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最終話 では、今度こそあなたの隣へ

それから数週間。


アストリア王国の王宮は、かつてないほど慌ただしくなっていた。


理由は一つ。


「結婚式の日取りは?」


「三週間後が最短です」


「では三週間後で」


「衣装は?」


「王都中の仕立屋を集めましょう」


「会場は?」


「王宮大聖堂を」


「招待客は?」


「国内の主要貴族だけでなく、友好国にも――」


「待ってください!」


アリシアが思わず立ち上がった。


「ちょっと待ってください!」


会議室にいた全員が振り返る。


アリシアは机を叩いた。


「まだ婚約

したばかりですよ!?」


「はい」


侍女のマリアが頷く。


「ですから結婚式を準備しております」


「順番がおかしくありませんか?」


「陛下が仰いました」


「何を?」


マリアはにっこり笑った。


「婚約期間を長く取る理由がない、と」


「……」


アリシアは額を押さえた。


その言葉を言った本人を見る。


レオナルトは何事もなかったように紅茶を飲んでいた。


「レオナルト」


「何だ?」


「本当に三週間後に結婚するつもりですか?」


「ああ」


「早すぎませんか?」


「私は七年待った」


「……」


「これ以上待つのは嫌だ」


真顔だった。


「君が私の隣にいることを、正式に世界中へ知らせたい」


「……」


アリシアの頬が赤くなる。


「そんなことを言われると……」


「困るか?」


「……嬉しいです」


その瞬間、レオナルトが笑った。


「なら問題ない」


「問題あります!」


「何が?」


「準備が早すぎます!」


「それなら私も手伝う」


「陛下が?」


「ああ」


「国王が結婚式の準備を?」


「妻になる人間のためなら、何でもする」


「……」


アリシアは完全に言葉を失った。


周囲では侍女たちが微笑ましそうに二人を見ていた。


◇◇◇


そして、結婚式まであと十日となった日。王宮に、一人の男が現れた。


「アリシアを出せ!」


大広間に響く怒声。


兵士たちが一斉に身構える。


そこにいたのは――。


かつてアリシアの婚約者だった、レオニードだった。


「俺の婚約者を返せ!」


レオニードは怒りに満ちた顔で叫んだ。


「アリシアは俺の婚約者だ!」


その言葉を聞いたアリシアは。


「……まだそんなことを言っているの?」


呆れた声を漏らした。


レオナルトが隣に立つ。


「レオニード王太子」


「アリシアを返せ!」


「断る」


即答だった。


「彼女は俺の婚約者だ!」


「違う」


「何だと?」


「彼女は私の婚約者だ」


レオナルトは静かに言った。


「そして、十日後には私の妻になる」


「勝手なことを!」


「勝手?」


レオナルトは冷たい目を向けた。


「アリシアは、あなたの国から追放された」


「それは……」


「婚約破棄を宣言し、彼女を国外へ追いやったのはあなた自身だ」


「だが!」


レオニードは叫んだ。


「アリシアは俺を愛している!」


大広間が静まり返った。


アリシアは目を瞬かせる。


「……私が?」


「そうだ!」


「いつ?」


「いつって……」


「私があなたを愛していると、いつ言いました?」


「それは……」


「私は一度も言っていません」


レオニードが黙る。


「むしろ」


アリシアはレオナルトの腕にそっと手を添えた。


「私はもう、あなたのことを何とも思っていません」


「アリシア……」


「今、私が大切にしたいのは、この人です」


レオナルトを見る。


その瞬間、彼の表情が柔らかくなった。


「アリシア」


「はい」


「こっちへ」


レオナルトは彼女の腰をそっと抱き寄せた。


「……え?」


「もう十分だ」


そして。


レオニードへ向き直る。


「悪いが」


穏やかな声だった。


けれど。


一切の隙がない。


「俺の婚約者を返す義理はない」


「……!」


「彼女は物ではない」


「……」


「誰と生きるかを決めるのは、彼女自身だ」


レオナルトはアリシアを見る。


「そうだろう?」


「はい」


アリシアは迷いなく頷いた。


「私は、自分でここにいることを選びました」


「……」


「そして、レオナルトと生きることを選びました」


レオニードは何も言えなかった。


それでもなお。


「だが……!」


何かを言おうとした彼を、アリシアは遮った。


「もう帰ってください」


「アリシア!」


「私は、あなたの婚約者ではありません」


静かな声だった。


「もう、あなたの国の令嬢でもありません」


そして、レオナルトの肩へ頭を預ける。


「私の居場所は、ここです」


レオナルトが嬉しそうに微笑んだ。


「聞いた通りだ」


「……」


「帰れ」


レオニードは、何もできないままアストリアを去った。


◇◇◇


数日後。


ヴァルクレア王国では、大きな発表がなされた。


元王太子レオニードに対し、アリシアを不当に国外追放した責任が問われたのだ。


彼女の追放によって国家間の信頼関係を損ない、重要人物を失った経緯について、国内でも厳しい追及が行われた。


「レオニード・フォン・ヴァルクレア王太子の廃嫡を決定する」


王命が下された。



かつて彼が自信満々に告げた言葉。


『国外追放だ』


その結果、追放されたのはアリシアではなく、彼自身だった。


◇◇◇


一方、アストリア王国では──


「アリシア」


「はい?」


「今日は仕事をするな」


「……またですか?」


「今日は結婚式だ」


「分かっています」


「なら、なぜ書類を持っている?」


「少しだけ確認を」


「駄目だ」


「でも――」


レオナルトはアリシアから書類を取り上げた。


「今日は私の妻になる日だ」


「……」


「仕事は明日からだ」


「明日ならいいのですか?」


「……」


レオナルトは少し考えた。


「明日も休もう」


「それは困ります!」


アリシアが笑う。


「本当に仕事が好きなんだな」


「好きというより、気になるのです」


「なら、私が毎日気にかける」


「何を?」


「君がちゃんと幸せかどうか」


「……」


アリシアは微笑んだ。


「それなら、お願いします」


◇◇◇


そして、結婚式の日。


王都中の鐘が鳴り響いた。


白い花で飾られた大聖堂。


国内の貴族。


友好国の使者。


多くの国民。


誰もが二人の結婚を祝った。


扉が開く。


純白のドレスをまとったアリシアが歩いてくる。


レオナルトは、その姿を見た瞬間息を呑んだ。


「……綺麗だ」


「ありがとうございます」


アリシアは少し照れながら笑う。


「レオナルトも素敵ですよ」


「本当か?」


「はい」


「なら、今日は一生忘れない」


「大げさです」


「大げさじゃない」


レオナルトは彼女の手を取った。


「私の人生で一番幸せな日だから」


「……私もです」


二人は誓いを交わした。


そして、国中が見守る中──二人は夫婦になった。


◇◇◇


その夜。


王宮の灯りが一つずつ消えていく。


そして翌朝。


「……」


アリシアは目を覚ました。


隣ではレオナルトがまだ眠っている。


「……よく眠っているわね」


アリシアは微笑んだ。


昨夜のことを思い出す。


頬が熱くなる。


「……」


しばらくして、アリシアは布団から出ようとした。


「よし」


今日は新婚初日。


仕事を溜めるわけにはいかない。


まずは財務局から上がっている書類を確認して。


昼には農業政策の会議。


午後は魔道具研究所へ――。


「……」


一歩。


「……」


もう一歩。


「…………」


アリシアは、その場で固まった。


「……あら?」


足に力が入らない。


腰も妙に重い。


アリシアはその場でへたりこんでしまった。


「花嫁殿はなにをしているのかな?」


その声と共に、レオナルトはアリシアをお姫様抱っこしてベッドへと戻った。


「……起きていたのですか?」


レオナルトが笑っていた。


「君が朝から仕事をしようとすると思っていたからな」


「……」


「昨日も言っただろう?」


レオナルトはアリシアを優しく抱き寄せる。


「今日は休め」


「でも、仕事が……」


「国は滅びない」


「……本当に?」


「ああ」


「私がいなくても?」


「もちろん」


「……」


アリシアは少し考えた。


そして、レオナルトの胸に頭を預ける。


「では……今日は休みます」


「よし」


「ただし」


「何だ?」


「明日は仕事を――」


「明日も休みだ」


「なぜですか!?」


レオナルトは笑った。


「新婚だから」


「そんな理由で……」


「そんな理由でいいんだ」


「……」


アリシアは呆れたように笑った。


けれど、そのまま彼の胸に頬を寄せる。


温かい。


安心する。


何より、幸せだった。


かつては、自分がいなくなれば国が困ると思っていた。


自分が働かなければ。


自分が支えなければ。


自分が役に立たなければ。


価値がないのだと思っていた。


けれど、今は違う。


仕事をしなくても。


役に立たなくても。


誰かの期待に応えなくても。


ただ、アリシアとして生きているだけで愛してくれる人がいる。


「レオナルト」


「ん?」


「私、幸せです」


「私もだ」


「……これからも、よろしくお願いします」


「ああ」


レオナルトは彼女の額に優しく口づけた。


「これからは、ずっと私の隣にいてくれ」


アリシアは笑った。


「はい」


窓の外では。


新しい一日の鐘が鳴っていた。


その日、アストリア王国では、国王夫妻の結婚を祝う祝祭が始まった。


そして王宮の一室では――。


史上最高の顧問が。


史上最高に幸せそうな顔で。


仕事をせずに夫に甘やかされていた。


「……ところで、レオナルト」


「何だ?」


「明日も本当に仕事をしては駄目ですか?」


「駄目」


「即答……」


「君が仕事をするのは、私が許可した日だけだ」


「横暴です」


「国王だからな」


「……もう」


アリシアは笑った。


そして、彼の腕の中で、もう一度目を閉じた。


──今度こそ、誰かのためではなく、自分自身の幸せのために。


アリシアは、人生を歩いていく。


最愛の人と。


ずっと、隣で。

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― 新着の感想 ―
レオニードは廃嫡だけでなく国外追放にもなったのですか? 彼らの国に来られたら最悪ですね。 即刻、入国禁止処置をするべきです。
追放の原因にもなった伯爵令嬢は何処へ……?
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