プロローグ
プロローグ
「え、どういうことですか?」
思わず大きな声を出してしまった。
電話の先には就職先の総務の女性社員。
私は技術職だから入社後の配属先は総務にはならないけど、それでも会社の先輩に対して失礼な言い方だったかな、と考える。
いや、だって一ヶ月後の引っ越し先がなくなるなんて、突然聞かされたら驚くよ。大きな声も出る。
『大変申し訳ありません。該当の部屋は3月中頃に退去予定だったのですが、のっぴきならない事情で退去できなくなってしまいまして。そのマンションには他に空きもなく』
「どうすれば、いいんでしょうか」
『社宅をご希望でしたら、会社まで徒歩5分の女性専用シェアハウスがあるのですが』
「シェアハウス?」
『はい。オンボ……オンブローム館という定員十名のシェアハウスで、現在住んでいるのは七名。全員当社の女性社員で管理人も女性です。部屋は八畳のワンルーム。風呂トイレキッチンが共同となっています。家賃は月五千円。電気代や水道代も含みます。共同のキッチンで料理もできますが、一日千円で朝夕の食事をつけることもできます』
安い。圧倒的に安い。入居予定のマンション型の社宅はワンルームで一万五千円で水道光熱費は入居者の支払い。朝夕二食で千円は自炊するのとあまり変わらないかもしれないけど、作らなくていいのは楽だ。
「なんでそんなに安いんですか?」
『築年数がそれなりに。あと風呂トイレ共同なので人気がないんです。あぁ、建物は古いですが汚くはないですよ。管理人の方が綺麗好きなので、お風呂もトイレもキッチンも、共同で使う場所は掃除が行き届いています。もちろん自室は自分で掃除していただくことになりますが』
「そのシェアハウス以外に社宅はありませんか?マンションタイプの」
『単身者用のマンションタイプの社宅は全て埋まっていまして。あとは社宅以外、自分で探して契約していただくことも可能ですが、家賃補助には上限があります』
「でも会社都合で住むところがなくなってしまったわけですし……」
『ええ。ですので、単身者用マンション型社宅に空きができ次第、優先的にお知らせします』
「そうですか……ではそのシェアハウスでお願いします」
『ありがとうございます。シェアハウスで手続きを進めますのでよろしくお願いいたします。詳しい資料は早急に送付します』
それからすぐに資料が送られてきた。
確かに建物の外観は少し古そう。築年数が書いていないのが少し気になる。
だけど十年前に館内をリフォームしているとのこと。お風呂やトイレの写真も付いていたけど普通に綺麗だった。
個室もフローリングでエアコン付き。古びた畳の部屋とかじゃなくてよかった。
食事の例の写真も付いていたけど、朝食も夕食も家庭料理と言う感じでどれも美味しそうだった。
「これで一日千円なら安いよね。自分で作らなくていいから楽だし」
住むところがなくなった、と聞いたときには軽く絶望したけれど、これならまぁいいかと思う。
だけど――
他人との生活というのが少し憂鬱になる。
これまでずっと友人付き合いも広く浅く、一定の距離感を持って接してきた。
「シェアハウスとは言っても部屋に入っちゃえば一人だし、別にいいか」
不安を払拭するかのように自分に言い聞かせる。
食事の時間は他の住人と顔を合わせるかもしれないけど、やり過ごせばいい。
そう、思っていた。
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引っ越し当日、タクシーで引越し先に向かった。
荷物は後から届く予定だ。
これから住むことになる「オンブローム館」を見た時に最初に出たのは
「こんなの聞いてない」
という言葉だった。
総務の女性は「シェアハウス」と言っていたけどこれは「独身寮」とか「下宿」とかそういうタイプの家だ。カタカナではない。漢字だ。
年季の入った古い三階建の集合住宅。くすんだ薄緑色の壁に黒い屋根。
「レトロ」ではなく「古い」。やっぱり漢字だ。
これは確かに家賃が安くても人気はないだろうし、すぐに入れるだろう。
あの資料に築年数が書かれていなかったのも、きっと意図的に隠されてたんだ。
オンブローム館?嘘でしょう?
これはきっと別名で呼ばれているはず。
——オンボロ館
口に出して言ってみるとものすごくしっくりきた。




