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22話

 会場に響く歓声。まさか、一種の催し物だったのかと一瞬思ってしまう程の拍手喝采に包まれていた。短剣を振り下ろした男の右腕を掴んだ際に込められていた力を考えれば、その線は有り得ないと言って良いんだが。

 警備兵が照明を取り替え、会場に明かりが戻った直後、俺の下に駆け寄って来るルノジスさんの姿を見て俺はわざとらしくため息をついた。


「ノイン様!誠に申し訳ございません………!」

「………一応聞いておくんだけど、何してたんだ?」


 戦闘後で少々気を張っていた事と、そもそもこんな状況で影すら見えなかった騎士団長に不信感を抱いていた俺は、敬語を使うことも忘れてルノジスさんに尋ねる。すると、ルノジスさんは苦虫を嚙み潰したような顔をして………


「実は、警備兵から不審な人影が外をうろついていると報告があり、確認に行ったところで奴らの襲撃を受けたのですが………」

「………なるほど。実力的には大したことなかったが、頭は無駄に回るみたいだな」


 となれば、警備兵が手薄だったのも頷ける。大体はルノジスさんの方に出払っていたのだろう。だとしても、あれだけの数が会場に入れる警備はザルと言わざるを得ない気がするが。


「………大したことない、ですか」

「何か気になる事でも?」

「ノイン様は、彼らがどのような者達かご存知でしょうか?」

「いや、全く」

「………彼らは白の裁徒を名乗る、4年前程から確認され始めた集団なのですが………なんでも、龍を信仰しているらしく」

「龍?」


 龍を信仰って、どんな酔狂だよ。ただ、そうなってくると国王陛下や俺を咎人と呼んだ理由が何となく察せるな。確か、エリーの話だと国王も魔龍を討伐した英雄の一族らしいし………


「つまり………龍を討った一族である国王陛下と、俺を目の敵にしてると?」

「はい、恐らくは。………他にも、龍とは呼べない格の低い竜種を討つ者にも手を出しているらしく。………高い練度を持ち合わせているために、我々も手を焼いている所だったのですが」

「高い練度?あれで?」

「………はい」


 気まずそうな表情を浮かべて頷くルノジスさん。いやまぁ、俺の比較対象が魔龍だったのもあるんだろうが………


「当然だ。奴らが想定していたのは、あくまでも騎士や兵士との戦闘だからね。君のように、体も小さく拳一つで無茶な接近戦を挑んでくるような相手は、相手にとってもイレギュラーだったはずだ」

「………エンゲル公爵?」


 俺に声を掛けて来たのは、数時間前に話したギルバートだった。彼と一緒に父さんとエリーもいるから、恐らく何かがあって成り行きで一緒に来たのだろう。なるほど。少しでも接触するチャンスは逃さないと言う事か。

 俺が小さく会釈すると、彼は笑みを浮かべながら頷く。


「さっきぶりだね。ノイン殿。君の戦いを見させてもらったよ。実に見事だ」

「ありがとうございます………奴らの事について詳しいので?」

「詳しいと言う程でもないが、積極的に情報は集めているくらいだね。気になるかい?」


 そりゃあ、気になるに決まっている。これだけ貴族が集まっている場で騒ぎを起こし、国王陛下を狙うような連中なのだから。しかし………俺が興味のあるような素振りを見せた瞬間、一瞬だけギルバートの目線が鋭くなったのを見逃さなかった。


「いえ、結構です。私はあまり関わり合いになりたくないですし」

「そうかい?君も狙われているのなら、少しでも情報を持っている方が良いんじゃないかと思ったのだけどね」

「どちらにせよ、あの有様ですからね。奴らが何を仕掛けて来ても、どうにでもしてやりますよ」

「………それは頼もしい言葉だ。流石、魔龍を討った英雄と言わざるを得ない」


 ギルバートの言葉に、父さんが一瞬だけ安堵した表情を浮かべる。情報と言うのは資産だ。有象無象の情報なんかに価値はないが、知る人の少ない希少な情報程価値がある。

 無論、それを提供されるからには何らかの代価が必要になる訳で。それに気が付けないと、今後この男には手駒にされる未来が避けられないだろう。


「しかし、相手も相応のやり手であることは事実だ。慢心で足元を掬われないように気を付けたまえ。………さて、私はそろそろ時間だ。ここでお暇させてもらうとしよう」

「はい、ご忠告ありがとうございます」

「今日は君に会えてよかった。何かあった時は遠慮なく頼ると良い」

「えぇ。ではまた」

「あぁ。また」


 そのまま会場の出口で待機していた数人の付き添いを連れて会場を出ていくギルバート。その後ろ姿が見えなくなると、父さんが小さくため息をついた。


「………よくやったよ。ノイン。ルーナ様を助けたことも、彼の事もね」

「ま、警戒はしてたし。俺としてはやっぱり、ああいうのよりも暴徒みたいな連中を相手にする方が得意なんだけど」

「そういうところが無ければ、君は貴族として申し分ないんだけどね………まぁ、それも含めて君の良さだ。自制が出来ているなら私から言うことはないよ」

「気を付ける。今回みたいなことがあったら、我慢できる自信はないけど」


 俺がそう返すと、父さんは苦笑する。国王陛下の庶子を救った手前、それをやめるべきだとは言えないが、父としては息子が面倒ごとに飛び込むことを歓迎は出来ないんだろう。

 ともあれ、意識を失っていた裁徒達は既に警備兵たちによって連行され、会場も落ち着きを取り戻しつつあった。ただ、それでも俺達が注目の的になっているのに変わりはなかったが。

 騒動があったからか、人もかなり減ったように思える。寧ろ、この状況でまだパーティーを続ける豪胆さには少し驚くところがあるけど。


「………ノイン。僕達も帰ろう。ここに居たら、気が休まることはないだろうし」

「ん?………そうだな。そうするか」


 エリーが少し元気がない………と言うより、少し不機嫌な様子に少し疑問に思ったが、彼女も彼女で色々と背負い気味な質だから仕方ないのかもしれない。

 それに、濃い一日だったのは間違いないし。国王陛下との謁見に、この式典に、奴らの襲撃に………1年で起こるビッグイベントを濃縮したと言っても過言じゃないだろう。


「じゃあ、私達は宿に戻ろう。時間も――」

「待て。ライツ・フロスディア。貴様の令息に用がある。時間を貰うぞ」

「っ!………陛下。我が息子に何の御用でしょうか」


 父さんが咄嗟に膝を付いて尋ねる。その隣にいたエリーも同じように跪いたため、俺も空気を呼んで同じようにする。


「何用、とは?聡い貴様が、何に関する要件か察せぬほど愚かではなかろうな」

「………はっ。ノイン。国王陛下が君に用があるそうだ」

「えっ、でも………」

「ノイン」


 有無を言わさぬ父さんの声。少し様子がおかしいエリーの事の方が気になるが、どうあっても国王には逆らえないのだろう。いや、普通に考えれば当たり前だけどさ。


「………かしこまりました」

「付いてこい」

「はっ」


 ここじゃ駄目なのかぁ………せめて父さんがいる前で話したかったなぁ………。そう思って一瞬だけチラリと父さんの方を振り返るが、傍から見ても分かる程に不安そうな表情を浮かべながら首を横に振られた。多分、今の俺も父さんと同じような顔をしているかもしれない。


「不安であるか」

「えっ、あ、いえ!そのようなことは………」

「武功を立てる方が得意だと言うのは偽りでは無いようだな。謁見では見事な振る舞いだったが、このような状況ではそれも叶わぬか」


 国王陛下は俺を振り向きもせずに話しながら進む。人の群れが俺達を見つつ、その道を開けていった。


「………申し訳ありません」

「構わん。我は貴様のような人間が嫌いではない。だが、今後貴様は更に多くの注目を浴びるであろう。その不慣れな雰囲気を気取らせぬように努めなければ、貴様にとっても辛かろうな」

「………心得ました」


 その若い見た目とは裏腹に高圧的で、ルーナ様を切り捨てた時のように冷徹な人物だと思っていたのに、俺に掛けられた言葉はまるで気を遣っているかのようだった。

 いや、待てよ………?ルーナ様も目を掛けられていたんだよな?そのうえであれってことは………もしかして、俺も捨て駒にされる?

 そんな不安を抱きながら国王陛下の後に続くと、壇上の裏にある部屋に通された。そこは休憩室の用で、暖炉の光がほんのりと明るい、落ち着く薄暗さがそこにはあった。


「お父さん………」


 そして、暖炉の近くにある大きな机を挟んだ向こう側の椅子に、ルーナ様が座っていた。その近くには、二人の騎士が待機している。あんなことがあって父親に疑念や憤りを覚えても当然なのではないかと思ったが、国王陛下を見る顔にそんな様子はない。

 声が少し小さいのは………元々っぽいな。


「その席に腰を掛けるがいい。少し長くなるぞ」

「………奴らの件ですか?」

「それもある」


 陛下はルーナ様の隣に座り、俺はその向かい側になるように反対側の席に座る。


「まずは礼を述べよう。我が娘を救ってくれたこと、心より感謝しよう。貴様への褒美については後ほど話す」

「え、いやあの、褒美とかそういうつもりでやったわけじゃないので………」

「受け取れないと?」

「いえ、なんでもないです。申し訳ありません」


 なんちゅう圧じゃ………。たった一言で黙らされるとは思わなかった。これが熾炎の貴公子と呼ばれた英雄の姿とは自分でも思えないが、流石にこのような場で俺が強く出れるはずもない。だが、謁見で褒美をもらう時にもそれなりに悩んで咄嗟に捻りだしたものだったのに、これ以上何か考えろと言われても何も思いつかねぇよ。


「奴らの話を少しは聞いたようだな」

「はい。名前と、どんな連中なのかは、程度ですが………」

「構わん。貴様の聞いた通り、奴らは龍を信仰している。我が左手に刻まれた先祖の偉業………そして、貴様の成した偉業を咎とする、気狂い共だ」


 国王陛下はそう言いながら、自らの左手を見せてくれた。そこには、俺と同じ………いや、俺のより赤みが強い翼のような痣がはっきりと刻まれていた。


「火の魔龍、ヴァルゴラを討った証だ。この功績を始めとし、それから数々の偉業を為した先祖はこの国を設立した」

「………」

「これは忠告と言う程でもないが、国を設立するのは貴様には向かんだろう。止めはせんが」

「あ、いえ。そういう事を考えていたわけでは………ただ、魔龍は人類にとって明確な敵です。そんな相手を信仰する理由が分からなくて」

「理解?あのような気狂い共の考えなど理解できると思うのか?」


 まぁ、それはそうなんだが。ただ違和感を覚えるのも当然な話で。あそこまで人に仇を成し、災厄の化身のような存在が信仰される理由が。前世の方では、古くの伝承では雷や台風と言った人では太刀打ちできない自然災害を神格化する例があった気がするけど………意思がないが故に、人の意思を含ませることが出来る自然災害と、自らの意思で人を害そうとする魔龍では決定的な違いがある。


「此度我がこの式典に参加していたのは、奴らからこれを受け取っていたが故だ」


 国王がそう言って取り出したのは、一枚の紙。大きくはないが、何か文章が書かれているのが分かった。そして、奴らが国王に送った文の内容を考えれば………


「脅迫状ですか?」

「左様。読むと良い」

「えっ………」


 国王はそう言って、机の上にその手紙を滑らせる。それを受け取って、本当にいいのかと国王を見たが………うん。すぐに読もう。

 国王が据わった目で俺を見ている事に気が付き、俺は手紙を読み始めた。






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