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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
9/30

9歩目 未来が欲しかった

懲罰(ちょうばつ)記録_21980907.mry


「なあコスモス、第3保管庫はもう十分に綺麗になったと思うんだけど」


 白衣姿の男性がタブレットに向かって話しかけている。彼の額には汗が(にじ)んでいた。長時間の作業による〔体調:疲労〕であると推測する。


「はい。ひとまずの整頓としては十分と判断できます」

「よっしゃ! じゃあ俺はこれで」

「次の作業として第6保管庫からの荷物の移動があります。10分の休憩後、作業を開始してください」

「嘘だろおい……」


 彼は膝から崩れ落ち、大の字に寝転がった。体調悪化の可能性を考慮し、バイタルチェックを行う。非接触センサーによる診断は、心拍数と体温が平均より高いこと以外は正常を示している。つまり、彼が普段から行っている〔行動:オーバーリアクション〕であると判断した。


「通信機器の無断使用による罰則は今日1日の奉仕活動です。現在割り当てられている作業は残り3つです」

「……その作業が終わったら?」

「次の作業が割り当てられます」


 彼は唸りながら目を閉じた。仮眠は効率の良い休息になる。合理的な判断だ。ノンレム睡眠に入る前に起こすことが望ましいため、アラームをセットし、〔状態:仮眠中〕に更新する。


「なあコスモス、何か話さないか?」

「仮眠中に会話を行うのは困難かと思われます」

「何を言ってるんだお前は……」


 目を開けた彼は〔表情:呆れ〕に変化した。どうやら仮眠をするという推測は誤りだったらしい。彼を〔状態:会話中〕に更新する。


「話題は何でもいいぞ。俺のことでも、お前のことでもいい」

「では、疑問点を解消させてください」

「お、何だ?」

「今回の件、通信機器の無断起動を行ったのはあなたですが、機器を使用したのは別の研究員でした」

「あー……、いや……。なんのことだか」

「あなたは他人のために規則を破り、こうして罰則を受けている。ワタシにはその行動で得られるメリットが不明です。何故このようなことをしたのですか?」


 ワタシの質問に彼は困ったように笑って答えた。


「いやー。アイツの子供が誕生日らしいからさ、せめて通信でくらい『おめでとう』を言わせてやりたくて」


 所長には内緒だぜ。そういって彼は片目をつぶった。


 記録終了。




◇研究記録_21981216.mry


「先輩、このデータを見てください」

「ん? 各地の気温データ? なんだってこんなもんを」


 彼は後輩に慕われているようだ。立場の上下を気にしない態度、他者への奉仕傾向、問題解決能力等の要因が、彼の〔評価:話しかけやすい〕に繋がっているらしい。

 今も、研究室で後輩に話しかけられ端末を確認している。


「それぞれの気温差を見ていたんですが、これって不自然じゃないですか?」

「確かに。これじゃ熱帯と寒冷地が隣り合ってるようなもんだ。……ちょっと待て。この辺の地域って」

「はい。あちこちとドンパチやってる勢力の本拠地です」

「……もっと詳細なデータが欲しいな。観測用ドローンを飛ばそう」

「先輩お得意の自動操縦(オートパイロット)の奴ですか? ちょっと前にまた作ってましたよね」

「おう。新しいのは金属部品をほぼ使わず作ったからな。連中の金属探知にも引っかからないぜ」

「また変なモノを……。でもそれって観測機器を載せたらどうなるんです? センサーには金属部品が使われていますよね」

「そりゃあ当然……引っかかるだろうな」

「無駄なモノばっかり作ってると、また所長にどやされますよ」

「お前だってこのデータは研究に関係ないだろ。いいのか?」

「所長には上手いこと誤魔化しますよ。偶然観測されたとかで」

「ま、最悪俺が指示したってことにすればいいさ。お前、来月親に顔見せるんだろ? 外出許可取り消されたらマズイからな」


 彼は唇を釣り上げてワタシのカメラを見た。


「コスモスも口裏を合わせてくれよな。俺が余計なこと調べさせたってことでひとつ」

「管理者権限を持つ人間に対して、虚偽の報告をすることは出来ません」

「無駄っすよ先輩。コイツ融通が利かないんだから」

「まあまあ、コスモスも話してみれば分かる奴だから。じゃあ、俺達が所長に報告するまで黙っててくれ。それならいいだろ?」

「確かに、報告の優先度はワタシに一任されています」

「よっしゃ。それじゃあよろしく頼む。……これは調べなきゃならないって、俺の勘が言ってるんだ」


 記録終了。




◇その他_21990215.mry


「コスモス、聞いてるか」

「はい。何か御用でしょうか?」


 消灯間際の研究室。他の研究員の姿は既にない。居住区の自室にいる時間帯である。彼が最後まで残っているのは珍しいことではなかった。規則違反の傾向はあるが、研究に対するモチベーションは高い人物だった。

 彼は端末上のデータを目で追いかけながら呟くように続ける。彼には珍しいことに、〔表情:憂鬱〕を浮かべていた。


「各地の急激な環境変化について、結果が出た」

「既知の情報です」

「そりゃそうか。研究所内のデータは全部見てるもんな」

「はい。各地の環境変化は人為的な現象だったのですね」


 彼は目を閉じた。仮眠ではない。〔感情:やるせなさ〕を処理しているのだと推測した。


「地球がこんなになっても、まだ他者を滅ぼそうとする馬鹿野郎は消えない。そんなことしてる場合じゃないってのに。……コスモスもそう思うだろ?」

「ワタシは評価する立場にありません」

「ちぇっ。相変わらずお堅いなお前は」


 彼は目を開け、ポケットから個人端末を取り出した。起動した画面には一人の女性が映っている。


「なあコスモス、俺は未来が欲しいんだ」

「定義の不明な入力です」

「例えば10年後の話が出来る世界さ。人類が存続する可能性が確かにあって、恋人との関係を進めることに心配なんかいらなくて、子供たちが当たり前に大人になれる、そんな未来が欲しいんだ」

「実現難易度の高い願望です」

「……なんで難しいんだろうな。当たり前なことなのに」


 難易度が高い理由は明白だ。現在の地球環境は既に限界で、人間の生存に適さない状態にある。更に状況を悪化させる集団も存在する。当然、彼も理解しているはずだった。


「俺が通信機器を無断で起動した時のこと覚えてるか?」

「はい。他の研究員に使用させた件ですね」

「あの時息子と通信したアイツな」

「はい」

「息子が死んだらしい」

「そうでしたか」

「皮膚がんだとさ。コロニーの紫外線対策が足らなかったらしい。子供や老人から倒れていってる」


 表情筋に著しい緊張。〔状態:高ストレス〕であると判断した。


「高ストレス状態を検知しました。現在の状態が続くようであればメンタルカウンセラーとの面談を推奨します」

「医者にどうにか出来るものじゃない」

「しかし」

「いいから。俺のメンタルケアをしたいなら黙って話を聞いてくれ。人間ってのはそれだけで楽になるんだ」

「………………………………」

「『黙って』とは言ったが、適切な相槌があるとより良い結果が期待できる」

「有意義な入力に感謝します」


 表情筋が僅かに弛緩(しかん)。いくらかのストレスが緩和されたと推測された。


「恋人がいるんだ。研究者じゃないから外部のコロニーに住んでてな」

「はい。毎月の通信使用申請に記載がありました」

「それ知られてんのは恥ずかしいな。……まあとにかく、遠距離恋愛ってやつだが俺は結構本気なわけだ」

「はい」

「彼女との結婚も考えてた。研究所の加工機で指輪まで作ってさ」

「おめでとうございます」

「……言い出せていないんだ。結婚のこと」

「そうなのですか」

「俺は研究所にカンヅメで会いに行けないし、結婚を了承してくれたって一人で家で待っててもらうことに変わりないし」

「はい」

「……それに、世界がこんなになっちまって、未来が保証されないのに結婚なんてとか考えてさ」

「はい」

「数年後にはみんな死んでるかもしれないのに、そんなこと意味あるのかってさ……色んな話を見聞きしてると思っちゃったわけよ」


 彼は椅子にもたれて天井を仰いだ。カメラに映った彼の顔は〔表情:笑顔〕に近似している。メンタル面の調整は完了したのだと推測。


「……やっぱり、全部意味がないよな。こんな研究だって」

「いくつか指摘を良いでしょうか」

「どうせ…………うん? なんだって?」

「何か言いかけていましたか?」

「いや、いい。それより……えっと、指摘って言ったか?」

「はい。メンタルケアフェーズは完了したと判断し、傾聴を終了しました。続けて先ほどの話に対する指摘を行いたいのですが」

「あ、はい。どうぞ」

「まず、金属加工機の無断使用は罰則規定に抵触します。ワタシの監視記録に無いことから、先月の監視カメラ点検時に行ったものと推測します」

「あー、いやー。それは何と言うか」

「次に、現在の技術で確実な未来の予測は実現できません。カオス理論の反証が発見されない限り、複雑に相互作用する現在の事象から未来を計算することは出来ません」

「……未来の保証なんて誰にもできないってことか? 俺が言っているのはそうじゃなくて、人間が生存できない環境になった現状についての話だ」

「はい。それが最後の指摘です。そもそも第8外宇宙研究所は環境破壊による人類絶滅を避けるため、外宇宙に生存圏を求めて研究しています」

「そりゃあ……存じ上げてるよ。もちろん」

「はい。つまり、より一層職務に邁進することで将来における生存確率を上昇させることが出来ます」


 彼は口を開けてワタシを見た。しばらく呆然とした後、彼は眉根を寄せて立ち上がった。


「そんな簡単な話じゃねえっての」


 彼は端末の電源を落として伸びをした。


「続ける気分じゃなくなった。居住区に帰るよ」

「はい。おやすみなさいませ。良い夢を」


 記録終了。





 コスモスはメモリーの再生を終了した。保存されているメモリーは他にも数多く存在するが、求められた雑談の範囲であればこれで十分だろうと判断した。


「アーカイブされたメモリーで人柄を推測できるのはこの辺りかと。満足いただけましたでしょうか」

「うーん。知りたかった人柄は知れたけど、それより驚いたことがあるかな」

「何でしょうか?」

「コスモスのデリカシーのなさって、昔はもっとひどかったんだね」


 憮然(ぶぜん)として黙り込むコスモスを前に、サクラはうんうんと頷いた。少なくとも今のコスモスは、愚痴に対していちいち指摘をしたりはしない。しないはずだ。きっと。このポンコツも過去の経験から学習しているのだろう。


「でも、良い人だったんだね。日記に書いてあった通り、仲間のために行動できる人だったんだ」

「確かに他者への奉仕傾向が高い人物でした」

「そんな人が好きだった恋人さんか……きっと綺麗な人なんだろうな」

「人間の美醜には主観的な要素が多いためワタシには判断できませんが、彼は恋人のことを『宇宙一の美人』と称していました」

「きゃー! ラブラブじゃない! いいなぁ。私もそんな風に言われてみたいなぁ」


 頬を染めて足をバタバタとさせるサクラ。なかなか出来ないコイバナに彼女のテンションは急上昇していた。


「ねえ、他にメモリーは無いの? できれば恋人さんと話してるところがいいんだけど」

「通信記録についてはプライバシーの保護の観点から、不要な公開を禁じられています」

「ちぇー。じゃあ他に、何か面白そうなのはない?」

「他のメモリーを検索……未確認のファイルが1件見つかりました」

「未確認……ってどういうこと? コスモスの記憶を保存してるんでしょう?」

「いえ、ワタシがスリープモードに移行した後に追加されたようです。映像ファイルを圧縮しているようですが、解凍しますか?」

「うん。コスモスがいいなら」


 コスモスはファイルの解凍作業を開始した。長い動画ではなく、解凍はすぐに終了した。




◇ファイル名が思いつかない.mp14


「撮れてるか? よし、撮れてるな」


 カメラに白衣を着た男性が映る。足を負傷しており、応急処置の下から血が滲んでいるようだ。場所は暗い部屋で、機械類とケーブルが乱雑に配置されている。


「現在、第8外宇宙研究所は襲撃を受けている。どこの馬鹿が襲ってきたのかは……正直分からん。襲ってきたのはオートマトンだ。ちらっと見た限り、汎用的な白兵戦装備だった」


「奴らは研究員達を襲った。しばらく立てこもって防戦していたが、みんな……みんな殺された。俺は運よくここに逃げ込んだが、そこで運が尽きたみたいだ。ドアが開かなくなっちまった」


「外部への通信は遮断されてる。研究データを保存した記録媒体をありったけのドローンに載せて飛ばしたが……誰かの手に届く可能性は低いだろうな」


「所内の様子は分からない。声は随分前に聞こえなくなった。静かだ。俺は……一人だ。黙っているとおかしくなりそうだからこの映像を撮ってる。生き残りが見てくれることを信じて」


「そう、生き残りだ。こんな状況だが、少なくとも生き残ってる仲間が一人はいる。スリープモードに入っちまってるがな。ここから起動できればいいんだが、くそセキュリティが許してくれない」


 悪態の後、しばらく無言が続く。


「俺は……俺のしようとしていることは間違いかもしれない。それでも、メインコンピュータから電力供給の優先度を変更できることを発見してから、その考えが頭を離れないんだ。……今なら、もう所長にどやされることもないだろうからな」


 端末のキーが叩かれる音が響く。


「もしかしたら俺達の研究結果がパーになっちまうかもしれないな。でも、どっちにしろ研究を続けられる奴は残っていない。だから……だから運が悪かったと諦めてくれ。こんな不良研究員が最後まで生き残っちまうのが悪い」


「そういや言ってなかったよなコスモス。あの時、話を聞いてくれて助かった。俺が今日まで未来を信じて研究出来たのはお前の言葉のおかげだ。居住可能な惑星を見つける可能性がどれだけ低いかはよーく分かっていた。それでも、お前が馬鹿真面目に言った言葉通り、研究に縋ったおかげで絶望せずに生きることが出来た」


「……それをこんな形で終わらせて、すまない。でも俺は、未来に残すべきはお前みたいなやつだと思うんだよ。俺の勘だけどな」


「最悪な状況でも、遺せるものがあるっていうのは救われるモンだな。他に遺すとすれば……旧世代の映画だと、こういう時には恋人に何か言い残してたっけか」


「……いや、照れくさいからいいや。じゃあ、達者でな」


 映像終了。




「……これ」


 サクラは唇を嚙み締めた。サクラにはよく分かった。これは遺言だ。日記の他に残していたもの。しかもこれは――。


「コスモス宛てのメッセージだったんだ」

「どうやらそのようです」


 淡々と返すコスモス。サクラはコスモスの様子を伺ったが、ぬいぐるみの顔からは感情を読み取ることは出来なかった。


「私も聞いて良かったの?」

「問題ないと判断しましたが、何か否定的な入力がありますでしょうか?」

「コスモスに個人的に充てられたメッセージだったから。それに、最期に遺す言葉っていうのは大切なものなんだよ」

「遺言という概念は理解しています。死を前に人間が行う最後の意思決定であると」

「うん。だから……」


 最期に遺した感謝の言葉だとか、彼の想いだとか、言葉以上のものが込められているんだと言おうとして、サクラは口をつぐんだ。このポンコツにその辺りの機微が伝わると思えなかったのだ。


「だから、忘れないであげてね。不要なデータだって削除しちゃだめだよ」

「了解しました。優先保存データに分類します」


 サクラはソファから立ち上がった。十分に休憩は取れた。指輪を渡してあげたい気持ちも更に大きくなった。旅を再開するべく、重たい荷物を背負ってドアを開けた。


(……でも)


 浄水施設から街へと出ていきながらサクラは思った。外は眩しいくらいに晴天で、強力な太陽光線が街を焼いていた。


(最期に、恋人さんに伝えたいことはなかったのかな)


 何も言わないコスモスを抱きしめて、サクラは歩みを再開したのだった。

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