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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
10/30

10歩目 箱舟の町

 予定より少し早く、アークタウンには太陽が登り切る前に到着した。

 もう少しすれば、ぎらぎらと地上を焼く太陽が空の真上に登るだろう。1日の中で最も暑く、眩しい時間帯になる。サクラは耐環境コートのフードを深く被り直した。


「サクラ様、何か異常がありましたか?」

「ううん。眩しかっただけ。あんまり明るいの得意じゃないから。それより、着いた……んだよね」

「はい。しかし――」


 サクラ達は小高い丘の上からコロニーを見下ろしていた。一般的にコロニーと呼ばれるのは外部の環境から隔絶されたドーム型都市だ。有害な紫外線を遮断し、酸性雨を浄水して取り込み、風に乗って運ばれる諸々の汚染物質をせき止める。

 人類が健康に生存できる領域がコロニーであり、その環境を守るために必要なのが都市をすっぽりと覆うドームだ。しかし。


「ドームが破損しています」


 眼下のドームはひび割れ、コロニーの内部が覗いていた。




 コロニーの入り口まで来た時、サクラの不安は形を持ち始めていた。入口のドアは破壊されている。周囲の壁には抉られた跡が残されていた。銃痕とは違う曲線的な傷跡だった。

 サクラは警棒の位置を確かめた。リュックの右ポケット。すぐに取り出すことができる位置だ。続いて片手に抱いていたコスモスをリュックに詰める。昨夜と同じく首だけ外に出ている形だ。今回はコスモスに対する不満が理由ではない。いざという時、両手が使えるようにするためだった。


 サクラがここまで警戒しているのには理由がある。壁の傷跡を分析したコスモスが、その傷が比較的新しいものであると話したからだ。外部環境によって風化が早いため確実ではないが、長くとも2週間、短ければ数日中についた傷だという。

 傷をつけたのが何者かは分からないが、穏便にドアを開ける方法を知らない奴なのは確かだった。そんな存在がまだ近くにいるかもしれない。それでもコロニー内を調べないという選択肢は無かった。このコロニーは周辺で最大規模であり、生存者がいる確率が最も高いのだ。


「入るよ。生きてる人を見つけたら教えてね」

「承知しました」


 短く言葉を交わしてサクラはコロニーの中に足を踏み入れた。



 内部には自然が残されていた。コロニー内では環境が調整されているため、旧時代の植物が生き残っていることがある。住人の中に植物を愛した人がいたのだろうか、入り口付近には芝生を植えられた公園があり、花壇が配置されていた。

 しかし、花壇の中に咲いていたであろう花は散ってしまっている。ドームが破壊されたことにより環境統制機能が働かなくなったのだろう。茶色く枯れてしぼんだ花々しか残されていなかった。そして、花壇のそばにはうつ伏せの死体が一つ。

 それは花と同じように変色して、酷い匂いを発していた。おそらく死因は背中に空いた大きな3つの穴だろうが、サクラはまじまじと観察する気になれなかった。今まで見たことがない、風化していない『生の』死体だ。


「コスモス、何か分かること、ある?」

「腐敗の状況からおそらく死後1週間以内であると思われます。死因は背中の傷でしょう。傷口が大きいことから大口径の銃火器、もしくは白兵装備のオートマトンによるものと思われます」


 1週間。まだ体温が残っていると錯覚するくらいの時間しか経っていない。生暖かい死の温度が肌を撫でる錯覚を覚えた。


 ふと、サクラは死体が手を伸ばしている先に視線を向ける。そこには割れたジョウロが落ちていた。

 花が好きだったのはこの人だろうか。サクラは想像してしまう。見知らぬ死者に想いを馳せるのは役に立たない。それは単なる妄想に過ぎない。分かっていても、死に対面するとサクラは鎖に絡められたように動けなくなってしまう。

 コロニーの中に公園と花壇を作って世話をしている人の姿が思い浮かぶ。日課となった水やりのためにジョウロを持ってきて、公園を訪れる人たちに挨拶をして、次はどんな花を育てようか想像してる所を襲われ、背中から肺を貫かれ、血を吐き苦しみ、そして最後には――。


「サクラ様」

「――なに、コスモス?」

「顔色の悪化と体温の低下が確認されます。悪臭が原因であれば、リュックの左ポケットに入っているハンカチを鼻にあてがうことで影響軽減が期待できます」

「いい。そういうのじゃないから。……というかなんでハンカチの位置を知ってるの?」

「透過センサーでリュックの中身は把握しています。左ポケットにはクシと手鏡、右ポケットには警棒とスモークグレネード、リュックの底には替えの下着が……」

「警棒でぶっ叩かれたくなかったら黙って」


 いつの間にか座り込んでいた足に力を込めて立ち上がる。手足が冷たい感覚はあるものの、動き出すための力は戻っていた。

 こんなところで物思いにふけるのは危険だ。立ち止まっている場合じゃない。コロニーに何が起きたのか、生き残りはいるのか、脅威は去ったのか……調べることは山ほどあるのだから。

 サクラは意を決して歩き出した。




 コロニー内の惨劇は、そのどれもが幕を下ろした後だった。

 大通りに転がる死体と破壊された機械。機能停止した食料生産設備。都市の環境管理施設には防衛しようとして突破された形跡があった。一番酷かったのは集合住居だ。逃げ遅れた住民達がそこかしこで息絶えている。散らばった血と肉片と悪臭で近寄りがたい一角を形作っていた。


「ひどい……」


 サクラは呆然と呟いた。あんまりな惨状だった。生きている人間は殺し尽くされ、動いている施設は破壊し尽くされていた。調べ回ったことで襲撃者の目的がはっきりした。この襲撃者の目的は殺すことだ。

 例えば略奪であれば、殺しは手段に過ぎない。目的は物資や設備なのだから、そちらを傷つけないよう相手の武力を削ぐために殺すのだろう。しかしこの襲撃者は施設を破壊した。食料の生産設備を、ドーム内の環境を管理する設備を、内と外を隔てるドームを、全て破壊して役立たずに変えてしまっている。

 それは明確な殺意だ。このコロニーにいる人間を一人残らず死滅させるという純粋かつ明確な意思だった。その事実は、サクラに冷え冷えとした恐怖を感じさせた。


「サクラ様」


 声をかけられ、サクラは目をやった。リュックから頭だけ出したコスモスが感情の読めない目でサクラを見つめている。


「センサーに生存者の反応はありません。捜索を打ち切り、このコロニーを離れるべきです」

「……まだ生きてる人がいるかもしれないのに、見捨てろってこと?」

「襲撃時に立てこもるであろう主要な施設は全て確認しました。生存者が残っている確率は低いかと」

「でも、だって指輪を届けないと」

「サクラ様。ここに、生存者はいません」

「……」

「それどころか、このコロニーを襲った敵性存在がまだ潜んでいる可能性があります。もしくは戻って来る可能性も。この場所に留まることのリスクはメリットを上回りました」


 植物みたいに無感情な声にサクラは肩を落とす。コスモスの言っていることは正しい。元々このコロニーには桜の情報を手に入れるために来たのだ。情報が期待できないのであれば速やかに去るべきだ。

 生き残りも、コスモスがいないと言うのであればいないのだ。瓦礫の山の内部をスキャンしたように、壁の先でも見通せるセンサーで探したのだから、見落とすはずがない。サクラもよく分かっている。ただ、懐の指輪が重たかった。

 消沈するサクラに、コスモスは少し考えて言った。


「このコロニーでの情報収集を提案したのはワタシです。サクラ様の精神的負荷と危険な状況はワタシの過失です」

「え、いや。そんなことは思って……」

「だからこそ、これ以上の危険を看過できないのです。仮とはいえ、現状サクラ様はワタシにとって唯一の奉仕対象なのですから」

「…………わかっ、た」


 コロニーを出よう。サクラは呟くように言った。リュックを背負い直し、死体たちに頭を下げる。弔ってもやれない。原因を探すことすらしない。罪悪感から逃れるために謝りたかった。

 (きびす)を返し、重い足取りで去ろうとする、その時だった。


「動体センサーに感あり。何かが近づいてきます」


 コスモスの声に足が止まる。近づいてくる何か。もしかして生き残りがいたのだろうか? コスモスのセンサーが実はへっぽこで、見落としていた人が……。

 そんなサクラの考えは、今までになく緊迫したコスモスの声に否定された。


「金属反応、大きさは3m前後。これは――」


 集合住居の壁を破壊して、それは姿を現した。金属の体、曲線が多用されたフォルム、人型の胴体に、蜘蛛のような8本足。それはギラリと光る鋭い爪を振るい、コンクリートの壁と、折り重なる死体と、サクラの希望を吹き飛ばした。


「オートマトンです!」


 無感情なカメラアイが収縮し、サクラを捉えた。

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