〈35〉 それはそれ、これはこれ
「この子はエリオット・ラファエ。わたくしの弟で女公爵であったお母様が命をかけて産み落とされた正統なる次期ラファエ公爵です!《《嫌な噂》》のせいもあり訳あって親戚筋に預けられていたのですが……《《お父様とお母様》》の息子がやっとラファエ家に戻ってきてくれたと、きっとお母様もお喜びになっていますわ!」
皇太子の婚約者であり、ラファエ公爵家の嫡女である公爵令嬢ユリアーナ・ラファエが“皇太子が開催した貴族の集まる場”でそう宣言した。つまりそれは、社交界において今後の“真実”となる。
「なっ、何を世迷い言を……!俺はそんな事、聞いていないぞ?!」
「あら?今、言いましたわ。殿下のお耳には聞こえていませんでしたの?」
「だ、だいたいそいつは俺の────」
この事態にヤバいと思ったのか、慌てた様子の王太子がエリオットに手を伸ばしてきた。エリオットの体が一瞬ビクッと反応したが、その手はエリオットに届く前にユリアーナ様によって止められた。
「《《ラファエ家の跡取り》》である大切な弟に無闇に触れないで頂きたいですわ。弟はちょっぴり人見知りなので、わたくしとお友達であるこちらのエレナさんくらいにしか懐いていないのです。社交についてはこれからわたくしが《《姉として》》教えていきますから、今日くらいはご勘弁下さいな。「なっ……?!」……あらぁ?まさかとは思いますが、殿下ったらいくらエリオットが《《姉である》》わたくしと《《瓜二つ》》だからってそっちの趣味にまで目覚めたなんて冗談はおっしゃらないで下さいませね!ふふっ、なーんて……。あまりに嬉しくてつい軽口を叩いてしまいましたわ、申しわけございません。はしゃぎすぎてしまいました、どうか許して欲しいですわ」
そして、ユリアーナ様がおどけたように笑った後、急に心配になったかのように眉をハの字にして「……エリオットの事、もちろん喜んでくださりますわよね?だって《《婚約者であるわたくしの弟》》なんですもの。────ねぇ、殿下?」と王太子に向かって首を傾げた。
「……っ!」
周りの視線が一斉に自分に集まるのを感じたのか、今度は王太子が体をビクつかせる番となったようだ。
ほんの数分ではあったが、ユリアーナ様はこの場の主導権を握っていた。先手必勝とはよくいったもので、なによりも瓜二つのそっくりな顔が姉と弟の証拠になぅたようだ。今、この雰囲気の中でエリオットが自分の子供だと言い出すには分が悪いだろう。それこそ自分の過去の悪行をさらけ出すことになってしまうのだ。
エリオットはユリアーナ様の血縁者であって王太子本人とは何の関係もない人間だと、王太子はラファエ家との間にまだ子を成していないと……。ユリアーナ様は王太子が戸惑っている間に、その手腕によって世間に決定付けたのである。
「さぁ、エリオット。この方は王太子で、あなたの《《実姉である》》わたくしの婚約者のサリヴァン殿下ですわ。《《義弟》》としてちゃんと挨拶なさいませ」
するとユリアーナ様はエリオットの背中にそっと手を回した。エリオットも先ほどまでの言い争いなど無かったかのようにすました顔をしてぺこりと頭を下げた。
「……エリオット・ラファエです。お初にお目にかかります、王太子殿下。いえ、《《お義兄様》》とお呼びするべきでしょうか?」
そう言って、ユリアーナ様と同じように首を傾げたエリオットの姿はユリアーナ様と双子かというくらいにそっくりだった。これを見て、もはやこの2人が姉弟であることを疑う人間はこの場にはいないだろう。
「まぁ、エリオットってば気が早いわ!わたくしと殿下は婚約者ではあるけれど、《《まだ》》結婚はしていませんのよ。あぁ、そう言えばサリヴァン殿下?わたくしはこれからエリオットを公爵家の跡取りとして《《お母様》》の代わりに教育や手続きをしなくてはいけませんので……しばらく実家に帰りますけれど、よろしいですわよね?」
「そ、それは……」
「もちろん!殿下との結婚を控えていますからできるだけ早く戻りますけれど……殿下はわたくしのことを《《待っていてくれますわよね》》?……浮気なんてしたら許しませんことよ?ふふっ!もちろんこれも冗談ですわ」
パーティーの参加者の視線が集まる中で、王太子に選択肢は無かった。王太子からしたらユリアーナ様がこんなに強気に出ながら主導権を握ってくる状況なんて想定外だったのだろう。額に青筋を浮かべながら引きつる笑顔で声を震わせる王太子の姿は誰が見ても酷いものだった。だが、助け舟を出す人間などこの場には存在しない。
「あ、当たり前だろう。浮気などするはずがない…………。弟が見つかったのは喜ばしいことだし、ユリアーナが帰ってくるのを、ま、待っているとも」
「嬉しい!サリヴァン殿下を信じていますわね!」
その後、私が「実は、先代から諸事情でエリオットを預かったからと頼まれていた」と話をするとパーティー会場にいる人間が次々に頷き、都合の良いように話を広げていく。退屈な貴族にとってお涙頂戴のゴシップは大好物なのだろう。もちろん《《真実は》》隠した。だが、親戚筋からの虐待やそれを不憫に思ったメルキューレ侯爵とのやり取りなどには嘘の中に少しだけ本当を混ぜるだけで真実味がぐっとあがる。これまで“公然の秘密”だったあの噂が、この瞬間に書き換えられたのだ。
エリオットは王太子とは関係などない、ユリアーナの弟でラファエ家の正式な子供であると。
あの場にいた貴族達には、終始おどおどしていた王太子よりも堂々としていたユリアーナのほうが優勢に見えたのだろう。どのみち王太子がこのまま王太子でいられるかどうかはユリアーナ次第なのだと、改めて周知したというべきか。つまりラファエ公爵家の強さを垣間見せたのだ。
多少とはいえ無理矢理だった感は否めないが、空気の流れは確かに変わった。そしてパーティーが終わり……ユリアーナ様からは「しばらくは静かにしていてね?ちゃんと連絡するから」と言われたので言われたとおりにすることにした。
私とエリオットはそれなりに落ち着いた日々を過ごしていた。もちろんルーファスからは文句を言われ、リヒトからも苦言を言われた。ついでに騒ぎを聞き付けたジェンキンスとミリーナさんからは心配された。ジェンキンスは私たちのことよりもミリーナさんのことだけを考えていて欲しい。切実に!
そう言えばそろそろ臨月だし、出産祝いも考えないと。ベビーグッズって何がいるんだっけ?
まぁ、それはそれとして。
それから数ヶ月。まさかあの王太子が廃嫡されて、すでにユリアーナ様と婚約解消したなんてニュースを耳にするとは……まさかの急展開に驚きが隠せないでいた。
あ、ちなみにミリーナさんは元気な男の子を産みました!ジェンキンスが赤ちゃんにメロメロなのは言うまでもないけど、私とエリオットもメロメロですから!赤ちゃん、可愛い~!!
そんなわけで、メルキューレ家は平和です。




