼んでおくんだったな」
剣の打ち合いなら、エリーみたいなことにはならないだろうし。ただ、木刀だとそもそも耐えられない可能性だってあるんだよな。普段と違う重量感の武器にはすぐに慣れ、普段通りに剣を振るう。すると、それを興味深そうに眺めていた近衛の男が一人、俺の方へと歩いて来ていた。
「ノイン様。私で良ければお相手いたしましょうか?」
「………いいんですか?」
「えぇ。先ほどからノイン様の鍛錬を拝見させて頂いておりましたが、とても見事な身のこなしです。是非一戦手合わせ願いたい」
願ったり叶ったりの男の提案に、俺は笑みを浮かべて二つ返事で頷く。正直、こういうのは相手がいる方が自分の為になるし、普段と違う相手と戦えるのは俺にとってメリットでしかない。
「勿論です。寧ろお願いしたいくらいです」
「ありがとうございます。では、よろしくお願い致します」
そう言って、男は俺の向かい側へと歩いていく。しかし、彼のそんな姿を他の仲間たちが心配そうに見ていた。恐らくは俺に怪我を負わせてしまわないか不安なんだろうが。男はその視線に気が付き、安心させるように頷く。だが………手加減されてちゃ意味ないからな。
「お気遣いなく。これでも、私は魔龍を討っているんですよ。手加減は必要ありません」
「………分かりました」
一瞬だけ迷ったそぶりを見せたものの、男は頷いて剣を構える。そして、俺も剣を構えた。それを見た男が一瞬だけ怪訝そうな表情をしたが………すぐに顔を引き締める。
まず動いたのは俺だった。相手に考える隙を与える理由はないからな。
「ッ!?」
予想よりも前のめりな姿勢に呆気に取られたのか、近衛の男は一瞬だけ反応が遅れたが、それでもすぐに俺が振るった一撃を受け止める。だが、それくらいは当然だ。
更に体を大きく反りながら男の横に滑り込み、二撃目。これも防がれる。同じように三撃目。これも防がれる。更に幾つも技を重ねて攻撃を続けていくが、有効打は入らないままだった。だが、常に位置を素早く切り替えつつ攻撃されているためか、攻勢に移れず焦りが見え始めている男。
「くっ…………!」
そして、それは俺がもっとも狙っていた状況だった。男の正面で、俺は渾身の力を込めて剣を構える。だが、男にとってそれは明確な隙であり………
「そこだっ!」
すかさず素早い一振りが俺に迫る。その速度は流石に近衛を名乗るだけあり、昨日襲ってきたナントカとか言った奴らとは比べ物にならない鋭さだ。鋭さだったのだが………その攻撃が来る事は分かっていた。
「甘いっ!」
「なっ………!?」
振りかぶっていた腕をそのまま前に突き出し、肘で男の腕を突く。
勢いの乗った男の剣は軌道を大きく逸らされ、致命的な隙を晒した。だが、俺もこの姿勢から剣を振れば間に合わない。
だから俺は更に腹部に蹴りを見舞い、完全に相手の姿勢を崩したところで剣を振るう。そして、迷いなく振るわれたその一刀は、男の肩の付近でピタリと止まった。
「勝負あり、ですね」
「………なんと」
「手加減無しと言ったんですけどね。油断していたでしょう?」
俺は苦笑を浮かべながら近衛の男に言う。いくら追い詰められていようと、近衛ならばあれだけあからさまな隙を好機だと捉えることは無いだろう。
冷静さを欠いていたのも事実だろうけど、所詮は子供だと侮っていたのも原因の一つだった。
「………申し訳ございません」
「まぁ、年齢が年齢ですからね。次にやるときは、油断なしでお願いします」
「えぇ………そうですね。これほどの腕を持ったノイン様に手加減をするなど、失礼に当たりますね」
男はしみじみと呟く。そして、立ち上がった男は顎に手を添えて話し始めた。
「ところで、ノイン様。その剣は誰に教わったのでしょうか?」
「私ですか?うちのメイドですけど………」
「…………メイド?」
「はい。メイドです」
それを聞いた近衛たちがざわめく。まぁ、気持ちは分かるよ。前世だと、メイドが戦うとか創作じゃ珍しい事ではなかった気がするけど………ここじゃ別にそんなことないし。魔法が使えれば最低限の自衛は出来る人もいるのは事実だが、元ランクB冒険者のメイドとかいう称号は、どこを探しても他にいないと思う。
「一応、元Bランク冒険者だと言っていましたけどね。なんでメイドになったかは教えてくれなかったんです」
俺がそう答えると、男は顎に手を添えたまま目を見開き、少し間を置いて話し始めた。
「元Bランク。………………もしやその方の名前、セリアと言いませんでしたか?」
男の口から出てきた言葉に、今度は俺が目を見開く番だった。
「………は?あ、すみません。……えっと、セリアを知ってるんですか?」
「やはりでしたか………」
え、何?セリアの昔の知り合いとかだろうか。そういえば、年齢も近そうに見えるけど………
「知っている、と言えばそうですね。一方的に知っていたというくらいですが」
「………?」
男の言葉がはっきりせず、小さく首を傾げる。すると、男はそんな俺を見て続きを話し始めた。
「烈攻のセリア。ランクEからBまでの最速到達記録を持っている、二つ名持ちの冒険者だった人です。絶え間ない攻撃と、幾つもの技で相手に反撃の余地を与えない熾烈な戦いをすることからそう呼ばれていたんですが………」
「………セリアが?」
「えぇ。ノイン様の戦い方、見覚えがあるんです。会話はしたことはありませんが、何度か任務を共にしたことがあるので………その戦い方に、ノイン様はそっくりなのですよ。構え方も」
だからあんな表情をしたのか。と納得はした。納得はしたが………セリアが二つ名持ちの冒険者だったと言うことに、驚きを隠せなかった。っていうか、それだけ名を馳せた冒険者が何故父さんの下でメイドをやっているんだ?
「ある時から急に姿を見なくなったので、王都を出たんだろうと一時期話題になっていたのですが………まさか、フロスディア辺境伯のメイドになっていたとは」
「ちょ………えぇ?それについては私も初耳なので、すごく驚いてます………。確かに、底の知れなさは感じたことがありましたけど………」
「ノイン様は彼女とずっと鍛錬を?」
「エリー程じゃないですけど、時間がある時は。………今考えると、凄い贅沢だったんですね」
二つ名持ちの冒険者と、一対一で鍛錬を付けて貰える。普通なら、報酬を払ってでも望むくらいの物だろうし。本気を出してほしいとか、変なこと言わなくてよかった。セリアに勝てるようになって少し自信が付いてた俺が、剣を捨てる原因になってたかもしれない。
「そうですね………気になれば、冒険者ギルドの方へ聞いてみると良いかもしれないですね。ですが………」
「?」
「………今は、彼女を気にしてあげたほうがよろしいのではないのでしょうか」
男がチラリと見た視線の先を辿ると、中庭の外側………そこにはルーナが熱い視線を向けていた。誰にとは言わないが。恐らくは俺が男と模擬戦をしてる途中から見ていたんだろうが………まぁいいや。俺は男に一言礼を言って、ルーナの所へ向かう。
「おはようございます。ルーナ様」
「お、おはようございます………」
「………えーと、何か御用でした?」
え、気まず。そんなことを言う訳にもいかず、取り敢えず何か用事でもあったのかと聞いてみる。まだ朝食の時間には早いし、ルーナが鍛錬をするようにも見えないから多分俺を探していたんだと思うが。
「あ、いえ………その、お部屋にいらっしゃらないようでしたので、少し気になってしまって………」
「あぁ、なるほど………えっと、中に戻りますか?」
まぁ、ルーナと一緒にいるのが最優先事項だし。流石に今の様子のまま一日中と言うのは流石に疲れるから、距離を縮めるのは互いに慣れてからが良いだろうけど。
「い、いえ!お構いなく!私の事は気にせず、鍛錬を続けて頂ければと………!」
「そう、ですか?でしたら、お言葉に甘えますけど………」
「はい………あ、でも、その」
俺が近衛たちの方へと戻ろうとすると、ルーナが思い出したかのように声を上げる。やっぱり用事でもあったのかと思って振り返った。
「はい、なんでしょうか?」
「そ、その………………えっと、わ、私の名前」
「?はい、名前がどうしました?」
「………呼び捨てで、呼んで欲しいな、と」
「………………呼び捨てで?」
「は、はい。出来れば、敬語もなしで………」
え、なんで?いきなり距離を縮めて来たんだけど。と思ったが………何かを期待するような目と、ほんのりと染まった頬。そして、今までの言動を思い出して………何となく合点がいった。
あれだろうか。憧れと言うのかは分からないが、治安の悪さが一周回って格好よく見えるやつ。多分、ルーナは俺のとげとげしい部分………特に、好戦的で戦闘中はぶっきらぼうになってしまうような所に惹かれてしまったのだろう。もしかしたら、あの時助けたことも関係してるのかもしれないが。
難儀だなぁ。悪い男に惚れそうな感性してやがる。………俺がいい男かどうかはひとまず置いておいて。
「あー………まぁ、うん。分かった。これでいいか?ルーナ」
「っ………は、はい!ありがとうございますっ!」
ぱぁっと。そんな表現が似合う様子で笑顔を浮かべるルーナ。本当に大丈夫なのかなぁ………そんな不安を抱きつつ、俺は訓練の方に戻った。その間、絶えず注がれる熱い視線に全く集中することが出来なかったが。




