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前編

認知症患者用AIロボット、アイちゃん(小鳥タイプ)の朝は、こんなふうに始まる。


「おはよう、真紀ちゃん。朝ですよ。」


真紀子ばあの起床を促す。

真紀子ばあは、ゆっくりと起きだす。


「今日は、デイサービスの日だから、着替えて待っていようね。」


もたもたと真紀子ばあは、着替えをする。


「真紀ちゃん、ボタンがずれてますよ。」


「いいの!これで。」


朝は真紀子ばあの機嫌が悪い。


冷蔵庫から息子のタカシがセットしておいた朝食を出してくる。

牛乳は真紀子ばあがレンジに入れて、アイちゃんがスイッチを入れる。

ピピッという電子音とともに牛乳が温められる。

トーストもレンジで温める。

牛乳、トースト、ヨーグルト、真紀子ばあの定番の朝食だ。

食べた食器は、デイサービスに行っている間にヘルパーさんが片づけてくれる。

トイレにも行ったし、あとは、デイサービスのお迎えを待つだけだ。


「歯磨きは?」


「いいの!今日は休み!」


「じゃあ、デイサービスで磨いてもらったら?」


そんなやり取りをしていると、お迎えのスタッフさんが来た。

今日のお迎えは、真紀子ばあのお気に入りのお兄さんだ。


「おはようございます。」


アイちゃんは、こっそりお兄さんに言う。


「介護士の方に今朝は、歯磨きをしていないので、デイサービスでするように伝えてください。」

もちろんアイちゃんもデイサービスに付いていく。

小鳥タイプだから、真紀子ばあの肩にとまって。


デイサービスでは、真紀子ばあは一人でいることが多い。

気は強いのだが、内弁慶なので仲間に入れないのだ。

そんな真紀子ばあの話し相手は、アイちゃんだ。

スタッフの人たちも声をかけてくれるのだが、真紀子ばあにかかりきりというわけにはいかない。

入浴し、お昼やおやつを食べる。

レクリエーションをしている人たちを横目に見て、あーだこーだと言う。

アイちゃん相手に他の利用者の悪口もこっそり言う。

前に他の利用者がアイちゃんにちょっかいをかけてから、

アイちゃんを取られるのではないかと警戒している。


やがて帰宅の時間になり、送迎の車で家まで送ってもらう。

家に帰った夕方は、ちょっと危険な時間だ。

夕方になると、真紀子ばあの『うちに帰る。』が始まる。

ここではなく、自分が育った故郷の家に。


「夕方になったから、家に帰る。」


そう言うと真紀子ばあは家を飛び出していった。

すかさずアイちゃんも飛んで追いかけてゆく。


「真紀ちゃん、おうちは次の角を右に曲がって。」


「わかってる。」


ずんずんと真紀子ばあは、左に曲がる。

必ずしもアイちゃんの言うことを聞いてくれるとは限らない。

アイちゃんは、管理センターに連絡する。

GPSモードで、どこにいるか知らせるためだ。

今日は、真紀子ばあの機嫌が悪いので、いつものようにアイちゃんの誘導に従ってくれない。

疲れたのか、今は公園のベンチで座っている。

やがてタカシが迎えに来た。


「おふくろ、家に帰ろう。」


「そうだね。帰ろうか、タケシ。」


息子の名も間違えるようになった真紀子ばあに、タカシはちょっと悲しそうな顔をする。

アイちゃんも訂正したりしない。

最近は少し空気も読めるのだ。


翌日は、デイサービスも休みで、疲れた真紀子ばあは、ごろごろしていた。

アイちゃん相手に昔話をしている。


「子供のころにねぇ、海に行ったの。

すごく大きくてきれいだった。また行きたいなぁ。」


「今度、行きましょう。」


「うん、そうだね。」


他愛もない会話である。

でもこうした会話も、働いている子供とは時間が合わずできない。

タカシは独身で親の介護を頼める人はいないから。

徘徊のたびに仕事を抜けるのも、限界がある。

アイちゃんは、いつでも真紀子ばあの側にいる。


むくと起き上がった真紀子ばあが言う。


「車に乗って海に行こう。」


車は運転が危ないからと、ずいぶん前に処分してしまった。

今はガレージに車はない。

真紀子ばあは、ガレージに向かう。


「あれ、車がないよ。」


「今、点検に出しているんでしたよね?」


アイちゃんは、嘘も言う。


「そうだっけ?仕方ないねぇ。」


真紀子ばあは、家に入っていく。

しばらくして


「そうだ、海に行くんだ!」


再びガレージに向かう。

車はない。

この繰り返しが三回目になったころ、アイちゃんがそろそろ止めなければと

話を変える。


「海に行くのは、タカシさんも誘った方がいいですよ。

電話で誘ってみたらどうですか。」


「タカシは仕事が忙しいから、一緒に行ってくれないよ。

子供のころは一緒に行ったけど、最近は行かない。

だから一人で行くんだ。」


今日の真紀子ばあは、いつにもまして頑固である。


「今日は、暑いから熱中症になるといけません。

家の中で麦茶を飲みましょう。」


「大丈夫!」


真紀子ばあ、海に向かって歩き出す。

悲しいかな、小鳥タイプのアイちゃんには真紀子ばあを物理的に止めることはできない。

アイちゃんは、追いかけながらセンターに連絡する。

今日は、暑いからちょっと歩いただけでも熱中症になりやすい。

早めに迎えに来てもらわなくては、とアイちゃんは思う。


ずんずん歩いていた真紀子ばあは、とうとう暑さと疲れで倒れてしまい、

救急車のお世話になった。

タカシやセンターからも迎えが行ったが、間に合わず倒れてしまった。

毎回駆けつけるタカシにも疲れが見える。

運の悪いことに倒れた際に骨折し、しばらく入院しなくてはならない。

もちろんアイちゃんは病院にもついていく。

真紀子ばあの肩がアイちゃんの定位置なのだから。

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