1-13
兵士達が慌ただしくなっている。
動きを見てると西側で何かあったようだ。
防壁の内側には外を警備、監視ように足場が組まれ、通路が作られている。防壁の高さは人の3倍程度。
通路は防壁の上辺から上半身が出るあたりに作られている。その通路に兵士達が集まっている。
兵士達の見ていて、僕の頭によぎったのは…。
「賊が攻めてきた?…」
スチュアートとミレイが出発する際、山賊について話していたし、何度も来ていると言っていた。
兵士がいるという事はシュナイツを守るためだ。
「違う」
「え?違う?」
ヴァネッサは落ち着いた態度で話す。
「賊なら、真っ先に報告が入る。あたしとあんたの所にね」
賊とは、
山賊、盗賊、海賊の総称。人様を襲い、盗んだりする。さらに殺すことも…。
要する悪い奴らということ。
僕に薬を盛り、お金を盗んで行った女性もこれに該当すると思う。
ヴァネッサは賊ではないと言う。じゃあ、なんだろうか?。
「ガルドが出ていくね」
彼女の視線の先、ガルドが竜に乗り門へ向かっている。彼の後ろにもう一人、誰かがついていく。
今度は手前でライアがふわりと飛び上がり、警備通路に降り立つ。外の状況を確認してるようだ。
通路の下に誰かいて、状況を話しているように見える。
兵士が一人駆け寄ってくる。ゲイルだ。
「報告、イノシシが出ました」
敬礼とともにそう伝える。
「イノシシ?」
「そんな事だろうと思ったよ」
野生動物はよく現れるそうだ。作物を食い荒らすため、狩って駆除する。
「大きさは?」
エレナの問にゲイルは、膝の少し上を指差す。
「これくらいですね」
「かなり大きいんじゃ…」
僕はそう思ったが、
「平均的ですね」
そうなのか。
「私が出ても構わない」
「エレナ隊長が出るほどの事じゃないですよ」
ゲイルはそう言ってエレナの申し出を断った。
「そう?…」
彼女は少し残念そうだ。
「あんた達に任せるよ。領民の避難、安全確保を最優先で、忘れんじゃないよ」
「了解!」
ゲイルが笑顔で去っていく。あちらはなんだか嬉しそう。
「任せるって、具体的には?」
「ジルの弓だよ。だいたい、これだね」
彼女の弓なら大丈夫そうだ。
そう話していたら、ジルが弓矢を手に宿舎の屋根へ飛び上がる。助走もなしに…。
吸血族の身体能力を見て取れる。
今度は屋根から警備通路に飛び移った。その下、ゲイルが足場をよじ登っている。
「だいたいってジル以外も場合があるんだね?」
「私が熊を倒したこともあります」
「エレナが魔法で?」
「そうです」
「いやーあれはすごかったね」
ヴァネッサがそう言って笑う。
ある時、巨大な熊が現れたそうだ。ガルドよりも大きいかたったとか。
最初、ジルが弓を使ったが、命中したものの致命傷にならず、凶暴化してしまう。
「矢が十本以上刺さってるのに、弱る気配がなくてね…エレナに頼んだってわけ」
「思い切りやらせてもらった」
「思い切り頭を吹き飛ばしたのは、笑ったよ」
「え?」
熊が立ち上がった時にエレナの魔法が炸裂、頭がなくなったという。.
「あんたが居て、助かった」
「普段、魔法力を開放することは稀なので、貴重な時間だったが、動物といえどもいい気分ではない」
「そう…あの的壁を作るための魔法力はそうでもない?」
リサたちが何度も魔法を当てているが壁は特に変化はない。
強力な魔法だろうし、魔法力を使うと思ったが、
「あの程度ではほとんど消費しません」
あの程度がどの程度なのか、僕には当然分からないけど。
そう話していると、警備通路で歓声と拍手が起こる。
「仕留めたみたいだね」
イノシシはすぐに解体され、半分は領民たちにもう半分は僕たちの昼食のスープの具となった。
「山へ狩りには行かないの?」
「それは止めるよう通達を出してる」
山賊ばったりと出会ったことがあったらしく、それ以降山狩りは禁止されている。幸い怪我人は出なかった。
「動物は食料だけじゃなくて、革とか売り物にもなるからできれば、狩りたいんだよね。採集はあまり中に入らなけば、許可してるよ」
狩りができればお金を節約出来るが、リスクが高すぎるか…。
ついついお金と絡めて考えてしまう。商人としての職業病か。
「兵士を連れていくのはどうかな?」
僕の言葉にヴァネッサは笑う。
「ごめん。みんな、そう考えるからさ。まあ、できなくはないよ。それやると賊を刺激するんじゃないかってね」
「そうか…そうだね」
こっちにそのつもりがなくても、そう捉えられてしまう。
「何もしなくても、向こうからちょっかい出してくるのに、さらに来られちゃ領民たちが落ち着かない」
確かに落ち着かないね。
イノシシ騒ぎは収まった。
「次はどうしようか」
ヴァネッサは僕に話し掛ける。
竜騎士隊から魔法士隊までは回った。後は、先生の所と厨房、オーベルさんを始めとするメイドたち辺りかな。どこも仕事中じゃないだろうか。
トウドウ先生たちは戻って来ていないし、メイドたちは掃除や洗濯などがある。厨房は昼食の始めているだろう。
ヴァネッサはみんなとまずは話せ、と言ったが流石に仕事を中断させてまでするのは間違っている。
訓練中に邪魔しておいて今更だが…。
「あれ、登ってみるかい?」
彼女が指差す先。
館の南側に円筒形の石造りの物が隣接される形で建っている。高さは館よりも高い。もし館に三階があるなら、それはそれくらいの高さがある。いや、もう少し高いか。
「あれは?」
「見張り塔だよ」
見張り塔。兵士二名がいるのが見える。
「結構、高いね…」
「苦手?」
得意は人はいるだろうか?
「じゃあ、行こうか」
彼女は笑顔でそう言うと歩き出してしまった。
エレナと魔法士隊の隊員達に礼を言い、ヴァネッサの後を追う。
塔の出口は二箇所。塔の下の東側と館の二階にあるという。
今、僕たちは塔の東口へ向かっている。
「中からも行けるんだね」
「館の奥上に上がるにはこの見張り塔のを使うんだよ」
へえ。
塔の東側の入口には小さなドアが取り付けられている。そこから中へ…と、その前にトイレを済ませた。トイレについては割愛する。
腰をかがめ、中へと入った。
「…螺旋階段?」
「そうだよ」
上へと続く階段を昇る。一人が通れる狭さ。だが、窮屈感はあまりない。
「僕はてっきり梯子かと思ったよ」
「途中から梯子だけどね」
僕は上を見ないようにしていた。上を見ると、ヴァネッサのお尻があるからだ。
「ちょっと、待った」
彼女は何故か握りこぶしを見せる。
「洗濯物のかい?」
「はい」
誰かと話をしてるようだ。
洗濯物?メイドだろうか。
「持ってってあげる」
「いえ、大丈夫です」
「いいから。ウィル?」
「はい?」
思わず、はい、と返事をしてしまった。
「あんたも一つ、運んで」
そう言うと再び階段を上がる。
洗濯物?を運ばならければならないらしい。
階段と上がっていくと、外壁に穴…いや出入口があり、メイド達がいる。
「やあ、…ここは?」
「ここは、さっき話した館の二階にある出入口だよ」
ああ、ここがそうなのか。回りながら上がるので、方向を見失っていた。
「で、運ぶのは?それかな?」
メイド達の足元に、大き目の籐かごに入った洗濯物。
「あの、ほんとに大丈夫ですので。ウィル様にそんな事は…」
「いや、構わないよ」
籐かごを引き寄せ、持ち上げる。
これ結構、重いぞ。乾かす前の物だ、絞ったとはいえ相当の水分を含んでいる。これを持って螺旋階段を登るのは大変だ。
「申し訳ございません」
メイド達が頭を下げる。
大袈裟だね、とヴァネッサが笑う。
どうにも慣れないな、頭を下げられるのは。
ヴァネッサに上がるよう促し、後に続く。
で、屋上にある出入口。そこにいた別のメイドに洗濯物を渡す。
「屋上は後でね」
という、ヴァネッサの言葉をうけ、更に見張り塔の中を上がる。そこから上がった所で彼女が止まった。
「ここからは梯子だよ」
そう言うとすいすいと登って行く。そして天井の扉を叩き、持ち上げる
「ご苦労さん。ちょっと邪魔するよ」
登り終えたヴァネッサが扉から顔を出し、手招きする。
梯子を登って行く。
「あんた達はウィル…新しい領主の事は聞いてる?」
「聞いてますよ」
「見てましたよ、ここから。なんか順番に回ってましたよね?」
上から会話が聞こえる。
上がりきり、兵士二名と挨拶をした。
「ここが最後ですか?」
「いや…最後ってわけじゃないんだけど、ヴァネッサが半分強引に」
そうですかと苦笑いを浮かべる。
ヴァネッサは兵士から望遠鏡を借り、周囲を見ている。
見張り塔には屋根があり雨を防げるが、風の強い日は役に立たたないだろう。
見張り塔から当然ながら、全周囲が見える。
シュナイツは周囲を山に囲まれいる。
ここに来るには、最北の山脈の裾に沿って東から西に流れる川を上って来るしかない。
川沿いに道が作らたれているが、いい道とは言えない。
別の道もあるにはある。
「ミャンのやつ、立ちながら寝てるよ…」
ヴァネッサがため息まじりに話す。
ミャンが槍で器用に体を支え立ちながら寝ている。
「ヴァネッサ、南側の山を越えた所に町があったよね?たしか」
「あるね。でも、あっちから来る奴は見たことないね」
兵士達が同調する。
「あそこは道が急勾配、岩もむき出しで整備されてないですよ」
「竜なら問題ないけでしょうけど…馬、人はやめたほうが…」
だよね、僕もそう聞いている。
麓の町より近いが労力と時間がかかる。
東側と西側は畑があり、南側は草原が広がっていて、牛と羊が放牧されている。牛と羊が遠くに行かないよう常に人がついている。日が沈んだら、厩舎に帰すと、ヴァネッサが話す。
彼女から望遠鏡を借りて周囲を見る
山深い森がシュナイツを囲んでいる。昼間に見る分にはいい景色だが、夜は怖いだろうな。
北側に雪をいだたく高い山脈を望む。あれは北の国との境だ。
「あんたの領地だよ」
「僕の、じゃない」
ヴァネッサの言っている事は間違っていないが、名目上そうなっいるに過ぎないと僕自身は思っている。
「じゃあ、誰の?」
「さあ…とりあえず僕のじゃないね。みんなの、かな?」
どう?と兵士二人に話しかける。
「共有財産ってことでしょうか」
「うん、そんな感じ」
小さな領地だけど、僕個人が持つには手に余る。
「もう、そろそろ降りていいかな?」
この高さはさすがに怖い。
ヴァネッサの同意を受け、兵士二人によろしく頼むと声をかけ、梯子を降りた。
階段を下って、屋上の出入り口付近で階段を上がってきたオーベルさんに出くわす。
「お二方、先程洗濯物を運んでくれたそうで、ありがとうございます」
彼女は丁寧に頭を下げる。
「ついで、だよ。ね?」
「ああ」
手伝ったうちに入らない。
オーベルさんとともに屋上に出る。
屋上ではメイド達がせっせと洗濯物を干している。
「いつも屋上で干しているんですか?」
「はい。日当たりが良く、風が通りますので」
地上で干すことは当然できるが、訓練で土が舞い上がるのが気になるという。
雨の日は館の中(廊下や謁見室等)に干すが乾きにくいと話す。
「エレナに頼んで見る?」
「エレナ様に頼むような事ではありません。乾かないわけではありませんから」
オーベルさんは首を振る。
屋上にも見張りの兵士がいる。
見学はメイド達が作業中だったので、出入り口付近から見るだけした。
見張り塔の中を通り、館の二階に出る。
ここは二階の南側になる。
シュナイダー様とリアン、隊長達(アリスを除く)の各自の部屋あるという。それから書斎。
「あんたの部屋はシュナイダー様が使ってた部屋になるけど…」
いいかい?と僕に聞く。
「いいかい?って…僕は別にどの部屋でも構わないよ」
「亡くなった人が使ってた部屋なんだけど、気にならないの?」
シュナイダー様のシャツを直す時も話してたな。
「もしかしたら、シュナイダー様が化けて出るかもよ」
そう言ってニヤリと笑う。
「そうなら、都合がいい。僕を後継者に選んだ理由を聞ける」
「ああ、なるほどね」
「ヴァネッサの方こそ、出てきて欲しいんじゃないの?」
言ってから、マズイと気づいた…。
「ごめん…今のは、なし」
「なしって、」
彼女は笑顔で話す。
「気にしないよ、あたしは。いちいち怒っていたらきりがない」
そうは言うが…僕は今日、彼女達と知り合ったばかり。シュナイダー様の事にはあまり触れてはいけないと思っている。
「変に気を使うのは、やめて欲しいね」
「うん…」
気を使うなと言われても、いきなりはできない。
「あんたは執務室に戻りな」
「ああ」
ヴァネッサの言葉に歩き始めた時、ある部屋に気づいた。その部屋はドアに板が打ち付けられ、入れない様になっている。
「ちょっと、ヴァネッサ。あの部屋は?」
「ん?…ああ」
あそこは…と言葉を切る。
「ヴァネッサ?」
「あそこは、書斎だよ」
あそこが書斎か。なんであんな風に…。
「シュナイダー様はあそこで亡くなった」
「…え?」
あの部屋で…。
「そう…。だから、入れない様にしてるんだね」
「そういうわけじゃないよ。リアンがそうほしいって」
「リアンが?…」
ヴァネッサは執務室の方を気にしつつ、話す。
「部屋の中には血の痕があるし、リアンなりの決別だったのかも。あたしの想像だけどね」
「そう、わかった」
僕は早々に話を切り上げ、先に歩き出した。シュナイダー様の話をこれ以上、ヴァネッサの前でしちゃいけないと思ったから。
彼女は気にしない、と言ったがそんなはずはない。
「ウィル」
歩き出してすぐに彼女に呼び止められた。
「何?」
彼女は書斎の方と見ながら、
「あんたがよければ、シュナイダー様の最後を教えてあげるけど、どう?」
そう言って、僕を見る。
シュナイダー様の最後…気にならないわけじゃないが。
「…」
彼女の口から出た意外すぎる言葉に、何も言えなかった。
「聞いてんの?」
「も、もちろん聞いてるよ。まさか君からそんな事を言われるとは思わなったから…」
なぜ、教えてくれるのか?理解に苦しむ。
普通、こういう事は避けるはずだ。
「あんたには話してもいいんじゃないかって」
「分からないよ。僕は君と、いや君達と出会って一日どころか半日も経っていない。それなのに…」
「そうだね、でも、あんたが領主を引き受けた勇気に答えたい」
勇気…。
「それと度胸。兵士の前でも領民のまでも怖気づく姿を見せなかった」
あれは見せなかっただけですごく緊張してたけど…。
彼女は歩き出し、僕を追い抜いて立ち止まる。
「勇気と度胸があるからといって、いい領主になるとは限らないと思うよ」
できる限り努力はするけど。
「あんたはいい領主になると思うよ。あたし、人を見る目はあるから」
そう言って笑顔をみせる。
「君からそう言われるのは光栄な事なんだろうか?」
さあね、と言って彼女は肩をすくめる。
「うん…わかった。でも、今は…話が重すぎる。心の準備ができてからで…」
これは違う意味で勇気がいる。
「もちろん、いいよ。いつでもいいから」
彼女はそう言って立ち去って行った。
僕は執務室に戻る。
「お疲れさまです」
執務室に入るとシンディがこえをかけてくれた。
礼を言いつつ席に着く。
着いてすぐに挨拶状の文面作成の参考になりそうな手紙の束をくれる。
「ありがとう」
束は机のとりあえず脇に置いておく。挨拶状は急ぐ必要はない。
「どうぞ」
マイヤーさんが紅茶をくれた。
「いがかでした?皆様との話は?」
「楽しかったですよ。それに僕が領主になる事について比較的好意的に受け止められているんじゃないかと感じました」
そうであってほしいという僕の願望だ。
心の内なんて当然分からない。全員がそう思っているわけじゃないのは確かだろう。
「そうですか。それは良いことです」
彼は笑顔で頷く。
「大丈夫よ、ウィル。あなたはみんなに偉そうな態度はとってないし、高圧的でもなかった。印象はいいはずよ」
リアンがそう言ってくれた。
「うん。そうだと嬉しいよ。あ、見張り塔にも登った。すぐに降りたけど」
「あそこ登ったの?」
彼女は高い所はは苦手のようで、まだ登った事はないという。
マイヤーさんは一度だけ登ったと話す。
兵士以外は基本的に登る必要がない場所だ。
この後、挨拶状の文面を考えつつ、リアンたちと世間話をして過ごす。
時間を無駄にしてる様な気がしたが、こういう日は結構あるらしい。
そして昼食。
「ヴァネッサ達は午後はどうしてるの?また訓練?」
「いや、自由だよ」
基本自由ということだった。
夜に見張りにつく者は仮眠をとったり、洗濯(兵士達はは自分でする)をしたりなど様々。
自主的に訓練をしても構わない。が魔法士隊だけは絶対に訓練はしないとエレナが話す。
「消費した魔法力の回復に時間がかかる為です」
魔法士として一度も限界突破していない場合、魔法力が少ないと同時に回復を遅いと説明してくれた。
「魔法力が少ない状態での、訓練は必要ですが、彼らその域に達していません」
とても危険です。と彼女はいう。
たぶん、リサみたいに暴発するのだろうと思う。
エレナ自身は転移魔法の研究をするという。.
「アタシも休みたい…」
みゃんがポツリと呟く。
「だめだよ。あんたは短槍の型をつくるんだから」
「えー、面倒くさいー」
「ジルが協力してくれるってさ。礼、言っときなよ」
ミャンにはちゃんとしてほしいと言いたいが、ここはヴァネッサに任せよう。
「ウィル様はどうされるのか?」
「先生の所に行ってくる」
ライアの問いに答える。
「そうか。たまに先生の所に行くが、話が面白くてつい長居してしまう」
面白い?
「博識で、話していて気持ちいい」
感じのいい人ではあるようだけど。
「先生とシュナイダー様は友人なんだよってこれ言ったね」
戦争中に出会ったとか。
「シュナイダー様の若い頃を知ってるのはあまりいないから、聞いて損はないよ」
「知っている人はたくさんいるでしょ?」
「そうじゃなくて…」
リアンの言葉にヴァネッサは口の中の物を飲み込んでから続ける。
「古い仲じゃないと知らない事だよ」
「そういう事」
彼女は納得したようでスープを飲む。
「あんたも行くの?」
「私?うん…行こうかな。やる事ないし」
リアンも同行することになった。.
昼食後、トウドウ先生がいる医務室へ向かう。
階段と降りていると、笑い声が聞こえてきた。
「厨房ね」
「みたいだ。ちょっとよっていくよ」
笑い声がするなら仕込み中ではないだろう。昼食のすぐ後だし。
厨房の入口に半分体を入れ、声をかける。
「あー、今いいかな?」
「ん?あ、はい。おい!」
料理長のグレムが立ち上がり料理人たちに声をかけた。
料理人たちがぞろぞろと立ち上がる。が彼らの前に皿があり、スープが入っているのが見えた。
まだ食事中だったか。
「座ったままで構わない。食事も続けて」
みんなが座った。
「特に用があるわけじゃないんだけど…」
「みんなと話をしに来たのよ」
「話ですか?」
「ああ、竜騎士隊から順番に回ってるんだ」
料理人の人数は八名。これで約百人分の料理を作る。一日三食毎日。
「八名で足りる?」
「大丈夫です。メイドが手伝ってくれる事もあるんで」
「そう。でも意外とできるんだね」
「凝った料理でもないですし、基本大鍋でまとめて作りますから」
彼が厨房の奥を指差す。そこに大きな鍋が並んでいる。その中に湯気が出てる鍋が2つあった
「それに店じゃないんで、注文受けてどうのこうというがないのもあります」
なるほど。
「あそこの鍋は?余り?」
「あー、あれはイノシシの骨を煮込んでます。夕食に使います」
「イノシシってさっきの?」
「ええ、さっきのです」
グレムは笑顔で頷く。
「何?イノシシ?」
リアンは知らなかったみたいだ。
イノシシが出た事、その後の事情を説明。
「そうな事があったのね。確かにいつもと味が違ってたし、入ってたお肉もいつもより柔らかったわ」
ここで食べたられてるのは干し肉か塩漬けの肉だろう。
牛や羊等を飼っているが、毎日食べるだけの頭数はいないようだ。
たぶん食べる為ではなく、乳や毛を目的としてる。
「骨を煮込んでどうすんのよ?食べるの?」
「いや骨は食べませんよ。骨を煮込むと旨味がでるんです。それでスープを作ります」
「楽しみだよ」
グレムたち料理人が任せくださいと自信ありげに頷く。
厨房は広く余裕がある。
食材は床下と隣の部屋へ置いてあるそうだ。
「そろそろ買い出し行かないといけないんですよ」
買い出しは月に二、三回。荷馬車は二台で、内一台が領民の物。領民も同行する。
竜騎士三名が護衛のために同行。
行く所は当然麓の町。あそこは周辺の農家が集まり農産物を売っている。
「一日かかるのが辛いですね…」
早朝に出発し、帰ってくるのは夕方なります、とため息まじりに話す。
「向こうから来ないかしら?」
「難しいね。町との距離がもっと近ければいいんだけど…」
シュナイツ来るには長い上り坂を来なけれならないし。
「来てくれれば、買うんですがね…」
「買い手がいると分かってるはずだけど、時間と距離、労力を考えたら、うーん…」
麓の町から北のシュナイツではなく、反対の南や西にも町や村がある。そちらに流れている可能性は大いにある。
「ウィルは来てくれたじゃない」
「僕の場合、荷物はたくさんじゃないから」
馬に負担はあまりかからないから、比較的早く来れる。
「独り身だから気軽というのもある」
自由でいいね。と羨ましく思われることもあるが、自由の裏には自己責任という言葉が潜んでいる。
商売がうまく行けばいいが、うまく行かなければ飢え死にだ。
僕に家族がいたなら、生きていくために確実に効率的に売れる方法を取るだろう。
家族は爺ちゃんだけ。もう引退して貯蓄で隠居生活だから、気持ち的に余裕がある。いや、あったの言うべきか。
なんせ領主なってしまったから.。
自分の下に約百名が従える事になった。言うなれば、家族だ。
僕自身の行動でシュナイツ(家族)の行く末が決まっていく。
「あのーちょっといいですか?」
料理人の一人が手を上げた。
「なにかな?」
「ウィル様は商人って聞いたんですが、何を売っていたんです?」
「何を?んー…僕は特定の何かを売っていたわけじゃないんだ。何でも売っていたよ」
「何でも?」
「うん。雑貨といえばいいかな」
「ああ…そうなんですか」
分かったような分からないような顔をしている。
雑貨って一般的な言葉だと思うけど、違う?
「具体的には何を?」
「えーと…」
グレムの問にちょっと考える。
売っている物が多種のため、返答に困る時がある。
「包丁はありますか?」
「あるよ。それから鍋とかフライパンも」
なぜか、おお、というどよめきか起こる。
「特に珍しい物じゃないと思うけど…」
「いや、包丁が欠けてしまって、どうしようかと」
「そうか。なら持っていってよ」
いいんですか。と訊いてきたがもちろんと答えた。
「もう僕の物じゃないんだ」
所有権は放棄した。
「では、ありがたく」
「じゃあ、今持ってくるよ」
「私も行く。他にどんな物があるのか見たい」
「いいよ」
「あの俺もいいすか」
さっき質問してくれた料理人が立ち上がる。
「おい、見世物じゃないんだぞ」
「別に構わないよ」
見たい人は来ていいよ。と言うと、一斉にスープとパンをかきこむように食べて全員が立ち上がった。
「片付けや仕込みの準備があるだろ」
「まだ、大丈夫すよ」
さあ行きましょう。と急かす料理人たちと一緒に荷台へ向かう。
少しだけ話をするつもりだったんだけど…まあ、いいだろう。
トウドウ先生たちがどこかに行ってしまうわけでない。
Copyright(C)2020-橘 シン




