30話
俺が王都に旅立つ2日前。俺とエリーはあの山の山頂にいた。忘れることもない、吹雪の元凶。災厄の魔龍を討ち、俺が初めて青空を見たこの場所に、エリーが俺と共に来たがったからだ。それが、感傷の一つなのだと言うのはすぐに理解できたけど………それだけではないのも、付き合いの長い俺には分かった。
「やっぱりここは暑いね。寒いのに慣れている僕には、少し暑すぎるくらいだ」
「俺は寧ろ丁度いいくらいなんだけどな」
「なら、たまに来てみればよかったじゃないか」
「冗談言え。お前の頼みじゃなきゃ、こんなとこ二度と来ないぞ」
とは言え、改めて来てみれば俺も色々と湧き上がる思いがあるのは確かだったけど。あらゆる変化の始まりの地。寒波と滅びの運命は終わりを迎え、俺の新たな物語の始発点となった。きっと、今回の事もその一つに過ぎないのだろう。今日は、あの日と同じように雲一つなく晴れ渡っていた。
何となく………きっと、俺はこれからも多くの出来事に直面するのだという予感があった。それは、燻る炎のようにぼんやりとしたものだったが………
「で、なんだってこんなとこに?」
「………ノイン。暫く君とは会えなくなる。最後の思い出という訳じゃない。けど、何か深く記憶に残る事をしたいと思ったんだ。だから………………僕と、ここで戦ってくれないかい?今までの模擬戦とは違う、本気の戦いを」
「それ本気で言ってるのか?怪我じゃ済まない可能性だってあるぞ」
そう言いつつも、俺は何となくこうなることを予想はしていた。そして、そんな返答に意味がない事も。見送り前の思い出作りが戦いって言うのはどうかと思うけど………俺とエリーが最も得意とするものだからな。だから、エリーは笑みを浮かべて首を振る。
「僕達には、言葉以上の繋がりがある。時間以上の信頼がある。けれど………まだ君と、本当の全力をぶつけた事が無かった。だから、君の全てを受け止めたい。そして、僕の全てをぶつけたいんだ。全てのきっかけになった、ここで」
「………ったく。対魔法用のマジックアイテムくらい用意したんだろうな?」
「勿論だ。もしもの事があってはいけないからね。ほら、こっちは君の分」
そう言って、エリーは一つのペンダントを差し出して来る。魔法に対して無条件でダメージを軽減するこれは、当然ながら安い代物ではない。恐らくはフレジオさんだろうけど………用意してくれたと言うことは、それだけの覚悟がエリーにもあって、フレジオさんも納得しているのは理解できた。
「この戦いで使い捨てになるかもしれないけどね。もし壊れなかったら、それは君がそのまま持っていて」
「………あぁ、分かった」
互いにペンダントを首にかけ、距離を取る。それ以上の言葉はない。同時に足を止め向き合う。互いに魔力を高めるのが合図だった。
「点火」
俺の中で燃えていた炎が、一瞬で大火となる。ただでさえ温度が高い山頂の温度が上昇していき、俺の周囲の景色が揺らめいた。
「最初から、上げていくぞ」
そして、俺の中で湧き上がる温度を放つ。銀世界とは程遠い、煤を浴びて黒くなったこの地に再び火が点いた。あの日と同じように。ただでさえ暑いと言っていたエリーは当然、それだけでもかなりキツイだろう。だが、彼女に浮かぶのは笑みだった。
そして、エリーの周囲に無数の光が展開され、俺も両手に炎を纏った。
「さぁ、いくよ!」
「こいッ!」
直後、無数の光の弾幕が放たれた。今までと違い、触れれば地面に罅を入れるような威力を持った光の弾丸。俺はその弾幕を、右手に纏った炎を振るって焼き払う。
駆け出した。続く弾幕の間を縫うように一瞬でエリーに接近し、それを見たエリーが巨大な光線を放つ。俺は迫る光線を、真正面から殴りつけた。極光と火炎が衝突し、大地に亀裂が入る。しかし、続いた力の衝突は俺の腕に纏った炎が更に勢いを増し、俺がその光を貫くことで終わる。
「っ………!」
それに一瞬だけ目を見開いたエリーだったが、すぐに表情を引き締めて光の結界を作り出す。だが、その程度なら俺の前で一瞬にして崩れる壁でしかない。上昇した温度をそのままに、結界を殴りつけ………砕け散った音と共に巻き起こった爆発。目の前で起こった爆発だったが、なんとか俺は体の前で腕を交差し、後ろに下がる。
咄嗟に防御の姿勢に切り替えたために大したダメージではないが、直撃していたらそれなりに痛かっただろう。爆発が消えた中で、エリーはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「甘いよ。何も考えてない訳がないだろう?」
「そうだな。舐めてた訳じゃないけど、やっぱりお前は大した奴だよ………だから」
熱量を、更に上げる。俺の中で更に燃え上がる魔力に気が付いたエリーは、額に汗を流していた。
「加減はしない………!」
瞬時に炎の槍を作り出し、投擲する。その込められた魔力に気が付いたエリーはすぐに駆けだした。俺と何年も共に高め合ってきた彼女だ。身体能力も相応に高い。その速度は、一瞬にして槍の軌道から大きく離れるほどだ。
俺の投げた槍が先ほどまでエリーがいた場所に直撃し、巨大な爆発を起こす。そのまま山頂を回るように走るエリーに周囲に作り出した火球から次々と熱線を放った。
山頂で連鎖して起こる爆炎。麓まで響くほどの轟音が大地を揺らし、まるで花火でも巻き起こっているかのように光が乱反射する。
「光よっ………!」
エリーも爆炎と熱線を回避しつつ、周囲に光を作り出す。そして、膨大な魔力を感じるその光が収束していくと、光線が発射された。
俺は炎に包まれ、その場から消える。直後、俺のいた場所では光の爆発が巻き起こり、周囲を吹き飛ばしていた。それを見て確信する。
恐らく、終わる頃にはここは原形を留めることはないだろう。だが、そんなことがどうでもよくなるほどに、互いにヒートアップしていた。
山頂で無数の熱線と光線が交差する。続く爆炎と爆発が岩を吹き飛ばし、大地を削る。放たれた光の弾幕は業火に掻き消され、炎の嵐は光の壁に阻まれる。
まるでここだけが火山だった。炎と光の熱によって溶けだした岩や地面が溶岩のようになっている。
当然、そうなれば俺もエリーも足を付ける場が無くなっていく。だが………
「そんな無茶なことあるかよ………!」
「君のほうが大概だ!」
エリーは光の結界を足場にし、それを蹴って空中を移動する。無論、その間にも攻撃は止まる事が無かった。そして、俺は空中で転移を繰り返し、姿を現すと同時に熱線を放つ。どちらも同じ場所には一秒以上は留まらない。
互いに放つ攻撃はどちらも当たらず、巻き起こった爆発は代わりに山を抉っていった。自分の偉業を成した地を、自分で消し飛ばしていく。ただ、俺はそれに感慨など無く。
寧ろ、あの魔龍との記憶をこの戦いで塗りつぶす事に高揚感さえ覚えた。だが、それも永遠に続けるわけにはいかない。俺の上昇した熱が、少しずつ限界に近付いていた。手足の末端から、身を焦がすようない痛みが襲ってくる。だから………
「これで終わりにするぞ、エリー!」
「ふふっ、名残惜しいけどそうみたいだ。だから………僕の全て、ここで受けていけっ!」
互いに魔力を膨れ上がらせる。俺の両手の中で収束する熱量は俺の腕が二重に見えるほどの熱を放ち、エリーが作り出す光は直視すれば目がつぶれてしまうような強烈な光だった。そして、それを放つのは同時。
直接触れていない周囲の大地すらも一瞬で融解する程の炎と、太陽の光をそのまま放ったかのような極光がぶつかり合う。そして………山頂を、巨大な爆発が覆いつくしていった。
「………はぁ………はぁ………」
まるで景色が変わった山頂で、俺は荒い息を吐く。かなりの熱量ではあるが、まだ倒れてしまう程ではない。とは言え、これ以上続ければそうなってしまうのは明らかだったが。
「っ………ふふ。やっぱり勝てないか………」
エリーは笑みを浮かべつつ、地に倒れてボロボロの姿で呟く。大した傷はないが、すぐに起き上がることが出来るダメージではないようだ。とは言え、喋る余裕があるようだし、命の危険はないのだろうけど。
ただ、エリーが首に掛けていたペンダントは完全に割れていた。対して俺のペンダントは傷一つなく光を反射する。
「あーあ………父さんに怒られそうだなぁ」
「僕もだね。一緒に怒られようか」
「一応、俺はいい子ちゃんで通すつもりだったんだけど」
「誰もそんな風に思ってないから安心するといい」
軽口を言いつつ、まだ起き上がる様子のないエリーに近付いていく。それを見たエリーは小さく苦笑し、呆れたようにため息をついた。
「はぁ………僕は魔力を殆ど使い果たしたと言うのに、君はまだまだ余裕がありそうだね」
「魔力的にはな。でも、これ以上は俺の体が持たない」
「難儀だね………けど、そうか。………君はまだまだ成長する余地がある。僕も置いていかれないように努力してきたつもりだけど」
「………そりゃ、簡単には負けてられないからな」
「………これでも、君が魔龍を討った戦いには届かないんだろうね」
そりゃそうだ。あの時と同じ火を放てば、俺もエリーも無事で済むわけがない。あの日は今と違って魔龍の吹雪で周囲が冷めきった状態でも、この地が焦土になる程の炎だったのだから。もう二度と、あの炎を使う事はない方がいい。
「立てるか?」
「………ごめん。無理そうだ」
「ったく………ここから街まで遠いんだぞ」
俺はため息をつき、エリーをおぶる。途中で動けるようになったら自分で歩いて貰おう。そう思いつつ、俺はそのまま山を下り始めた。すると、エリーは申し訳なさそうな声で話し始めた。
「僕の我儘に付き合ってもらったばかりに、申し訳ないね」
「別にいいよ。俺も、実は一度お前と本気でやり合いたいと思わなかった訳じゃないし」
「ふふ、結局似た者同士だ」
「俺は自制出来てるからな。一緒じゃないぞ」
そんな会話をしつつ、俺達は街まで戻った。当然、あれだけの戦いをすれば街でも既に話が伝わっていて、俺とエリーは纏めて父さんにこっぴどく叱られた。でも、俺達を叱る父さんは、二人であんなことをした理由を問わなかった。
想像するのは難しい事じゃないだろうからな。それもあってか、想像してたよりは早く説教は終わった。まぁ、次があったら始末書を書かせると釘を刺されたけど。マジでもう二度としない。
そして、そんなことがあった次の日は前日の戦いの疲れを癒すために使い………約束の、月の初めが来ていた。
街の皆には俺が暫くは王都で社会勉強として暮らすことになると伝えている。もしも本当の事を伝えると、俺を慕ってくれる街の人たちの間で暴動が起こりかねないからな。
このことを知っているのは俺の家族や使用人以外では、フレジオさんとエリーの二人だけ。だからこそ、飛行船への見送りも彼らだけだった。
「ノイン、忘れ物はないかい?」
「何度も確認したよ。それに、あんまり持っていくものはないし」
「そうか。まぁ、王都だしもし忘れ物があってもそっちで買い揃えられるだろうけどね。………ノイン。君は向こうで、多くの事を自身で選択しなきゃいけない。父として、それを見守ることが出来ないのは申し訳ないけど………君なら大丈夫だと信じている。だから、君は自分の選択を信じなさい」
「あぁ、ありがとう。でも、これからも連絡はするから。そういう時は、相談に乗ってくれよ」
「うん。いつでも待っているよ」
父さんは笑みを浮かべて頷く。親離れ………にはちょっと早いか。まだ俺は貴族としては未熟だし、人としても大人の経験はない。だから、父さんに頼ることはまだまだあるはずだ。ただ、折角王都と言うこの国で最も栄えた街に行くんだ。
帰る頃には、成長した姿を見せてあげたい。
「兄さん………その」
「イリス。あんまり構ってやれなくてごめんな」
「ううん………帰って来るよね?」
「あぁ。勿論だ。今度は、一緒に外に出掛けような」
「………うん」
もうちょっとお兄ちゃんらしいことしてやれば良かったな。もし帰ってきたら、もっと構ってやろう………いや、その時になったら反抗期になってるかもしれないな。お兄ちゃん離れされてたらちょっと悲しいかも。
そんな事を考えていると、エリーが俺の傍に歩いて来る。俺も、こいつとは最後に話したかった。
「ノイン。僕は君をいつまでも待ち続ける。……………君がどんな選択をしてもいい。でも、必ず帰ってきて」
「当たり前だ。その日までに、ちゃんとご飯食べてでっかくなっとけよ」
「余計なお世話だ。君こそ、王都での生活で鈍って僕に負けないように気を付けなよ」
「あぁ、そうだな。あっちでも修業はするさ。だから、帰ったら―――」
「ノイン?もうあんなのは勘弁だからね。絶対に駄目だよ」
父さんが割り込んで釘を刺して来る。まぁ、今の話の流れだと不安になってもしょうがないけどさ。
「違うよ。けど、ちょっとした戯れくらいなら良いだろ?」
「………本当にそういうところが困ったものだよ」
ため息をつく父さん。けど、こればっかりはもう俺とエリーの関係でもあるから。
「じゃあ、ノイン。元気で」
「あぁ、そっちもな」
時間が迫り、俺は飛行船に乗り込む。荷物は乗組員が既に中に運んでくれていた。俺はその途中で一瞬だけ振り返り………俺を見つめる皆に手を振った。
「いってくる」
「うん。いってらっしゃい」




