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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
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敵は何処?

ギルド加入から7日目の朝。

俺は酒場のホールの掃除の手伝いを終え、お茶を片手に優雅に啜り、テーブルに稼いだ硬貨を広げてピエタが来るのを待っていた。


まだギルドも開かないほどに朝は早く、ピエタの泊まる宿はココから離れていて時間はかかる。


「いちまーい、にまーい、さんまーい…一枚たりなぁい…なんてな」


一枚一枚布の袋から丁寧に取り出し、同じ種類で積み重ねながら金貨銀貨銅貨と並べていく。

その合計、金貨十三枚、銀貨三十二枚、銅貨十一枚。


この数日で小さくこつこつ稼ぎまわって、やれやれコレだけ溜めこんだ。

一日に三件こなせば少しメシに使ってもプラスが出る。朝晩のメシにかかる代金と宿代が浮く恩恵はかなり大きい。

まあ”おやつ代”として金貨三枚ほどすでに使ってはいたんで、そこも我慢できれば良かったんだが…どだいこの体、無理な話だ。



それと俺たちは仕事をこなしながら妙な噂や事件はないか聞き取り、[村食ウィスクムい]の情報集めも平行して行っていた。

二十件以上こなして数件。僅かながらにそれらしく解釈できる情報が入ってきた。


今日はその確かめを兼ねた休日を設けるつもりだ。


「ちょっと目立ちすぎたからなぁ」


軍の戦闘教官からお呼び出しを受けて、そこでようやく自分が街で噂になるまでになっていたことに気付いた。連日バカスカ依頼をこなし、それがパワー系だの退治系だのだったらそりゃ噂にもなる。そのおかげで二階の上位依頼を受けられるようになったわけだが、張り切りすぎたと言うか調子に乗ったと言うか。


これじゃあハンデールの二の舞だ。


「まあ、アレはもともとメイプルのシナリオのせいだけど」


そう苦笑してティーカップを口に持っていくと、お茶の香りに混じって入り口の方から嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。


「アタシがなんですって?」

「っ!!メイプル!?」


通気の為に開け放たれていた入り口に腰に手を当ててメイプルが意地の悪い笑みを浮かべていた。


「なんでココが?ていうか、どうしたのその格好?」


月色の髪をポニーテールにしてまとめ、お気に入りの蝶の髪留めは前髪の分だけ。上等な絹を使って作られた純白のシャツを着て革のベストを羽織っている。同じく上等な生地を使ったであろうベージュのパンツと革のブーツの組み合わせまで見れば見事にカウガールだ。

完全にアクティブなスタイルだが、今日は珍しく妖精の姿をあしらった眼帯までして右目を隠している。


よく見りゃ俺の竜のナイフまで持ち出して腰に下げてるし。


「仕事に行くのよ、お仕事。それで、この格好なの。で、いざ外に出たはいいけど、ハンデールやエッセルに比べてこの目を忌避する傾向が強いのかしらね。じろじろじろじろと鬱陶うっとうしいくらい見てくるのよ」


それで、眼帯引っ張り出したのか。

ハンデールでアーシアさんが作ってくれたものの、周りの人があまり気にしなかったから使わなかったけど、さすがにこの地方まで来ると見方も感じ方も変わるらしい。


メイプルはため息をつきながら忌々しそうに首を振ると、すたすた俺の隣にやってきて、俺が良いと言うまでもなくさっさと椅子に座ってしまう。

そして俺の飲んでいたお茶を取り上げ、当然の如く飲みはじめた。


「うん、酒場の出す物にしては悪くないわ」

「君って遠慮ないよね」

「アナタに対してだけよ」

「それもどうなんだ」


俺限定のジャイアニズムってか。


俺はため息をつき、お茶をカップに注ぎ足した。


「これはここの店主の自前。趣味で良さそうな茶葉を集めてるんだって。んで?それはいいとして、仕事ってなに?」

「絵の題材モデルよ。結構名のある人みたい。今日で四日目」

「へえ、モデルかぁ。どんなの?」


俺がメイプルの手から取り返そうとティーカップに手を伸ばすと、メイプルは片手で金貨をいじりながらつぃっと俺の手を避け、また口をつける。


どうやら気に入ったらしい。


「別に。ただの人物画よ。色んな場所や色んな格好でするけど。今日は馬に乗ってほしいって言われてるから動きやすいようにね」


色んな格好か…。


「その画家さん、男?」


思わずそう訊ねるとメイプルはカップに口をつけたまま、上目遣いでニッと笑った。


「気になる?」

「あ、いや…その…」

「アタシが誰を相手に、どんな格好させられているか気になる?」


そう言われるとどうにも答え難い。


視線を合わせられず目を泳がすと、メイプルは俺の手をそっと取り、次いでその指先を小さな親指でゆっくりと撫でた。

その翠の隻眼が俺をまっすぐ見つめている。


「大丈夫。誰にも触れさせやしないから」


瞬間、囁くように紡がれたその言葉に俺は顔が沸騰したかのような錯覚に見舞われ、自分が耳まで真っ赤になっているだろうことを悟った。


「なっ!?か、は、恥ずかしげもなくそう言うことを…」

「事実だもの。アタシがそう決めているの。別に恥ずかしいことじゃないわ」


ふふっと笑ってまたお茶に口をつけるメイプル。


絶対にからかわれてるよな。


「まあ、ちゃんと話すと、相手は初老の男性。仕事はギルドを通させているから問題ないわ」

「ギルドに?」

「ええ。そうしておけば、犯罪に関与している疑いがあったり予定日数以上の期間の拘束があったりする依頼者にはギルドが強制介入するの。直で受けるよりは安全よ。それに今のところ何かを強要されたことはないし、このナイフをいつも持ち歩いてるから、何かあってもただじゃおかないけど」


そう言ってメイプルは腰の竜牙を撫でた。その顔には不安の欠片もない。


「まあ、そこで最初の質問の答えに戻るのだけど、アタシがギルドを利用する過程で耳にしたわけ。でたらめに腕の立つ”黒髪黒目の剣士”の話。すぐにピンときたわ。そしてそいつがここで用心棒をしているってことが分かったから様子を見にね。ガンガン働くのはいいけどちょっと活躍しすぎじゃない?」

「あ、ああ、そうなんだよ。俺もちょっと目立ちすぎたなって思って今日は休みにするんだ。他の用もあって」

「ふうん…でも何でわざわざ娼館込みのここに?」

「いやそれは、寝泊りすることに困ったし、ここの店主のキャナスさんが働かないかって言うもんで部屋を借りれるならって。あ!こ、ここは娼館でもあるけど俺は、何にもしてないぞ!本当に部屋を借りているだけだ!」


必死に弁解したが、メイプルは意外にも首を振る。


「分かった。でも本当のところ”そこ”は心配していないわ」


『そうか、良かった』…と言いかけてふと違和感に気付く。


”そこ”?


「どうもその剣士は普段二人組みで行動しているそうじゃない?」

「っ!?」


”そっち”か!?


「その相手ってのが、赤毛の短髪で、長身で、”ばいんばいん”の女剣士って噂だけど?」

「いや、それは話せば少々長くなるんだが…」


”ばいんばいん”って誰だ変な情報与えたヤツは!


ああ…マズイ。

別に悪いことしてないのに非常にマズイ気がする。

メイプルの笑顔が、目が、口元が、笑えていない。


こうなればさっさと必要なところだけ掻い摘んででも説明しなければピエタが来てはややこしいことになりかねない。

大丈夫だ。焦らずしっかり説明しよう。時間はまだある。



神よ、俺に力を!



「ジュウゴさぁん、おはようございまぁす!」


「のぉぉぉぉっ!!」



神は死んだっ!!

何故このタイミングで現れるんだピエタ!純真無垢な笑顔がまぶしいを通り越して憎いっ!



「そう、あの子ね?」



そう言ってその張り付いた笑顔のままメイプルはピエタに向かっていく。

ピエタは戸をくぐりながらも、近づいてくる小型の猛獣の威圧感にたじろぎ、退却を考えていた。


そうして、メイプルはピエタの数歩前で止まると、上から下までねめつけて、意外にも右手を差し出した。


「アタシはメイプル。メイプル・キャロディルーナって名乗っているわ。貴女はそこのジュウゴと一緒にお仕事をされてる方でよかったかしら?」


その手におっかなびっくり手を差し出すピエタ。

予想外の行動に俺はその二人を見守ることしかできないでいた。


「は、はい。あの、私はジュウゴさんの”相棒”を務めさせていただいています。ピエタ・リコルスと申します」


丁寧な挨拶だったが、”相棒”という言葉にメイプルの肩がピクンと跳ねる。


「へえ……”相棒”?」

「はい!まだ組んで間もないですが、一緒にお仕事を。なにぶんギルドでの仕事は初めてなので、”二人手を取り合って”依頼をこなしています。とは言っても私がほとんど”ジュウゴさん”に”甘えて”いるのが真実ですが…ご依頼の方ですか?」


ピエタ、ピエタ、ねえピエタ。お願いもう喋らないで。


「あ、あのな、メイプル…」

「待って。言わなくても分かっているわジュウゴ」


俺の言葉をメイプルが手で制する。

ああ、なんだ。ちゃんとメイプルも分かって―――



「この贅肉胸ばいんばいんは敵ね?」

「わかってねえぇぇぇっ!!」



そして、二時間。

メイプルに事情を説明するのには時間と気力が必要だった。


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