2-18
翌日。
「エレナ、朝食食いに行くで」
「ええ…」
起き上がって、アスカともに外に出る。
「いうて、ここあんまないんよ」
そう言うが、食べないわけにはいかないでので、適当に買い込み(昼食も含め)宿へ戻る。
朝食代はアスカが支払ってくれた。
「昨日の夜食うてないからな。朝食、奢ったる。昨日の分やとおもてや。アスカちゃんは約束はきっちり守るで」
そう笑顔で話す。
宿の部屋で朝食かと思ったら、すぐに出発する。
荷馬車に揺られながらの朝食である。
「これ、うまないな…」
「一味足りない」
細長いパンを背割りしてソーセージと野菜の酢漬けを挟んだ物
食べれないほど、味ではない。
「せやな。ちょっと待ってや」
そう言うと荷馬車を道の端に寄せ止める。そして荷台から自分の鞄を引き寄せ、中から何かを取り出した。
「それは?」
小さな陶器と思われる小瓶。精力剤を入れる物に似てる。
「これかけると、全然ちゃうで」
「かける?」
彼女はパンに小瓶から何か粉状の物をふりかける。
「ほら、エレナも」
正体不明の物をかけるのは嫌なので、拒否したのだが…。
「大丈夫やって、これでごっつうまぁなるから」
「怪しい…」
「どんだけ疑ってんねん…。死なへんよ」
そう言って怪しげな粉をかけたパンを食べる。
「ほら、美味いで」
なんでもないようなので、私もかけてもらって一口食べる
「これは…美味しい」
「な、ええやろ?」
塩味が追加されたのだが、塩味だけでなく胡椒ような辛味と他にも色々な味が口の中に広がる。
「これ、うちの商品なんや」
「商品?あなたが作ったの?」
「そうやで、ハーブソルトいうてな。アスカちゃんの手作り、オリジナルや」
笑顔で親指を立てる。
「中身は何?」
「それは秘密。秘密のアスカちゃんやで」
そう言って笑いながら荷馬車を走らせる。
「そんなに美味しくなるの?」
「なります」
「僕も食べた事あるよ。不思議な物だよ。中身には絶対に教えてくれない」
「あんたにも教えないの?」
「僕どころか誰にも教えてない。普通の香辛料も扱っているけど、それが彼女の主要な商品なんだ。得意先は多いんじゃないかな」
「その人しか売ってないの?」
「いや、売ってるよ。売ってるんだけど、アスカの物に比べたら劣る」
「へえ」
アスカはそれだけでなく、飲食店のデザイン(内装、外装)のアドバイス等もしているらしい。
「そっちは教えてくれたよ。興味深かった」
「あんたは雑貨商なんだから関係ないでしょ。大工やったり」
「そうなんだけど、知っておいて損はないから」
「よく分からない。店へのアドバイスは儲けに繋がる?」
「なるで。うちのアドバイスで繁盛させて、うちの商品こうてもらうんや。うちと店。ウィンウィンや」
「なるほど」
「誰彼構わずやっとるわけやないで、見込みのある所だけや」
そんな話をしながらリカシィへと向かう。
アスカはとにかく喋る。マリーダさん以上。
彼女は良い人だけれど、そこだけは少しだけいただけない。
「アスカはリカシィで何を?仕入れ?」
「仕入れもするし、売りもする。エレナはどうすんねん?」
「私は…」
「シファーレンに行んやろ?魔法士やし」
「いいえ、シファーレンには行かない」
行けない。
「違うんか?あんなすごい魔法つこえるのはそうはおらへんで、シファーレンで重宝されるんとちゃう?」
「あの程度の魔法を使える魔法士はたくさんいる」
「そうなんか…じゃあ何しにリカシィに行くんや?」
「リカシィに用はない。私の目的地はシュナイツという所」
「シュナイツて、最北部やぞ?なんでまた?」
彼女は驚きの表情で尋ねる。
「魔法士の募集をしていた」
「ホンマかいな?…せやかて、そんな僻地にいかんでも。王都とか、それこそシファーレン行った方がええとちゃう?」
魔法の研究はどこでもできる。
「静かな所がいい」
「静か過ぎるで…シュナイツやないとあかんの?」
アスカは真顔で尋ねてくる
「私は今までは自分本位に魔法を研究してきた。それではいけないと気づいて…」
大き過ぎる失敗をして。
「自分の為でなく、誰を助ける為に魔法を使いたい。そう思ってシュナイツに行く事に決めた。シュナイツはできたばかりと聞いた。そこなら自分の魔法を活かせるはず」
「そうか…まあ、エレナが決めた事やさかい、これ以上言うのは止めとくわ」
彼女はそう笑顔で言って、私の肩を掴む。
「エレナはちゃんと考えとるんやな。うちは金儲けだけやで」
そう言って人差し指と親指で丸を作り、笑った。
「この川、渡ってもう少し行ったらリカシィやで」
「ええ」
やっとリカシィまで来た。しかし、道半ばである。
昼過ぎにリカシィに着く。
「すぐに商売をする?」
「いや、今日は下見だけやな。エレナはどうするん?」
「情報収集する」
「さよか。情報、手に入るとええな」
「ええ」
とりあえず宿を借りた。
宿の裏に荷馬車を止める。
アスカは自分の荷物とは別に荷台から荷物と取り出し抱え、通り側の入口へ回る。
「ここ?」
「ここや。いつもここなんや」
ここは知ってる。隣が食事処でマリーダさんと来た。
「邪魔するでぇ」
「お、アスカちゃん。久しぶりだねぇ」
いかにも常連という話ぶり
「せやな、おっちゃん元気やった?」
「絶好調よ」
「そうか。これいつものやつや」
荷台から持ってきた荷物を受けの男性に渡した。
「あんがと」
「うちの方こそ、ありがとうな。お代は明日でええから」
「あいよ」
この宿に商品を売っていると、後で聞いた。
「で、今日は泊まり…だよね」
「もちろん、泊まるで。二人部屋頼むわ」
「珍しいね。友達かい?」
「まあな」
私は会釈をして、自分の宿代を出す。
「これ食事の割引札ね」
マリーダさんが持っていた物。
アスカがここの宿屋と隣の食事処の仕組みを教えてくれた。
「面白いやろ?」
「ええ」
そういう事だったのか。
割引を受けられなかった理由を今知った。
荷物を一旦受付に預けて外に出る。
「うちは市場いくわ」
「私はギルドに」
「ほな、後でな」
「ええ」
アスカと別れてギルドに向かう。
勝手知ったるギルドである。
ギルドはさほど混んではいなかった。
まずは受付に行く。
「こんにちは」
「こんにちは、ギルドにようこそ…あなたは…」
受付の人は私の事を覚えているようだ。
「いつかはお世話になりました」
「いえいえ。王都へは行けたのですね?」
「はい。それで実は…シュナイツへ行きたいのですが」
「今度はシュナイツですか?…」
受付は多少困った顔をする。
「お金はあります」
「お金よりも…色々大変ですよ」
「承知しています」
リカシィから北部へ行く道は、街道とは言わないらしい。
「ポロッサまでは小さな村があるだけで町はないんです」
やはりないか。しかし、兄から情報を得ていたので驚きはない。
「それにずっと登りなんですよ」
「登り…」
傾斜は低いらしい…。
「馬で行くことをお勧めします」
お勧めしますっと言われても、馬には乗れないし、借りるしても費用がかかる。
歩いて行くしかない。
「宿屋はポロッサまでないです」
これについても兄に聞いている。
農家の納屋等に泊めていただくのである。
そして、いくらかお礼のお金を払う。
「分かりました。ポロッサまでの道と道沿いにある村の詳しい位置を分かる範囲で教えて下さい」
ギルドが村の正確な位置を分かってるわけでないが、情報がゼロよりはいい。
教えてもらった道と村の位置を自分の地図に書き込む。
「幸運を」
「ありがとう」
ギルドを出て北の方角に目を向けた。
遥か遠くに雪を頂く山脈が見える。あの山脈は北の国との国境だ。
あそこまで行くわけでないが、方向的にはあの山脈を目指す事になる。
目標物があるので迷う事はないだろう。
丘の上にある公園へ向かった。
ここで一晩過ごした事を思い出す。
よくこんな所で過ごせたものだ、と自分で思う。
後ろから突然刺されてもおかしくはない
海の向こうはシファーレンだ。
シファーレンは感慨深い所だけど、もう未練はない。
リカシィで独りになった時は、戻れるものなら戻りたいと思った事はある。
強いて言えば、シンシア先生に会いたい…。
無理な事を考えるのは止めよう。
今の私にはやらなければいけない事があるのだから。
目尻に溜まった涙を拭いて公園を後にした。
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