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20話

 微睡み中、穏やかな声で俺の名前が呼ばれる。それに気が付いて目を開くと、父さんが俺を起こしに来ていた。既に暗くなっている部屋と、父さんが普段は着ない燕尾服を着ていることから時間が来ていたのだと理解した。


「おはよう。もう時間だよ」

「ん。おはよう。準備するからちょっと待って」

「あぁ。遅れないようにね」


 父さんがそう言って部屋を出ていく。一応、今回の式典は俺が最も目立つわけだし服装もそれに準じて正装で行った方がいいのかと思っていたが………父さん曰く、今回は格式ばった物でもないから普段通りでも構わないそうだ。

 とは言え、大体の人は正装で来るらしいが。でも元々スーツとか苦手だったし、俺は普段通りで行くことにする。流石に仮眠で着ていた服のまま行くことはないけど。


「つっても、冬国でもないのにずっとコートなんだよな。………俺は着慣れてるけど、周りから見るとやっぱり変に見えるのかな」


 さっさと着替えた後、俺は普段から愛用しているコートを羽織る。寒さに耐性があるのは知っていたが、暑さにも相当な耐性があったらしく晴天の中でコートを着ていても全く熱いとは感じなかった。今の季節は………やべ、分かんねぇや。蝉も鳴かないし、桜だってあるわけないもんなぁ………もっと季節感とか無いのかね。雪ぐらいしかねぇじゃん。


「ま、いいか」


 桜を思い出して、ちょっと見て見たいなぁとか思いもしたが。取り敢えず、遅れる訳にはいかないしさっさと行こう。もう一度服装を確認して、俺は部屋を出た。










 俺と父さんが会場に着くと、そこには既に多くの人が集まっていた。ここまで賑やかな場は、前世を含めても経験がない。会場に入る足が一瞬だけ止まってしまうが、父さんにそっと背中を押されて俺は会場に入る。すると、一気に視線がこちらに向いた気配。

 表面上は他の事に意識を向けていたり、今まで通り他の人と会話しているが、俺に向ける意識は隠せていない。


「はは………随分と人気者になってしまったね」

「からかうなよ………」


 さっさとエリーと合流したいんだが………取り敢えず、開式が始まるまでは大人しくしておくか。なるべく目立たなそうな会場の隅に立って、時間が来るまで待つ。ルノジスさんもいるはずだが、パッと見た感じ見つけられなかったな。まぁ、参加者ではなく用心として待機しているらしいから、目立つわけにもいかないんだろう。嫌でも目立つ気がするんだけどな。


「………時間だね」


 父さんがそういうと、壇上に国王陛下が立つのが見えた。直々に出張るとかあるのか。ちょっと学校での校長の長い………ありがたいお言葉を思い出したが、それよりは断然短く祝辞を述べていく。内容は、魔龍が打倒された事とそれで俺の故郷の呪いが解けた事に対しての祝いの言葉と、最後にそれを成し遂げた者への称賛の言葉。そして故郷のこれからの発展を願うという感じだった。

 それが終わると、国王は壇上に用意されている大きな椅子に腰を掛ける。それが、開式の合図だった。


「………」

「………」


 とは言え、動けないよなぁ………だって、明らかに様子を伺われてるんだもん。ちょっとでも隙を見せたら、すぐにでも声を掛けられそうで。互いが互いを牽制してる分、囲まれて聖徳太子にならなきゃいけないとかはないだろうが。………俺と父さんはしばらく無言で立ち尽くし、ふと父さんが苦笑した。


「魔龍を打倒した英雄も、人が相手だと形無しだね」

「仕方ないだろ………だって、その辺ウロウロしてたら絶対声かけられるし」

「そうだね………ここに来る前に交わした、私との約束を覚えているかい?」

「勿論。角が立つ発言は控える。声を掛けられても無視はしない。取引や縁談を持ちかけられたら父さんを通すように言う。だったよな?」

「それが分かっているなら大丈夫だよ。それじゃあ、私はいくつか用事があるから行くとするよ。大変かもしれないけど、折角だから楽しんで」

「あぁ。………あ、父さん」

「なんだい?」


 そういえば、一つ思い出したことがあった。別に今じゃなくてもいいが、聞くべきタイミングが他に見当たらない。


「エリーから聞いたよ。エンゲル家との取引の話」

「………そうか。すまないね。言うべきだとは思ったんだけど、私もタイミングを計りかねていたんだ」

「別に怒ってはない。ただ………今から、その人の所に行くんだろ?」


 俺がそう訊くと、父さんは一瞬だけ驚いたような顔をした後、すぐに真剣な表情になる。俺の意図を察したのか、一言。


「………来るかい?」

「どの道、相手だって俺と接触しないって選択肢はないんだろ?だったら、父さんと一緒に行った方が良いと思うんだけど」

「なるほどね………君がそう言うなら、一緒に行こうか」


 父さんの言葉に頷き、俺達は一緒に歩きだす。当然、そうなれば機会を窺っていた他の貴族たちも声を掛けようとするが………父さんが無言で圧を掛け、それを阻止していた。初めて父さんの貴族らしいところを見た気がする。今の父さんは普段の穏やかな父ではなく、辺境伯としてのフロスディア当主のライツだった。

 そして、少し歩いた所で………俺達がいた方とはほぼ真逆、テラスに出る窓の傍にある机の近くに、エリーとフレジオさんがいるのが見えた。しかし、その近くには知らない男性とその付き人と思われる人たちが。その男性から、エリーとフレジオさんとどこか似たような面影を感じた俺はすぐに察した。彼が、本家のエンゲル家の人間だ。


「………しかし、契約は正式に破棄されたはずです」

「故に、それとは関係なくこうして提案しているんだ。エリシアとノイン殿の関係も良好だと聞いているけれど、そこまで後ろ向きになる理由があるのかな?」

「そういう話は――」

「お話し中失礼するよ。エンゲル公爵」


 男性とフレジオさんが話していた所に、父さんが割って入る。途中から聞こえた内容で、ほぼ何の話だったか理解してしまった。男性は白いスーツに身を包んだ少し長めの金髪の男性で、彼もまた美形な男性だ。しかし、エリーと似た青い瞳をしているはずなのに………どうしても、似ているとは思えない雰囲気を纏っている。


「おぉ、これはこれはフロスディア辺境伯。そしてノイン殿。お二人に会えて光栄だ」

「私もだよ。以前は色々と迷惑を掛けてしまって申し訳ない。盗み聞きをするつもりは無かったのだけど、少し気になる話が聞こえてしまったんだ。例の話に関わる事かな?」

「いや、それとは関係ない話さ。………出来れば、ノイン殿と個人的に話したかったんだがね」

「私には聞かせることが出来ないと?」


 父さんが素早く、そして鋭く切り込んだ。それが牽制だと気付きつつ、男性は余裕の笑みを浮かべて首を横に振った。


「そうではないさ。ただ、ノイン殿も既に子供ではない。己の未来は、己で決断するべきだとは思わないかい?」

「確かに、ノインは立派になってくれた。既に私がその背中を追いたいと思う程にね。けれど、彼はそれでも子供であることに変わりはない。我々のような大人と、対等な立場で物事を決めるべきではないと思うよ」


 やっぱり、父さんについてきて正解だったな。エリーはフレジオさんの傍で、普段はあまり見せない不安そうな顔で俺の方を見ていた。


「ふむ………そうだ。ノイン殿にはまだ名乗っていなかったね。現エンゲル家当主ギルバート・エンゲル。よろしく頼むよ」

「よろしくお願いします」

「君の話はよく聞いているよ。これからも、エリーと仲良くしてくれると嬉しい」

「勿論です」

「ありがとう。それじゃあ、私は他に挨拶に向かうとしよう。また会うことになるだろう。今後ともよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 これで終わりという訳ではないと言うのは俺でも分かった。間違いなくギルバートはエリーが話していた通り油断ならない人だ。だから、先祖から離脱してもなお利用価値があると確信して泳がせていたフレジオさんとエリーの家との繋がりを、こんなところで諦める訳が無かった。


「フレジオ。折角また一族の縁を持てたんだ。君達も、どうかよろしく頼むよ」

「………よろしくお願いします」


 フレジオさんが頭を下げて返事をする。それを見たギルバートはその隣にいるエリーに目線を落として。


「エリシア。ノイン殿とは仲良くするんだよ」

「………はい。勿論です」

「結構。それでは、また会おう」


 エリーも一礼する。エリーがこうして礼儀正しい態度を取ってるところを見るのは初めてだな。まぁ、関係を考えれば当然なんだが。

 俺達はそのまま去っていくギルバートを見送ると、小さくため息をついた。そして、フレジオさんが父さんに頭を下げる。


「………本当に申し訳ない」

「いや、元はと言えば私達の問題だ。こちらの都合で振り回してしまったのも事実だからね。今回はノインがいたからこそ相手も強く出れなかったに過ぎない。………今後は、フレジオさんにも苦労を強いてしまうかもしれない」

「お互い様だ。これからもよろしく頼むよ」


 先ほどと同じような言葉だったが、込められた意味合いが全く違うことはすぐに分かった。握手を交わす父さんとフレジオさんを横目に、エリーが俺のほうに歩いて来る。


「………」


 しかし、彼女は気まずそうに何かを言おうとしては引っ込め、そのまま無言になる。俺は父さんのように気の利いた言葉を言ってやれない。ただ、言いたくない事を無理に言う必要はないように思えた。


「………言いたくない事は言わなくていい」

「………うん。ありがとう」


 エリーが小さく頷く。ここまで弱ったエリーを見たのは………山賊の件以来か。あの日程ではないが、ここ数年見なかったから、少しやりづらい。でもまぁ………普段通りにやろう。エリーだって、それを望んでいるはずだから。


「さて、俺達も飯食おうぜ。昼食も食べてないし、腹減ったんだよな」

「………ふふ。うん、そうしよう。僕もお腹が減ったよ」


 俺達は本来の目的である飯に手を付ける。折角来たんだし、食わなきゃ損だ。腹が減ってるのも事実だし。流石に王都で行われる式典と言うことで、用意されている料理は絶品だった。

 数十分ほどもする頃には、さっきまでの暗い雰囲気はどこかに消え去って、俺とエリーで談笑しつつ料理に舌鼓を打っていた。父さんとフレジオさんは他でやることがあるのかどこかに行っている。

 そうなってくると、当然ながら機会を待っていた者達も動き出すわけで。パーティーにいる貴族もさっきの俺達の会話に聞き耳を立てていたのか、あの状態で話しかけようとする者はいなかったからな。


「ノイン様。お食事中失礼いたします」

「ん、初めまして」

「初めまして。私は伯爵家当主、メジス・ローンズと申します。以後お見知りおきを。ほら、お前もノイン様に挨拶しなさい」

「あ、えと、ユリィです。い、以後お見知りおきを」

「我が娘です。申し訳ありません。このような場は初めてでして、英雄殿を前にして緊張しているようで………」

「お気になさらず。私もこういう場は初めてですが、雰囲気だけで圧倒されてしまいそうでしたから。………ノイン・フロスディアです。よろしくお願いします」


 ここに来る時に、事前に用意していたテンプレの返しをしていく。


「まさか、ノイン様もこういう場が初めてだったとは。あまりに堂々とされるお姿に、場慣れしていらっしゃるのかと」

「生憎と。辺境貴族の田舎者ですので、このような場に出る機会はありませんでしたね」

「ご謙遜を。ノイン様の噂は魔龍を打倒する以前からお伺いしておりました。………失礼ながら、噂には尾ひれがつくものだと思っていましたが………貴方を前にして、それが偽りではなかったと反省しております」


 メジスは小さく頭を下げる。それに合わせてユリィの方も頭を下げるが、別にだらだら話してたい訳じゃないからな。どうせ次もあるんだし。


「それで、ご用件は何でしょうか?」

「おっと、これは失礼。これはまだ先の話ではありますが、遠い未来ノイン様はフロスディア家の当主であるお方です。それに貴方様ほどの高名な英雄となれば、早いうちに将来の事を考えておいて損はないと思い、我が娘の紹介にあがりました。どうでしょうか?まだ未熟なところも多いですが、良く出来た自慢の娘です。ノイン様さえ良ければ………」

「そういった話は父を通して頂けると助かります」

「いえ、しかし………英雄であるノイン様は、御父上が決めた相手ではなく、自身で選んだ相手と婚約を結ぶのがよろしいかと思いますが………」

「すみませんが、私もまだ子供なので。そう言った大事な話は、私の未熟な判断で決めてよい事ではないんです」

「左様でございますか………」


 俺はこうして言うのが精いっぱいだった。取り敢えずは十分かもしれないが、俺の方で断固として断る場合、相手を立てながら断るとかそんな器用なやり方は俺には出来ない。そんな火種を作らないために、父さんを通すようにしたのだろう。


「それでは、お時間をいただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 そう言って去っていくローンズ親子。まぁ、大体はこの時点で諦めるんだろうけどな。そもそも、その気があるかは別として俺の隣にはエリーがいる。もしも父さんに俺の婚約相手を選ばせたなら、間違いなく父さんはエリーを選ぶだろうと言う確信があった。それについては、多分俺とエリーの仲を知っている大多数の人が共通の認識を持っているはずだ。

 例の件についても、もしもエリー以外の誰かと俺が婚約することになっていたなら、口止めを頼まれてもすぐに俺に伝えてくれただろう。ただ、今回は相手がエリーだったから大丈夫だと判断して、約束を守って最後まで言うつもりが無かったんだと思う。


「案外さっぱり断るんだね」

「は?なんでだ?」

「さっきの子………ユリィ、と言ったっけ。中々可愛らしい子だったと思うんだけど」

「ん?………あー。言われてみれば確かに?」

「正直、少しくらいは惜しがると思っていたよ」


 確かに、改めて思い返すとそれなりに顔立ちの整った女の子だった。ただ、普段からそれ以上に愛嬌のある幼馴染と接していれば、あの程度で一目惚れすることはない。


「普段からお前と一緒にいるからなぁ………それに、結婚とか今の所考えてないし」

「いずれ考えることになるのは……………えっ?」

「ん?」

「………僕が、可愛いって事?」

「うん。何をいまさら」

「そ、そう………」


 最初の印象こそ変人だったが、黙ってれば美少女だし。それに、内面も彼女の人となりを良く知れば変人という言葉では片付けられない思慮深さと思いやりに溢れた人間であることが分かる。

 もう俺達が出会って6年ほどになり、それでもまだ変人だと思う時はあるが………そもそも、自覚が無かったとは思わなかった。自分が可愛いと分かってなきゃ許されないムーブしてたから、てっきり気付いているのかと思っていたが。


「………ねぇ、ノイン」

「なんだ?………と悪い。後にしてくれ」


 再びこちらに向かってくる足音に、エリーに一旦断りを入れる。当然だが、さっきの一回で終わるはずもないだろう。さて、今から少し忙しくなるな。








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