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不本意な残業は突然に

夕刻、そろそろ終業という時間に課長が咳払いする。

課の誰もが一斉に帰り仕度を始めた。

誰も課長と目を合わせようとはしない。


「ゲホンゴホン」


これは課長が何らかの仕事を過積載に請け負い、なおかつその業務を華麗にスルーパスして誰かに押しつけようとする時の癖なのだ。

すでにいやな予感しかしない。

とりあえず俺は机の下に潜る。これで身が守れるのは地震の時だけだが。


「あーと、ええっと…アハーーン」

本日の生け贄を探す悪魔の声だ。鳥肌が立つ。


「澤村くん、澤村くん。さーわ・むーら・く・ん!」

この課長、何で俺ばっかり。


「いません。彼はもう帰りました」

俺は机の下から鼻をつまんで返事をした。


課長がふうんと鼻を鳴らし周囲を見回す。

「そうかそうか。わが課のエースである澤村くんは帰宅したそうだ」


シンとした部屋に課長の声だけが響いている。

「では谷くん、君なら今日は時間があるだろう」


「すみません、課長。死んだ祖父が危篤でして」

谷は大急ぎで荷物をまとめ始める。


「そうか、それは大変だ」

何で納得してるんだ、馬鹿課長。


次は俺の隣の山口に声をかける。

「山口く」


「お断りします。特に理由はありません」

山口が食い気味に即答した。


「おお、何とも歯切れがいい。むしろ爽やかだ」

課長が課長なら社員も社員だ…って俺も社員だけど。



やや間があって、課長が自分の近くにいた女子社員に声をかけた。

「横川くんはどうかな?そろそろキャリアをステップアップさせる頃かな」


「課長、ここに横川が見えますか」

何言ってんだこの女。


「むむむ、どういうことだい?横川くん」


「それは横川の姿をしていますが、実は会社に取り憑いた地縛霊です」


「何と。それでは残業は無理だな」

大喜利かよ。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


すると俺の向かい斜めにいる丹那という男性社員が突然発言した。

「課長、何か残業があるのなら私がやりましょう。誰も引き受けないのなら」


「ええっ?素晴らしい。丹那くんはこの課の新しいエースだ」

課長がわざとらしく声のトーンを上げた。


何故か課内がザワザワとして、再び谷の声が聞こえる。

「スミマセン、課長。嘘を言いました。死んだ祖父は実はすでに死んでました。私に仕事を振ってください」


その声に続いて隣の山口も声をあげる。

「課長、気が変わりました。僕がやりましょう」


さらに大食い横川の声。

「課長。ホントはこれ、横川の実体です」

知っとるがな。


「課長、私が」


「いや俺が」「僕が」「おいどんに」


課内から一斉に残業を引き受ける手があがっている。


…俺も立候補した方がいいのかな?何だか損をするような気がしてきた。


いや、違う。これはバラエティ番組で見た一連の流れによく似ている。

全員で「どうぞどうぞ」というあのパターンだ。


舐められたものだな。そんな手に引っかかってたまるか。


谷のヒソヒソ声が聞こえる。

(澤村の奴、出てこないな)


山口が答える。

(さすがに流れを予想したようだな)


横川さんが嬉しそうに言った。

(まんざら馬鹿でも…プッ)


絶対出て行かない。匍匐前進をしてでも退社してやる。


俺がズルズルと床を這って部屋の出口を目指し始めると課のあちこちから失笑が巻き起こった。


山口がウンコ座りして俺を眺める。

「あのな、澤村。お前が会社のオモチャになりやすいのはそういうとこなんだぞ」


谷も遠くから覗き込んで笑った。

「そうそう、そういうとこだ…が」


横川さんは顔を真っ赤にして笑いをこらえている。

「そうですね、そういうところが愛されてると言えなくも」


すると最初に声をあげた丹那という俺よりふたつ上の社員がニコリと笑って課長を見た。

「そんなわけで我が課の愛されているエース、澤村は勘弁してやってください。課長」


課長がウムムと首を捻りながら部屋を見回す。

「じゃあ、締め切りが明日に迫っているのに担当者が突然胃痛で入院してしまった大手商事へのプレゼン資料は誰が最終まとめをするのかね」


「課の全員でちゃちゃっとちゃんとやっちゃいましょう」

『ちゃ』がやたら多い山口の陽気なかけ声に賛同の声と笑い声と拍手が起こった。


何だなんだ。妙な雰囲気だぞ。


「そういうわけだ、澤村。全員でやるからお前は帰っていいぞ。新婚だし」


「そうそう、澤村さん。愛人なんか作ってないで奥さんを大事にしなさい」


「うん、俺もそう思う。午前は元カノに土下座で、退社は這いつくばってじゃ気の毒だしな」


よくわからないが、俺を除いて全員で残業をしようということになったらしい。

いろいろデマが混じっているけれど、とりあえず気は遣ってくれているようだ。


…しかし…それはそれで何だか気詰まりな話だ。

俺は立ち上がった。


「いや、みんな。気持ちはありがたいが、俺も頑張るよ。残業仲間に入れてくれ」


そう言って周囲を見渡すと、全員が顔をそむけて肩を震わせていた。あれ?

それから一斉にこちらを向いて、また全員できれいに声を合わせた。


「どうぞ、どうぞ」


あららららら?




読んでいただきありがとうございました。

次回ハッピーエンドを目指すわけですが、無理な気もしてきました。

主人公が迎える心外で不本意なハッピーエンドをお楽しみに…などと一応言ってみたりして。

できたらおつきあいくださいませ。

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