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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
転・ヴァイセントの異世界道中
58/73

ヴァイセントの異世界道中10

長らくお待たせしました!

本日はお詫びも兼ねての二日連続投稿の一日目!

四話投稿ラスト!


続きはWEBで!←



――ヴェルニカの指定した期日を明日に控えた最後の夜。


“酒場”兼ジパング社・社員寮[日の出アマネセル]一階ホールでは物凄い数の人が酒を酌み交わし、賑やかに笑い合いながら料理を頬張っていた。いや、今夜に限ってはアマネセルだけでない。店の外の通りから中央を抜けずうっと向こうまで屋台や出店が出張って、町中のと言っていいほどの人がそこら中でドンちゃん騒ぎをしていた。


既に十時の鐘は鳴っているが、今夜はどの店も明々と灯りをともして眠らない。

きっと日付が変わってもしばらくはこのままだろう。


「シャチョー!目標達成、おめでとうございまーす!」

「「「「「おめでとーございまーす!!」」」」」


誰の音頭か、何度目か。

誰かが俺の姿を見つけては祝いの言葉をのべては乾杯をする。


嬉しいはうれしいが、酔っ払いとはかくも面倒くさいものか。


俺はその度に手に持った俺専用地球製のコップを挙げて感謝を示すと、ため息と苦笑ひとつずつ、またカウンターに並ぶ料理に向き直る。


冷めちまうぞ、こんチクショウ。



「指定されたのは金貨二百枚。今後カイシャの運営に使う分を除けたうえでアタシ達が純粋に手にできるのは金貨三百十八枚。ふふふ……マルチ小母様の月の売り上げを聞いていたからできないことはないと確信していたけど、まさかここまで上手く行くとは。あのマホー占い師の驚く顔が目に浮かぶ。ねえジュウゴ、こんなときアナタの国じゃどういう風に言うのかしらっ?」


頼んでもないのに無くなる頃にはちょくちょく運ばれてくる料理に舌鼓を打っていると、やたら饒舌なメイプルが、赤ら顔で酒の臭いをぷんぷんさせながら突然後ろから飛び掛ってきた。


別に重くないからいいんだが、何度も何度も飛び掛ってはずり落ちてをされると手元が狂って料理を落とすのでやめてほしい。


ていうか、マホー占い師ってなに?



「あー何だろ……してやったり?ざまーみろ?なんか違うな。わからん」

「何よ~、無学ヤツね~」

「学が無くて悪かったな。どうせ俺は学校で……学校で……アレ?どれくらいの順位だったっけか?まあ、低いほうだったよ、多分」


何故だか学校での俺のことが思い出せない。気化したアルコールで酔ったか?


いや、もうこっちに来て一年以上経つし、色々あったからそりゃ忘れちまったんだろう。とりあえず、魔神像にボコスカ殴られたアレが原因でないことを祈ろう。


「でも、そんなおバカなジュウゴも好きよ。だぁいスキ~」

「あー、はいはい、ありがとう」


酔っ払いは本人の本来のキャラや意思とは関係なく爆弾を投下する。

それ、記憶とかあって後でメッチャ自己嫌悪するパターンだぜメイプル。

南無。


『アナタが死んだらアタシも追うわ~』と怖いことを言いながらウネウネとうねるメイプルを俺の横の席に座らせて水の入ったコップを与えてやると、メイプルは糸が切れた人形のようにカウンターに突っ伏してしまう。


「おいおい、大丈夫か?」


幸せそうな寝顔してやがるから大丈夫か。

俺はその小さな背中にジャケットをかけてやった。


――と、それに一瞬遅れて俺の前に味噌汁が運ばれてきた。


今は平のスープ皿でなく、俺発案の木のお椀だ。

皿で食べるより何倍も温かみがあって好い。


味噌汁を運んできた女性はこれまた俺発案で俺専用のお箸を椀の上に置くと、カウンターを挟んだ俺の対面にイスを持ってきて腰掛けた。


「ちょうど食べたかったところですよヴィオレッタさん。気が利きますね」

「当然さ。この一ヶ月でアンタの食事を毎日作ってきたんだ。食べる量、好み、クセ、順番、覚えるのは難しくない。子供のそれを覚えるようなもんさ」

「流石はみんなのオフクロ」

「そのあだ名を考えたのはアンタだったね。アンタのせいでここに寝泊りする奴らだけじゃなく常連みんながオフクロ、オフクロって呼ぶんだ。勘弁してほしいもんだよまったく」


そうは言ってもヴィオレッタさんは嬉しそうだ。

ここをウチのカイシャで買い取って、宿の部分を社員寮として使いたいって言ったときは困った顔をしていたけど、今は笑ってくれている。


その笑顔が俺にとっても喜びだ。


「しっかし、ほんの一月前にこの町にやって来た若者が、いまや街で一ニを争うかっていう大商人か。ウチは宿からその商人の雇う職員の寮になっちまって、気付けば傾いてた店も生活も安定しちまった。人生ってのは何があるか分からないもんだね」

「最初に持ちかけたときも言いましたが、悪いようにはしませんよ」

「悪いようにはなってないからそんな言葉は要らないよ。アタシは好きな料理ができて、毎日賑やかに暮らせて、あとは……息子達も立派になって戻ってきて……幸せいっぱいさ。これで文句言ったら、神様に怒られちまうよ」

「そう、ですか。それなら良かった」


チラリと厨房のほうを覗くと給仕の女の子に混じってバタバタと忙しそうに三兄弟が出入りしている。その首には赤・青・黄色のスカーフがトレードマークとして巻かれ、三人揃えた白い制服によく映えていた。


その視線の行き先に気付いたのか、ヴィオレッタさんは三兄弟の姿に気づき笑みを深めると、その目に薄っすらと涙を浮かべた。


「まさか、あの子達が犯罪者を捕まえて町長から表彰される日がくるなんて、夢にも思わなかったよ」

「……もともと母親想いの優しい彼らです。その心があればいつかはこうなる日が来たかもしれませんよ」


そう言って俺は努めて柔らかい笑みを作って、味噌汁をすすった。



そう、彼らは表彰されたのだ。

昨日の昼、十二の祝福を鳴らして揺れるその鐘の下で。


内容は連続暴行犯及び放火犯、加えて山賊と窃盗犯に誘拐犯、そしてその首謀者である商人アズナ・バアルの一挙逮捕貢献だ。


彼らとその部下は衛士隊と連携し、町の内外に潜む悪党を見つけ出し、ことごとく現行犯で・・・・逮捕していった。


暴行犯らを捕まえていった結果、最終的に全てに繋がる男バアルとの関係を掴み、彼がこの町の北区の端に構えた家に突入したところ地下室で半裸の女性三名を発見し、ここ最近起こっていたすべての事件の首謀者が彼だったと町中が知ることになったのだった。


ちなみにバアルはこの町だけでなくプラブドールにも活動拠点を幾つも持つそれなりに大きな勢力の商人だが、黒い噂が絶えないためにギルド長が最初の宴会も以降の顔合わせも呼ばなかったそうだ。グッジョブ。


――で、事件解決には、日数にしてざっと四日ほどだったか。

短い期間で町の安全を脅かそうとする者達が彼らの協力によって次々逮捕されたのだ、彼らと彼らの部下が相応の評価を受けるのは当然のことだな。


きっと彼らの部下も、今頃は三兄弟のように家族や友人などに見る目を変えられ、称えられていることだろう。


良かったと思う。


三兄弟の下に就いていたのは、街では誰かのために何かをしたいという志はあっても、見た目や言葉が邪魔をして上手く結果を残せなかった元・ゴロツキ達だ。今回のことで彼らはようやく正しく評価される喜びを味わうことができたし、彼らの姿を見て、周囲もゴロツキを抜けられていない者も、どうすれば良いかが分かったはずだし、その結果が理解できたはずだ。


今後の彼らや彼らの周囲はきっと、良い方向に向かってくれると思う。


だから、どうやってそいつらがいとも簡単に捕まえられたか……なんて無粋な話は誰もしないし、させない。



「……でもなぁ、目標達成も事件解決も、俺、素直に喜べないんだよなぁ……」


ヴィオレッタさんにも届かないくらいの小さなボヤキが口から漏れる。


でもそれは仕方が無いだろう。だって、事件は解決していないんだから。


この数日で突然姿を消したのは五人。けれど助かったのは三人だ。

バアルが捕まってからは行方不明者は出ていないが、現在もあと二人・・・・が見つかっていない。


(単純にどこかへふらりと出て行ってしまったのか?)


いや、それは無いと言える。

なぜなら居なくなった二人はどちらも十代の女の子。天涯孤独な身の上ではなく、家族がその帰りを待っている。そんな子が何の前触れも無く突如旅に出るようなことはないだろう。


絶対ではないが魔物に食われた線も無い。

俺はこの一月で何度も周囲の森や山に入っているが、魔物はほとんど見かけなかった。居ても小型のものか山の奥にしかいないようなものだった。


現代日本とは違うんだ。緑が沢山残された山や森から魔物や動物達が人里に下りるなんてことも無いだろう。


だとすればもう、俺のように異世界へと飛ばされたのでもなければ、彼女達は間違いなくさらわれたのだ。


誰かに。

攫うという意思をもった誰かに。







「導いてあげましょうか?」


「―――ッ!?」



瞬間、空気が凍った。

その冷気は俺の体内も凍らせてしまったようで、あまりのことに喉からは引きつるような音しか出なかった。


ギシギシと音が鳴るほどに硬直した体を何とか左に向けると、そこには魔法使いのような真っ白いフード付のローブを羽織った真っ白い肌の女が居た。


「お、おま……なん……」


そこで俺は気付いた。


空気が凍っているのではない。


時間が・・・凍結しているのだと。



周囲に音は無い。

俺とその女――占い師ヴェルニカ以外に動くものがいないからだ。


「それ、いただきますね」


俺の驚きをよそに、ヴェルニカは俺の手から味噌汁の入った椀をごく自然に奪って、ごく自然に口をつけた。


「あ、お、おい……」

「……っ……っ……ああ、このスープはいつ飲んでも美味しいですね」


かろん、と音を立てて俺の前に戻された椀。

その中身は綺麗に無くなっていた。


「ご馳走様でした」


――と日本語で・・・・言って手を合わせるヴェルニカ。

その表情の浮かばないのっぺりとした横顔が、どうしてか俺には満足そうに笑っているように見える。


コイツ、もう、何からツッコンで訊いていけばいいのかわからねえ。


とにかく己を取り戻すために俺は一度咳払いをして、ヴェルニカに向き直った。


「あー、この状況は?」

「解答します。一時的にこの建物内の時と空間を固定し、外界からの干渉を制限しました。私達しか動けませんが害はありません。外部の時間は動いていますが、ここの中を意識することはできません」

「うん、分かったようで解らん。害が無いならいい」

「そうですか」


まあ、俺を導きに来たとか言ってたし、害があるなんてはなッから思っちゃいないが。


(だけど……よし、とりあえず何か文句を言ってやろうか)


そう考えて、俺は片眉を吊り上げながら俺の目の前にある木の椀をコツコツと叩いた。


「アンタねえ、俺の味噌汁勝手に食っちゃって、何してくれてんのさ」

「……回答します。大変美味でした。個人的にはシロミソも好きですが、やはりスープで飲むにはこちらが好みではあります」

「いや、聞いてねえよ」

「そうですか」


文句にもなりゃしねえ。

ところで何でアンタが白味噌知ってんのかね。訊いたら答えてくれるのかね?

ていうか、アンタ感覚無かったんじゃない?


「お答えできません」

「でしょうなー」


この人との会話の仕方なんとなく把握できてきたわ。

凄く面倒くさいけど。


「良い兆候です」

「そうですかー」


この世界には沢山のイセカイジンが生きている。

その中には日本人も沢山いて、なかにはこうやって味噌を作ったのか持ってきたのかで長く伝えちゃう人もいるだろう。そう考えればヴェルニカが他の種類を知っていても不思議ではない。



「――で、何を導いてくれるわけ?」

「……?もう問答は終わりですか?」

「質問は質問で返しちゃいけないんだぜ占い師」

「……失礼しました。ちょっと珍しいパターンだったものですから」


なんのだよ。

どうせ訊いても答えちゃくれないだろうが。


「解答します。貴方が今、悩んでいること。解決を望んでいるもの。その解決に近づける機会を得るための導きを貴方に」

「なんだそりゃ?」


悩んでいること?

解決を望んでいるもの?


それで思い当たることなんて……。


「あ、もしかして人攫いの件か?」

「はい」

「二人がどこ居るのか判るのか?」

「辿り着けるかは貴方次第です」

「あー、なるほど。今のじゃあ、そう答えるわな」

「はい」


判るかどうかは言わなかったが、つまりはそこに導いてはくれると言っているんだ。

そこで俺がどう動くかで内容は変わるってわけか。


「じゃあ、とっとと教えてくれ」

「了解しました。では、金貨二百枚を」

「はぁぁぁぁっ!?」


そっと手の平を上に向けてを差し出すヴェロニカに俺は思わず叫んで目を剥いた。


「おま、お前、まだ俺から毟る気か!?」

「誤解です」

「いや、誤解って、お前最初に占うって言ったときも二百枚出せって言ってきたんだぞ?俺らはそのために稼いでたのに、今度は攫われた子達を見つけるのにまた二百枚か!?」

「ですから誤解です。私はその・・二百枚を出してくださいと言っています」

「へ?」

「最初の二百枚だけです」

「えっと……と言うことは、アンタは始めからこの事件が起こることが分かっていて、そしてこの事件が母さんや千智につながる……ってことなのか?」

「一部肯定します。あとは確率の問題です。予想外のこともありましたが大筋はこうなると分かっていました。さて、柄倉重悟、選択してください。予定よりも一日早いですが、問いましょう。貴方は導きの代価を支払いますか?払いませんか?払うのであれば――」


ヴェルニカの細っこい手がずいっと俺に迫る。


「お早く」


感情の無い、どこを見ているかも定かではない赤い目が俺を睨み(そう見える)、その迫力に俺は思わず悲鳴を上げそうになった。


なんだかこういう目には覚えがある。逆らっちゃいかん目だ。


「お、おう。それならいいんだ。ちょっと待ってろ。部屋から取ってくる」


俺は慌てて頷いて、席を立った。

金は今、部屋でピエタが番をしていたはずだ。


近くの料理を二皿ほど掻っ攫って、ついでに部屋まで持って行くことにする。



部屋に着いたらピエタはベッドの上で皿に盛られたハムを摘まんでいる体勢で止まっていた。


「はしたないよ、ピエタ」


そういう食べ方が何故か美味しいのは分かるけどと心の中で付け加えて、ハム盛り盛りの皿を持ってきた料理と一緒に机の上に移動させ、ピエタもイスに座らせる。


その腹には金貨の詰まった袋が抱えられていたのでそのときに抜き取り、机の上には俺のサイン付きでヴェルニカが来たので金貨をもっていくと書いた書置きを残しておいた。


サインなんか無くてもピエタなら臭いで判るだろうが、一応な。



「ほら、コレだ」


再びホールに戻ってヴェルニカに金貨の詰まった袋を差し出すと、ヴェルニカは何も言わず小さく頷いて受け取り、両手で持って上下に袋を振り始めた。


結構な重さのはずなんだが、あんな細腕でよくもまあ振れるもんだ。


「それ、何やってんだ?」

「枚数を確認しています」

「ああ、それなら昼のうちに確認したから大丈夫だぞ」

「いえ、中身が違ったり枚数が大幅に間違っていたりというパターンもありますので」

「そ、そうか」


金はメイプルかピエタがずっと管理してるからそんな間違いは無いとは思うが、確認したいと言うならさせるしかない。


あんなので判るのか謎だけど。


「はい。間違いなく金貨二百枚ですね」


何度目かじゃりじゃりと鳴らし終えると、ヴェルニカは頷いた。


「な、間違いなかったろ?」

「ええ。では、これをどうぞ」


そう言ってヴェルニカはその手の袋を俺に返した・・・・・


「おい、どういうことだ?何故返す?」

「必要ですから」

「はぁ?アンタが代価として必要って言ったろうよ」

「私が必要なわけではありません。貴方を導くのに必要な代価だというだけです」

「……ああ、アンタを解った気になったけど、本当はよく解ってなかったみたいだわ」

「……そうですか。では、これから知っていってください」

「これからって、この先もまた会うのかよ。疲れるな、そりゃあ」


俺は苦笑を漏らしながらヴェルニカの手から袋を受け取った。

ヴェルニカはその皮肉には何も答えず、俺をじっと見詰めている。


分かった。分かったよ。何か意味があるんだろう?

今日までのことも、これからのことも。


「それで、俺はこれを持ってどこに行けばいいんだ?」

「説明します。ここから中央の大通りまで出ましたら、南に真っ直ぐ進み、紫の光を目指しなさい。そこで誰かに声をかけられたなら、その者に誘われるまま行くと良いでしょう。そして、そこに着いたなら、貴方の心のままに行動しなさい」

「占いってのは道具も使わずえらく具体的に出るもんなんだな」

「そういうものもあるでしょう」

「そうか」

「そう、です」


ならそういうことにしておこう。

地球の占い師みたいに棒やら札やら出されるよりは好い。


「じゃあ早速行こうかね」

「そうすることを勧めます」

「おう。――って、ちなみにさ、この状態はいつ解除されるんだ?」

「解答します。時間と空間の固定は貴方がここから出た瞬間、即座に解除されますので問題は無いかと思いますが?」

「そっか。それなら尚更さっさと出たほうが良いな」

「ええ、外はここと違って時間が流れていますから、外界との意識の齟齬は少ないほうが好いでしょう」

「分かった」


俺は頷くと、メイプルの背にかかったジャケットをかけなおしてその月色の髪を一撫でし、聞こえてないのは分かっていながら耳元で行ってくると囁いた。


そして、ヴェルニカに向き直り、右手を差し出す。


「……これはどういうことですか?」

「どういうことって、握手だよ握手。感謝を表すのにするだろう」

「でも、これは……いつものパターンにはありま――」

「だぁもう!パターンとかいちいち面倒くせえなぁ。ほらっ、あ・り・が・と・なっ!」


意外に戸惑うヴェルニカを無視して俺は彼女の右手を引っつかんで無理矢理握手させると、上下に荒く手を振った。


驚いたのか、ヴェルニカは俺が手を離すと同時に手を胸元に引き寄せ俯いてしまう。


「すまん。痛かったか?」

「いえ」

「あー、なんだ、えっと、俺、本当に行くわ」

「ええ」

「じゃあ、またな」

「はい。また」


俯いたままこちらを見ないヴェルニカ。

俺はどうしたら良いのか困ってしまい、結局そのままにして逃げるように店を出て行った。













――――そして、私は、再び・・彼の背中を見送った。



彼が出て行くとすぐ魔法は問題なく解除された。


今までの私と彼の会話もやり取りは誰も気付いてはいない。

ごく限定的であるが故に今回もヤツは気付かないだろう。


だけど今回は、どうもレアケースが多いのが気になる。

それは希望ではあるけれど、同時に不安の種でもあった。


良い方向に進めば良いが。



「あ、あら?ジュウゴの坊やは?――って、アンタいつぞやの」

「店主、私のことは気になさらずに。ここに居た彼なら――」


彼が消え、私が現れたことに驚く店主を適当に誤魔化して、お味噌汁を頼む。

裏メニューだねと彼らの作った下着を出されそうになったので、普通にお味噌汁をくださいと言っておく。


発酵豆のスープと言っておくべきだったか。



店主の姿が厨房に消えるのを確認して私は彼が座っていたところに席を移した。

僅かに彼の存在の残滓があって、温かい気がした。


そこで店主が戻ってくる。


「あのさ、悪いんだけど――」


お味噌汁は人気商品で、ちょうど今用意していた分が無くなったので一から作るとのことだった。


私が構わないと言うと再び店主は厨房に戻っていった。


「このやり取りは変化無し、か」


私の口から珍しく独り言が出て私は驚いて思わず口を押さえた。


珍しい。レアだ。


「予測に無いことをするから……」


彼の出て行ったほうを自然と見やり、無意識にため息をついてしまったところで私はまたハッとした。


本当に珍しい。やはりレアだ。


いけない。今日はどうもイレギュラーが多くて思考の制御が難しい。



冷静に、冷静に。

そう言えば彼とこの街で初顔合わせをしたときも少し取り乱してしまった。


冷静に、冷静に。

私はそう自分に言い聞かせ、思考を整えるためにも、いつもの・・・・彼の行動を思い返してみた。


通常のパターンならば彼は期日の朝の時点で目標の二百枚に僅かに足りていない状態のはずだった。そのため、彼は持っている地球製の品をすべてを売ることで金貨を二百枚に揃えて、夕方五時の鐘が鳴る頃にヘヴロニカ像の前に来るはずで、この地球製の品を売ったか売らないか、時間はどれくらいかかったかで道筋がいくつか変化し、私はそれに合わせて導く予定だった。


けれど今回は前日の時点で揃えている。しかも目標を大きく超えて。


期日より前に揃えるのはレアケース。

最速で四日前。でも、四日前に揃えるのはある意味最も悪いパターンだから今回はちょうど良い。


目標金額を超えるのもレアケース。

これは超えても問題ないが、さて、三百枚を超えるのは極稀だ。


この二つのレアケースが重なったのは三回……いや、二回だけ。


あのときは確か二人失っているけれど、全てのパターンの中で最も最良の結果を出していた。

これは期待して良いのかもしれない。


「でも、不安なのは……」


私は自分の手の平を見つめた。

そこには、彼の温もりが残っている気がした。


今までのすべての彼は握手あんなことはしなかった。

それが怖い。


いつもとは違う行動。

いつもとは違う状況。

いつもとは違う会話。


予想できない行動。

予想できない選択。

予想できない結末。


そう、“今回”はきっと“いつも”とは違う結末が待っている。


そう思うと、心の底から怖くなってくる。ああ、とてつもなく怖い。

こういう経験は何度もしてきたけれど、毎回不安と期待がぐちゃぐちゃになって私を喰らい尽くそうとして、気分が悪くなる。


こんなことなら、怪しまれてでも、無理矢理になっても、いつも通りに近い道筋を取らせるべきだったか?


「でも……でもでもでも……」


私は先ほど彼の前で見せてしまったように俯き、彼に握られた手を大事に包む。


「ようやくキミに逢えるかもしれないと、終われるかもしれないと、そう思ったら私はキミを変えられないんだよ、重悟」


彼の温もりがこの手に宿ったような、その感覚は幻だ。

でも、私は彼が手を握ってくれたという事実によって、記憶を呼び起こし、浸ることができる。


そして、それがいつか、いや、もしかしたらそう遠くないうちに、現実として得ることのできるものだと考えたら、私の体は甘い疼きによる震えを止められない。



「重悟……」

「じゅ~ごぉ……むにゅ……」


そのとき、私の惚けた声に同じ者を求める声が重なった。


声の主を見やると、私と似た髪似た瞳を持った少女が、嬉しそうに笑みを浮かべてむにゅむにゅと寝言を言っている。


いったいどんな夢を見ているのやら。

ヨダレまで垂らしてはしたない。


私は彼女の口の端から垂れる粘着質な液体をローブの端で拭ってやると、代価とばかりに彼のジャケットを奪ってローブの代わりにそれを羽織った。


ああ、そんなはずは無いのに、温かい。


私もその温もりに幸せな気分になって、横の少女同様に腕を枕にカウンターに突っ伏した。

そして、おもむろに伸ばした指で、少女の頬を突いてみる。


「むぁ……にゃぁ……」

「…………」


柔らかな頬に指が沈み、放せばふよんと元通り。

何度かやっていると齧られそうになったので私は指を引っ込め、また腕を枕に戻した。


この幸せそうな寝顔。この顔はいつまで続くのだろうか?今回はこのままでいられるのだろうか?


いつもいつもいつも、最後は悲痛な叫びと涙でぐしゃぐしゃに歪むこの顔。

何度破滅に向かっても、彼に求められ続けるこの顔。

愛しくも憎らしいこの顔。



「エルザ……エルザ・ヴェルーナ。ああ、私の可愛い愚かな妹。お前が“世界”の子でありながら、|彼を愛し結ばれたが故にもたらされた呪い。アレは、あと何度世界を滅ぼすのだろう?彼をどれだけ苦しませ続けるのだろうか? 父を喰らい、母を喰らい、妹さえ喰らい、永劫に続く喪失と後悔を何度も何度も味わい越えなければならない彼の、彼の涙はいつまで流され続けなければ……」


一度溢れ出した言葉は私の意思に反してなかなか止まってくれなかった。

次々繰り出されるのは怒りか悲哀か、はたまたそれとも……。


「ああ、エルザ・ヴェールーナ。お前さえ、お前さえいなければ。…………いえ、それは愚かな考えでしょうね」


もし、お前がいなくても私がいる限り結果は同じだったはず。

何故ならばこのエルザ・ヴェルニカも、彼を狂おしいほどに愛しているのだから。


そう、今も昔も。



「貴女の願いは、感情は……痛いほど分かる。でも、彼を真に愛するならば彼を諦め、彼のためにすべて捨てなさいヴェルーナ。そして“世界”を自然なカタチへと還すのです」


聞こえてはいない。きっと、誰にも。ヴェルーナにも。

けれど言わなければ気は済まなかった。


ああ、これもいつもなら考えられない無い行動だ。


「あっ……」


そこまで言うと、突然、私の体から力が抜け始めた。


まだ。もう少し。

どんなに願っても体は光りの粒になって消えていく。


「そう。ならば仕方がありません」


どうせ消えてしまうなら最後まで彼に包まれていよう。


隣で眉をしかめてぐずる妹の頭を撫で、彼のジャケットをもう少し借してほしいと頼んでおいて、私は私の体を抱き、幻の温もりの中に顔を埋めた。


誰も見ない。

意識しない。

消え行く私に気づきはしない。


「…………ぅん?」


ぼんやりとした寝ぼけの眼で私を見つめる妹以外は。


「じゃあね、ヴェルーナ」

「……ぅん。また……ね……」


そう応えて妹は再び眠りにつく。


「『またね』か」


嫌いじゃない。


何度失敗しても、また。


ああ、嫌いじゃない。


きっと――

みんなに――

また逢える―――












「あれ?アタシはなにしてたんだろ?」

「オフクロさん、どうしたんだい?ミソシル持って」

「ん?ああ、ここに誰かいたはずなんだけど居なくってね。注文も受けたんだけど……ジュウゴの坊やかね?」

「そこで潰れてるフクシャチョーじゃないのかい?」

「ああ、そうか、そうだよね。ちょいと、メイプル嬢ちゃん。ほら、オミソシルできたよ。冷めないうちにおあがりよ」

「――ふわっ!?な、なに!?」




光りの粒が消えたとき、ヴェルニカの姿は何故か人々の記憶からも消えた。ただ、カウンターの上に突っ伏したような形で重悟のジャケットが置かれていたそれが、唯一彼女がここに居たことを教えてくれた。




多分今回の話は多くの方が「え?」ってなると思います。


わかっていて書きました。


これに関してはこうです、とは返信できませんし、説明もすることができませんのでご理解ください。


この話を読んだあと、一章終盤、序章をあまり読まれていない方、飛ばされた方はお読みいただくと新たな疑問のかけらが出てくるかもしれません。


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