異なる選択
今日はいつもとは違う場所から投稿。
スペック低くて何度も落ちるという。
時間がないため投稿後の確認は夜になります。
誤字などございましたらぜひご一報くださいますと幸い
「かぁぜにのせぇ~、わたぁしの愛ぅぉとどけますぅ~。この歌がぁ~聴こえてますかぁ~」
オラバルトでの一件が片付き、【ジパング】の引継ぎも無事に終えたのは、ブレモンドに捕らえられた少年達を見送った翌日。
さらにオラバルトを出発するに至ったのはその翌日で、事は片付いたってのに町を出るのに結果二日もかけてしまった。
「しかたぁないのよぉ~。じんせいぃ~なんて~、おもいどぅりにぃいかないものよ~」
俺こと【ジパング社・シャチョウ】柄倉重悟とその愉快な仲間達……【フクシャチョウ】メイプル・キャロディルーナと【生産部門責任者】ピエタ・リコルスはその地位と役職を信頼できる者達に引き継ぎその座を退いたのだが、主にそこのやり取りで時間を取られてしまったのが原因だ。
事前に周知はしていたものの、『誰か一人は名前を残しておけ』だの、『得た金の使い道はどうするか』だのという声を最後まで上手く収められずにずるずるきたのがマズかったんだろうな。
結局俺が名誉職的な扱いで【カイチョウ】の座に就任し、個人的に得る給金はギルド預かり。
ただ、オラバルトかシーリカ国内でないと引き出すことができないために、そのお金は恵まれない子供達や、病気や事故で働きたくても働けない人達への支援、学校の設立、そして【チキュウジン】もしくは【ニホンジン】を名乗る者が現れたときの手助けに使われるようにと運用をギルド長と新たな【シャチョウ】ヴィオレッタさんにお願いしておいた。
「あなたのぉ~やぁしさが、こわい~。素敵なぁ笑顔がまぶしすぎるのぉ~」
これで母さん達や同郷の者達にもしもがあったときの対策はなんとかなったと思う。
恐らくは俺のように魔人となったり、信長さん達のような人に会うことはなかなか無いだろう。
働くことはおろか今日明日を食っていくにも難しいはずだ。あの町に地球人達が来る確率がどれ程かは分からないけど、俺の金が彼らを救うことになれば嬉しい。
しかし、母さんや千智はどこにいるんだろうか?
振り返ってみてももう見えないが、俺は一度後ろを振り返った。
そこには一面の緑と微笑むピエタしかない。
「どうされました?」
「いや、ちょっとな……」
少なくともオラバルトやその周辺には居なかった。居た情報すらなかった。
むしろ俺に目覚めた記憶や手紙、その他もろもろの情報から考えると、少なくともこの国にはいないだろうという考えに行き着く。
どうしてか?
それを深く考えてしまうと嫌な答えが導き出されてしまう。
もしかして、とそんな考えを俺が信じてしまえばこの旅は七割八割無意味なものになってしまうだろう。それだけはできなかった。
今はとにかく情報を集めよう。元の世界へ帰る手がかりも見つけなければ。
そして、この体の呪いもどうにかしないと。
こうして俺達は当初の予定通り、オラバルトの北――正確には北北東に位置する湖上の町【セタ】を目指し、現在二日目の道程を歩んでいるところだった。
「愛をさけぶぅぅ!ぅおおぉぞらにぃぃ!風よ、鳥よぉ、この声を届けてぇ~!」
「充分届いているからちょっと黙れ、ベリコット」
「――ぁいたっ!?ううっ、ジュウゴ様ったら、ひどいっ!」
肩から届くやかましいBGMを指先一つで黙らせる。
許可なく肩に乗ってハープをポロポロ鳴らす無賃乗車の常習犯はピエタに背中をそっと支えられてどうにか落ちずに済んでいた。
一回落ちればイイのに。
「最初は賑やかしに良いかとも思ったが、放置してたら調子に乗りやがって。お前は風呂に入ったオッサンか。鼻歌から始まってだんだんだんだんテンション上げてったら最後は熱唱。耳元で唸られる俺の身になれ」
「ううっ……せやかて、悪気があったんやないんよ?ただ、ウチの美声で旅を盛り上げようと思っただけやん。それがちぃっと盛り上がってしもうただけで……」
「その旅ももう少しで次の目的地に到着だ。最後くらいお前の“美声(笑)”じゃなく森の“美声”にひたらせろ」
「同感ね」
「うふふ。言われてしまいましたね、ベリコット」
「ピエタちゃんも姉御もヒドイッ!ウチに味方はおらんのかー!」
俺達は森に開かれた道を歩んでいた。道幅はせいぜい荷馬車で一台半くらいの道だ。
狭くはあったが頻繁に人が通っているためか整備の賜物か、地は踏み固められ、とても歩き易くなっていた。
この森はオラバルトを出て半日くらいの場所からずっと続いている。
傘のように生長し広がる木々が多く、セタまで続く道の六割は緑のドームに包まれていた。
その中を通れば木漏れ日と緑の匂いがなんとも心地良く、森林浴にはもってこいだろう。
この森は魔物がいないためにとても安全で、水場が多く、食べられる果実や草も豊富なため鳥やシカをはじめとした多くの動物たちの楽園だ。木々の間を縫うようにしてやってくる風に乗り“命の声”があちこちから届く。
この声が心を洗い、とても豊かにしてくれる。
「だというのにお前ときたらいつまで経ってもびーびーぎゃーぎゃー。自称でも吟遊詩人と謳うなら、ちったぁ詩人らしく自然の歌の前に口をつぐめ。というか、少しは静かにしておられんのかねえ」
「しゃーないやん。だってこれがウチやもん!きっとこれはぜーんぶ呪いのせいやっ!呪いは人の心の有り様まで変えてしまうって話やからなっ。ウチだって呪いさえなければもっとこう、なんや、おしとやかなお姫様みたいなアレやったんや。絶対!」
「腹減ったな。そろそろ昼時か?メシはどうする?」
「まだ早いわよ。干し肉はまだ何枚かあったからしばらくそれでも齧っておきなさいな」
「おう」
「かなり速く進んできましたから、セタまでもうそんなにかかりません。お昼にはせず、町まで行ってから食べたほうがより美味しいですよ」
「そうだな。そうしようか。―――で、何か言ったか、ベリコット?」
「ふ、ふふ……ふぉーーーーーーん!!みんなで仲良く流すなやー!!」
からかうと、顔を真っ赤にしてオーバーリアクションをとるベリコット。
そんな良い反応をするみんなからいじられるのだとなぜ気付かないのか。
俺は笑いを堪えながらどうにか不機嫌な顔を繕うと、もう一度ベリコット額を指で弾いて今度こそ肩から落っことしてやった。
旅は道連れ世は情け。
なんてものじゃないが、さらに愉快な仲間を加えた一行は、まもなくセタに辿り着こうとしていた。
△▲▽▼
湖上の町【セタ】。
プラブドール国内東端の琵琶湖ほどに広大な汽水湖【月の眠る場所】のやや南側に顔を出す大きな洲に座すその町は、人口およそ四千人という小さな町だが、オラバルト同様国境の傍の町として有名で、巨大なイカダに乗った家や店が湖の上を移動するという特殊な光景が見られることから《船上の町》という別名でも名が知られていて、その光景は歌にもなったことがあるそうな。
最近はやはりプラブドールの内紛の影響かこの町も過剰な人口増加を始めてしまっているらしい。
俺達が町の姿を確認したときも、やはり流れ者らしい親子連れやボロを着た男女がセタへと渡る舟を順番待ちしていた。
俺達もその最後尾に並び、互いに苦い顔で視線を交わした。
「私がここに居たときはこれほどまではなかったのですが……」
ピエタが言うには人口こそ増え始めていたものの、舟の順番待ちが長蛇の列になるほどのものではなかったらしい。
いよいよプラブドール国内は危なくなってきているのだろうか。
「とりあえず、この列が早く進んでくれることを祈ろう」
俺はそう言って空を見上げた。
日は傾きつつある。だが、並んでいるのは七~八十人は居て、舟は小船が二艘か三艘十五分くらいの間隔で行き来しているだけだ。
「でもこの分だと夕方になっちゃいそうね」
「ああ。対岸の方にも回してるせいかなんなのかは知らねえが、四人乗り程度の小舟がノロノロ行って帰ってするんじゃあ順番が回ってくるのはいつになるやら」
夕暮れ時に町に入ったらば、食う飯は夕飯だか昼飯だか判らない。
できるなら空が朱色に染まる前に食堂に入りたいもんだ。
「昼夜一緒なんて損した気分だからな。それは嫌だ」
「あははっ。ジュウゴらしいわ」
「ですね。ふふふ」
「ウチもお腹すいたー」
それから十数分後。
腹の虫はぐうぐうと焦っていたものの、幸いなことに町から大きな船がやって来て、心配とは裏腹に俺達はあっさりとセタに入ることができた。
「これでメシが食える」
俺は意気揚々と船に乗り込んだ。
―――そして、セタへと渡り、中央街でメシを食って、その一時間後のことだ。
「なに、モルガンさんがいない?」
俺達はピエタの案内で地球にある孤島の教会みたいな印象の町の端、謎の女の邸宅へとやって来ていた。
大きいとは言えただの洲であるセタの町の何パーセントを占領しているんだってくらいの大豪邸。
どこぞの貴族様でもお住みになられているのかしらと訊きたくなるくらいの門を開き、玄関の戸を叩いたら使用人らしき色黒天然パーマの男が出てきた。ピエタが知っている人かと思ったら知らないらしい。
「ええ。三週間ほど前に用事ができたとかでプラブドールの西のケイロスに。あ、そういえば“ピエタ・リコルス”が来たら渡せと言われたものが……」
ただ、ピエタは知らなかったものの、その男は俺達の名前を聞くと何か思い出したらしく、応接室に俺達を案内すると茶を出してどこかへ消えてしまった。
彼の気配が遠のくのを見計らってピエタがぼそりと呟いた。
「一人二人は残っているかとも思いましたが、あの日に暴走した私が傷つけた人達は、私がここを出た後にモルガン様によって完全に入れ替えられたのでしょう。彼の他にも何人かチラリと見かけましたがどの方も見覚えがありませんでした」
「そうか。だがまあ、いなくなった人達にも雇い主のモルガンさんにも思うところがあったんだろうさ。それがピエタにとって肯定的でも否定的でも、本人に訊く以外はどうやったって分からんのだから、あまり深く考えるなよピエタ」
「……はい」
ピエタはこの屋敷やその周辺で暴れたことがある。
ピエタはモルガンが止め、また保護者であるモルガン自身が金を払ったりしたことで事を収めたが、そのときの恐怖に耐えられた者はいないということか。
悲しいが仕方が無いことではある。
俺はピエタの頭をローブの上からクシャッと撫でてやった。
嬉しいのかローブの中で尻尾が揺れる。
「そうそう。ウチらみたいな魔人は、考えたら負け、悩んだら死や。ちっとは能天気にして生きとらんとすーぐ息が詰まって、理想と現実の狭間で溺死してまうわ」
「アンタはもう少し悩むといい」
「いやんッ!姉御ヒドイッ!!」
「ばか」
「くっくっく……」
ベリコットは煩いがなかなかどうして好いムードメイカーだ。
俺はポケットから顔を出すチビッコを指でひと撫でしてよくやったとアイコンタクトで伝える。
あまり褒めてやると調子に乗るので少しだけにして、扉の前までやって来た気配に警戒してポケットの中へそのままベリコットを押し込んだ。
「ああ、すいません。お待たせしました」
客人がいるためかわざわざノックをして入ってきた天然パーマの男は、待たせたと言うほど待ってはいないのにペコペコ申し訳なさそうに頭を下げながらイスに腰掛ける俺達もとへやって来て、テーブルの上に手紙一つと皮袋を大小二つ置いた。
「あの、これは?」
手紙はピエタが手に取ったので代表してピエタが訊ねる。
大小の皮袋は俺とメイプルで手元に引き寄せる。
「それは当主様よりお預かりしたピエタ様宛てにお預かりしたものでございます。内容は私共には知らされておりませんので恐らくはその手紙に何か書かれているのではと」
「そうですか。では、失礼して読ませていただきます。旦那さま?」
「ん、どうした?」
「お手紙は私が読んでも?」
「もちろんだ。ピエタ宛なんだから」
「では、お先に」
そう言ってピエタは手紙の封を切る。
『お先に』って後で俺達にも読ませるつもりだろうか?
しばらく手紙を読んでいたピエタは何度も頷いて、そして険しい顔を一瞬見せた後、読み終えたのか俺に手紙を差し出した。それも当然のように。
「いいのか?」
「ええ。内容は私だけへのものではありませんでしたから」
「どういうことだ?――って、読めば分かるか」
「はい」
「そうか。ああ、メイプルも読むか?」
「ええ。でも、全部終わったらじゃなく、読んだらそのまま一枚ずつ頂戴」
「了解。……(ベリコットは後で教えてやるから顔出すなよ)……」
「……(あーい)……」
俺はピエタから手紙を受け取ると小声でベリコットに声をかけておき、手紙を読み始めた。
字は汚くはないが崩して書かれているせいかやや雑な印象で、文面からは男っぽいというか、どこか年を経た仙人のような雰囲気が受け取れた。
「………へぇ」
そして、手紙の内容もまた、仙人が書いたんではなかろうかという先の見透かしたような内容だった。
――― ピエタ・リコルスとその伴侶となった者へ ―――
まず、ピエタ。
この手紙をお前が読んでいるということは、お前が生きていたということだろう。これは同時にお前がウィスクムを退治したことも意味していると考えて間違いないだろうから、大変に喜ばしく思う。
だが、一つ残念なことはお前が魔人の力を解放してしまったことだ。
ワシもそうせざるを得ないだろうとは思っていたが、やはり魔人となってしまったか。
本当に残念だ。
しかし、お前がこの手紙を読むということは、お前が理性を得ているということ。それはお前が心を許し、またお前を止めることの出来る者と出会ったということでもあるな。
スノクでの騒動とその後はある程度耳にしていたがゆえ、その後の心配はしていなかったが、お前が奇跡としか言いようの無い幸運にめぐり合い、ここに帰って来たことは、重ねて嬉しく思う。
さて、どうやって理性を保っているかだが、お前が魔人化しているならば答えはひとつ。
伴侶を得たのであろう?
そして、その者は間違いなく《魔人》だな?
違うか?いや、当たっているだろう。
何故ならば力を解放したお前を止められるのは、高位の魔法を会得したワシのような者か魔人以外に存在せず、なおかつこの大陸にはワシと同等の術者がワシ以外にはいないからだ。
しかもお前をねじ伏せるほどの相当に強力な魔人がお前の伴侶となったはずだと予想する。しかもその者が浄化の炎に焼き殺されていないということは、お前が愛すことができ、そしてお前を愛してくれる、そんな心許せる相手であったと考えられる。
お前にとっては恐らくそれこそが一番の“幸運”だったな。
お前は魔物の脅威から人々を“救い”、そしてお前自身も“救われた”。
最高の結果だ。おめでとう。
さて、話は変わるのだが……ピエタよ、伴侶は近くにおるな?
ならばこの手紙を必ず読ませよ。そやつに話がある。
――――――――
そこで手紙は二枚目に。
俺はメイプルへと一枚目を手渡し、次を読む。
――――――――
ピエタの伴侶へ。
恐らくはピエタはここへ報告に来ただけであろうが、お主は違う用件があるのではないか?
魔人となったものの大半の悩みはひとつだ。会わずとも分かる。
【呪い】のことだな?
あまり長々講釈を垂れて期待感を煽るのもどうかと思うので結論を先に言っておこうか。
“封印”は無理だ。
まず、この手紙を読んでいる時点でワシがその場にいないということ。
二つ目にピエタを止めたと分かった時点から既に時間が経ち過ぎていること。
これが理由だ。
簡単に説明を加えるとだ、お主の体に吸収された魔獣の血はもうお主に馴染んでしまっているということだ。
血は時間が経てば経つほどに体に馴染んでいき、体はその血に合わせて変化していくのだよ。
そしてすでに何らかの変化しているのであれば、それは既にワシの力では封印はできないところまできていると言える。残念だが、もう遅い。どうやっても救いは無いのだ。
力を解放してしまったピエタも同じくな。
お主達はもうそのまま生きていくしかない。幸い二人は同じ境遇で苦しみを分かち合えるのだから、互いに協力し合ってなるべく心身ともに負荷をかけないようにして生活を送ることを勧める。
特に呪いに関しては無理矢理抑制したり、個人で乗り越えようなどという愚かなことは絶対にするな。
過剰な昂りは魔力を集め、集まった魔力はお主を食い殺すぞ。
魔力についてや魔人の情報はワシが知る限りのものを本にしてある。
詳しいことはそちらにあるゆえ後ほど読むがいい。皮袋の大きなほうに入れてある。
――――――――
そこで俺は皮袋に手を伸ばした。
紐を解いて中を見ると数冊の本と手袋、髪飾り、絹の服の上下が入っていた。
――――――――
皮袋の大きなほうには本とピエタ用の装備が入ってある。
手袋はピエタの炎を遮る魔術式の道具だ。
長い時間は想定していないが物の受け渡しや数秒握手をする程度なら相手を殺してしまうことは無いだろう。
服も同じく。
数秒程度の接触ならば相手と触れているとは認識しないようになっているハズだ。保証はしないが。
髪飾りは認識を変化させる幻惑の魔道具だ。
他の物と組み合わせれば姿かたちがどれほど変わっていても以前のピエタと変わらない姿に見えるように作った。ああ、こちらの性能は保証するぞ。もちろん、髪飾りだけでも上半身くらいは誤魔化せる効果はあるから安心していい。
これで少しは生活が楽になるだろう。
小さい袋はワシからの祝儀だ。
白金貨が五枚と金貨が十枚。銀貨と銅貨も二十枚ずつさらに小さな袋に詰めて入れてある。
魔人は子供ができにくいからな。それでどこかに家でも買って毎日励むといい。
できれば近くが好ましいな。子供ができたら面倒を見てやるゆえ、研究させろ。
それとだ、ついでにそっちの袋には丸薬も入れておいた。
魔人の力は封印できぬが、それを呑めば一時的になら体内の魔力を乱して体の自由を奪うことができるだろう。暴走しそうになったらそれを呑み、その間に対策を練るといい。
ただし、効果の保証はせんし、物凄い副作用があるぞ。二つも呑めば死ぬかもしれぬ。気をつけて使うことだな。
ああ、そうそう、ひとつ注意しておかねばならないことがある。
この先、魔獣や血の濃い魔人とでくわしたならばなるべく関わらないようにしろということだ。
聖獣や神獣と呼ばれるものなら触れるな。
奴らは何もしなければ自然の摂理を歪ませることは無い。
血の濃い魔人に関しては、精神が歪み魔物のような危険な存在である場合が多い。
関わらぬほうが身のためだ。
それでももし、敵対関係となり戦わなければならなかったなら、なるべくその血を大量に浴びたり、口にするようなことは控えよ。過剰な魔力を吸収し、危険だ。
まあ、世界の理を超える存在である《竜》の魔人でもなければ複数の魔獣の血が重ねがけされるようなことにはならぬゆえ、そこまで過剰に忌避する必要はないが心に留めておけ。
―――――――――
そこで二枚目は終わる。
俺はメイプルにそれを手渡しながら深いため息をついた。
封印はできない?
《竜》の魔人は血の重ねがけが可能な体?
前者は覚悟していたが後者はとんでもない爆弾発言だった。
「……この体って無茶苦茶危険じゃねえか……」
常に爆弾を腹に抱えて生きているようなものだ。
文字通り血に怯えて暮らさないといけないのか?
そうなるとピエタにプレゼントされた道具はとても便利と思う。薬もリスクはあるが効果は有り難い。
確かに魔人の力は封じられないが、日常生活を送るための必需品だろう。
この人には是非とも俺用の品を作ってもらいたい。
研究でも何でもしていいから少しでも生活が改善されるような道具を。
そして、俺は最後の手紙に目を落とす。
―――――――――
さて、最後になる。
これはワシからの依頼だ。
先日ワシのもとへ二通の手紙が来た。
仲間からの手紙と、敵対者からの手紙だ。
仲間からの手紙は統一教会の者がなにやらおかしな動きをしているらしいとの内容。
敵対者――統一教会からの手紙はその仲間が教会の者と揉め事を起こしたから引取りに来いとの内容だった。
ワシは魔道協会に縁ある者ゆえ、この手紙を受け取った以上危険だと分かっていても統一教会と話しをつけに行かねばならない。
そのためこの手紙を書き終えたらすぐに彼奴らがこの大陸で本拠地としているケイロスの王都に旅立つことになっている。
日程としては船で五日から六日でケイロスの北部の港に着き、そこから南へ馬車で六日ほどの場所にあるケイロスの王都[グラムケイオン]へと向かう予定だ。
遅くとも二週間で着くとは思う。
そして王都に無事着いたならば一通、その三日後に一通、ワシは使い魔を飛ばして手紙を計二通そちらへ送るつもりだ。
だが、もしもワシの手紙がどちらか一通でも届かなかったら、そのときはワシに何かよからぬことがあったのかもしれないということ。もしかすると彼奴らに拘束されているかもしれない。
そう簡単に捕まってやるつもりはないが、もしものことがある。
一応仲間にも同じ連絡は言っているが……ピエタ、そしてその伴侶よ、念のためケイロスの王都まで様子を見に来てはくれぬか?
とりあえず観光ついでの様子見でいい。
報酬はその皮袋の中身ということで、どうか一つ頼む。
なお、ワシはかの王都で雑貨屋を営む魔道協会協力店[マルヤマ商店]の二階の部屋を借りる予定だ。
待っているぞ。
では、この手紙が早々に読まれているであろうことを祈って。
[モルガナ・ホーリー・レヴィン]
―――――――――
「様子を見に、か」
俺は三枚目をメイプルに渡しながら頭を掻いた。
統一教会は気になるし、どうもこのモルガナさん――通称はモルガンさんか――彼女が魔道協会では偉い人のようなのでお近づきにはなっておきたいと思う。
これだけの餞別も貰っているんだし、どうせ大陸中を廻るつもりだからべつにそこへ行くのはいいんだが……。
「だがなぁ……」
ただ、危険と分かっていて、かつ魔人である俺達を呼ぶってことは、その王都で宗教戦争でも勃発させるつもりじゃないのかって思ってしまう。できればそんなのとは関わりたくない。
どっちの世界でもそういう面倒くさいのはごめんだ。
――そうは思いつつもこの彼女が泊まる予定の店[マルヤマ商店]が凄く気になるわけで。
明らかに日本人の名前に興味はあるわけで。
「どうするかなぁ」
そう呟きながらピエタに目を向けると、彼女は小さく頷いた。
任せますということだろう。
「……で、ここの主モルガンさんからの手紙は幾つ届いたのかしら?一通?二通?」
するとここで三枚目の手紙を読み終えたメイプルが口を開いた。
手紙をまとめて自分の前の皮袋の紐を解こうとしている。
その突然の問いに使用人は一瞬きょとんとしていたが、すぐに自分が問われたのだと気付いて慌てて答えた。
「ええっと、一応二通送ると言われておりましたが、まだ一通も届いておりませんよ。お忙しいのでしょう」
その予想もしない答えに俺達全員の動きが止まった。
おのずと視線は使用人に集まり、使用人はびくりと一歩後ろにさがった。
「な、何ですって?」
「届いて……いない?」
「もう三週間だぞ」
「あ、あの、船での移動などもありましたし、場合によってはまだ着いていないだけということも」
それもある。
可能性は無くはない。
だが、この手紙の感じからしてその確立は逆に低い気がする。
何より相手があの統一教会だ。
「…………」
俺は皮袋の紐を結ぶと立ち上がり、ピエタ、メイプルに声をかけた。
「行こう。今すぐに。モルガンさんが危ない」
その声に異論はなく、二人は頷いて荷物を持ち立ち上がる。
「え、ええっ?あの……」
「では、お邪魔しました」
驚く使用人に礼を横目に浅い会釈で脇を通り、館を出た俺達は渡し舟へと向かう。
そしてその背中越しに振り向かず問いかけた。
「山越え、海、ケイロス行くにはどっちが早いかな?俺は天候や風に左右され難い山かと思うが」
「ジュウゴが全力で走るなら山を一直線が最速でしょ。アタシは山ね」
「でもメイプルさんの安全も考慮すると海のほうが良いかとは思います。私は海です」
「プラブドールでは内紛もやっとうしなぁ。ウチも海が良いと思う。まあ確かに早く行きたいなら山やけども。で、どないしてそういう話に?」
「ふむ」
意見が割れた。
どちらも一長一短ある。
船はここから北東に半日ほど進んだところに港があってそこから出ているはずだ。
だが、どうやっても迂回ルートになる。
その代わり変な邪魔は無く、船に乗っていれば着くので安全だ。
風の具合によってはそれなりに速くもなる。
山だとプラブドールを一直線に横切れば最速でその隣国である[ケイロス]へと辿り着く。
ただし、ゆっくり歩いて行けば同じくらいなので俺がペースを上げるために走って行かねばならず、そうするとどんなルートで行ったってメイプルに負担がかかる。
おんぶか肩車で何時間も走るのは乗ってる者が耐えられないはずだ。
魔物だけでなくベリコットの言うように内紛で時間を食ったり通行止めもあるかもしれないことから山越えをするようなことになるだろう。
そうなると危険は増すが……。
「時間が惜しい、かな?」
そう考えて俺は山越えを選択し―――
「―――ッ!?ぐぅぅぅっ!!」
「ジュウゴ!?」
「どないしたん!?」
「旦那さま!!」
視界に知らない男の顔が映った。
白黒でノイズだらけだが、その顔が狂気に歪んでいるというのは判った。
その男は見知らぬ女の子に刃を突き立てて何かを叫んでいる。
それを見ているのは俺だ。俺だという自覚があった。
よく見れば周りは炎に包まれているようだ。ゲームなどで見るような城の中にいるようだ。
そしてその城は音は無いがガラガラと音を立てて周囲の物も崩れていっている様子。
俺はそれを這い蹲るような体勢で見ていて、手を伸ばし、そして―――映像はそこで途切れた。
「ちょっと、ジュウゴ!どうしたのよ!」
「ご主人様!何があったん?」
「旦那さま、旦那さま!」
俺は倒れてしまっていたのか、仰向けになって三人の顔を見ていた。
額から垂れた汗が鼻筋を通って頬を掠めていく。
「映像が……」
「なに?」
「エイゾウ?」
「なんやそれ」
アレは、恐らく記憶だろう。
ベリコットの話に出てきた倉橋翠の名を聞いたときと同じ、俺ではない俺の記憶。
俺はそれを理解すると、心配そうなみんなに笑顔で問題ないと返し、立ち上がった。
「山は止めよう。今回は海で行く」
どうしてあんな記憶が甦ったのかは分からないが、とにかく俺は海路を選んだ。
その口をついて出た言葉の違和感に気付かないまま。




