第?話カミをも喰らうヴァイセント
お待たせしました。
さくさく更新していくつもりが遅くなってしまいました。PCを借りてどうにかログイン。次はそんなにまたせません。
もうすこし、この?話は続きますが、お付き合いください。
感想、コメントをいただいた方、メッセージをくれた方々、ありがとうございます。
返信は遅くなっていますが、あとで返すことも度々ありますのでご容赦のほど、また、カッポウなんかは読み返したりしてみると返信あるかもしれません。
なお、この話、超長くなってますので、同じ流れは次話にも続きます。
――場所を移して、先ほどの暗く閉塞感のある部屋からそれはもう広く豪華な食堂。
ここで暮らす一般市民と、我々超越した七人と呼ばれる危険人物達を囲うにしては少々余る、何の不自由もない檻に用意された一室。
その食堂の真ん中で私――イヴァン・イヴァノヴィチ・濱渦――は、愛しの娘と息子と三人で仲間達を迎える準備をしていた。
「父さん、テーブルはこの位置でいいの?」
豪華なテーブルを父と息子の共同作業で食堂の端までどけて、空いた空間に円形で脚の短いテーブル……所謂“ちゃぶ台”を置いた。サイズはかなり大きいから、どこぞの英雄のお話に出てくる円卓のようだが……。
「ああ、ここでいいよ。あとは――」
「俺、テーブル拭くよ。みんなの分のお茶とお菓子も母さんに頼んでくる」
「……ああ、頼むよ、ヨシフ」
そう返して、バタバタと布巾を取りに食堂を出て行く息子の背を見送る。
親バカだろうが、僅かな間に成長したように思う。男子三日会わざればなんていうが、なるほどと今では理解できる。あの言葉は正しい。よく出来ている。まだ小学五年生だが、私にもあの背には男に成りつつある何かが見えるのだ。
恐らくは私がいない間に一家の柱として妻を支える役目を負ってくれていたのだろう。いや、実際、妻からも頼りになったと聞いている。それが彼の中の何かを変えたのだ。
私がいなくなるまでは私を『オヤジ』と呼んでいたし、手伝いは嫌々ながらだった。いつだってゲームやアニメに夢中で、言葉遣いも周囲には粗野な印象を与えいただろう。
だが、今はどうだ?
その受け答えはそこら辺のませた子供よりもしっかりしてきているし、優しげな目つきは妻に、顔つきなんかは私の若い頃にそっくりで凛々(りり)しく――、
「おとーさん、リナちゃんのおざぶとんココでいいよね?」
「うん?」
ああ、息子の成長に感動して手が止まっていたようだ。
可愛い娘からの声に振り向くと、来月六歳の誕生日を迎える娘のアリサが、体いっぱい使って色とりどりの座布団を運んでいる。
「おとーさん、ここちがう?」
コテンと首を傾げるアリサ。頭の右側で一房束ねられた黒いつやつやの尻尾が揺れる。
私は息を飲んだ。
もう、天使かと思った。妖精か精霊の類かもしれない。実際にそう呼ばれている者はあちらの世界で見てきたが、アリサも負けてはいない。
むしろ圧勝だ。
ヨシフと一緒に写真でも撮ったらこれはもうおとぎ話に出てくる王子様とお姫様じゃないか。可愛すぎてみんな卒倒するぞ。ああ、デジカメに入れたカードの容量限界まで撮りたい。
だが、私は以前に少々張り切りすぎてアリサを泣かせたことがあるからな。ここは私が涙を呑もう。
「おお、アリサ、よく覚えていたね。そうそう、キンジョーの座布団はマヨの左側だよ」
「アリサはね、おりこーさんなのよっ」
「そうだね。アリサはお父さんの自慢だ」
「にひひひ~」
アリサが嬉しそうに笑う。キンジョーの真似をした笑い方はいただけないが、その笑みは世界を照らす光りだ。
「おとーさんはマヨちゃんのみぎ、ジヨンちゃんはそのおとなりさんで、オカマはその次。ユッキーくんは……ゲンジローの右? だから、ユッキーくんはリナちゃんのおとなりさんだ!」
「……ああぁ、正解だ。正解だよアリサ。アリサはおりこうさんだね」
「うんっ!」
何度も補修され、使い古された七人のお気に入り座布団が、同じように使われてきたちゃぶ台の周囲へ、桜の花のような小さな手で並べられる。
実を言うとアリサの言うようなメンバーの配置は、私達七人の中では決まっていない。
これまでの長い時間の中で、なんとなくマヨの右腕側をナンバー2と呼ばれる私が座り、左手側をナンバー3と呼ばれるキンジョー―― 金城莉那 ――が座るという場面が多く、そのまま暗黙の了解として定まって、あとはその流れで術者サイドである私の側に同じく術者タイプの二人が続き、直接戦闘を担う二人がキンジョー側に並ぶようになった。これが、定型化してこうなっているだけだ。
――そう言えば、そのメンバー達が遅いような。
ふと、そう思い至り、ポケットに入れた携帯電話へと手を伸ばしたその瞬間、トンッという衝撃と共に甘い香りと生温かい息が圧し掛かり、私を背後から羽交い絞めにしてきた。
「あーら、本当におりこうさんだわね、アリサちゃん」
「――っ!」
「あ、オカマだぁ!」
「あーら、“オカマ”じゃないわ、“オガマ”よ、アリサちゃん。小蒲剛久。『たけりん』って呼んでっていつも言ってるじゃない」
「たっけりーん!」
「はーいっ♪」
「……」
ウワサはしていなくても影。
まるで思考を読んだかのようなタイミングでメンバーの一人が帰ってきた。
――小蒲剛久。
私と同じく術者側のメンバーで、特化したものこそないものの、攻撃・防御・支援・回復・移動といったほとんどの方向で活躍する万能術者だ。
子供好きで人情に篤く、悩み相談なども嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれるメンバー一信頼できる男だが、彼は百年経ってもその言動がブレる事のない、生粋のオネェである。百年間、私達男性メンバーの尻が安全であった日はない。
「タケヒサ、遅かったな」
私は努めて冷静にそう言って、いつものように実体を散らし、生温かい拘束を抜け出した。
驚きはしたが、落ち着いて考えてみれば、マヨや私の居るこの建物に悪意を持って侵入できる者はいない。
ヒト一人分移動して、先ほどまで自分の居た場所を冷えた眼差しで振り返る。
私の支えが無くなったからだろう。そこには、前につんのめったようにステップを踏む、ソフトマッチョのオシャレボウズが居た。
「ぅおっとっと。あーらあら、ごめんなさいね、イヴァン。例によってユキリンとゲン坊がチャイニーズマフィアと大喧嘩していて時間食っちゃった」
「ユキオとゲンジロウがまたやったのか」
「この前はイタリア、その前は日本。行く先々で喧嘩なんて、男の子っていつまでもお子ちゃまよねえ」
「――いや、だってあの“クソガキ”がボクのこと子供扱いするんだもん!」
困ったものねと体をくねらせるタケヒサの言葉に被せるように、少年期特有の中性的な甲高い反論が飛び掛ってきた。
そちらを見やれば、中学生ぐらいの背の低いおかっぱ頭の少年が、自身の体の半分以上ある片刃の剣を剥き身で担いでぷりぷりと猛っており、後ろに立つ全身傷痕だらけの大男が、眠たそうにしながらもぽんぽんとその頭を撫でている。
ユキオとゲンジロウだ。
「……子ども扱いか。ユキオ、君は確かに世の誰よりも高年齢だが見た目は中学生か小学生かといったところだ。仕方がないだろう」
「ううっ、でもでも!」
「ユキ、大人なら“子供”の言葉ぐらい笑って返してやれ……ふわぁ……」
「源次郎くん。……うん、わかったよ」
「いやぁん、萌えるわぁぁん!」
「うわぁっ、擦り寄るなオカマ野郎! 刻むぞっ!」
ユキオ――和泉征雄――は間違いなくこちらの世界の人間ではあるが、マヨよりも覚醒した魔人だ。
ユキオがヘヴロニカに行ったのが10歳の頃。
柄倉家と同じ飛行機に乗っていたようだが別の時代に跳ばされ、そこでブレモンドと名乗り日本語を操る謎の男に出会い、騙され、家族と共に売り飛ばされた先で神獣の乳を飲まされて魔人化した。そのとき父親は肉を、母親は血を与えられたが、力に支配されずに耐えられたのはユキオただ一人だったらしい。
私とマヨがユキオに出会ったのはそれからだいたい40年後のこと。
彼は破壊と変化をもたらす【魔力】に対抗できる生命力の現れ、【気】の操作を極めた青年ゲンジロウ――伊達源次郎――に保護されて世界を旅していた。
彼の記憶に著しく欠如している部分があるため想像にはなるが、ユキオはマヨが現れた時代よりも前の時代に跳ばされていたようで、年齢は恐らく230歳は超える。彼からすれば、なるほど、機関銃を持った厳ついマフィアのオジサンも、おもちゃの鉄砲を持った喧しい“ガキ”にしか見えないだろう。
とはいえ、ユキオにもそろそろこの“子供っぽさ”を抜け出して欲しいものだ。肉体に精神が引っ張られるのかもしれないが、私の息子のほうがよほど大人びている。
――ああ、それはそうと、
「タケヒサ」
「ほらほらぁ、そんな物騒なモノは仕舞って、アタシと物騒なこと――って、はぁい」
「ホンとキンジョーはどうした」
「ああ、リナちーとジヨにゃんはこの二人より先に【転移】で連れて帰って来たけど、ママから買い物を頼まれてるからって途中で降ろしたのよ」
「マヨから?」
まさか、酒じゃああるまいな?
「まさか。お酒じゃあないわよ。自称家臣のリナちーとお母さんと呼んで憚らないジヨにゃんがそんなの許さないわ。今回の呼び出しに関係するんじゃない?」
「それもそうか」
……うん?
私は今、言葉に出していただろうか。
「おい、タケヒサ」
「スリーサイズは秘密よ。直接確めてね」
「いらん。それよりお前、私の心を読んでないか?」
「あら、アタシにそんな力はないわよ。話の流れで相手の考えていることを想像するぐらいできる仲だと思うけど、アタシ達」
「そうか。うん、そうだな」
――タケヒサ、今夜は一緒に温泉にでも行こうか。
「温泉!? あら嬉し――あっ」
「タケヒサッ!! いつの間にそんな術をッ!」
「この前、ベガスでBJしていた時にちょちょいと、ね。テヘペロ♪」
「可愛くないッ!」
新術をちょちょいとで作るのはタケヒサの凄いところだが、仲間に使うとは。
私は愛用の杖を空中から取り出して、舌を出して逃げ出したタケヒサを、ヤツの尻を、常とは逆に追いまわす。
「制裁ッ!」
「あひん♪ あぁんっ♪」
「くっ、喜ぶな!」
困った。この変態は叩くくらいじゃ喜ばせるだけか。
「もう、おとーさんたら子どもね。ねえ、ユッキー?」
「あはは。そうだね、アリサちゃん。アリサちゃんのほうが大人だ」
「えへへ~。そうでしょう」
「うん。お利口だし、お手伝いもよくできているし」
「もっと大きくなったらママみたいなれるかな?」
「なれるよ。アカネさんみたいに素敵なひとに」
「ほんとー?」
「本当だよ」
「そっかぁ。……ねえ、ユッキー?」
「なあに、アリサちゃん?」
「アリサが大きくなったら、ユッキーの“おヨメ”さんになってあげるね」
「うん、ありが……え?」
「ユキオ、貴様ぁっ!」
「うわぁ、とばっちり!?」
「娘はやらんぞぉっ!」
そんなこんなでバカ騒ぎをしながら一時間。
ヘヴロニカへ渡る術を探すために世界中を飛び回り、通信手段もタケヒサの転移術もありながらなかなか落ち着いて会う時間の取れなかった私達は、互いの近況を語りながら楽しい時間を過した。
そして、ようやくすべての仲間が揃う。
「おおっ、みんな楽しそうにやってるね。ねぇねぇもサンシンとゴーヤーチャンプルー持って来たから、混ざろうね」
明るい声を響かせ食堂に入ってきたのは、焼けた肌をした背の高い女だった。
女は白のジャケットにローライズのパンツで下着なのか水着なのか、はたまたそういう服なのか、黒いブラとパンツから腰骨のあたりまで伸びる紐を露出させており、豊かな胸と腰の括れが男を誘う。セミロングの茶けた髪が頬にかかる顔は黒いサングラスが目を隠し、言葉こそ沖縄独特のイントネーションが感じられるが、スキのない動きやニヤリと笑うその姿からはどこかの国に属するラテン系女スパイといった印象さえ生まれていた。
何を隠そう、この怪しげな女こそ、自称マヨの家臣で“くの一”のナンバー3、金城莉那だ。
「キンジョー、買い物はどうした? それに、ホンは?」
「ああ、“どっちもすぐに来る”よ」
「すぐに来る?」
――私達が首を傾げたその瞬間、バンッと壊れるかという勢いで食堂のドアが開いた。
「アァァバズレェェっ! 誰が、アタシ、全部持つと言ったかぁっ!!」
「ホラ来た」
キンジョーが悪そうな笑みを浮かべアゴをしゃくって来たと言ったのは、スーパーの袋を両手いっぱいに持ってドス黒いオーラを放つ(比喩ではない)小柄な白黒ゴスロリ少女だった。
たしか何かのアニメのキャラクターで、メイクも衣装の細部も完璧に再現されているとのことだが、その感情まではキャラクターのように制御できないらしい。小さな帽子の乗った黒髪がぶわりと逆巻く勢いだ。
そんな彼女こそ件の荷物……もとい、七人の最後のメンバー・ホンこと洪ジヨンである。
相当頭にきているのか普段の倍ほど言葉が汚い。
「……おい、乳魔人、またジヨンちゃんと荷物持ちジャンケンしたの?」
「おお、キジムナーかと思ったらユキオだ。したよー、したした。ジヨンはジャンケン弱くて負けたらすぐ怒るくせに、アレ、大好きだから。ねぇねぇとしては応えないわけにはいかないのさ」
「おいッ、アバズレ! このショタコン忍者! 最後くらいテメェも持――」
「でも、だからって……」
一瞬、フォンッと風切り音がしたと思ったらキンジョーがホンの背後に現れ、袋の片方取り上げ、そして、彼女の乳を揉みしだいていた。
「言葉遣いには気をつけようねっていたはずさ、ジヨン。アタシはショタでもロリでも、喰えりゃあなんだってイケちゃう女さ。漫画の影響だか、コスプレのせいだか知らないけど、直さなきゃぁ、お嫁に行けなくなっちゃうよ」
「あっ、あうぅっ。オ、お姉ちゃん、ごめんなさい」
ホンはホワイトラグーンという、彼女曰く『日本で一番ロックな漫画』を聖書としいて、このアニメを先生に日本語を覚えたらしい。もともと何かに“なりきる”クセがあったホンは、この漫画のヒロインの言動が染み付いてしまい、特にこの漫画のコスプレをしているときは強気で激しい言動が目立つ。
本当は大人しく、清楚で言葉遣いも丁寧な、心優しい少女なのだが。
「仲が良いのは好いことだけど、そろそろ荷物を置きなさいな、二人とも。これから大事なお話するのよ」
「あ、ねぇねぇ!」
「お母さン、た、ただいマ」
キンジョーの肩を優しく叩き、たしなめる手。
二人の傍に部屋にいた頃とは見違えるスッキリとした顔でマヨが立っていた。
髪も後ろで括り、パンツスーツがこれから営業に赴こうとする営業マンの漲るその意気を思わせる。
「さて、これで七人揃ったわね。少し話が長くなるけど、準備はいいかしら」
「お茶もお菓子もあるよ、マヨさん」
「トイレも済ませたし問題ない……ふぁぁ……眠いけど」
「ゴーヤーも、サンシンもあるよ!」
「買い物の漏れ、無いデス、お母さン」
「結界も張ったし、飛んで来てたミサイルも消しておいたわ。盗聴の心配も無いわよぉ」
「……だ、そうだ。始めようか、マヨ」
そう言ってマヨをちゃぶ台の上座にあたるであろう場所にエスコートする。
彼女が座り、全員が聞く体勢を作ると、マヨはおもむろに一本の大ぶりなナイフを懐から取り出した。
「マヨ、それは……」
「ただのナイフではないことは判るわね?」
確かに普通じゃない。刃に巻かれていた布を取ると、黒く変色していたそれがバラリと解けて粉になる。
出てきた刃は少し錆び付いているように見えるが、どこかの民族を思い出すような意匠の柄が特徴的なしっかりしたナイフだ。
私はこれを見たことがある。いや、忘れるはずが無い。
「ヴァーニャと源ちゃんは使うところを見たことがあるはずだし、莉那ちゃんは使ったことがあるわ」
「……ドラゴンイーター」
「キンジョー?」
「『ドラゴンイーター』? 竜を喰うなんて大げさな名前、このナイフいったいなんなのさ、金城さん」
「………」
ナイフを見たキンジョーの顔が変わっていた。雰囲気も“仕事”をしているときのような鋭いものに変化している。強気になっているはずのホンがフルフルと震えてしまうほどだ。
「言葉の通りさ。可能性の獣、ドラゴンの力を弱めて殺してしまうほどの呪いのアイテムだね。ユキオやジヨン、タケヒサさんが見たことがないのは仕方がないよ。アタシは二度これを使ったけど、一度目は使ったときに三人がいなかったし、二度目は気絶していたからね」
「リナちーがそんな顔をするってことは、それ、あまりいい状況ではなかったわね?」
「……それは……」
「一度目はトラウディシアの魔神像のエンジンになっていた賢者ペイトリエトを殺すためだ。二度目は――」
「イヴァン、いい、アタシが言うよ。二度目は最後の戦いで偽神と同化して、魔神となってしまったヴェルニカの命を断つのに使ったのさ」
「二度目は失敗して目しか奪えなかったがな。しかし、ヴェルニカか……」
忘れているはずは無い。
彼女は人間でありながら魔人と同等の存在になった、赤い目の少女。ジュウゴくんの恋人で、そしてこのナイフはその命を奪おうとした。だが――。
「ヴァーニャ、もしかして、思い出せないんじゃない? 顔だけじゃなく、どんな姿だったか、どんな声だったか、そして、その子との思い出も」
「……あ、ああ、そうなんだ。思い出そうとしても断片的な記憶しか残っていない。どうしてだ? 彼女とはジュウゴ君や他の現地の仲間達とともに十年以上過してきたはずだ」
「ボクも名前を言われてようやく、なんとなくって感じ」
「俺はそれなりだな。あの子は確か別の名前でも呼ばれていたはずだが」
「たしか、『カエデ』、デス」
「ヴェルーナじゃなかった? ……って、実を言うとアタシは“どっちの記憶も”曖昧なんだよね。するりと出てきた言葉に少し驚いているよ」
みんな困惑していた。
私も知らない人間の記憶がじわりじわりと染み出してきているような感覚を感じていた。
知っていて当然、判って当然と言葉や事柄が虫食いで流れ、色んなところがモザイク画のようになった光景が頭の中に生まれてくるのだ。戸惑わないはずがない。
「なるほど、こういうことね」
「マヨ?」
そんな中、マヨだけが合点がいったような顔をしていた。
「このナイフの名はヴァイセント。かつて、重悟と愛し合ったエルザという少女から作り出された、神さえ殺す呪われた剣の成れの果て。そして、私たちのいるこの地球とヘヴロニカをつなぐ――希望よ」
マヨはその手のナイフを私達の前に置くと一呼吸分目を瞑り、開いて、語り始めた。




