14話
暗闇の中、意識だけがはっきりしていた。この感覚になるのは、いつ振りだったか。けれど………あぁ、次こそは死んだだろうな。そんな確信があった。
父さんに、あれだけかっこつけて出て行ったくせに………手も足も出ずに氷漬けにされたなんて、笑い者もいいところだ。
本当に、情けない。
「………?」
また、声が聞こえた。男か女かすらわからない………いや、違う。無数の声だ。聞き取れないほどの声が聞こえてくる。
いつの間にか、暗闇の中に小さな炎が燃えていた。風が吹けば消えそうな程、小さな炎だ。けれど、それは俺の中で燃える炎とは比べ物にならない程の熱を放っていた。
「………」
無数の声が俺に問いかけてくる。それらはまるで叱咤の声のようで。
同時に、俺を試すかのようであった。
「………っ」
俺は火に手を伸ばした。直後、胸の奥で燃えていた炎が燃え広がって俺を呑み込む。熱い。あの日、俺を焼いた火事よりもずっと熱かった。身が焼かれる感覚が広がっていく。けれど、同時に冷め始めていた闘志が蘇って来る。
そして、無数の声が消えた。たった一つのそれを除いて。
『我らが繋いだ人の炎。その身を炎に焼かれても、貴方は………誰かのために戦えるか?』
感覚が無かった手足に、熱が戻って来た。俺の中で燃えていた炎が、今までと比べ物にならない程に滾る。
「当たり前だ………!」
湧き上がる熱量に身を任せる。そして俺は――――氷の殻を破った。
「貴様………何者だ?」
「………ノイン。この地を守るフロスディアの名の下に、この炎で………!」
胸から溢れる炎を、右手で掴む。
「暗雲を焼き尽くす………!!」
炎を放つ。直後、周囲は氷点下だった温度が一気に上昇し、山頂の至る所に火が点いた。吹雪は一気に勢いを削がれ、積もっていた雪も一気に解けていく。
「氷龍ファフリス。さっきまでの炎と一緒にするなよ」
「たかが人間の分際で………!」
無数の氷柱を作り出し、一斉に放たれる。今までよりも更に多く、巨大なそれは回避も防御も無理だろう。今までの俺なら。
俺の右目から一瞬だけ炎が放たれる。同時に目を焼かれるような痛みが俺を襲うがその直後、連鎖的に巻き起こった爆発が全ての氷柱を呑み込んだ。
「馬鹿なっ!その規模の魔法を前兆なく………!」
「呆けてる場合か?」
俺の周囲に無数の炎の槍が作り出され、射出される。先ほどと同じように翼で防御しようとしたが、炎の槍が翼に触れた瞬間、収束された爆発が巻き起こって魔龍の体を大きく後退させた。
「どこからそれ程の力を………!」
魔龍は翼に氷刃を纏わせ、吹雪のブレスを吐く。俺は燃え盛る業火の剣を作り出し、それを振るってブレスを掻き消す。同時に飛び込んできた魔龍の翼の叩きつけを躱し、反対側の翼が叩きつけられようとした。しかし、俺の体が炎に包まれ、炎と共に俺の体が消え去る。
「なっ………」
「遅せぇよ………!」
魔龍の死角に現れ、無数の火球を放つ。それが命中すれば再び炎と共に死角への転移を繰り返し、その度に火球を放って攻撃を続ける。
だが、それを繰り返していると流石に動きを読まれ、次に転移した位置に氷柱が迫っていた。両手に炎を纏い、胸の前で交差して防御する。
「くっ………」
一瞬で熱せられた氷が蒸発し、爆発が起こる。俺はその衝撃で吹き飛ばされながら、地面を滑る。そして、凍ってしまっていた両手に炎を纏い、氷を払った。
「そうか………その火は………!」
魔龍は大きな翼を広げ、飛翔する。そして、魔龍は空から俺を見下ろした。
「認めてやろう。貴様は妾を倒しうる戦士だと………だが、貴様の命運もここまでだ!」
魔龍の周囲の温度が一気に低下していく。吹雪を収束させ、膨大な魔力を込め始めていた。この山を俺ごと全て永久凍土に包み込むつもりだろう。
上等だ。
「皆に見せてやるんだ」
炎の剣を槍へと作り変え、構えた。周囲の景色が揺らぎ、俺の周囲の地面が一瞬で融解し始める。それと共に俺を焼く熱量も上がっていくが、同時に溢れる魔力も勢いを増す。
「この雲の向こうにも、青い空が広がってるんだと………!」
そして、俺はそれを投擲する。それと同時に魔龍も収束させた吹雪を放った。灼熱と絶対零度。正反対の力がぶつかり合い、激しい衝撃波を巻き起こす。
だが、炎の槍は徐々に吹雪を押し返し、その勢いをさらに強めていく。そして
「馬鹿なッ………!」
吹雪を射抜き、炎の槍が魔龍に迫る。だが、魔龍は寸前で身体を反らし、それを躱す。その際に余波で身体を焼かれたようだが、直撃を免れたことで大きな傷には至らなかったようだ。
そのまま炎の槍は勢いを落とすことなく天に昇って行き、雲の中に消える。
「残念だったな!………次こそ、貴様を――」
「言っただろ」
「………何?」
「俺は、この暗雲を焼き尽くすと………!」
その瞬間。空から眩い光が放たれる。まるで太陽の光と紛う程のそれに魔龍が気が付いて振り向いた時には、もう遅かった。
「――――」
空を覆いつくす程の無数の火炎の槍が、雲を引き裂きながら降り注ぎ――――雲を吹き飛ばす程の爆発が、大山を呑み込んだ。
さっきまでの吹雪が嘘に思えるような晴天。初めて見た………この世界での晴天だった。吹雪の山は陽炎が起こる程熱された灼熱の大地となり、その山頂で俺は立っていた。
「………」
「人間………まさか………その力に、二度も討たれようとは………」
地に倒れ伏した魔龍。肉体そのものは残っているが、恐らく体内まで熱が通っていて動くことは叶わないだろう。寧ろ、その状態で生きていられるのは流石の龍の生命力と言うべきだろうか。
そして、俺も視界がぼやけ始める。身が灼けるような熱と、肉体が限界を訴えかけてくる。
「だが………妾は不滅だ………小僧。貴様の一族は、我が呪いでいずれ滅ぶであろう………その時が………………楽しみ、だ………」
魔龍はそう言い残し、こと切れる。だが俺もそこまでだった。背中から地面に倒れ、空を見上げる。雲一つない、青空だった。
「やっぱり、あいつそっくりじゃないか」
少しずつ、意識が遠のいていく。約束は、守れないかもしれないけど。
「父さん………俺、成し遂げたよ」




