↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら猫と宿屋を始めることになりました!?  作者: らぐ・ど
第1章 異世界への転生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/16

第1話 旅人の灯火宿

「優人《ゆうと》、人には優しくするんだぞ」


幼い頃、祖父はよくそう言っていた。


縁側に座り、庭を眺める祖父の隣で、幼い柊《ひいらぎ》優人は首を傾げた。


「なんで?」

「人はな、見た目だけじゃ何を抱えてるか分からんからだ」


「じゃあ、困ってる人がいたら助けてあげるの?」


「そうだな。でも、何でもしてやればいいってわけじゃない」


祖父は優しく笑った。


「相手が何をしてほしいのか、ちゃんと考えてやるんだ」


幼い優人には、その言葉の意味がまだよく分からなかった。

それでも、その言葉だけはずっと覚えていた。


⸻


それから十年ほど経った。


高校二年生になった柊優人は、人の変化に気づくことが多かった。


その日も、いつもならクラスの中心で騒いでいる友人が、一人で窓の外を眺めていた。

周りの誰も気にしていない。

けれど、優人には分かった。


「……今日、なんかあった?」


「え?」


友人が振り返る。


「いや、なんとなく」


「別に。何もないよ」


そう言って笑った。

けれど、

その笑顔はいつもより少しだけぎこちなかった。

優人は、それ以上聞かなかった。


「そっか」


それだけ言って、鞄を肩にかける。


「じゃあ、一緒に帰る?」


友人は少し驚いた顔をした。


「……なんで?」


「なんとなく」


少しの沈黙。

そして友人は、小さく笑った。


「……うん」


帰り道。

友人は、自分から少しずつ話し始めた。

優人は何も言わずに聞いた。

そのとき、幼い頃に聞いた祖父の言葉を思い出していた。

相手が何をしてほしいのか、ちゃんと考えてやる。

それが、優人にとっての優しさだった。


⸻


そして現在。

柊優人、24歳。

どこにでもいる普通の会社員。

特別な才能があるわけでもない。

仕事だって、毎日が楽しいわけじゃない。

それでも、人のちょっとした変化に気づくことだけは、昔から変わらなかった。


「柊さん、今日ちょっと疲れてません?」


会社の同僚に言われ、優人は苦笑した。


「分かる?」


「顔に出てますよ」


「そっか。じゃあ今日は早く寝ます」


そんな、どこにでもある一日だった。

仕事を終えた優人は、会社を出る。

外では雨が降っていた。


「……傘持ってきてよかった」


傘を開き、いつもの道を歩く。

その途中だった。


「……ん?」


道路脇から、小さな鳴き声が聞こえた。


「にゃあ……」


優人が足を止める。

電柱の近くに、一匹の真っ黒な猫がいた。

毛は雨で濡れていて、身体を小さく震わせている。


「お前、こんなところで何してんだ?」


優人がしゃがみ込む。

猫は怯えたように後ずさった。


「大丈夫。何もしないから」


ゆっくり手を伸ばす。

猫は優人をじっと見つめていた。

その瞬間。

遠くから、車のライトが近づいてきた。


「……危ない!」


優人は反射的に猫を抱き上げた。

次の瞬間。

強い衝撃が身体を襲った。

何が起きたのか分からない。


雨の音。


遠ざかっていく意識。

それでも、腕の中の猫だけは離さなかった。

薄れていく意識の中で、優人が最後に考えたのは、

この猫、大丈夫かな。

そのことだけだった。


⸻


目を覚ますと、知らない天井があった。


「…………」


優人はゆっくりと身体を起こした。

木でできた天井。

見たことのない家具。

見知らぬ部屋。


「……ここ、どこだ?」


身体に痛みはない。

部屋の隅に置かれた鏡に気づき、優人は立ち上がった。

鏡の前に立つ。

そこに映っていたのは、見慣れた自分の顔だった。


黒髪。

少し眠そうな目。

どこにでもいそうな、普通の青年。


「……俺だ」


顔も身体も、事故に遭う前と変わっていない。


「じゃあ……俺は死んだんじゃないのか?」


そのとき。


「おーい、ロイ!」


突然、宿の外から声が響いた。


「……ロイ?」


優人が振り返る。

誰のことを呼んでいるのか分からない。

すると、扉が開いた。


「なんだ、もう起きてたのか」


入ってきたのは、三十代くらいの男だった。


「昨日からずっと寝てたから心配したぞ」


優人は男を見つめる。

知らない。

なのに…

なぜか名前が頭に浮かんだ。


ガルド。


「……ガルド?」


「おう。なんだよ、寝ぼけてんのか?」


男は笑った。


「それより、今日も泊めてくれよ。いつもの部屋でな」


「……泊める?」


そこで優人は初めて気づいた。

この建物は、宿なのだ。

そして、なぜか頭の中には、この宿についての知識があった。


客室の場所。

食堂。

宿泊料金。

この世界のお金。


まるで、ずっとここで暮らしていたかのように。

優人は受付の前に立った。

そこには一枚の看板が掲げられていた。


『旅人の灯火宿《ともしびやど》』


「俺……ロイなのか」


ガルドは不思議そうな顔をした。


「何言ってんだよ。お前は昔からロイだろ?」


優人は答えられなかった。

柊優人。

それが自分の名前だったはずなのに。

この世界では、自分はロイとして生きていた。

そして。


「にゃあ」


足元から声がした。

優人が振り返る。

そこには、あの猫がいた。


「……お前も来たのか」


優人は猫を抱き上げる。


「まさか、お前まで一緒に来るとはな」


猫は何も答えない。


「……まあ、よろしくな」


「にゃあ」


⸻


その日の夜。


宿の扉が開いた。


「すみません」


優人が顔を上げる。

そこには、一人の若い女性が立っていた。

二十代前半くらいだろうか。

 薄い白色の髪に、少し大きめの瞳。

 整った顔立ちには、どこか知的で掴みどころのない雰囲気がある。

 けれど、その瞳には少し寂しそうな色があった。

服には泥がつき、肩には大きな荷物を背負っている。


「今日、泊まれますか?」


「あ、はい。もちろんです」


「ありがとうございます」


女性は小さく頭を下げた。


「お名前を伺っても?」


「……シキです」


「シキさんですね。一泊で大丈夫ですか?」


「はい」


優人は受付を済ませ、鍵を渡す。


「こちらが部屋の鍵です」


「ありがとうございます」


シキが鍵を受け取った。

そのとき。

優人は、少しだけ違和感を覚えた。

声が暗い。

目が疲れている。

荷物を握る手にも、妙に力が入っている。

それに、部屋へ向かおうとしているのに、

何度も足が止まっている。


何かを抱えている。

けれど、優人は何も聞かなかった。


「長旅だったみたいなので」


「今日はゆっくり休んでください」


優人は、優しく笑った。

シキは少し驚いたように優人を見る。


「……はい」


⸻


夜。

宿の食堂には、優人とシキだけがいた。

シキは椅子に座ったまま、眠る気配がない。

優人はその様子を見ていた。


「……眠れませんか?」


シキが顔を上げる。

少し迷ってから、


「……はい」


と答えた。

優人はそれ以上聞かなかった。


「少し待っててください」


「え?」


優人は厨房へ向かう。

しばらくして戻ってきた。

手には、一杯の温かいミルク。


「ホットミルクです」


「……私に?」


「眠れないときに、少しは落ち着くかもしれないので」


シキは両手でカップを受け取った。


「……ありがとうございます」


湯気がゆっくりと上がる。

シキは一口飲んだ。


「……あったかい」


その一言のあと。

しばらく沈黙が続いた。

やがてシキが、ぽつりと口を開いた。


「……一緒に旅をしていた仲間が、死んだんです」


優人は黙って聞いた。


「魔物に襲われて……私だけ、生き残りました」


カップを握る手が震えている。


「もっと何かできたんじゃないかって……ずっと考えてしまって」


優人は何か言おうとした。

けれど、簡単な言葉で片付けていい話ではないと思った。

だから、ただ聞いた。

シキが話す。

仲間との旅。

最後に交わした言葉。

そして、自分だけが生き残ったこと。

話し終えた頃には、シキの目には涙が浮かんでいた。


「……すみません。初対面なのに」


「謝らなくていいですよ」


優人は静かに答えた。


「無理に忘れなくてもいいと思います」


シキが顔を上げる。


「大切な人だったなら、忘れられなくて当然ですから」


「……」


「話したくなったら、俺でよければいつでも聞きます」


シキはしばらく黙っていた。

やがて、小さく笑った。


「……変わった宿ですね」


「そうですか?」


「初めて泊まったのに……なんだか、安心します」


優人は少し笑った。


「それなら、宿屋としては成功ですね」


シキも、ほんの少しだけ笑った。

そのとき。


「にゃあ」


足元から猫の鳴き声がした。

シキが下を見る。


「……あなたもいたの?」


猫はシキを見上げる。


「にゃあ」


猫はシキの足元に近づくと、そのまま身体をすり寄せた。


「ふふ……変な子」


シキは猫の頭を優しく撫でた。

猫は嫌がることなく、その場に座り込んだ。

しばらくして、シキが立ち上がる。


「……少し、眠れそうです」


「それならよかったです」


シキが部屋へ向かう。

すると猫も、その後をついていった。


「お前も行くのか?」


「にゃあ」


シキが振り返る。


「あなたも来るの?」


「にゃあ」


猫はシキの足元をすり抜け、そのまま部屋へ向かって歩いていく。

シキは小さく笑った。


「じゃあ、一緒に寝ようか」


そう言って、猫を抱き上げる。


「おやすみなさい、ロイさん」


「おやすみなさい、シキさん」


扉が静かに閉まった。

その夜。

シキは久しぶりに、安心して眠ることができた。

そしてベッドの足元では、猫が丸くなって眠っていた。


⸻


翌朝。

シキが受付へ降りてきた。

昨日よりも表情が穏やかになっている。

目元にはまだ疲れが残っている。

それでも、昨日のような張りつめた様子はなかった。


「昨日は、本当にありがとうございました」


「いえ」


「久しぶりに、ちゃんと眠れました」


「それならよかったです」


シキは少しだけ笑った。


「また、この街に来たら泊まってもいいですか?」


「もちろんです」


「ありがとうございます」


シキは頭を下げる。

そして宿の扉を開いた。


「それじゃあ、行ってきます」


「はい。お気をつけて」


シキが数歩歩いたところで、ふと立ち止まる。

振り返ると、宿の入口にはロイと猫が並んで立っていた。

シキは猫を見る。


「……昨日はありがとう」


猫は首を傾げる。


「にゃあ」


シキは小さく笑った。


「またね、猫さん」


「にゃあ」


シキはもう一度笑うと、今度こそ歩き出した。

その姿が、街の向こうへ消えていく。

ロイはしばらく、その背中を眺めていた。


「……また来てくれるといいな」


隣にいる猫へ話しかける。

猫は尻尾をゆっくり揺らした。

その瞬間。

ロイの目の前に、見たことのない文字が浮かび上がった。


《スキルを獲得しました》


ロイは目を見開く。

続いて、もう一つの文字が浮かんだ。


《観察眼》


「……観察眼?」


頭の中に、昨日のシキの姿が浮かぶ。

震えていた手。

眠れなかった夜。

無理に笑っていた表情。


「……これ、俺が気づいたこと……?」


ロイは自分の手を見る。

何が起きているのか分からない。

ただ、一つだけ分かった。

この宿には、まだ自分の知らない秘密がある。


「……宿屋って、面白いかもしれないな」


隣で猫が、


「にゃあ」


と鳴いた。


ロイは猫を見る。


「お前、絶対なんか知ってるだろ」


猫は答えない。


ただ、尻尾をゆっくり揺らしていた。


こうして。


柊優人改めロイと、一匹の猫による宿屋生活が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。