81話「狂信者」
難産でした_(:3」∠)_むっずい
城壁を粉砕することなど容易い事よ。
まあ、直ってなければそこを通るけどね。
通れる箇所があるのにわざわざ別に入り口を作る意味は何となくとかそんなのしかない。
それもこれも無事城に辿り着いてからの話しではある。
通常こんな真冬に山中を移動するとか自殺行為ではあるが……一面雪景色でも本丸までの道は間違えることはない。
なぜなら前回なぎ倒した木が道しるべとなるからだ。
「あ、壁直ってるね」
前回来た時からそこまで経ってないのにねえ。
でもまた壊れちゃうねえ。
俺が来る度壊れることになるんだからそのままにしておけば良いのにー……まあ、そこから人が入りたい放題なりそうだし、そうもいかんのだろう。
作ったばかりだとまだ壁とか固まってないかもだし、車体にべっとり何か付きそうだなー。
別の場所に穴開けようかねえ……と、きょろきょろと左右に視線を向けた時だった。
壁の上にいた兵士と目があった。
「壁また壊したら悪いよね……?」
絶望した表情を浮かべる兵士を見て、俺の中にほんのり罪悪感がわいてきた。
そもそもなんで俺は前回城の壁を壊したんだろう……なんでだっけ。遊佐さんが嗾けてきたとか、勢いとかノリだった気がする。
我ながら酷い理由だ。
しゃーない。
絶望顔の兵士に免じてなるべく壁は壊さないようにしよう。
とりあえずタイヤが接地すれば垂直な壁だろうが登れるはず。
ただ正面とかからぶつかりに行くと、バンパーが良い感じに壁を粉砕することになるだろう……出来るだけ崖の壁が近い場所が登るには好ましいが、さてはて良い場所はあるだろうかねえ。
「物理演算が適当なゲームっぽい挙動しとんな」
壁に並走して少し走ると、崖と壁が割と近い場所があった。
そこで壁に近付いて、くいっとハンドルを切ると……タイヤが壁に食い込み、ぐわっと車体が90度傾く。
普通ここまで傾いたらそのまま崖下まで止まらず転がることになるだろうが、このキャンピンカーは特別過ぎてそうはならない。
そのまま垂直な壁を走り、壁を乗り越えそのままの勢いで宙に飛び出すと、車体が良い感じに傾いて地面と平行に戻り軽い衝撃と共に着地する。
でたらめな動きだが、それによって壁の命は守られた。
……まあハンドル切った時にバンパーと壁がゴリィッて当たっていたけれど、深い傷がついたぐらいで粉砕するには至っていない。せーふ!
そんじゃこの調子で本丸……いったん遊佐さんの屋敷に停めるか。
そんでそこから本丸までは歩いていけば良い。
屋敷に誰かいると良いねえ。
と、俺がアポなしで七尾城に突撃していた頃。
城内、本丸では能登畠山義総とその家臣らが新年の挨拶と去年の実績、そして今年の方針について話し合いを行っていた。
「さて……まずは皆も気になっているであろう今年の収穫について孫右衛門尉の試算を聞こう」
能登畠山当主義総とその重臣らが残った大広間。
上座の義総が家臣らに話す表情には隠しきれない喜びの色がある。
それは大広間に並ぶ重臣らも同じだ。
「御子神様から頂戴した種籾、肥料、それに米作りの指南書。これらを領内に広めた場合の試算はいくつになる?」
自分たちが生きるこの地に神使が示現されたこと、現代とは比べものにならないほど信仰心が高いこの時代において御子神が思っている以上に影響は大きかった。
通常初めてあった人物から得た怪しげな種籾、肥料、指南書など、それらをすぐ様使うようなことは無いだろう。
だが入手先が神使となると話は変わる。
義総は当初御子神が本物の神使であるかは確信を持てないでいた。だが噂を聞き、配下の報告を聞き、実際にあって本物だと確信してからの彼の動きは早かった。
大勢動員し、領内に指南書の内容をもとに次年度の米作りについて指示を出す。
従わないところは武力、金を使い硬軟織り交ぜた交渉を行い従わせようとした。
領民はその狂気をはらんだ交渉をみて、また失敗した場合は年貢を減らすと義総の名で宣言したことをもって概ね従う。
この辺りの情報は御子神には一切知らされていない。
事前に御子神の人となりを聞いていた義総は、そういった行動をおそらく御子神が好まないであろうことを理解していた。
ただ自分が泥をかぶってでも御子神から授かった恩寵と呼ぶべきものを領地に広げ、この国を強く豊かな国にすることが使命だと考えていた。
実際にあった時も一切気取られないよう万全の注意を払っていた。
結果として御子神は何も気付いてはおらず、何事もなく過ごす事になる。
「はっ、まず昨年採れた米の内10石を種籾とし御子神様の境内にて米を作りまする。境内の田畑は全て指南書に従い整えておりますれば、多くて1500石となりますな……ただ実際に開墾したばかりの土地ではあまり多くの米が採れませぬ。故にとれて1000石ぐらいかと」
境内の整備状況、開墾の進捗は主に孫右衛門尉の弟である重盛から、その他の商いについては丸山から定期的な知らせがもたらされていた。
よどみないその回答に、広間は一瞬で静まり返る。だがその静けさに反し諸将の面々には一応に驚愕の色が浮かんでいた。
現代と違い戦国時代ではまず一反あたりに撒く種籾の量が異なる。その量おおよそ現代の倍ほど。
今回新たに切り拓いた新田では、現代の手法に則り米を育てることになる。種籾の時点で倍、さらに肥料、塩水選、正条植え等を加味すると10石の種籾から1500石という飛んでもない収穫量となる。
ただ開拓したばかりの土地の収穫量は、初年度であれば良くて通常の半分。現代の手法を用いたとしても三割から四割は減ってしまう。
それでも1000石という試算は彼らを湧き立たせるに十分な値であった。
「残りの土地には通常の種籾を使用し、他は指南書の通り進めまする。合わせて5000石ほどになるかと」
「まて。あの森をこのわずかな期間で水田に仕上げるというのか?」
残りの土地。つまり通常であれば数年は掛かるであろう大工事を一年も経たずに成し遂げるという。義総でなくとも報告者の正気を疑う内容であった。
だが、その疑いも次の一言であっさりと吹き飛ぶことになる。
「はっ、神妙なるご加護により、荒れ地の切り拓き大いにはかどりてござります」
義総は天を仰ぎ見、御子神に深く感謝した。
これよりのち、義総がその信仰をさらに篤くしたことは、言うまでもない。
ただし狂信的な方向で。
「他の地域には新しき肥料といくつかの手法を指南書に従い使いまする。これらの地よりの収穫は五割増しの実りを見込んでござります」
「種籾もなく、田を整えてもおらぬのにそれだけ増えるか……」
収穫が五割増し。その報告を聞いた瞬間、義総は大きく目を見開き、驚きの余り危うく意識が飛びそうになった。それほどまでに常識から外れた信じがたい内容だったのだ。
肥料を用意するにあたっては、かなりの費えが必要となり貯えていた財貨をかなり吐き出すことになった。だが、それを補って余りあるほどの大収穫となることは、もはや疑いようもなかった。
「……それほどの増収となるならば、新しく米倉を築き、万一の蓄えといたす。先の飢饉のこともあればな……大儀であった。刈り入れのときまでしかと頼んだぞ」
つい最近、この地は飢饉に見舞われたばかりだった。
御子神が我が領内にやってきたのは、飢えに苦しんだ我らを救うためではないか。
義総の中でそれは確信へと変わっていく。
今の彼に、御子神を疑うという不遜な考えはもはや毛頭なかった。
信仰の念は止まることを知らず、より深く胸に刻まれてゆくのであった。
「まだまだやるべきことは山ほどある。今年は皆々、休む暇もなさそうだな」
「まことにその通りにございますな。皆々、嬉しい悲鳴をあげることでしょう」
報告を受けてからしばらく、さすがの義総もようやく落ち着きを取り戻し、表面上はいつも通りに振舞えるようになってきた。
それは義総以外の家臣たちも同じであった。御子神がもたらすのは何も米の収穫増のみにとどまらないのだ。
砂糖の原料、椎茸、ガラス製品に磁器。
御子神はこれらをただ授けるだけではなく、あろうことか、この地で一から生み出そうとされている。
それが叶った暁には、一体どれほどの利益がこの地にもたらされるか……もはや落ち着けと言う方が無理な話であった。
これから先の事について語り合う面々の顔には、笑みが絶えることはなかった。
昨年までであれば、これほど心の底から笑うて話すことなど叶わなかったであろう。表向きは取り繕うても胸中まで喜びに満たされることはない。
比較的平穏とされる能登畠山とて、内に憂いを抱えぬはずがなかったのだ。
されど今年は違う。
むろん、未だいくばくかの懸念はある。だが、それすらも些事と思えるほどに、良き知らせが多かった。
それもこれも御子神様がこの地へ降臨されてからの事。
……皆と談笑していた孫右衛門尉は、ふと何事かを耳にしたかのように、静かに外へと目を向ける。
「どうした、いかがした?」
「いえ……御子神様がすぐ近くにおいでになるような気がいたしたもので」
御子神様の駆る、あの鉄にて成る巨躯。
あの異形の咆哮がが聞こえた気がしたのだ。
「さすがに年明けて早々からおいでにはなるまい。仮にお越しになるとしても、あらかじめ知らせがあるはずぞ」
「仰せの通りにございます。我が耳の惑いにございました」
義総の言うことは、常であればその通りであった。
御子神の身辺には常に目付を排しており、何か大事があればすぐさま方向が飛ぶ手はずになっていたからだ。
だが今回に限っては報告が上がっていなかった。
なぜなら御子神が向かった先が海であり、その目的が魚釣りだったからである。
本人は視察と称していたが、釣り竿を多数携えていたため、魂胆は端から見てもバレバレであったのだ。
視察と言うの名の骨休め。
そう判断した目付が気を利かせて報告を上げなかっただけなのであった。
一方そのころ遊佐屋敷。
「やっべ、庭の石削れちゃった……どうしよ。下から岩拾ってきて入れ替えたら大丈夫かな」
「某に言われても……」
義総や重臣に気取られることなく遊佐屋敷に侵入した御子神は、うっかり粉砕した庭石の隠ぺい工作を重盛に相談していたのであった。




