21話
パーティーが始まってから大体2時間。だいぶ夜も深くなり、人も少しずつ減る………と言う事もなく、大して賑わいは変わらないように思える。それもそのはずで、俺と知己を得ようと接触してきた人たち曰く、明らかに今までのパーティーに比べ参加者が多いとのことだ。
今まで実感がなかったが、龍殺しというのはそれだけの偉業らしく。まだこの世界で古の龍クラス………それも、魔龍を打倒したという公的な記録は両手で収まる程度らしい。その偉業に、成人前の子供が名を連ねたのだから確かに納得だ。
納得はするのだが………
「………ねぇノイン。さっきので何度目?」
「知らね」
「もう投げやりじゃないか………」
「………そりゃそうだろ」
もはや料理を楽しむどころでは無い程の人数が俺を訪ねてくるのだ。持ち掛けられた縁談だけでも軽く20件は超えている。一応、エリーも元々名が広まっていた公爵家のご令嬢という事で、何度かそういう話を持ちかけられたりしているが、こっちは容赦なくフッていくので見てて怖い。
「そろそろ帰りたくなってきたんだが………これ何時まで続くんだ?良い子はとっくに寝る時間だろ」
とは言え、少しずつ挨拶に来る人が減っているのも事実。ただ、一つ気になる点があると言えば………
「なんで国王がこの式典に出てるんだ?しかも、別に誰と話すわけでもないし」
「それを僕に聞かれても………」
壇上にある椅子から立つこともなく、遣いだと思われる人が持ってきた料理やワインを口にするのみで、それ以外何かしている様子はない。祝辞のために来たと言えども、国王が何時間もパーティーに居座る理由はないだろう。
周りの貴族もそれが疑問なのか、時間が経つにつれて何か裏があるのではないかと行動が控えめになっていた。俺に声を掛ける数が減っているのは、これが理由の一つなのだろう。
俺も少し不審に思いながらも、やっと料理に集中できると思ったところで少し真面目な顔をした父さんがこちらに来ているのが見えた。
「父さん?どうしたんだ?」
「………ノイン。このパーティーは少し様子がおかしい。まだパーティーは続くけど、僕たちは先にお暇しよう」
「………」
ちらりと壇上を見ると、父さんが小さく頷く。やっぱり国王がここにいるのは異常なのか。気が付けば、周囲も最初とは違う喧騒に包まれ始めていた。
「エリーは?」
「フレジオさんはまだやらなきゃいけない事があるらしくてね。エリシアさえ良ければ、私とノインと一緒に宿に戻っても良いと言伝を貰っているけれど」
エリーは一瞬だけ考える素振りをする。ここで素振りと言ったのは、実際は最初からどうするつもりか決めていたからだ。ちらりと俺と目を合わせた時に確信した。
「………そうだね。余計なトラブルに巻き込まれてからじゃ遅いし、僕も――」
エリーの言葉の途中で、何かが割れるような音と共に周囲が暗闇に包まれた。何かが、とはいったものの上方から聞こえたと言うことは間違いなく照明だろう。照明の不備が一瞬だけ頭を過ぎるが、全てが同時だったと言うことを考えて即座に首を振って否定する。暗闇の中で、エリーが俺の名を呼んだ。
「………ノイン」
「一足、遅かったみたいだな」
「………どうする?僕達なら周囲を照らすくらいなら出来ると思うけど」
「やめておこう。目立ちたくない」
「分かった」
小声でやりとりをする。すると、俺の右手に何かが触れる。暗闇の中だったこともあって一瞬だけ驚いたが、それが細い手だと言うことに気が付いてすぐに緊張を解いた。
「………一応、念のためにね」
エリーがそう断りを入れると、俺と魔力を繋げ始める。今までの稽古で何度かこうして魔力を繋げているうちに、短時間ではあるが暫くは身体的な接触が断たれても魔力のパスを繋ぐことが出来るようになっていた。まぁ、距離も長くないし互いの魔力をやり取りする事も出来ないために普段ならば全く意味が無いのだが………確かに、こういう場だと役に立つ。
「父さん、いる?」
「勿論だ………ノイン。下手に動いてはいけないよ」
「分かってる」
他の貴族たちも混乱しつつ、中には自身の魔法で周囲を照らしたり、警備兵が会場には集まっている声が聞こえてくる。そして、国王の席は暗闇が訪れて間もなくマジックアイテムに照らされ、その周囲に騎士が集まっていた。
「………」
国王の落ち着きようを見て、やはり何かあると確信する。いったい何が始まるのかと周囲に意識を張り巡らせていた時だ。不意に、暗闇の中に一際明るい明かりが灯る。それは会場の中心。まるでスポットライトの用に照らされたそこには、深い紺色をした長い髪の女の子が後ろ手に縛られて膝を付かされていた。年齢は俺達とほぼ同じかそれより上のように見えるが、俯いているため顔は良く見えないな。
「誰か分かるか?」
「いや、僕は知らない」
その髪色に映える黒と青を基調とした綺麗なドレスを身に纏っていることから、やんごとない身分であることは何となく分かるが………問題は、そんな少女が縛られてこの場にいる事。そして………その少女の背後に立つ、白いローブを身に纏い、仮面で顔を隠した男が立っている事だ。
「な、なんだ………!?」
「まさか、あそこに捕らわれているのはルーナ様では………!?」
「あのローブと仮面………白の裁徒か………!」
周囲の貴族たちや警備兵たちに喧騒が広がる。その中でも重要そうな情報を選択し、喧騒に紛れるように父さんに尋ねる。
「父さん。ルーナ様って誰だ?」
「………国王陛下の妾の子だと聞いている。詳しい事情は知らないけど、庶子ながらに国王陛下から目に掛けられていたというのは何となく聞き覚えがあるよ」
「なるほど。………人質としては打ってつけって訳か。白の裁徒っていうのは?」
「すまない。私も領地の外のことはあまり詳しくなくてね。あの男の事は全く」
ま、取り敢えず話に出るほど噂になってる奴って事だ。暗殺者か………いや、正体までバレているし、ここまで大衆の前で………それも、わざとらしく目立った手法でこんな真似をしている以上、秘密裏にやるつもりは無いようだな。
となれば………
「クリフォト王。白の裁徒の名の下に、貴様は粛清されねばならない」
「………このような手の込んだ真似をして我を呼び出したかと思えば………そのような下らん戯言を言うために、めでたき祝事に水を差すか」
「黙れ。このような穢れた祝事など反吐が出る。貴様はその咎を背負った以上、その座にいてはならん。即座に王位を退き、第一王子ウェインの王位継承権を棄却せよ」
なんだ?全く話が読めないんだが。国王が何かしたのか………それにしては、何故第一王子の王位継承権だけを破棄するように求めているんだ?あの言い方だと、その次の子からの王位継承を望んでいるように思える。
最も妥当に考えるなら、王位継承権のない者が放った刺客か。だが、それならここまで大事にする理由が無い。少なくとも、こんな方法で王位を継いだところで国民が納得するはずがないだろう。
しかし、そんな男の行動を見た国王は………深いため息をついた。
「下らん。実に下らん。何故そのような児戯に我が付き合わねばならん。分を弁えよ」
「貴様………状況が分かっているんだろうな?この場で、貴様が寵愛していたルーナ・クリフォトが鮮血を散らすことになるぞ」
「構わん」
国王が一切躊躇うことなく返した言葉に、周囲の貴族………そして、事情や彼らの事を良く知らない俺達も驚愕することになった。確かに、普通に考えれば王位と子の命では前者が優先されるかもしれない。だが、仮にも目に掛けていたと言うのが本当ならば、一切の迷いもなく頷くことが出来るとは思えなかった。
いや、そんな事を考えいる場合じゃないな。この流れはまずい。
「貴様!仮にも自らの血を引いた子の命を、そのように切り捨てるかっ!」
「当然であろう。それは所詮妾の子。仮に貴様に首を裂かれようと、王位には一切の関わりが無い。そのような事も考えずに、良くも我の前に出れた物だ」
「っ………そうか………貴様は咎を背負っただけではなく、貴様自身も醜悪な人間だったようだな!ならば………その余裕が持つか、試させてもらうッ!!」
男はそう言って短剣を振り上げる。俺が我慢できたのはそこまでだった。いくら知らない人間でも、罪のない人の命が目の前で奪われるのを黙って見ている訳にはいかない。
「っ、ノイン!」
エリーの手を離し、魔力のパスを切って小さく呟く。
「点火」
直後、俺の中で落ち着いていた炎が再び激しく燃え出す。それに気が付いたのか、再び俺の手を取ろうとしたエリーの手が一瞬だけ空を迷い………その間に、俺は炎とともに姿を消す。
そして、振り下ろされた男の右腕に握られる短剣が、少女の首筋に触れる寸前で………男の背後から、その右腕を掴んだ。
「何ッ!?貴様どこから………!」
「――燃えろ」
男が驚いたように振り向く。そして、その仮面にある穴から覗く目が、俺と交わされた瞬間。俺の瞳から一瞬だけ青い炎が上がり――
「なっ………があああああああ!?熱い!なんだッ!?身体が、燃えて………がああああッ!!!!???」
男の体が青い炎に包まれる。当然、男は悲鳴を上げて火を消そうともがくが………炎の勢いは一切衰えず、男は地面に転げまわる。だが、よく見れば男は全身を炎に包まれているにも関わらず、肌に一切火傷が無く、衣服も焼き焦げる様子がない事に気が付くだろう。
こんな大衆がいる場だからな。それも国王の前だ。血を流したり、人を殺すわけにはいかない。だからこそ、交わした視線をパスに魔力を繋ぎ、相手の魔力を俺の魔力で引火させていた。
魔力が焼けると言っても、身体に作用する魔法じゃないから物理的な傷はない。その痛みで気が狂うことはあり得るが………まぁ、どっちにしろ殺すよりマシだ。
「暫く寝てろよ」
そして、未だに状況を呑み込めていないかのように俺を見上げる少女。さっきは俯いていて見えなかったが、庶子とは言え国王陛下の血を継いでいるからか、驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。今日顔を合わせて会話をした誰よりも印象に残る程だ。エリーで慣れていなければ、俺も一瞬だけ見惚れていたかもしれない。
未だに動かない少女に声を掛け………るか一瞬だけ悩んだが、取り敢えず無言でいる方がおかしいと判断してそのまま声を掛けた。
「………お怪我はありませんか?」
「えっ、あ………………はい。大丈夫、です」
「待っててください。すぐに縄を――――」
「っ、後ろっ!」
俺の言葉を遮り、少女が俺の背後を見て叫ぶ。だが、その風を切る音に気付いてない訳が無かった。振り返ることもないまま、俺に迫っていた短剣が炎に包まれて消える。
「ここの警備兵は何やってんだ?こんだけ刺客が紛れ込んでるのは警備兵失格だろ。お前らもそう思わないか?なぁ?」
俺が中腰になりかけていた姿勢を正しながら訊くと、俺と少女を囲むように、およそ20人程のローブの男が立っていた。この人数は流石に節穴だと言われても反論のしようがない。それかサボってただろ。
「………ノイン・フロスディア。新たに咎を背負いし者」
「は?」
「まだ幼き故に見逃そうと思っていたが………立ちふさがると言うのなら、ここで裁きを下す!」
「………マジで意味わかんねぇよ。まぁいいや」
俺が中央に立ったことで、周囲の喧騒は激しくなっていた。その中で、俺の名を呼ぶ父さんの声が聞こえる。けど………悪いな父さん。
「やっぱり俺は………こっちの方が性に合ってるからなあっ!!」
炎を纏った拳を握り、俺は叫ぶ。そんな俺に気圧されたかのように一瞬だけ怯んだ男たちに向かって、俺は一切の迷いもなく飛び込んだ。
ノインが飛び出してから、たった三分。そこに広がるのは、一人の勝者と、それより一回りも大きく、何倍も数の多い敗者の姿だった。
戦いだったのかと言われれば、僕は首を横に振る。行われていたのは、一方的な蹂躙だった。大の男が、ノインの一撃を受けて空を舞う。炎を纏った拳から繰り出される技は、まるで炎舞のようだった。
あれだけ騒がしかった声も、ノインが戦い出してから1分もする頃には止み始め、2分もする頃には誰もが見入っていた。あくまでも、殺さないように一撃で急所を突き意識を刈り取る正確な動き。自分よりも遥かに多い数を相手にしても圧倒する機敏さ。
どれも、僕が知っていたノインとは別人だった。
「なんだ……有名らしいから期待してたんだけどな。……こんなもんか」
床に倒れた男たちを一瞥すると、ノインは両手を叩いて埃を落とす。まるで一仕事終えたと言わんばかりに。
そして、再び捕らわれていたルーナの所へ向かって膝を付いた。
「遅くなり大変申し訳ございません。今縄を外しますね」
「………………あっ。ありがとう、ございます」
ノインが声を掛けると、ルーナはポカンとした表情を浮かべた後、慌てたように礼を述べる。ノインは素早く彼女の腕を縛っていた縄を解いていった。数十秒もかからないうちに縄を解いたノインは、未だに静まり返る会場を見て――
「おい!警備兵!!サボってないでさっさと仕事しろ!」
そう怒鳴りつけた。それにハッとした数名の警備兵たちが、慌ただしく倒れている男たちを拘束していく。そして、ノインが大きくため息をつく。
「ったく。王都がこれで大丈夫なのか………?」
「あ、あの………えっと………」
「あぁ………すみません。立てますか?良ければ掴まってください」
ノインはそう言って手を差し伸ばす。ルーナはそれをおずおずと掴んで、ノインはゆっくりと彼女の身体を起き上がらせた。
「………」
しかし、僕はそれを見て思わず目付きを鋭くしてしまう。それを誤魔化したくて、終わったなら早く帰ろうとノインに声を掛けようとした瞬間………会場は歓声に包まれた。




