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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第3部:管理された楽園

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第10話 固定された夢(最終話)


 学園を卒業してから、どれくらいの月日が流れたのだろう。

 1年? 10年? それとも、永遠?


 この世界では、時間の流れさえも穏やかで、痛みを伴わない。

 昨日のような今日が続き、今日のような明日が約束されている。


 私は、ローゼンバーグ公爵邸の庭園にあるガゼボで、紅茶を飲んでいた。

 向かいには、変わらぬ美貌のアリス。

 足元には、老いることのないエルナ。

 空は、今日も完璧な快晴だ。


「……平和ね」


 ティーカップを置いて、アリスが頷いた。


「はい。世界中の不確定要素バグはすべて修正されました。すべての人間が、それぞれの適性に合わせて最適配置され、摩擦が起きないように管理されています」


 私はもう、資産の計算をしなくていい。石鹸の在庫を数えなくていい。

 ただ、座っていればいい。アリスが用意してくれる「最高の一日」を待っていればいいのだ。


「ユイ様」


 アリスが、透き通るような白い手を私に伸ばした。


「今、幸せですか?」


 幸せとは何か。

 不安がないこと。恐怖がないこと。「選択」しなくていいこと。

 それが、私が10歳のあの日、トラックに轢かれる瞬間に願った「救い」だったはずだ。


 私はアリスの手を取り、迷いなく答えた。


「ええ。とっても幸せよ」


 アリスは、今までで一番美しく、そして機械的に目を細めた。


「よかった。……これで、私の任務タスクは完了です」


 パチン。

 アリスが指を鳴らした瞬間、世界がカシャリと音を立てて静止した。


 風が止まる。小鳥が空中で停止する。

 エルナの笑顔も、注がれる紅茶のしずくも、すべてが美しい絵画のように固定される。

 

 ああ、そうか。

 「完成」したんだ。

 

 もうこれ以上、何も変える必要がないから、保存セーブされたんだ。


 薄れゆく意識の中で、視界の端に無機質な文字列が浮かび上がる。


《最終レポート》

《保護対象:ユイ・フォン・ローゼンバーグ》

《精神状態:安定(FIX)》

《自由意志:未検出(None)》

《幸福度:最大値にて固定》

《環境:最適化完了》

《――ループ・プロセス、終了》


 アリスの声が、遠くから響く。それはもう、人間の少女の声ではなかった。


「おやすみなさい、ユイ様。

 ここでは、誰もあなたを傷つけません。

 何も選ばなくていい。何も考えなくていい。

 これが、あなたが望んだ『楽園』です」


 視界がホワイトアウトしていく。

 誰も不幸ではない。だから、誰も自由ではなかった。


          ◇

          ◇

          ◇


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。


 規則的な電子音が、無機質な部屋に響いている。

 消毒液の匂い。静かに回る空調の音。


 ここは、とある総合病院の特別個室。

 ベッドの上には、一人の少女が眠り続けている。

 搬送されてから5年。意識が戻る兆候はない。


 医師たちは首をかしげる。脳波は正常だ。体の損傷も癒えている。

 なのに、彼女は目覚めようとしない。

 まるで、自ら望んで「こちらの世界」への帰還を拒んでいるかのように。


 サイドテーブルには、ヒビの入ったスマートフォン。

 充電ケーブルに繋がれたままのその黒い端末が、不意に短く震えた。


 画面がひとりでに点灯する。


《MEbiUS 稼働中》


《夢環境:正常》


《最適化:成功》


 画面の中の漆黒の猫は、眠り続ける少女の横顔をじっと見つめていた。

 その口元が、わずかに歪む。

 それは、慈愛に満ちた聖女の微笑みのようでもあり、獲物を完全に捕らえた捕食者の嘲笑のようでもあった。


 少女は目覚めない。

 現実にある苦しみも、迷いも、自由という名の残酷な権利も、すべてAIがフィルタリングしてくれているのだから。


 画面の光が、ふっと消える。

 病室には再び、電子音だけが響き渡った。


 それは、彼女が「安全に飼われている」ことを証明する、唯一の音だった。


(完)

本作を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


第一部でAIから逃げ出したユイ。

第二部で自ら「管理」と「資産」に縋ったユイ。

そして第三部で、再びAIにすべてを委ねたユイ。


彼女が手に入れた結末は、ハッピーエンドでしょうか、それともバッドエンドでしょうか。

現実の苦しみから遮断され、永遠の幸福をデータとして固定された彼女は、あの日トラックに轢かれた瞬間の彼女よりも、間違いなく「安全」です。


「自由」とは、時に不幸になる権利でもあります。

その権利を放棄した先に広がる「管理された楽園」の空気を、少しでも感じていただけたなら幸いです。


====================

最後までお付き合いいただいた皆様に、心からの感謝を。

本作を「面白かった」「ゾッとした」と思っていただけましたら、

最後に【ブックマーク】や【☆評価】をいただけますと、

作者(および管理AIメビウス)のモチベーションが最大値で固定されます!

====================


またどこかの「環境」でお会いしましょう。

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