神をも喰らうヴァイセント[後2/3]
屋敷の庭には百人を超える荒くれものが集まっていた。そのほとんどは多くの戦を経験した猛者であった。
ハンデールだけでなく、他の町に潜む仲間も集合させたこの事態に首を傾げる者も多かったが、餓狼の信用回復と、謎の化け物の襲撃の生き残りであるアザムの取り乱しようからこの規模になったわけである。
「これじゃあ、何人来ても瞬殺じゃねえか。まったく頭は用心深いぜ」
「まあそう言うな。油断はいつでも禁物だ」
とは言ったものの、傭兵は用心深く生きる者が一番強いなどと一家言ある餓狼の頭のバンドクも内心では苦笑していた。
森に火の手が上がるまでは。
「本当に餓狼に喧嘩を売る奴が現れたっ!」
「うひょぅ!こりゃぁ腕がなるぜっ!」
「何人だっ!何人連れてきやがった!?」
部下たちは興奮を露にし、各々武器を振り上げての大騒ぎをはじめる。
バンドクも、アジトの再建費用を考えてため息をついたが、すぐに身を引き締めた。
普通はこのようなことをするのには、十人…しかも手練れが必要だ。
だが、アザムは一人で十五人の部下を襲撃し、アザム以外をいとも簡単に葬ったと言っていた。
とすれば、尋常ならざる使い手か、もしくは人の形をした魔物の類いか……。
バンドクは屋敷の使用人から渡されたドワノフ家の家宝を着込みながら不安を感じていた。
全身に青い染みのついた重甲冑だ。
そして、これに同じく尖端に濃い青染みのついた片手槍を持つ。
盾は無く、とりあえず慣れた弯刀を盾代わりに左手に持って二刀流になる。
ドワノフ家の家宝のことは以前に当主自ら話をしてきたことがある。
曰く、その槍で突けば敵は青い炎に包まれ焼け死ぬだろう。
曰く、その鎧に打ち込めば敵の刃は青い炎で熔けて消えるだろう。
ナハトラハルが若い頃着ていた鎧だが、本当に大丈夫なのだろうか?
家宝であり、重甲冑のため、体格の一番優れたバンドクしか使えないが、胡散臭い。
だが、それ以上に何を予想してこんな家宝まで持ち出したのか…。
何か予想ができない大変な事態が迫っているような、そんな気がしてならなかった。
「来ましたっ!」
見張りが叫ぶ。
次いで、森の中をバキバキと破砕音を響かせながら、何かが真っ直ぐ進んでくる気配。
「来た来たっ!遂にご対面だぜっ!」
「さぁて、人が出るか魔物が出るか?!」
「俺がバチっと決めちゃうかもよ!」
ハハハと緊張感のない笑いが響く。
戦いの前には体も心も解すのが必要だ。
だが、まて。
おかしい。
゛人゛が立てる音じゃない!
「お前ら!油断するなっ!今すぐ構えろっ!」
叫んだ瞬間、森の中から大きな影が飛び出して壁を飛び越えて来た。
「はっ?」
「えっ?」
「あ…?」
大人の胴より太い生木そのものが。
ぎゃぁっ!と短い悲鳴を上げ、調子にのって壁近くまで近付いていた下っ端が数人が一度に潰れてしまった。
そして、その上に一息で壁も鉄の格子も越えて飛び乗る影。
黒髪で黒い上着を着た見慣れない格好の少年。
「……誰だてめえ!」
誰かが影に誰何する。
「お前らみたいな外道に名乗るような安い名前は持ってねえよ」
影は松明に照らされながら、ゆっくりと腰の妙な長剣を抜いた。
「だが、そうだな……クソ汚ねぇ豚小屋に、お姫様取り返しに来た゛王子様゛ってとこだ」
ゆらりと油断無く構えられる片刃の長剣。
少年の放つ気迫に、歴戦の猛者であるバンドクはかつてない危機を感じ取った。
「ぜ、全員でかかれっ!油断するなっ!大軍とでも戦っていると思えっ!」
「「「お、応っ!!」」」
百人以上の屈強な男たちが、一斉に少年へと襲いかかっていく。
「うらぁぁっ!!」
「死ねぇっ!!」
先ずは二人。
木から下りたところを剣と槍で襲う。
しかし、少年は槍をひらりと交わして蹴り上げ、降りかかる剣の刃に柄を当てて弾きかえす。
そして、そのまま足を後方に引きながら下ろして回転し、勢いで長剣を横凪ぎに振るった。
びゅぁっ!
風を切る音が庭の中央に居るバンドクまで届いた。
次いで、二人の上半身はゆるゆると滑り落ち、キレイに半分になってしまう。
バスターソードで思い切り降り下ろしてもあんなに滑らかに人間は切り落とせない。
あの剣は尋常な切れ味ではない。
「な、長物で囲めっ!四方を囲んで突き刺せ!」
それに応え、次は長槍やハルバートを抱えた者が襲う。
前後左右からの挟撃。
しかし、少年はひょいと飛び上がり、獲物が交錯したところを踏みつけて地面に埋め、先ほどと同じようにくるりと体を捻りながら四人の頭部を半ばから切り飛ばした。
「ひぃっ……あぁぁっ!!」
圧倒的な力。
圧倒的な殺戮。
恐慌状態になりかけた男たちはしかし、傭兵時代の癖なのか逃げるという選択肢ではなく、反射的に斬り込む選択肢を選ぶ。
ひとり、またひとりと刃の閃きは一撃で血を噴き上げる噴水となっていく。
「か、頭ぁっ…ひがっ!!?」
誰かが悲鳴を上げ、バンドクを呼んだ。
バンドクはハッとして逃避しかけた意識を戻す。
「ど、どうする………」
誰に問うわけでなく自分に語り、冷静な分析を要求する。
すると、どうだろう。
次々手下たちを切り捨てていく少年の長剣、その刀身と鞘に赤い染みが見えた。
あぁ、見てはいけないものをみた。
考えたくない。
それは初めての感覚だ。
初陣でさえ嬉々として戦いに赴いた。
俺が、殺らなければならないのか?
「ひぃぇ!頭!かしらぁっ!たすげっ…で……」
また、ひとり、今度は頭を殴打で半壊させられ。
さらにひとり、蹴りで胴をへし折られ。
その後ひとり、胸から背中へ刃が貫いた。
嫌だ…嫌だ嫌だ…何だあれ!
何だあの化け物は!
もう、既にバンドクの戦意は喪失していた。
だが、それでもこの惨状に立たせていたのは、長年培われてしまった頭という者の本能。
反射のようなもの。
「おい、あんた……」
その声にハッとする。
黒い少年の黒い瞳がバンドクを貫いていた。
少年の周囲にはもう、武器を持ち立ち上がる者はいない。
生きていても、失禁し頭を抱えるもの、母の名を呼び続け泣き喚くもの…はたまた、まだ若いものなどは門から壁から逃げ出している。
「なっ、がっ、なんだ!」
思わず一歩後退りする。
「アンタが頭目なんだろ?………なあ、アンタがメイプルを…あの娘を拐った実行犯か?」
じりっ…じりっ…と、近付いてくる。
その体に滲み出る、怒気。
空気が歪むような、殺気。
下手な発言は危険だ。
だが、危険だと判っていても、やはり傭兵時代の本能的な虚勢は顔を出す。
そして、口に出して瞬時に後悔した。
「そ、それがどうしたっ!そうだとしばがっ!?」
激しい衝撃がバンドクの胸を打つ。
少年はまるで瞬間移動でもしたかのような速度で詰め寄り、重甲冑の胸に拳をめり込ませていた。
ゴウンッ!と明らかに人の手では出せない音が辺りに響く。
「そうか。じゃあ、アンタはきっちりやっつけなきゃな」
死んだ。
バンドクはそう思った。
しかし、
「っ!?」
めり込んだ拳から青い炎が上がり、少年の腕を焼きはじめ、どんどん燃え広がっていく。
少年は消そうとして炎を払うが払えば払うほど体に燃え広がっていく。
バンドクは、そこで己がドワノフ家の家宝を着込んでいることを思い出し、歓喜した。
曰く、その鎧に打ち込めば敵の刃は青い炎で熔けて消えるだろう。
それが人の拳なら消し炭だ。
喪失した戦意は激しい興奮とともに凄惨な笑みになって還ってきた。
「ひ、ひひはははっ!すげぇ!すげぇぞ!おら、小僧!肌が焦げる臭いはどうだ!!熱さはどうだ!いかな化け物でも焼かれりゃ苦しいだろ!それっこれも喰らいなっ!!」
繰り出される片手槍。
少年はその刃を難なく掴む。
だが、
「っ!!?」
槍の尖端からまた青い炎が噴き出してついには少年の体を炎で包み込んでしまう。
それにバンドクはさらに歓喜した。
これも凄い!
しかも青が濃かったせいか、炎があっという間に体を呑み込んだ。
少年は頭や体を振り、炎を払おうとするがまったく効果がなかった。
「どうだっ!熱いかっ!苦しいかっ!跪け!這いつくばれ!涙を流して許しを乞え!そうすりゃお前が死んだ後、お前の墓前にメスガキの骨でも供えてやるよっ!」
バンドクは愚かだった。
何故触れただけで刃が熔ける炎に焼かれてこの少年はいまだ死なないのか?
何故この圧倒的不利なはずの場所に少年はたった一人で乗り込めるのか?
何故少年はドワノフ家の家宝と同じような武器を所有しているのか?
気付かなかった。失念した。疑念を失した。
バンドクは愚かだった。
何故少年はこれほどに激怒しているのか。
解っていて口にした。
[ 憤 怒 ]
「ゴァァァァァァァッ!!!」
少年は最早ヒトの声ではない雄叫びを上げ、次の瞬間槍の穂先をぐしゃと握りつぶした。
そして、
「あひっ?!」
バンドクの胸に、鋭い衝撃が突き刺さる。
それは長剣ではない。
炎に焼かれる少年の手刀。
「や、め、か、か、かばばばばば……」
鎧を貫き、皮を裂き、肺を破り、骨を砕き、心臓をその手に鷲掴みにされていくのが分かる。
「……ドウダ、アツイカ、クルシイカ!ヒザマヅケ!ハイツクバレ!ナミダヲナガシテユルシヲコエッ!」
先ほどのバンドクの言葉を鬼の形相で返す。
だが、もう、バンドクには聴こえていない。
「オマエニハカハ、ヒツヨウナイ」
ぶちゃ…
情けない音が胸から響き、バンドクはゆっくりと崩れ落ちる。
胸から抜かれた少年の手は真っ赤に染まり、破壊されたせいか炎ははじめから存在していなかったかのように消えた。
「か、頭がッ!?ば、化け物!!」
「に、逃げろっ!は、早くッ!!」
頭が潰されれば組織は脆い。
生き残ったものたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
宵闇に血と臓物と炎の臭いが漂う。
数秒の静寂。
パチッと松明が音を立てたとき、求めていた匂いが上空に現れた。
「ジュウゴッ!!」
「メイプルッ!?」
少女は二階のバルコニーから縄で吊りさげられていた。
身体中は傷だらけで、真っ白なワンピースは所々が破けて血や紫の色が滲み、痛々しい。
何をされたのか……聞かなくても分かる。
「なんて惨い…」
奥歯が砕けそうなほどに、噛み締める。
「ジュウゴくんでいいかな?君も、やったことは大して変わらないんじゃないかい?」
「誰だッ!!」
屋敷の入り口から、四角い箱をぽんぽんと玩びながら、でっぷり太った禿げた男が現れる。
青地で金の刺繍の施された上着に、白のパンツ。
この国の貴族が着る式典用の軍服だった。
「ヒトの屋敷の庭先で大暴れしておいて『誰だ』はないでしょう。私はこの屋敷の主ですよ?」
「お前が……ナハトラハルか……」
「いやいや、違う『ナハトラハル様』だ、ジュウゴくん。礼儀を知らんね最近の若いのは。まったく頭が高い…殺すぞ?」
肥えて蓄えた顎の贅肉がもちゃもちゃと動く。
眼光の鋭さはあったが、信長の比ではない。
「俺が、お前を、殺すんだ。お前みたいなクサレ外道に朝日を拝む資格はねぇ。…いままで、犯した罪を数えて、このままここで、悔いて死ね!」
少年が刀を構える。
「だから、頭が高いんだよ君は」
今にも飛びかかろうとしたその瞬間、ナハトラハルの持った四角い箱が赤い光を放った。
「ジュウゴッ!逃げて!!」
少女の悲痛な叫びが聞こえるか否か。
背後から強烈な衝撃を受け、少年はそのまま地面に押し潰されてしまった。
「ちょっと、話をしようか。この大陸にまだ、沢山の国があった頃の話だ」
ナハトラハルは使用人に葡萄酒を持ってこさせ、グラスに一杯注ぎ、それを優雅にくゆらせながら、また箱を玩ぶ。
「ある力有るものが、さらに強大な力を持った生き物を造り出した。戦で勝利するための便利な兵器として」
その箱が再び光ると、少年がめり込んだ地面に向けて二度目の強烈な衝撃が打ち込まれた。
「それは当時、[魔神]と呼ばれ、戦において負けなし。殺戮の嵐で大陸中に猛威を振るったが…結果として、同じような力をもって抗うものが増え、人が死滅しかける事態を招いて、最後には造り出した本人が恐怖してそれを封印してしまった」
三度、四度……箱が光る度に衝撃がはしる。
「やめてぇっ!もう、やめてぇっっ!!」
少女の悲痛な叫びが虚空に木霊し、ナハトラハルは恍惚の表情を浮かべる。
「あることは分かっていた。だが、どの文献にも隠し場所は載っていなかった。だが…だがね、私は発見したのだよ。この森のこの丘の地下にね」
まるで芝居がかった所作でナハトラハルが両手を広げ、箱の光りも呼応する。
衝撃が止み、代わりに地鳴りのような雄叫びが大気を震わせた。
「紹介しよう!かつて大陸をたった一体で恐怖のドン底に陥れたヒトの造りし魔獣[トラウディシアの魔神像]!」
松明に照らされながら、二階のバルコニーと同じ高さを持つ巨大な影が土の中から現れる。
それは、現代日本にある物語に照せば所謂ゴーレムと同じ姿をしていた。
ただし、違うのは、エメスと書かれてなどいないと言うこと。
「ジュウゴくん!かつて、この魔神を止められたのは、魔獣や神獣を打ち倒し、その血肉を喰らった者だけなんだそうだっ!」
少女が、涙を流しピクリとも動かない少年を呼び続ける。
「君も、″そう″なんだろぅ?ならば再現しようじゃないかっ!この現代に!」
ナハトラハル…彼の耳を打つ甘美な悲鳴は彼のボルテージを最大まで引き上げる。
「[魔神]と[魔人]の戦いをっ!!!」
そして悪魔の哄笑が、世界を染めようとしていた。




