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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第三章・聖なるを穿つ白鴉
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第?話境界の使者

お久しぶりすぎて忘れ去られているような気がします。

そして、帰ってきたかと思えば前回のあとがきの予告と違うじゃねえかと思われている方もいらっしゃるとは思います。

正解。

こ、更新ができれば次回予告などッ!!

また地味にやってきます。

メッセージや感想くれた方々、ありがとうございます。励みになります。

ムラッけの多い作者ですが、これからもお付き合いください。

 ――暗闇の中、凹凸の無いシルエットだけの人間が僅かに青白く発光しながら身振り手振りで何かを伝えようとしている。

 いや、アレは何かと争っているような感じか。

 どこか息子の姿に似ているようにも見えるが、しばらく動いたのちにそのシルエットはぐったりと手をぶら下げて立ったまま動かなくなり、情報が少なくなった。

 どうしたんだろう?

 ――いやいや、考えるのはよそう。

 意識を集中すれば恐らくその声は聴こえるだろうし、ハッキリとした映像にもなるだろうという確信があったが、それは止めておいた。ほんの僅かに意識がそちらへ傾いただけでシルエットはどんどんと増え、大量の情報が頭の中に溢れだそうとしたからだ。

 だから私は、そこから意識を外すために口から突いて出ただけの音で鼻歌を歌い、手に持った酒瓶をぐびりとあおった。

「マヨ、酒はその辺にしておいたほうが良い」

 あおった酒瓶はそれで出尽くしたようで、空になった瓶を二度三度縦に振ると聞き覚えのある男の声に取り上げられた。

 薄目を開ければ暗闇にうっすら浮かぶ痩せこけた顔、色白の肌。

 顔が目の前にあってもハッキリとは見えないはずの状況で、私の目は開けて数秒で視界に細かな補正をかけ、ソファに沈んだ私を見下ろす彼の、後方へ向けて撫で付けられた白髪の一本一本までを詳細に映し出した。

 彼は私の仲間。

 いまやハリウッド映画にまでなってしまった【超越した七人ザ・セブン】のナンバー2と呼ばれる人物、“不死”の魔術師イヴァンだ。

「……ヴァーニャ」

 私は彼の愛称を囁きながら、ドラキュラを思わせるようなその顔に、ゆるゆると手を伸ばした。

 イヴァンは困ったような顔で私の手を取って上体を引き起こし――、

「新しいのをおねが――ぃひゃっ!」

 ぱっと離した。

「キンジョーとホンに怒られた、飲ませすぎるなと」

「うぅぅっ。量は少ないからいいじゃない。平気よぉ……うぅ……」

 ああ、でも、今の振動で世界が回り始めた。

 おでこに手をかざして小さく唸るとイヴァンの口から溜め息がこぼれる。

「小瓶でも……ふむ、こいつらは度数が高いな。四本、しかもろくにツマミもなく空腹で、手に取ったものから考えもせずチャンポン。それも良くない」

「なによぉ、説教? ロシア人はもっとすんごいのをたくさん飲むでしょ」

「どこから出てきた偏見だ。ロシア人がみんな酒飲みだと思うな。俺はカラアゲをつまみに梅酒をちびちびやるのが好みだ」

「あなた、日本人くさいわ」

「褒め言葉と受け取ろう。生まれや育ちは違うが日本を愛し、日本に住んで、日本人を妻にしている。この体には、それはもう色濃い日本の魂が宿っているのだよ」

「ああ、そう。それで……奥さん、何か言ってる?」

「『お味噌汁が冷めてしまいますので早く起きてください』ということだ」

 そう言いながら、イヴァンは部屋のカーテンを開けて回る。

 光りが射し込み、そちらを見やれば当然入ってくる外の景色。本来なら気持ちが晴れやかになるような輝く世界に、私は頭痛を感じて頭を抱えた。

「いっつぅ……ああもう、朝?」

「いつから起きているんだ、もう八時だよ」

「夜中に目が覚めて、眠れなかったのよ」

「………」

 イヴァンは眠れなかったという私に言葉を返してこなかった。正しく、言っていることの“原因”というものを理解していたからだろう。

 しばらくお互いに言葉を交わさないまま、イヴァンが部屋の片づけをし、私がのろのろと身だしなみを整える時間が流れた。そして、言葉は交わさないでも伝わった『いいぞ』というタイミングで私がイヴァンに向き直り、同時、イヴァンが気遣うような顔で口を開いた。

「マヨ……“全知の目”は、また悪くなっているのか?」

 【全知の目】――その言葉に、私は半ば反射的に右目を覆った。

 隠された目が黒から真紅へぼんやりと明滅する。じんわりと赤い炎のようなオーラが漏れ出し、そしてすぐに消えた。

 この右目は、あちらの世界で出会った聖獣だか神獣だかと呼ばれていた人型の魔物の目を移殖したものだ。殺して得たものじゃない。私と聖獣【ウ・イドゥ】の目的が合致して交換した。

 『すべてを知る者』と称されるウ・イドゥは知らないものを知るために。

 私は、家族を見つけ、転移の糸口を得るために。

 二つの目はこうして交換され、そして最近、この目が私の体に馴染んできてしまっているのだった。

「悪くなっているというよりは、より定着してきているというのが正しいわね。正当に譲られたものだとはいえ、さすがにこの【万物掌握】の二つ名をいただいた魔人・柄倉万葉のぴっちぴち“ぼでー”でも、魔物化は進行するみたいだわ」

 茶化して言ってのける。

 なんということはないと、そう言ってやらねば、目の前のナンバー2は心配のし過ぎで胃に穴を空けてしまうかもしれない、だから……。

「ま、気にしない気にしない。より能力が上がるんだもの、今は逆にありがたいわ。それに、酒を飲めば弱らせられるし、コレ使えば抑えられるし。無問題もーまんたい?」

 私は笑ってイヴァンの肩を叩き、酒の空瓶を彼に渡すと、目の端までを覆い隠すゴーグルのような真っ黒のサングラスを空中から取り出してかけた。

「マヨ……」

「だから、大丈夫だって。さあ、奥さん待っているし、行きましょう?」

「この五本目はどこに隠していた?」

「うぐっ」

 流れでさらっと渡したのだけど、さすがに相棒として長く苦難を乗り越えてきたナンバー2は誤魔化されてはくれなかった。映画では、そのひと睨みで数十人の動きを封じてしまった彼のじとっとした視線が突き刺さる。

 いやだな。イヴァンはなぜか、昔むかしの日本に生息していた、説教臭い近所のカミナリ親父の雰囲気を感じさせる。

「マヨ……」

「い、行きましょ。ホラッ」

「マヨッ」

「お味噌汁冷めるから」

「マーヨー」

「ううぅっ、わかった、分かりました。ちゃんと申請します、飲みすぎません! もう堪忍してぇっ!」

 ずだだだばんっとドアを開け、私は逃げた。こういうときは逃げてしまうに限るのだ。これも彼や彼らとの長い付き合いで学んだ教訓だ。ああ、もちろん、ウチのナンバー2はすいすいぬるりと私のあとを追いかけ、追いついて来るんだけれど。

「そう言えばマヨ」

「だからごめんてー」

「いや、そうじゃなく」

「うん?」

 食堂へつづく廊下を駆けていると、イヴァンが私の肩を叩いた。怒られるわけではないらしい。

「君に手紙だ。宛名以外は差し出し人も住所も書いていないし押印も無いが、特に内容物に不審な点は無い。まあ、手紙と言えるかは怪しいのだが、今朝ポストに入っていた」

「手紙? 今日は郵便屋なんて来ていないはずだけど……」

 私の目が発動している状態で屋敷の周辺に誰かが来たならすぐに判る。ちょいと意識すれば、それがどこの誰で何を持って来たのかも。だけど、今日はまだそんな人間はやって来ていないはずだ。

 私は訝しく思いながらも、その【手紙】らしきものを受け取った。

 シンプルなデザインの封筒。恐らくはコンビニかスーパーかでも買えるようなそれの中には名刺サイズの古びた一枚の紙。それを取り出し、そこに書かれた文字を目にした、その瞬間――、

「――えっ!?」

 私の目の前に、髪の長い日本人の女性が現れた。

 まるでそこに突然映像のコマが差し込まれたように、パッと。


『おば様、お久しぶりです。……いえ、いまアタシの姿を幻視している貴女は、恐らく“アタシを忘れた”万葉おば様でしょうから、ここは初めましてでしょうか』


 二十代の前半。まだ、恐らく息子と歳の離れてはいないような容姿の女性。よく目に慣れた特徴のある日本人独特の顔つきだが、その顔は彼女が言うように見覚えが無く、けれどその衣装には見覚えがあった。

「マヨ、どうした!?」

 イヴァンが私の肩を揺さぶるが、彼女の姿は消えない。焼きついたようにイヴァンの姿を遮っていた。これは、全知の目の能力が発動しているみたいだ。

「あ、アナタは誰?」

 とりあえずそう尋ねてはみたものの、聴こえているのかいないのか。彼女は少し困ったような顔をして、少し間を置き、口を開いた。


『アタシの名前はクラハシミドリ。可能性が歪められた世界ヘヴロニカに残り、“世界をつなぐ存在”として生きています』


「世界を……つなぐ!?」

意味は何となく理解できた。

 “こちら”と“あちら”ということで間違いない。

「あっちと――ヘヴロニカと行き来する術があるのね!」

 この子のことは記憶にない。誰だかは判らないけれど、この際この子が誰だっていい。つなげられると言うのだもの。なんにでも縋る。


『これから話すことはすべて一方通行で、一度しかお話できません。ですので、聞き逃さないようにしてください。まずはこれから――』


「おい、どうしたって言うんだマ――ご!?」

「黙りなさい、イヴァン」

 人差し指を唇に添え、同時にイヴァンの口を手でふさぐ。

 少し邪魔されたけれど、ああ、きっと間違いない。


 ――重悟くんをヘヴロニカの呪縛から解き放つための方法をお話しします。


 彼女は確かにそう言った。


 


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