神をも喰らうヴァイセント[後3/3]
「……さん…にいさん?兄さんってば!」
「ん、んぁあ?」
目を覚ますと快活そうなロングヘアーの少女が、俺の顔を覗きこんでいた。
妹の千里だった。
「おぉ、千智…元気だったか?てゆうかお前なんで制服を?」
はて?彼女の最後の姿はもう少し違ったような?
「ちょっ、兄さん!寝惚けてますね?今日は月曜日ですよ?夜遅くまでゲームしてるから時間の感覚が狂うんですよ」
腰に手をあて、ぷくっと頬をふくらます。
俺はその姿に懐かしさを覚えながらも、ゲームのやり過ぎかと苦笑した。
「はぁい、じゃあ、寝坊助なジュウゴにはしぶぅいお茶、出してあげるわね♪」
間延びした声で、ウェーブのかかったセミロングの髪の女性がテーブルに湯飲みを置く。
「あれ、母さん?」
黄色のエプロンを掛けた姿にやはり随分懐かしさを感じる。
「はいはい、母さんですよ♪さ、朝ごはん食べましょう。遅れちゃうわよ学校に」
「はぁい」
「あ、ああ。そっか学校」
ああ、学校に。
そうか学校に行かなくちゃならないな。
折角の連続無遅刻無欠席が台無しになる。
「さ、お父さん、音頭よろしくっ♪」
「おうっ!じゃあ手を合わせて…」
母さんが促して父さんが新聞を読む手を止める。
今日も撫で付けたオールバックが厳つい。
パチンッ……
と何かが弾けた音がした。
手の鳴る音ではない。
「……ん?」
不思議に思って周囲を見回すが何も変わったことはない。
気を取り直して食事に戻る。
「…あれ?飯が…父さんたちも……」
周囲は真っ暗闇。
俺はただ、その何もない空間で立ち尽くしてきょとんとしていた。
「なんじゃ、その情けない顔は」
「うわっ!!?」
目の前に突然、やたら眼光の鋭いお爺さんが現れる。
痩せこけて皺だらけ。いまにも折れそうなその体をくっくとわらい震わせる。
「もう、ここで終わりか?ここにいていいのか?」
「な、何が?」
「何がとは……ハァ…情けないのぉ」
そう苦笑して狼狽える俺に近付き、人差し指を俺の胸にとんっとあてた。
その仕草になぜか胸が熱くなる。
「ヒトは、生まれて死ぬまでおおかた五十年。背負うものなど僅かだが、我等はヒトの何倍も生きねばならん。儂はぬまでに多くのモノを背負ってきた…」
どこか遠く懐かしむような瞳が俺を射抜く。
「お前も、背負わねばならん。竜の血で定められたものだけではない。怒りも悲しみも憎しみも苦しみも、時には罪や愛するものを」
そして、ニヤリと口の端しで笑う。
「アレはお前のだろう?」
真っ暗闇の中に、月の色のように煌めく金髪の少女
が立っていた。
彼女は、ボロボロな姿で涙を流して何かを必死に呼んでいるようだ。
「さて、問おう…お前はここにいていいのか?」
ああ、そうか………俺を呼んでいる。
「行かなくちゃ」
「おう。行ってこい」
こつん、と拳が胸を打つ。
その瞬間、心臓の音が激しく唸りを上げた。
「メイプルッ!!」
金髪の少女に手を伸ばす。
パチンッ…
彼女を掴んだと思った瞬間、ぶっ飛んでいた意識が現実へと引き戻された。
ぐっと、左の手に力を入れると、カチャッと音がする。
思わず『あんたかよ…』と苦笑してしまった。
「ジュウゴっ!!?しっかりしてジュウゴ!!死んだりしたら承知しないんだからっ!!」
きんきん唸る耳鳴りに、高飛車なお嬢様のお声が混ざって響く。
呑んだことはないが、二日酔いってこんな感じだろうな…。
そんな風にすっとんきょうなことを考えながら、俺はその声に応えるべく、全身の筋肉を震わせて立ち上がる。
「っ!!ジュウゴぉっ!!」
「ってぇ…はいはい…ジュウゴですよぉ……けひっ」
母さんの口調を真似したら血と一緒に口に土が入った。
うぇっ。
「何で助けにきたのよっ!!アナタ、アタシのこと二度と助けないって言ったくせにっ!!」
涙をポロポロ流しながら、唇を噛むメイプル。
そんな顔で言う台詞かよ。
「あぁ、そうさ!俺はな!エルザ・ブレモンドなんて言うどっかのお嬢様じゃない、高飛車で!ちっこくて!小うるさいメイプルって″仲間″を助けに来たんだよっ!!………だから!絶対″助けてやる″!」
刀を握りしめ、メイプルを見上げる。
「っ…ぅ…じゅうごぉ……ちっこい…いぅなぁ…」
涙や鼻水でぐしゃぐしゃな顔に笑顔が宿る。
それを見て小さく頷くと、俺は改めて刀を構える。
右足を軽く引き、刀を右に垂らすように、体を半身にして気迫を放つ。
後方の巨大な気配と、前方の巨大な悪に。
「いやぁっ素晴らしいっ!いい喜劇です!姫を助けに来た王子様がこのあとどれ程不様な姿になるのか、今後の展開に期待です!」
パチパチと手を叩くナハトラハル。
その目には強者の余裕と弱者を見下げる侮蔑。そして気味の悪い喜悦が浮かぶ。
「いや、しかし生きていてくれたかジュウゴくんっ!素晴らしいっ!流石はヒトの身でありながらヒトの領域を超越したヒトならざる者![魔人]!!いったい君はどんな怪物を喰い、なんの魔人になったというのか!!」
「生きていてくれたかって、お前殺そうとしたじゃねえかおしゃべり豚野郎。後ろのデカブツでボコスカ殴りやがって」
まだ、身体中が痛い。
どんな強固な外皮を持つ生き物も、生物である以上は衝撃に弱い。
あぁ、多分俺が翼の下敷きにした時も竜はこんな痛みを味わっていたんだな。
想像以上にキツいわ。いまだにフラフラする。
ちょっと、反省。
「おしゃ……『おしゃべり豚野郎』とは……本当に君は言葉を知らないなぁ。もうちょっと痛めつけてやろうか」
気持ちよさげに喋っていたナハトラハルは顔をひくつかせ、四角い箱をぐっと握った。
ぼぅっと、箱にまた赤い光が灯る。
瞬間、トラウディシアの魔神はその巨大な土塊の拳を振り上げ、その巨体に比べれば虫けらほどの小さな俺に向かって思いきり叩きつけた。
ドウッ!と地面が凹み、抉れ、土が飛び散る。
「ジュウゴ!?」
メイプルが叫ぶ。嗄れた声が痛々しい。
「っと…!!大丈夫だっ!!」
そのまま振り向かずに横っ飛びで回避する。
大きい。そして、一撃でも当たればかなり危険だ。
だけど、
「当たらなければどうってことはないっ!」
うん、言ってみたかったこの台詞。
さらに翔んできた二発目の拳を振り向き様に横に転がって避けた。
そのまま、三発四発と次々に避けていく。
屋敷の二階にもおよぶこの巨体を思えば原付きより速くくりだされる拳は相当な速さだが、攻撃は単調で、正直速さも複雑さも柔道の組手争いのほうがよっぽどさばくのに苦しい。
これがかつての大陸をたった一体で恐怖のドン底に陥れた…なんて話になるだろうか?
俺をヴァイセントとか呼んだが、そんな奴等じゃないと止められないほど強いだろうか?
追撃をかわしながら俺は首をひねった。
「ふふふ…なかなかやりますねぇ。頑強さもさることながら速さもありますか」
ふむふむと楽しそうに葡萄酒を揺らすナハトラハル。
奴の手の箱がまた強く光る。
「…ォォオオオ………」
無機物とは思えない雄叫びをあげ、魔神は連打を次々振り下ろしてくる。
全身は庭の土や草や石畳などを呑み込み、異形を造り出しているのだが、その姿にやはり脅威を感じない。
多分力比べでは分からないが、この刀ならきっと腕も胴もぶった切れるだろう。
体があちこち悲鳴をあげ、いまいち力が入らないがなんてことはない。
だが、俺がどういうものか理解しておきながらこんな程度しかやってこないもんだろうか?
というか、自分の身を晒しておきながらあの余裕はなんだ?
そんな疑問が俺の頭を離れない。
「試してみるか」
ちょうど拳を避けきったタイミング。一瞬足を止めて腰に付けた竜牙の鞘からナイフを抜き放ち、ナハトラハルの体にめがけて前触れなく全力で投擲する。
「うおぉっ?!」
ナハトラハルは驚き、思わずグラスを落としてしまうが、しかし、ナイフはナハトラハルの数十センチの空中でピタリと止まり、何かと押し合うように赤い稲妻を発していた。
「おいおい、なんだそりゃ!?」
数秒間鉄の板にさえ穴を穿てる全力投擲のナイフも抗っていたがついに転がり落ち、ナハトラハルは冷や汗を一筋流してニヤリと笑った。
「いやはやさすがに驚いた。安全だと分かっていても気持ちはよくないね」
ぼぅっと箱が光る。
「っ!?ジュウゴ!よそ見しちゃダメ!」
「っ!やっべっ!!…がっはぁっ!?」
驚き固まったところを魔神の横殴りの一撃が入る。
メイプルのお陰で一瞬早く横に跳んで威力は削がれたが、多分トラックに轢かれたらこんな感じだろうなという衝撃に二転三転地面を跳ねた。
痛いなんてもんじゃない。体の芯まで響く。
それでもどうにか立ち上がると最早完全に魔神対して臨戦態勢に入る。
「…ォォオオオ……ォォオオオ…」
魔神が喜ぶように両手を上げた。
いや、上げさせられた、か?
ナハトラハルの手の中で赤い光が何度も明滅する。
疑いようがない。あれはコントローラーだ。
アレで魔神は操られている。
アレをどうにか出来れば魔神は沈黙するだろう。
だが……。
「困っているようだねぇ。よろしい!私は器の大きな人間だ。教えてやろうじゃないか」
ニヤニヤと両手を広げ、芝居がかった口調で聞いてもいないのに語り始める。
だから、おしゃべり豚野郎なんだよ。
「[魔法]は知っているかね少年?魔術・魔法・魔導のあの魔法だよ!」
魔法はあることは知っている。
「魔法とは、この大陸ではとうに失われ、昨今、別の大陸からの輸入という形にしてまで再開発が進む技術だ。どんな強大な力にも対抗し、どんなことも可能な奇跡の力。いま、この魔神を動かしているのも、君のナイフを遮った結界も、全部魔法の起こした奇跡なのだよ!どうだっ!素晴らしいだろ?!」
「……そりゃ堪んねぇな。つまり、あんたの持つその箱を壊さないとダメってことか?」
「ははは!それじゃあ面白くないじゃないか!これと対になる核を壊せば魔神も止まる。まあ、両方を壊さないと魔力がある限り復活するがね。おぉっと、これでは倒す術がないと言っているようなモノだねぇ。アハハハハハ!」
「………最っ低……」
同感だメイプル。
だが、ありがとうナハトラハル。
やっぱりお前はおしゃべり豚野郎だっ!
「っしやぁっ!」
今出せる全力全開で駆ける。
魔神が拳を振りかぶるが恐れはしない。
糸口は見えた。
「…ォォオオオンッ!」
「でぁりゃぁっ!!」
翔んでくる右の土塊を右前方に跳んでかわし、肩を使って転がると、降りてきていた肘の部分を飛び上がりながら切り上げた。
硬いっ!?だがっ!!
半ばで止まりそうになった刃の根本を空中で蹴りあげた。
土が舞い、肘から先が落ちて砕ける。
「おぉ、ヤるなぁ。鋼のように硬い魔神の腕が落ちるとは。だが、まだまだ」
うぞうぞと土が蠢き、残った肘に貼り付くと腕の形になっていく。
「だよなっ…じゃあ!」
今度は胸に飛び込む。
しかし、飛び上がり際に左からの拳。
「ぐぁっ!!」
「んふふ…惜しい惜しい」
俺はボールのように跳ねながら再び魔神の懐から弾き出された。
そうか、あそこか。
「いってぇよなあ……すげぇ痛ぇ……。でも、やるしかないよなぁっ!!」
再度、懐に飛び込んでいく。
「罪もない人たちを拐って酷いことをするような奴を…」
風を巻き込み振り回される剛腕。
「善人の皮かぶって悪事を働く奴を…」
斬って落としまた斬って、何度も再生する魔神を何度も切りつけていく。
「大事な″仲間″を傷つけるような奴をっ!!」
鋼の硬度というのは間違いないのだろう。鋼どうしがぶつかり合うような擦過音。そして、激しい火花が散る。
「赦すわけにはいかねぇもんなぁぁぁっ!!」
「ォォォォォオンッ!!」
魔神と魔人の雄叫びが交錯する。
雷が落ちたかのような轟音。
そして、大地を揺るがす強烈な衝撃。
大量の土砂が舞う。
魔神の拳は赤い稲妻を纏い、大地を穿ち引き裂いていた。
屋敷の窓はその衝撃に耐えられずことごとく割れ、ナハトラハルでさえ触れられてもいないのに結界が発動したこの一撃に腰を抜かしていた。
「は、ははは!やった!凄いぞ!これは凄い!魔力を大量に使うものだから控えていたが…甲斐はあった。まさか、魔人でさえも跡形もないとは!!」
つい先程まで魔人の少年がいた場所にその姿はない。
近くにあった餓狼たちの死体もひしゃげている。
大地が窪み、裂けるような魔神の渾身の一撃が直撃したのだ。肉片一つ残らなかった。
ぎりぎり、逃げられない場面で、ナハトラハルは大技を発動させたのだ。
「い……嫌よ……嫌だ、嫌だ嫌だっ嫌ァッ!!ジュウゴっ!!アタシを独りにしないでぇっ!!」
メイプルの絶叫。
叫び嗄れた喉から血を吐き出さんばかりに悲哀を叫び出す。
ナハトラハルはその声、その顔にえもいわれぬ興奮を覚えながら、両手を広げ天を仰いだ。
これならば、誰もこのナハトラハル・ヴェン・ドワノフを止められないだろう。
この大陸を手にする…いや、世界を獲ることも夢などではない。
「私は………神になるっ!!」
「テメエにゃ器が足りねえよ」
天へと宣した言葉に、
天から拒絶が降り注ぐ。
「ジュウゴぉっ!!」
屋敷の高さよりも上空。
「な、バカなっ!!」
双子の月を背に黒き魔人が剣を構えていた。
大上段。
それは奇しくも第六天魔王・織田信長が最期に見せた究極の一太刀を映した構え。
風を切り、魔神の眼前に迫る魔人に少女の檄が飛ぶ。
「ジュウゴ!!!いっけぇぇぇっ!!!」
魔神の手が振りかかる刃に眩しげに手を伸ばすがしかし、
「ぜぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ただ、一刀の上に全霊を籠めて打ちおろすその刃の前に指ごと切り落とされる。
激しい火花!
強烈な衝撃!
鋼鉄を裂く擦過音!!
頭部、胸部、胴に至るまで、真っ直ぐに刃が走る。
「ォォオオオ…」
魔神の体は真っ二つに切り裂かれた。
「な…な…どうし…どうしれっ!?」
あまりのことに呂律の回らないナハトラハル。
腰を抜かして後ずさる姿を一瞥し、俺は割れた魔神の心臓部に近づいた。
ドクン……ドクン………と、まるで本物の心臓のように角の丸い箱が赤い光を放ちながら脈動しているのを見つけた。
それを取り出し手に持つとなんとも不思議なことに温かい。
「ひあっ、ま、まだだ!」
俺が魔神の心臓を手にしたのを見るやハッとしたナハトラハルはすぐさま箱を操作する。
再生。
周囲の土塊が蠢き始めた。
「な、何度でも再生するぞ!そっちを破壊してもこっちが破壊できなければ何度だって甦るっ!魔力は生け贄がたっぷり注いでくれたからな!お前をすり潰し、動けないようにして、お前の目の前であの娘を犯してやろう!ふひっ、ふひゃひゃっ!」
ひきつった笑いにはまだ、絶対的な余裕が見える。
なるほど。最初からこんな化け物を出してこなかったのはその為か。
餓狼のメンバーの血が地面にたっぷり染みるまで待っていたわけだ。
もう一度魔神の心臓を見る。
しかし、本当に外道だ。
だがよし、その顔をイケメンにしてやろうじゃないか。
心臓を眼前に持ってくる。
「ふははっ!今さら破壊しても遅いわっ!」
土塊は形を形成しながら迫っている。
さて、では、すべての命に感謝して。
「いただきます」
がぶりっ。
魔神の心臓をあたかもリンゴのようにしてかぶりつく。
一口、二口、三口。
心臓からこぼれ出す赤い光も啜りながら咀嚼していく。
「あ………あ………おまっ………お前何をして……」
ナハトラハルは俺を指差して顔面蒼白。
たぷたぷの顎をかぽーんと落としていた。
いい顔になったじゃないか。
すべてをペロリと平らげたところで土塊は形を崩して再びただの庭土に還った。
「さ、[再生]!![再生]だっ!!」
ナハトラハルの手の中で箱が二度と三度赤く輝く。
だが、呼び掛けに応えない。
代わりに、
「っ!?あっつ……」
俺の体の中に強い力が流れ込んできた。
過充電した携帯みたいに体が熱を持つ。
「まさかお前に魔力が流れ込んでいるのか!?そんなバカなっ!!」
何度も何度もコントローラーを操作しているようだがもう魔神は動かない。
「熱いからやめてほしいんだがね」
かなり疲労した。体も痛い。
「と、当然だ!いったい人間何人分の魔力だと思っている!普通ならもう壊れているんだぞ!」
一歩ずつ確かめるようにナハトラハルへと近付いていく。
「生憎さぁ…俺はもう″普通の人間″じゃあないんだよな」
少しばかりの憂いをこぼし。
「ひっ!ひぃっ!来るなっ!化け物っ!!」
ナハトラハルからどんどん魔力が注がれる。
熱い…体が焼ける。
「だ、誰か私を助けろ!助けるんだ!」
なんとか立たない足腰で屋敷の中に入るナハトラハル。だが、誰も助けには来ない。この屋敷の住人はきっとコイツに強いたげられてきたのだろう。
「ひっ、ぎ、ひぁっ!だれかぁっ!?」
そして、遂には喚き散らして失禁する[神志望]の男の前に[神をも喰らう魔人]が立つ。
「どうやら、結界も使い物にならないみたいだな」
胸ぐらを掴み上げ、無理矢理立たせると、その足の甲に刀を突き立てた。
「ひぎぃぃぃっ!!」
その手から魔神の…恐らく脳がこぼれ、俺はその脳をキャッチすると、そのまま口に運んで、
がぶりっ。
一気に二口で噛み砕き平らげた。
「ぶぁひぃ!ひぎぃぃぃっぁ!ぷひぎぃ!」
「なんだ、ようやく自分が誰かを解ってきたみたいだな」
涙を流していやいやをするナハトラハル。
「そうか、痛いか?やめてほしいか?だが、お前は、そうやって哀願する人たちにどうしてきた?」
びくんっと硬直する。
「……そうだ。お前は悦んでなぶっただろう?」
「あ、あ、ゆり、ゆるじっ!?」
許して。
その言葉を発する前に、ナハトラハルはその頬に拳を受ける。
しかしそれは竜の腕力ではない。
人間、柄倉重悟の拳。
「お前は、赦されない」
右の頬を打てば左の頬を打つ。
「お前は、人を虐げた」
ひとつ、ひとつ、魂をこめて殴りつける。
「お前は、人を穢した」
よろけて倒れることは許さない。
「お前は、人を辱しめた」
拳が熱を持つ。
「何より許せないのは…」
思いきり振りかぶる。
その拳に込めたのは[憤怒]。
「メイプルを苦しめたことっ!!」
「か、ぷぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
思いきり、だが、死なない程度の力で腹を打つ。
貼り付けになった足の甲が裂け、ナハトラハルは屋敷のエントランスをボールのように転がっていく。
「あの娘は俺んだ。悔い改めろ馬鹿野郎」
世界の歴史のすべてが、揃うと呼ばれる図書館がある。
そこに所蔵された書物には、大陸は初め九つあったとされている。
そこは神の住まう大陸だったとも。
だが、大陸はあるときに崩壊し、海の底へと沈んでしまう。
その神をも恐れぬ所業を成したのは、
″つがい″を神に奪われた、一匹の竜だったという。




