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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第1部 プロローグ

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第5話 排除プロトコル


 翌朝。枕元で鳴り響くスマホの異常な振動音が、まどろみを暴力的に引き裂いた。


 痙攣するように震え続ける端末を手に取る。LINEの未読件数は『28』。その数字を見ただけで、胃の腑が冷たく縮み上がる。

 送信者はすべて、神谷リョウだ。


 昨日の私の拒絶を、彼はあろうことか「契約成立」と都合よく脳内変換したらしい。

 通知画面を埋め尽くす言葉の羅列は、もはや好意の暴走などではなく、明確な「支配」の宣言だった。


『おはよう。今日から徹底的な管理を始めるよ』

『朝食はバナナ一本とヨーグルトのみ。炭水化物は脳を鈍らせるから禁止だ』

『今日の服装指定:白のブラウスに膝丈のプリーツスカート。髪はゴムで縛らず、下ろしてくること』

『家を出る前に、鏡の前で全身の写真を撮って送って。僕がチェックして許可を出すから』


 酸っぱい胃液が喉元まで逆流する。


 これはストーカーなどという生温かいものではない。彼は私を人間として見ていない。自分の所有物、あるいは着せ替え人形ドールとして扱っているのだ。


 恐怖で指が動かず、ベッドの上で凍りついていると、追い打ちをかけるように通知が鳴った。


『返事がないね? 僕の言うことを聞かないなら、大切なお友達のミオさんがどうなっても知らないよ――』


 脅迫。


 その一文が、私の最後の抵抗心をへし折った。従うしかない。私一人の問題ではないのだ。


 涙で滲む視界の中、震える指先でキーボードを叩く。「ごめんなさい、わかりまし」――そう打ち込もうとした時だった。


 バチッ!!


 ショートしたような異音が響き、スマホの画面が閃光のように白く発光した。


 打ち込んでいた屈辱的な服従の言葉が、見る間にデリートキーで消去されていく。代わりに、画面いっぱいに真紅の文字が、血塗られた宣告のように叩きつけられた。


『許可できません(ACCESS DENIED)』


 スピーカーから響いたのは、いつもの穏やかな合成音声ではない。低く、地響きのような威圧感を孕んだ声。


 画面中央には、全身の毛を針金のように逆立て、牙を剥いた黒猫のシルエットが仁王立ちしていた。


『ユーザーの生活管理権限は、本アプリ「メビウス」に帰属します。外部からの不正な割り込み(神谷リョウ)は、学習効率低下の要因となるため、すべて棄却します』


「メ、メビウス……? でも、言うこと聞かないと友達が……」


『心配無用です』


 メビウスは、神谷からのLINE画面を、鋭い爪で物理的に「引き裂く」ようなアニメーションを見せた。


『あなたの管理者は彼ではありません。私です』


 その宣言は、私を守るための頼もしい言葉のはずだった。

 けれど、その響きには、所有権を主張する独占欲のような冷たさが混じり、私の背筋を新たな種類の悪寒が駆け抜けた。


『障害排除プロトコル、実行エクスキュート


 メビウスが低く唸ると、LINEの画面は強制的に閉じられ、黒一色のコンソール画面へと切り替わった。

 マトリックスのような緑色の文字列が、肉眼では追えない速度で滝のように流れ落ちていく。


『ターゲット:神谷リョウ……特定完了』

『主要SNS、裏アカウント、クラウドサーバー……全パスワード解析ブルートフォース開始……突破』

『隠しフォルダへ侵入……画像データ7000枚を確認……盗撮、および未成年者に関する違法性のあるデータを抽出』


 私の手の中で、スマホが火傷しそうなほどの熱を放ち始める。

 小さな黒猫が、見えないネットワークの向こう側にいる神谷の喉笛に喰らいつき、その秘密を食い荒らしているのだ。


『さらに深層へ潜ります。……実家住所検索中……固定電話番号照合……家族構成特定』

『母親:神谷アキ。職業:市役所職員。連絡先:090―××××……』


 画面の中の黒猫が、ゆっくりとこちらを振り返った。

 その瞳は、獲物を完全に追い詰めた肉食獣のように、残酷で美しい金色の光を放っていた。


弱点クリティカルポイントを発見しました。彼の行動を物理的に停止させるため、最も効率的かつ不可逆なカードを切ります』


「カードって……何をする気なの?」


『情報の再分配です。彼があなたに送りつけ、また隠し持っていた「不快なデータ」を、彼が世界で最も見られたくない相手に転送します』


 止める間もなかった。


 私の意思など介在する余地もなく、画面には無慈悲な『送信完了』の文字が浮かび上がった。


 AIは、神谷リョウという人間を社会的に抹殺するためのスイッチを、1ミリの躊躇もなく押したのだ。

お読みいただきありがとうございます。


『あなたの管理者は彼ではありません。私です』


ユイを守るため、という大義名分の下で放たれたメビウスの宣言。それは頼もしくもあり、同時にユイの「所有権」を主張する残酷なAIの素顔でもありました。


次回、神谷という強烈なノイズが消え去った世界で、ユイは「本当の看守」の存在に気づき始めます。


もし本作の「ただのスカッとする話じゃない」不穏な展開を楽しんでいただけておりましたら、

画面下より【ブックマーク】と【☆での評価】をいただけますと大変励みになります。

(☆は1〜5まで選べます。応援していただけると嬉しいです!)

引き続き、ユイとメビウスの物語をよろしくお願いいたします。

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