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12話

 その日の夜。俺は自室のベッドで横になっていた。当然、眠る事など出来そうにもなかったが。


「………」


 ソフィアから伝えられた、父さんの伝言。けれど、それはあまりにも………俺には大きすぎるものだった。


『もし、私に何かあった時は………ノイン。君が、皆を導くんだ。私の代わりじゃない。君が、君自身が選び信じた道を切り開いて、皆の道標となるんだ。それがどのような選択でも………私は、君を信じている』


 俺が皆のリーダーになる。そんなこと、急に言われたってどうしろって言うんだ。泣き言を言っている場合じゃないのは分かっている。誰かがやらなきゃいけない事だって言うのも分かっている。けど………俺に出来るのか?


「………俺にも、もっと早く言ってくれよ」


 父さんの事だ。俺にギリギリまで伝えなかったのは、自分を追い込んで後に引けないようにするためだろう。俺が後を引き継いでくれると安心して、気を抜いてしまわないように。

 こうしてうじうじ考えている間にも、時間は少しずつ迫っていく。こういう時に即断即決出来ない所が、既にリーダーの素質がないと言うことに他ならないのだろう。





 違うな。俺は、最初からどうしたいかなんて、分かっていたじゃないか。


「俺が選んだ道、か」


 ずっと、心の片隅で何度も考えていた事があった。ただ、そんなことをするのは今まで俺を見守ってくれていた全員に対して、無責任な行動だからとしまい込んでいた。けれど………吹雪を見るたびに、どうしてもそれが脳裏を過ぎってしまう。

 例え、それが客観的に見てどれだけ間違った事だとしても。こうなった以上………俺が出来ることなんて、一つしかないじゃないか。

 俺はベッドから起き上がり、父さんの部屋に向かう。もう既に日を跨いだ深夜であり、誰もいない廊下を一人で歩く。


「………入るよ」


 返事が来ないと分かっていながら、そう声を掛けて部屋に入る。相変わらず、父さんはベッドで眠っていた。部屋には暖を焚いて温かくしているというのに、父さんの肌は凍えているかのように蒼白で、血色も悪い。

 父さんのベッドの横にある椅子に腰を掛けた俺は、一人で話し始める。


「父さん………俺さ。やっぱり、いくら考えても何が正しいかなんて分かんなくてさ。俺は心のどこかで、自分の事を大人だって思ってたけど………人生って、意外と難しいことだらけなんだなって思ったんだ。いざ大事な決断を迫られても、こうやって悩んでさ………」


 完全な独白。俺は普通の子供とは違う。実際、それは間違いないと思う。けれど、大人には程遠いんだなと思い知らされた。いざ大人が背負っていた責任を負うと、何をすればいいのか分からなくなってしまった。

 経験って言う物なのかもしれないけれど。俺には、大人としての経験が全くないんだと言うことを今更ながらに気が付いた。


「………沢山考えたけど、多分これが、俺に出来る事だから。皆は怒るかもしれないけど………決めたんだ。だから、行ってくるよ」


 言いたいことを言って、立ち上がる。吹っ切れた訳ではないけれど………黙っていくよりは、幾分か心持ちが楽になった。俺は部屋を出ようとドアノブに手を掛け――――


「ノイン」


 その声に、俺は硬直した。けれど、聞き間違う事が無いはっきりとした声。そんなはずはないとゆっくりと振り向く。


「父、さん?」

「………行くのかい?」

「なん、で………」

「君に………伝え忘れていたことがあってね。寝たままでは、いられなくなったんだ」


 普段よりもずっと小さく、かすれた声で話す父さんに近付く。その両目は確かに開かれていて、俺の事をはっきりと捉えていた。


「俺さ、行かなきゃいけないと思うんだ。皆を託されたのは分かってる。けど………俺は、父さんみたいにみんなの先頭に立って引っ張ることは、出来ない」

「そうだね………君ならそう言うと思った」

「………止めないのか?」

「止めたら、君は行かないでくれるのかい?」

「………いや」

「だろう?………君に、謝らないといけない。私の勝手で、君に重責を押し付けてしまった。対等な立場が良いなんて、私のエゴで君が本来背負うべきではないものを背負わせてしまった」

「そんなこと………」


 俺はその分、今まで好きにやらせてもらっていた。父さんだけは、いつでも俺の意見を尊重してくれた。父さんも、そんな俺を信頼してくれて、一人前として扱ってくれていた………そんな関係が俺は好きだった。


「………沢山、悩ませてしまったね。ノイン。君は………あの山に、向かうんだろう?」

「………あぁ」

「大規模な討伐隊を以てしても、打倒する事が出来なかった正真正銘の天災のような存在だ。それを分かっていて、君は決めたのかい?」

「………俺、さ。皆に青空を見せてやりたいんだ」

「青空を?」

「うん、この故郷から見える青空。雪が降った後の晴天は、とても澄んでいて綺麗らしいんだ。この地から離れたら、青空なんて幾らでも見るかもしれないし、それが当たり前になるのかもしれないけど………それじゃ、駄目なんだ。俺は、みんなが生きようとしたこの地で、青い空を見せてあげたい」

「………そうか」


 父さんはそう言って目を閉じる。こんなの、馬鹿みたいな理由だと自分でも思っている。けど………


「………君がやろうとしていることは、きっと誰も賛同しない。君はまだ子供で、私が背負わせようとした物以上の物を、君は背負おうとしている。危険な事だし………君がもし帰らなかったら、イリスにその重責を背負わせることになる」

「………」

「私も父として、息子を死地へ送り出すことに賛成は出来ない。けど」


 そこで言葉を切った父さんは、再び目を開いて俺を見る。そして、今までよりもはっきりとした声で続きを口にした。


「私まで君を否定したら………君は独りになってしまうだろう?どうあっても、君の決意が揺るがないのなら………せめて、私の願いも共に連れて行ってほしい」

「………うん」

「望むがままに、行きなさい。君が望んだ願いを叶えて………必ず、生きて帰って来るんだ」

「………分かった。約束する」

「ありがとう。ノイン」

「礼を言うのは俺の方だよ………行ってくる」

「あぁ………いってらっしゃい」


 父さんが再び眠ったのを見て、俺は部屋を後にする。いつも外出するときに来ているコートを羽織り………玄関の扉を開く。瞬間、猛烈な吹雪が押し寄せて来た。一寸先すら視認が困難なほどの吹雪だったが、俺は迷うことなく外に足を踏み出した。








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