アナザーストーリー: 3人の愛
竜人戦争が終わってすぐの話です。
バルトは妖怪の山でキトラの侵攻の後片付けを手伝っていた。
「よっこらせっと、この棚は?」
「あぁ、白狼天狗の事務所にある『経理課』に届けてくれ。」
「ありがとうございます。」
せっせとバルトは荷物を抱えて歩き始める。
「しかし、先輩もえらく暴れたなぁ…」
周りの様子を見ながらバルトは被害の様子を確認する。
「やれやれ、今頃先輩はキトラの裁判に立ち会っているころだろうな。」
そんなことを呟きながら歩いていると白狼天狗の事務所にたどり着いた。
「椛さーん。」
「バルト殿!」
「呼び捨てでいいって言ってるじゃないですか?」
「うむ…バルト…さん。」
「さんが付いちゃったよ。」
バルトは苦笑しながら事務所内の経理課の場所を訊ねる。
「あぁ、経理課なら…こっちだ。」
椛は複雑に作られた建物を慣れたように歩き、バルトを目的地まで案内した。
「ここだ。」
「ありがとうございます。」
「…なあバルト。」
バルトが襖を開けようとすると椛が呼び止めた。
「なんですか?」
「あ…っと…えっとな…別に私には敬語を使わなくてもいいんだぞ?」
椛は顔を赤くしながら照れたように言う。
バルトはきょとんとした表情を見せたがすぐに笑顔で答えた。
「少し慣れないけど努力するよ、椛さん。」
「さん付けも禁止。」
「じゃあ、私にも敬語を使わないでくださいね?」
「~~~ッ! …いじわる。」
更に顔を赤くした椛をその場に置いてバルトは経理課の中に入っていった。
その後もあちこちの手助けをしながら一日は終わった。
「ただいま戻りました…おや、椛さん。」
日も暮れたころ、バルトがにとりの家に戻るとそこにはにとりと椛が座っていた。
「…遅かったじゃないか、盟友。」
どこかむすっとした表情でにとりはバルトを迎える。
「あぁ、すいません。少し天魔に呼ばれていまして。」
「天魔様が?」
椛が怪訝そうに聞く。
「えぇ、私をキトラの仲間じゃないかと疑ったことへの謝罪と少しばかりのお給金を。意外と若くてびっくりしましたよ。それに女性だったのも驚きですよ。あの時の天魔様は影武者だったんですね。」
女性、という言葉に話を聞いていた2人は反応する。
「…バルト。」
にとりがさらにむすっとした表情で呼びかける。
隣に座っている椛もやや顔を険しくした。
状況が飲み込めないバルトは困惑するしかない。
「はい。」
とりあえず返事だけが返される。
「若い女が好きなのか?」
「は?」
突然の質問にバルトは聞き返す。
「お前は、天魔様の様な、若い女が好きなのか?」
にとりは律義に繰り返す。
組んだ腕からにとりが怒っていることは理解できたがなぜ彼女が起こっているのかがバルトには理解できなかった。
「はぁ…これですよ、にとりさん。」
「これは思っていた以上の天然だな。」
椛がにとりに話しかけにとりも納得したようにうなずく。
「えっと…これはどういう状況ですか?」
『遅いッ!』
やっと飛んできたバルトのまともな質問に2人は噛みつくように言う。
「…すいません。」
心底申し訳なさそうなバルトを見てにとりは頬を赤くしてコホンと、一息ついた。
「では、2人掛かりだが単刀直入に言わせてもらう。バルト、お前は私たちのどっちが好みだ?」
「……。」
にとりが顔を真っ赤にして聞いた質問にバルトの頭はフリーズした。
「少し前から話し合って分かったことだが…椛はお前のことが好きだそうだ。だが…お前を手放したくはないんだ。私は…」
そこまで言うとにとりは黙り込んだ。
「え~っと…私は夢を見る装置でも作ったんですっけ。恐らくその実験でしょうね。」
バルトはふらふらと自室に向かっておぼつかない足で歩き始める。
「…バルト。」
にとりが声をかける。
「これをどう思おうがお前の勝手だが1つだけ言っておく。これは夢じゃない。今すぐにとは言わないがいずれ答えをもらうぞ。」
しかし、バルトはそれが聞こえないかのようにふらふらと自室に入っていった。
翌日…
バルトは日が顔を出さないうちに布団から起き上がり、簡単な荷物と手紙を書くとにとりの家を出て行った。
「…ということがあったんですよ。」
バルトが机に突っ伏しているのは「鳳凰の巣」、ハルヴィアの喫茶店だ。
「おやおや、2人から同時に告白されるとは…美しさは罪だねぇ。」
ハルヴィアはけらけらと笑いながら空になったバルトのマグカップに珈琲を注ぐ。
ちなみにこれで4杯目だ。
早朝からたたき起こされたハルヴィアは寝間着姿のまま気前よくバルトに珈琲をおごっていたのである。
「どうせなら私とつがいにでもなるか?」
ハルヴィアは眉を上げながら訊ねる。
「それは遠慮しておきましょうか。少なからず嫌な予感がします。」
「随分バサバサと物を言うじゃないか。まぁ、私にもその気はないから安心しな。」
「ハルさんの場合、面白半分で男を食いそうなんで怖いんですよ。」
「人を痴女みたいに言うんだね?」
「…少し言い過ぎました。」
「よろしい。」
そういうとハルヴィアは半分にまで減ったバルトのマグカップに珈琲を注いだ。
「ところであんたは過去に告白された経験は?」
「ないです。」
「じゃあ、初めての告白でしかも同時に2人に告白されたわけだ。男だったらうらやましがる事間違いなしだねぇ。」
ハルヴィアは笑いながら自分のマグカップにもコーヒーを注ぐ。
珈琲の香りが喫茶店の中に香る中、ハルヴィアはゆっくりとマグカップを傾ける。
「はぁ…こんな時に私が分身出来たらどんなによかったことかと思いますよ。」
「いやいや、あんたのことだから作れるだろうに。で、そしたらこんなことをしてもいいのか悩むんだろう?」
「よく分かっていますねぇ…」
「伊達にカウンセラーを兼業はしていないさ。」
「カウンセラー?」
「人生の相談者みたいな?」
「なるほど。」
ハルヴィアは珈琲の湯気の中しばらく黙考した後、将棋盤を持ってきてテーブル席に置いた。
「バルト、ここで私と一局勝負しようじゃないか。」
将棋の駒を盤上にひっくり返しながら挟んだハルヴィアは勝負を持ちかける。
「将棋ですか。」
バルトは席を移動するとハルヴィアの真正面に座る。
「じゃあ、私から先手でいいかい?」
「はい。」
そういうとハルヴィアは駒を動かし勝負が始まった。
「…いや~参った参った。強いねぇ、あんた。」
「ハルヴィアさんは攻めに転じすぎるんですよ。こう、守りながらも攻められるようにしないと。」
「でも、守ってばっかりじゃ面白くないだろう?」
「勝つのが将棋でしょう。」
「そうやっていつまでも勝ち負けにこだわっているのかい?」
「…?」
ハルヴィアはため息を吐くと眉間に指を立てた。
「はぁ…あんたそれでよく2人同時に告白されたね。いいかい、勝ち負けや成功や失敗ばかりにこだわっているからあんたは答えのない問題を答えられないんだ。」
ハルヴィアはバルトに指を突き付けながら言う。
「どっちを選んでも正解か不正解かなんてわからないし、そもそもそんなものに正解も何もない。だからあんたはここでくよくよと悩んでいるだ。だから、あんたは2人をよく観察してあんたが良いと思った方に選びなさい。おっと、どっちの方があんたにとって都合がいいのかじゃないからな。どっちといるときの方が幸せなのかをよく考えて行動するんだ。」
そういうとハルヴィアは将棋を片付け始めた。
その間、バルトはマグカップを片手にぼんやりと考え込んでいた。
そして、夕方。
バルトは日が完全に沈みかかっている時間帯に家に帰ってきた。
「ただいま戻りました。」
「戻ってきたか。」
声をかけるとにとりが椛と将棋をしていた。
「この対局が終わるまで少し待ってくれ。」
そういうとにとりは一手指す。
しかし、椛はすぐに一手を打った。
「…参った、私の負けだよ。」
にとりは頭を掻きながら投了した。
「…さて、その様子だと大方心が決まったみたいですね。」
「…えぇ。」
椛の問いかけにやや緊張したようにバルトは答える。
「ほら、そこに突っ立って話すのもなんだからこっちに上がるといいぞ。」
にとりが座布団を持ってきて置く。
丁度、3人が囲炉裏を囲む様な配置となった。
「それで、どうするんだ?」
にとりが訊く。
「バルトさん…はどっちの方が好きなんですか?」
答えを急かす2人にバルトは1つ問いを挟んだ。
「まず1ついいですか?」
「どうしました?」
「怒らないで聞いて欲しいんですけど…決心はしていますが、私としてはどちらかの関係が崩れてしまうのではと恐れています。それで…」
バルトが続けようとしたところで2人は軽く笑った。
「ふふふ…結局バルトさんも同じ不安を持っていたんですね。」
「あはは! なんだ、私たち女2人で話したのがバカみたいじゃないか。」
2人はひとしきり笑うと椛が言った。
「実はそのことなんですけど…ついさっきまで私とにとりさんで話し合っていたんです。どちらかの関係は保たれるかもしれない。でも、どちらかは崩れてしまう。なので恨みっこなしにしたんです。バルトさんに選んでもらえたらなら幸せになってくださいって。」
「そういうことだ。もちろんどっちを選んでもらっても私と椛の関係は変わらない。だからお前も気にしないでいいぞ?」
「…分かりました。」
そういうとバルトは息を吸った。
「えっと…にとりさん。私と…付き合って頂けませんか?」
バルトは何とか言い切った。
にとりは驚いたように目を丸くした後その目を潤ませる。
「本当に…? 本当に、私のことが…?」
大粒の涙を流しながらにとりはバルトを見つめる。
「…幸せになってください、にとりさん。」
椛は寂しそうに笑いながら素直ににとりを祝福する。
「あぁ…あぁ! なってやるとも! 河童の中で…幻想郷の中で1番幸せになってやるとも!」
にとりは絶え間なく溢れ続ける涙を拭きながら言う。
「これからよろしくな…バルト。」
「はい。」




