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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
25/73

許可証

セネバット老人は良い意味で困っていた。少し長めに見ていた依頼の期間がものの数時間で終わりそうだからだ。

その原因である黒髪黒目の少年は、頭をかきかき苦笑する。一緒についてきた赤毛の少女も目を丸くしながら立ち尽くしていた。


「とりあえず、お茶にしようか」


そう言って、笑って考えないことにするのが良いと判断したのは長年生きてきた経験の賜物である。




来月あたりに息子夫婦が孫娘を連れて王都から帰ってくると先週手紙をもらい、セネバット老はギルドに別荘の片付けの依頼を出した。しかし、内容が内容だった為かなかなか受けてくれる者は現れない。

さてどうしたものかと悩んでいたそんな折、ギルドからようよう人がやってきた。


黒髪黒目の見慣れない格好をした少年と、長身で短髪赤毛の少女。

二人とも剣を装備しそれなりに大人びても見えたが、ギルドを利用する”慣れた”人間の雰囲気はなく、まして長く冒険をしてきたような風にも見えなかった。



正直言って頼りない。



何せ依頼は別荘の片付けだが、その内容は【別荘周辺の危険物の除去】も含まれており、それを見つける目も、取り除く腕もあるのか不安があった。

何より庭先の邪魔な木は切ってもらおうと思っていたのだ。本職に頼めば良かったが、そんなに報酬も用意できない老人には虫が良いと思われてもまとめてやってくれるよう頼むしかない。


そんなことできるような風には見えないな。仕方ない、木は諦めよう。


そうひとりごちてセネバットは別荘へと案内する。



別荘は町から北東の森の街道近く。小道を抜けた先にあった。

林の中、鳥たちの歓迎を受けると、抜け出たそこには大きくはないが丸太で組まれた立派な家があった。



「この家を頼みたい」



先ずは掃除と室内の整理。

それは赤毛の少女が担当すると言って鼻歌混じりに井戸へ水を汲みに行った。


次に危険物の除去。

孫娘がやってくる。まだ小さなそのこの為に、庭やその周辺の危なそうな岩をどけ、目にかかるくらいの飛び出た木や枝などを切ってもらいたい。できれば周辺に危ない動植物がないかも確認し、もし時間ができたらいくつか木を切ってはくれないか?


できるかどうかはわからないが。


そう付け足すのは心の中で、セバネットは頼むといった。

するとどうだ、少年は何のことはないと笑って庭に向かった。


まあ三日はかかる作業だろう。


セバネットは赤毛の少女の手伝いに、家の中へと入っていった。



それから、一時間半くらいだろうか。

少年が粗方終わったのでどの木を切れば良いかと訊ねてきた。


またまた…見ていないからといって手を抜いたな。


そう思って庭先をみたセネバットはぎょっとするj。


いくつか打ち落とされた枝は縄でまとめられ、庭にいくつかあった岩はことごとく引っこ抜かれて埋められていた。そして極めつけは倒木兎ハンガルの山だ。


近くに巣を見つけたので駆除しておいた。


などとなんでもないように言い放つ少年はいったい何者なんだろうか?

ハンガルの巣は巧妙に隠されており、ハンガル自体もすばしっこいうえ隠れて見つけられない。

どうして見つけたのか訊ねてみたら、


「え?独特な臭いがしますから分かりやすいですよ?」


と言う。


セネバットは訊ねたことを後悔した。



では、とりあえずと気を取り直し、庭先の四本の木を指定する。

どれも太い木で中身が詰まってしっかりしている。切るにはなかなか骨が折れると木こりはよくいう。


スノクの木は石の木だ。


なんて歌う木こり歌まで昔に流行った。


それが毎年枝を伸ばし今は大きく陽を遮ってしまっているからどうにかしたいと思っている。

そう言うと少年は分かりましたと気楽に答え、長い剣を一本担ぎ、さっさと行ってしまう。


一本目はちょうど目の前にあった。


「おっと、斧を渡すのを忘れたわい」


慌ててセネバットは倉庫に駆ける。そして埃を被った斧を手に取り息を吹きかけたその瞬間。


メキメキメキメキ……


と凄まじい音を立てて木がへし折れる音がする。


「なんじゃ!?」


どうしたことかと庭に飛び出ると、切れと頼んだ木が森側に向かってドドウと倒れるところだった。


「あっちゃぁ…失敗したな」


そう言って頭を掻く少年の目の前の木の残りは少年の胸の位置より少し低いくらいで斜めに切れている。

少年のその手には先ほど手に持っていた長剣が抜き身で握られていた。


そして少年はセネバットに気付き、次いでその手の斧を見、そこから自分の剣を見た。


「あ、あはは…はは…」


セネバットはそっと斧を倉庫に戻し、目を丸くする少女とどうしようと言った風の少年を見て言った。


「とりあえず、お茶にしようか」




世の中には考えてはいけないことなど沢山あるのだ。

こののち、セネバット老人は孫娘にそう言って聞かせるのだった。







……………






悪ガキを追い出して欲しい。


そうギルドを頼ったのは街の南の住宅街に住む主婦、ヒメリアだ。


十代半ばの悪ガキが夜毎悪戯をして廻ったり、物を壊したり汚したり、若い娘にもちょっかいを出している。物を盗まれたり恐喝されたりする者もいる始末。しかも一人や二人じゃないらしい。子供ばかりだがかなりの人数で。


衛士には頼んじゃいるがどうにも尻尾を掴ませない。なので尾行ができるような人間がいたら手伝って欲しい。

そう思う地域住民を代表して依頼を出した。


出して三日くらいだろうか?


「ギルドの依頼を見てきました」


そう言ったのは問題の悪ガキどもとあまり変わらないくらいの黒髪の少年。


ため息をつき、『ホントに任せて大丈夫かい?』と依頼の再確認をした。



しかし、奇妙なのは実力を疑うヒメリアに自信ありげな顔で『処遇は俺に任せてもらっていいですか?』と言ってきたことだ。




「こいつらに見覚えは?」


そう言って連れてきたのは頭に黄色の布を巻いた二人の少年。

ヒメリア率いる地域住民の前に出されて焦り出し、放せ放せと喚いている。

まだ、十四、五歳くらいだろうか?


「ああ、確かに見覚えがあるね。顔は分からないけどその頭には見覚えがある。うちは鶏を盗まれた」

「あるある。組織だってやってるかは知らないがその頭のヤツがウチの家の壁に馬糞を塗りつけていったのは覚えてるぜ」


どうやら、悪さをしているのは間違いないらしい。


「そうですか。では…」


またあとでと黒髪の少年は路地裏に二人を連れて消えていった。




夜になり、再び現れた少年は今度は青い腰巻をつけた少年二人と、ほとんど下着のような扇情的な格好をした少女を連れてきた。


「この子たちに見覚えは」



そう言って突き出された少年少女はやはり焦りをみせ、この場から逃げ出そうと試みる。

しかしどこにそんな力があるのか、少年二人の服の背を右手で瞬時に捕まえ、二人を重ねてねじ伏せると、少女も左手一本でくいっと手首を捻っただけで押さえ込んだ。


「あるぞ!こいつらウチのかみさんの財布盗んでいきやがったんだ!」

「俺は女に見覚えがある!そいつ一発銀貨二枚で良いからって言ったのにぼったくりやがって!」

「え?」

「あんた…」

「あ、いや…」


そうですか、とだけ言ってまた少年は去ろうと背を向ける。


「ちょっと、あんたその子らをどこに連れて行くんだい?」


ヒメリアが訊ねると、


「”良い子”に戻れる場所です」


そう言って去っていく。




この夜、最近では毎晩のように続いていた悪戯がぴたりと止んで、何故か代わりに一晩中悲鳴や奇声が聞こえると言う怪奇に、眠れぬ住民が続出した。





翌朝、ヒメリアは家の戸を叩く音で目が覚めた。


「ヒメリアさん!ちょっとちょっと!」

「なんだい朝から騒々しい」


声からしたら隣の家の奥さんか。だいたいいつも騒々しいのだあの人は。何かにつけて大げさに騒ぐ。


「大変なんだ悪ガキたちが!」

「悪ガキがどうしたって?昨夜は悪さしなかったようだったがねぇ」


そう言って戸を開ける。

するとそこには通りを指差す隣の奥さんと、彼女の示す通りには各々色とりどりの飾りを身に着けた多くの少年少女が整列していた。

数はざっと四十人は超えている。

みな一様に包帯を巻いたり青あざを作ったりでボロボロだが何故か鍛え抜かれた軍兵のような顔をしていた。


「な、なんだいありゃぁ…」


何がなんだか分からない。理解の追いつかない事態にヒメリアだけでなく、慌てて出てきた近隣の住民も唖然としていた。


「姿勢を正せぇっ!!」


突然、列の一番端に立っていた赤いスカーフの年長らしい少年が大声を上げる。


「「「「”オォォッッス”!!」」」」


その声に全員が一部の遅れもなく気勢を上げ、命令どおりに背筋を伸ばして両手をぴんと伸ばし気をつけの姿勢になる。


シンと静まり返る住宅街。


そこへ、黒髪の少年が赤毛で長身の少女を連れ立って歩いてきた。


少年が手を挙げると、


「「「「「「「おはようございまっす!!!」」」」」」」



怒号とも言えるほどの大声を上げ、少年たちは一斉に黒髪の少年たちに向かって深々と頭を下げた。


「じゃあ、みなさんに、日頃迷惑かけてきた皆さんに謝りな」


「「「「「「「すんませんしたぁぁぁっ!!!」」」」」」」



このやたら訓練された感じはなんなのだろうか。

ヒメリアも他の者たちも驚き戸惑う。

そして少年がまた何かスカーフの少年に指示すると、スカーフの少年は”散開”を告げ、みな一斉に散っていく。





「依頼完了しました。”よく言い聞かせた”のでもう彼らは悪さをしませんよ」


そう言ってヒメリアに微笑む少年の後ろでは先ほど散った少年たちが手に手に掃除用具を持って家から通りから掃除を始めている。



「いったいどんな…」


いったいどんなことを言い聞かせたらこれほど人格が矯正されるのだろう。ヒメリアは聞こうとしたが、それは喉の奥に引っ込めた。


なんにせよ、平和が戻るのだ。良いことではないか。深く考えるまい。


少年たちの一部が奪った金品や壊したものの弁償は彼らが働いて少しずつでも地域に還していくという。


最高の結果だ。


「ありがとうよ。助かった」


依頼完遂の確認の書類を少年に手渡す。

礼を言って去り行くその後姿に、いつか大きなことをしてくれそうだと期待を込めて手を振った。






……………




スノク駐在の王国軍、戦闘教官のブリックは最近面白そうな少年を見つけた。


まだ二十歳にもなっていないそうだがやたら腕が立つと最近噂だ。

熊や猪、魔物を軽々狩ってきて、餓狼の残党を打ちのめし、街の悪ガキを更生させたという。


その話を聞いてなにやら自分の中の戦士の血が疼くのを感じた。

ハンデールに現れたと言う勇者の話もかなり食指が動いたが、仕事の関係上ハンデールにでかけることもできずに燻っていた。その矢先のこの噂だ。



[胸元の星明り]に用心棒として滞在しているとのことで、店主に事前に断りを入れ、少しの”侘び”を支払って少年に対して仕掛けさせてもらうことにした。

店内に数名の部下を配置して、難癖をつけて暴れさせるというものだ。


配置したのは捕まった餓狼と同じ五人。

皆、腕に覚えのある手練れだ。


店主の”怪我をしないように”との忠告に打ち合わせをする部下たちは失笑した。

俺たちが子供に負けるものかと。

侮ってくれるなと。


だが、終わってみれば、侮っていたのはこちらのほうだと分かった。


給仕をしていた赤毛の少女にわざと失敗するように仕掛け、それを指摘し怒鳴り散らすことから始まった。

このときはまだ、噂の少年らしい黒髪の男が店の入り口に椅子を置いて座っていて店主は予め席をはずしている。


興がのってきたのか部下の一人が少女の方を抱き、ああだこうだと迫っていた。

だが、まだ少年は動かなかった。酔い客相手の商売。コレくらいは日常茶飯事なのだろう。


それを横目で確認した部下たち。

ここで少年が捕まった餓狼に激しい嫌悪感と怒りを持っていることを店主から伺っていたブリックの部下たちは、敢えてこう言ったのだ、


『俺たちは餓狼の…』と。



調子にのった。もう二度としない。

後にその部下たちはこう語り、しかしあの当時のことをあまり覚えていないという。


だが、彼らがこの言葉を口にした瞬間を店の外から潜み見ていたブリックは驚愕した。


尋常ではない速度で駆け出した黒髪の少年が少女を抱きかかえていた部下を矢のように跳び、殴り飛ばしたのだ。

二転三転店内を転がり気を失った屈強な男を見ても常連たちは何故か動じず、『バカが。怒らせるなって』と酒瓶と料理の皿を抱えていそいそと安全圏のテーブルに移る。


残り四人。


仲間の姿を見て一気に冷静になった部下たちは少年を四方から取り囲み、順に飛び掛っていく。


しかし、見たこともない投げ技や打撃技を次々繰り出す少年に一矢も報いることの出来ないまま、部下たちは泡を吹いて床に伏すことになる。


「近くを通りかかった軍のブリックという!何があったか知らぬが、この揉め事、私が預かる!」


ブリックはそううそぶいて店内に入り、少し遅めの仲裁に入った。


衛士を呼べ。


そうやって真面目くさって指示を飛ばすブリックの胸の内はもう四十を迎えたと言うのに少年のように躍っていた。


部下たちに見舞いをやって、明日にでも早速依頼を出そう。


戦闘訓練協力者求む。


もちろん、名指しで。








……………

…………

……




あら、もう終わったのね。


スノクの人気受付嬢アニタはそのとろんとした垂れ目を少し見開き、背筋を伸ばした。


「こちらへどうぞ~」


入り口から書類を持って入ってくるのは黒髪の少年ジュウゴと赤毛の少女ピエタ。

最近何かと噂の二人だ。


今日はこれで四件目。


ジュウゴが代表して完了の書類をアニタに渡す。


完遂確認書類は複製が出来ないよう仕掛けがあり、各依頼者にもらわずに同じ物を作ろうとしても判るようになっている。

つまり、この書類は本物。この二人は今日だけで正しく四回の依頼を間違いなくこなしていることになる。


なかには三日はかかる予定の工事などの作業もあった。

なのにだ。


「お疲れ様。いつも手際がいいわね」


とは自分で言ったものの、そんな手際が良い程度の話ではない。


二人が仕事を始めてまだ6日。


こなした依頼は二十二件。ほとんどが頑張れば時間を短縮できる力作業だったとはいえ早すぎる。だが、ギルドはそれに何か文句をつけるようなことはしない。

彼らのこなした仕事はすべて結果が好評で、なかには軍から商店から名指しで入る依頼もあったのだ。


何も言える筈がない。


アニタは取り繕った笑顔で書類の不備がないかを確認する。


「いやぁ、慣れてきたのもありますけど、簡単な仕事ばっかりなので」


嘘をつけ!あんた何者よ!?


突っ込みそうになったアニタだったが『そうねぇ』と微笑み返す。仕事を良くこなしてくれている以上、どんな人材でも絶対不干渉が暗黙の了解とされるギルドの、さすがは人気受付嬢。


「はい。確認しました。では報酬を持ってきますね」


小さく息を吐いて気を落ち着けたアニタは奥から銀貨の入った袋と札を二枚持ってきた。


それを二人に差し出すと、少年は札を摘まんで首を傾げる。


「これは?」


こなした数はまだ足りないが、ギルドの”上”が下した判断。


「二階の依頼を受ける許可証よ」


二人は顔を見合わせ、互いの手と手を合わせた。



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