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何年何月何日何曜日。
「タァいーちゃん」
昼間に寝覚め、買い置きの菓子を食していたタァは部屋のチャイムが鳴って応対に出ると、兄弟で長女の小柄な妹が立っていた。
「……エリ」
淡いピンクのうねった長髪を赤い紐で二つに結び提げた女の子は、長い袖と裾に大振りなレースのフリル、首に一つ白黒リボンがついた、灰色の子供用ワンピースに華奢な身を包み、黒いタイツと輝く銀の靴をはいた姿見で、愛らしく微笑み、小首を傾け室内を一瞥するのを、タァは見守る。
「ひさしぶりっ。……♥……ヒュゥいーちゃんは?」
エリの大きく澄んだひとみに視られたタァは、僅かに動揺し、一拍空けて答えた。
「いない。」
「ふ~~ん。」
面に皺寄せてむくれたように見え、タァが、可愛い妹の沈黙に怖じ気づいて名前を呼びかかったのと被って、
「そっかぁ」
納得したのか、していないのか傍目に判らない、ふわり蕾も綻ぶ笑顔で、妹は言い、兄は笑う他なくえんだ。
「タァいーちゃん。だいじょうぶ?前より、顔色わるいよね」
「だいじょうぶ」
タァは小さなエリに見上げられながら、静かに笑みを消し、優しく言い含める調子で断った。
「いいんだ。……エリ。」
エリは、そぅぉ、との不興顔を落としさっぱり笑う。
「わかった。いつでもいって。ボクは、『回り道』も、『近道』も、だいすきだから。喆」
エリのいう、回り道と、近道は、『仲違い』と『闘い』である。
全く素直ににこりとする妹に、タァは礼を返し、妹は朗らかに、
「まだはやいよ」
そしてタァに向けて両手で作ったハートに炎の息を吹き掛け瞬間左右離れる手でハートは半分の形に空中で燃え、『割れたハートが燃える』さまに心底輝く子供の瞳で見入って嬉しげに笑い、タァはそこに『闘争を探し求める』目が見えては真顔になる。エリは炎が灰になったらすぐ見詰める対象をタァに変え、命を奪う自分も死ぬべき、とか訳のわからないことは『むいみ』で、自分の『仕事』と受け入れずに意味と『闘っている』、そこだけは、エリの心を甘美に惹いた。久方ぶりにみるとそれも、擦りきれて、受けいれた『死』が在るようで、エリは疎んじかけ、兄の不死身の肉でも食べさせることになれば人間同士で争いが起きると喜び、タァを眺めて、まぁ、タァいーちゃんは好きだし、人間が死んでもいいと、つまらない考えを脳のドブ川に捨て、晴れやかな満面の笑みを浮かべた。
そして感知した星のどこか大きい戦いの始まりに、エリはこれからも無限に死にゆくタァへ、空虚にきれいなほほえみで、
「♥。」
去った通路に残った黒い羽も灰も微かな血の匂いも、そよ風に当たって散り消えた。タァは、陽光が輝くそと、人の声が絶えず命ひしめくこの星で、忙しなく飛び回るエリは、大規模な争闘と争闘の間、『暇潰し』で来たのだと理解する。こんなところにいても、無意味、だが、ただ会いに来たのだったら、オレンジかカカオ百パーセントの菓子でも、と、眠って傾く大駆は玄関の壁に頭をぶつけ床ですやすやしていた。
ある月曜日。
例えば学校中の男女が「好きだ!」と言ったら、「僕も。」と優しく笑み返し、学校中の男女に「付き合って!」と言われたら、「誰からでも。」と応えるのが、学校一美形(いい匂いする)運動抜群(やわらかい体で)なのに、毎回テスト零点(「わかりません」ばっかりだし)で、赤点仲間である(好きだ)「玖」だと思っている男子学生は、放課後教室で同じ学級の玖から、一緒に帰る誘いを受けてオーケーしたところだった。
玖は、週四日一日ずつ休みを挟んで登校し、誰が訊いても何にもなくてただ四日来れる日学校に来ているだけで、『本当に何もなさそう』だし、自分より酷い点数をとってにこにこしている明るい相手に裏表があるとも男子学生に考えられなくて、クラスの最初疑ったり探ろうとしていた生徒も、『頭がよくないこと以外言動に悪い部分はない』『家まであとをつけても絶対見失う』『分け隔てせず一人一人にやさしい』そして『他に危害が加わる頼み以外なら、必ず一つ返事で聞いてくれる』面含め、親しみと好感が持てた。男子学生の耳朶に触れた話はなさそうでありそうな、しかし唯一が見受られない玖の欠点には数えられないことである。『そのとき』は、学校のうちで、『自分』を見てくれるのだから。
「ほっぺ、赤いね」
玖は道で立ち止まり男子学生の頬にのみ目を注いで掌を添える。
間もなく頬ぺたにある手は離れ「行こうか」と頬笑まれて「……うん」夕焼けが染める川沿いの歩道で二人並んで歩く男子学生は、まっすぐ前向くクラスメイトを横目に、緊張と嬉しさの一息つき、(それだけでいい)、と思った。
あくる火曜日。
ベージュのスーツを着た背高の上品そうな二十半ばの若者は、女性と会う約束をして電話口でそうだったままにこやかに携帯電話を切る。若者は、自分より素敵なひととこの世界で出会えると伝えたとおり誰かと巡り会っていく。
若者が会社の屋上から生活を営む人たちを眺め下ろして自然とほほえみ、昼休みが終わる頃事務所へ戻ると、机の前で立ち居し向かい合う上司と部下の間隙に黒い羽が一枚落ちるのが見え、人に不可視の羽に、エーちゃん、と若者は女の子の顔が過る。
叱責する上司が部下に手を振りあげた瞬間、若者はそばの机上にある熱いコーヒーが入ったコップを横に投げ付けるように落とし、ゴトッと目立つ音立てて容器は机と床に当たり中身の液体に濡れた机と派手に汚れた床で二人は若者に気が逸れた。「おっと。」やけに落ち着いている若者は二人と目と目を合わせ、「すみません。」『偶然』に対して美麗に微笑し、屈んでマグカップを拾う。
「あっ、オレもてつだう。ノウェム」
上司の部下で若者の先輩は、ドジだけれど有能な若者の有無が口に出せなくなる何ともいえない柔和な笑みに助けられ、さっと雑巾のある用具室に向かえた。
上司は廊下へ消える部下の背に、顰めた面差しで、視線を遮るように腰を伸ばし立って悪意無く見てくる若者の隣に寄り、若者にだけ聞かせる声量で「邪魔しやがって…」と睨む。瞳と唇を緩ませ「ごめんなさい。」若者にあっさり謝られて折り目正しさ覚えたての子供が言葉で謝っても悪びれないような若者のぐあいに、上司は毎回責めようとしても結局『本心でそう思っているとしか考えられず』鼻を鳴らし終いにする。
若者ははじめ黙っていたが「邪魔しやがって」と怒る上司に似つかない妹を思い出し、自分が最小限に留めたことを間接的に妹に言い終わって『雰囲気』で上司に『謝って』いたのだけれど、今回上司は知る由もなく、戻った部下と若者掃除に勤しむ二人に大息して、己の席につき中断した作業を再開した。
他の人は定時に終えて帰った職場に、上司と部下と若者はまだ居残っていた。
先輩の仕事を助け、失敗して躓くと先輩の背に手指を置いて、後輩はおっとり笑い、「大丈夫です。焦らないでください。」励まされ頷く先輩の入力が完了するまで、黙っている後輩の細長く形の良い手はスーツ越しに温もりで何度も心を支えてくれていた。
終了して後輩の掌が先輩のスーツより離れるやいなや、上司は椅子から尻をあげて若者に呼ばわり、退室する。自分を補佐したせいで咎められるのか冷や冷やする先輩に「お疲れ様でした。先に帰っててください。」後輩は相変わらず笑顔で屈託ない足取りで上司に続いて出て行き、先輩は出入口の扉が視界にはいったまま呆然と椅子に腰掛けていた。
トイレの広めな個室に鍵が閉まり、大きな二人の男は差し向かって、髭を生やす黒髪の厳めしい男が、金髪で美しく高価な人形じみた男に、やや被さる姿勢で口付けた。
「六五さん……」
体と体に隙間は出来て、髭が生えた男はここは会社ですと一応伝えようとする兆しは無視し壁面に押し付けて、金髪の男の眉は寄り、髭が生えた男は間近に在る真っ赤な美しい宝石の瞳の奥が熱を帯びるのに煽られた。しかし、夕さりが宵の口に変わる前上司は突然仮睡して、起きたらトイレの便座に着座し個室に若者はおらず、先に帰ったかと思って事務室に戻れば、不快の元凶であった部下は何故か未だ着席し見開いて不承の面持ちになり、上司は露骨に渋面で仕事机に歩み進め、部下は入室する気配のない後輩に、後輩の言に従い、待つのはやめて、後で電話しようとそそくさ、揃って帰り支度を始めた。
飛んで日曜日。
眩しい陽差しだった。畳まれた木造の店先に設置されたベンチに、人がひとり座していて、日向に現れた背の高い男が近付く。
人は、遠い遠い青空と熱く照らす太陽のみの世界に男の顔が入ってきて、陰になり涼しいと感じた。人の目のぼやけた線が一本と化し男には純白の翼が生えていると知れ、人は笑って、質問した。
「あなたは、神様ですか……?」
「……」
男は黙し、人の額に差し伸ばした片手の内側に現じる角から、人の額へ液を注いだ。
人は段々男の姿がはっきりするにつれ微睡むごとく意識が暗くなりきらぬうちに、
「ありがとう、ございます……」
穏やかな眠りと、最後に独りではなかった幸せを与えてくれた神に感謝し、男の眼前でベンチに腰掛けている人の瞼は閉ざされた。
魂が抜けた人の『死』は、男に双子の兄と繋がりを感じさせるが、男は人の躯を留め置いて離れ去り、天日の道を当て所なく進みながら――できるなら、ターちゃんと、おはようおやすみ、そういう挨拶がいいと、『死』に向き合う度、知らず識らず『思えてしまっていた』。
道中、この長身な男のそばを通りすがる人間に男に翼など見えず、ありふれた人間と人間が、歩道で行き違った。
???。
「眠り野郎、帰ったか。」
館の上がり口で面と向かう青年と兄弟の少年に、青年は嬉しさ隠さず相好崩した。
「モローちゃん。ただいま」
去来の都度決まって青年がする人間くさい礼儀は聞き捨て、もうすぐ館に戻られる昼様と、入れ替わる夜様と連れだって出向き主様がおつくりになった星に棲む人間に眠りの液を降り注がなければならない役目の青年を、少年は無表情に見遣る。
「さ・せ・ろっ」特に欲が湧く前に、少年は舌に任せて喋った。
「うん。おかあさまと行って、もどって。」
ふわふわした話しに笑いにとろとろ自身が眠り液のような青年の有り様に無頓着な少年は機嫌よく歯を見せて笑い頷く。
「おう」
少年が喜び青年はとても心嬉しそうな目差しになり少年はそれには無関心、性行為に興味がないのと半神はうまないため人間と交わらぬ青年とどうするかを眇めて考えた。
何年でも何月でも何日でも何曜日でも。
エリは、戦いの場で大喜びしながら自分の翼の羽より結実した出来事を知覚し更に嬉々と笑顔で、しかし兄が関わった『不出来』に興醒めした目顔は、兄の周りで膨らみそうな『不和』と『闘争心』に、元通り以上の歓喜に満ちた。
ヒュゥいーちゃんも、オレンジ(不和の林檎)……かも。♥。
エリの小作りな体があげる凄まじい雄叫びはどちらの側も盲目的に昂らせ、闘いは激しく、少女は天地ほど巨大に変化し、槍携え焔吐き散らし、戦場を区別なく駆け巡った。
女神はうまれつづけるあらゆる対立に、この星を包むくらい極大な黒い両翼から争いの羽を人間のもとへ落とし、孤独に、いつも愛くるしく愉しげに笑っている。




