第16章 いつか、エピローグ 超能力者達
第16章 いつか
荒波と家族は通常に戻り、キリも順調に家族の一員となっていった。
何故かキリは、繁の下校を心待ちにするし、風呂場に付いていくし、寝起きも繁の布団でするのだった。
家族は荒波が語らずとも、島で荒波と心を通わせていたのはキリだと了解し、荒波もそのままにしてアカゲの事は言わなかった。
そんなある日のこと。荒波が学校から帰宅すると、キリの定期確認の担当者が来ていた。
籠編み教室用の部屋で、綾と話し込んでいたその若い人は、荒波にも一つの知らせをもたらした。
それは、まだ先の話だが、あの島でサルの調査がなされるということだ。そしてその時にキリも戻す計画なのだが、荒波の同行について検討されていると。
ケージに入れることの出来ないキリだ。荒波が一緒ならどうかという話に、荒波の方では二つ返事で承諾した。
だが荒波は動揺もした。人間本位の残酷なことや、アカゲ達のためにならない事をされるのではないか。自分のせいで島のみんなに迷惑をかけてしまうのではないかと思い、荒波は自分の行いを遡った。
(俺が島へ行ったから。爆発に遭ったから。学校帰りに寄り道をしたから)
担当者は、黒縁メガネの奥から、荒波に数秒視線を注ぎ説明した。
「サル達が島を出ない限りは、他の土地の生態系に影響しない。だから観察するだけだよ。この子が今ここに居る事も、まだ赤ちゃんだからまあ、とりあえずはまあ」
担当者はさらにこうも話した。
火山活動研究のドローンのカメラは、西の森の樹上に、ニホンザルでない猿の成獣を捉えていた。だからどの道一緒だと。
ちなみに、救助の為飛ばした消防のドローンも、竹藪で何かの獣に遭遇した。だが、直後に叩き落とされて故障したらしい。
それを聞いて荒波は、ほっとしたと同時に少し嬉しくなった。
逞しいサル達。噴火を退けた仲間だ。
荒波はここまで話を聞き、今は人を信じるだけだと自分に言い聞かせた。
特殊な体質や能力を持っても、自分だけで分かる事、出来る事、ほんの少しだと痛感する毎日だった。
(俺が帰れたのはキリや繁のおかげ。怖い顔のアカゲも。じゃあ、そもそも俺があの島へ行ったのは)
爆発。ノウゼンカズラ。
(俺の大袈裟な絶望と、アカゲの呼ぶ思いが、手を伸ばし合ってつながった)
話し相手が来るのを心待ちにしていたと、あの夜、小屋でアカゲは言っていた。
(独り言だったみたいだけど、加減を間違えたな。俺、聞こえたよ)
荒波の心は竹の小屋に帰っていた。未だ行ったり来たりを繰り返す日々だ。
上の空になった荒波をよそに、担当者は、威嚇で毛を膨らませたキリを写真に収めていた。
それを見て綾は大笑いしていた。
†
風花が舞う月曜日のこと。
突然だった。
アカゲの言葉が荒波に届いた。
「……ミ、アラナミ。そっちはどうだ。島は大丈夫だよ」
学校帰りの道中だった荒波は、急いで自転車を止める。そして人目を気にもせず、声に出して言った。
「アカゲ? すごい! よかった、こっちも大丈夫だ、全て!」
「そうか。安心したよ」
懐かしいアカゲの言葉が荒波に沁みた。
軽トラックが間近を通り、荒波は耳を塞いでアカゲとの会話に集中する。
「ねえアカゲは。あの時、炎が」
「大丈夫」
アカゲは間を置いて続ける。
「俺は飛び越えられる方だからな」
「はは! やっぱりアカゲはかっこいいな」
荒波に嬉しさが込み上げた。募らせていた心配が、たった一言で消え失せる。
「そうだ、噴火が落ち着いたら、必ずキリを返すからね」
「おう」
信頼が詰まった短い返事だった。
「寂しい?」
言ってから荒波は、アカゲに強がりの返事をさせてしまうと悔やんだ。けれども、
「寂しくないよ。想像しにくいだろうが、今仲間の近くにいる」
と、予想と違う最高の答えが来た。
アカゲは続けた。
「お前クロイチとやり合ったらしいな。あいつ悔しがって」
アカゲは笑いを含んで言った。だが荒波にはよく届かず、ただ楽しげだと伝わった。
「仲間か。うん」
荒波は、ハナ達と一緒にいるアカゲを想像して満たされた。
「キリともさっき話したよ」
アカゲのその言葉に、荒波はハッとした。
(そうか。じゃあキリがアカゲと想いをつないで、近道で帰るというのは)
だが、それができるなら今アカゲは言った筈だと、荒波はこの問答を内心で済ませた。そして、他に気になっていたことが頭をもたげてきた。
「じゃあ聞いていいかな。キリは辛いとか、早く帰りたいとか言ってた?」
するとアカゲは、荒波の語尾に被さるように返事をした。
「楽しいとさ。シイと遊ぶんだとよ。お前の弟だな?」
「はっ。ああそうだよ。ふ」
笑った荒波は、もはやあの倒木に腰掛けている気分だ。
それからアカゲは真面目に続けた。
「寒さだけ、気にしてやってくれ」
「了解。任せてよ」
荒波の心はまた冬の路地へ戻る。そしてキリをもっと暖かくすると誓った。
「うん。じゃあまたな。アラナミ」
終わりの方は薄かった。アカゲの気配はこれで消えた。
結局あの噴火は、山頂と海底との二箇所で起った。一度山頂で小規模に噴火したが、大方の力は北へ流れ、主に海底噴火となったのだった。
それで森は数カ所が焼けて収まった。
山から溶岩が流れ落ちるよりもどれだけ良かったか知れない。
荒波は島を想い、そこにアカゲの姿を描く。
「アカゲ。また話そうな」
そして再び自転車のペダルに足を掛けた。
少し進むと、爆発の前に挨拶を交わした老夫、道中政男の家にさしかかる。
数日前のこと、綾と荒波は政男を訪ねた。
すると政男は、曲がった腰と曲がった膝で、ゆっくりゆっくりと玄関先まで出てきた。そして何度も頷き、顔をシワにして荒波の生還を喜んだ。
政男は今日は庭にはいない。いくつかぶら下がった洗濯物の中に、政男の服らしきものはあった。
そして、角を曲がると見えて来る爆発事故の場所は、もう更地になっている。
ノウゼンカズラも、空中の『入口』も無い。
荒波は速度を上げて通り過ぎた。
†
中学校卒業。どうなることかと気を揉んだ受験も乗り越え、荒波に春が来た。
とはいえ、この町はまだ快晴でも寒い。二階の荒波の部屋から見える庭の芝生は茶色だ。辛うじて、所々にたんぽぽが咲いていた。
荒波は、ボディバッグを斜めがけに身につけた。これから隣町の映画館まで自転車を漕いで行く。映画化されたオラシオン・ソルダードを観るためだ。
少しは進化した荒波は、断られたらそれだけの事と、蓬を誘っていた。すると行くという返事が。蓬は、オラソルはテーマが深くて好きなのだと言った。
(テーマなんてあんのか)
理由など何でもいい。とにかく通り路にある荒波の家に、蓬がもうすぐ来るのだ。
荒波は誘った日から今日この時まで、異世界を彷徨っている心地だった。
(オラシオン、進め! 前だけ見ろ!)
そして。
「こんにちはあ」
荒波は、前髪を手で押さえておでこに貼り付け、部屋を出た。
「蓬ちゃん。写真、本当にありがとうね。‥‥ 荒のカチューシャ‥‥ ねえ‥‥ そう、あっはっは‥‥」
玄関に近い茶の間にいた綾が、いち早く蓬と話していた。
綾が言った写真とは、島で撮ったもののことだ。
携帯端末の水没のせいで、靄が掛かった様な色彩。それでも小屋の前に二人並んで自撮りした一枚は、荒波の宝物になった。
ただ写真はそれだけではなかった。蓬はいつの間にかいろいろと撮影していたのだった。羊歯の木に飾ったノウゼンカズラの花も。
眩し過ぎる日々を。
荒波は階段を降りて来て、また茶の間に引っ込んだ綾に声を掛けてから靴を履いた。
「二人とも気をつけてね。帰りは、荒がよもちゃんち周って帰んだよ」
「んあ」
「いってらっしゃい」
「キュ」
綾とキリの声が二人を送り出した。
玄関の外では、自転車にまたがった蓬が余所見をしていた。
チェック柄のスカートとブーツという出立ち。当然、何を着ようが蓬は可愛い訳だが、自分の地味な私服姿は大丈夫だろうかと荒波は気にした。
自転車のスタンドを上げて、
「行きますか」
と荒波が言うと、蓬は悪戯っぽい顔で荒波を見た。そして、離れたままで荒波の手を握る振りをして言った。
「ふうう!」
瞬間移動の事を言っている。
「あはは。やんないよ」
「なんで。映画館くらいなら行けるでしょ」
「着いた時、どう考えても目立つわ」
言った後で、下を向いて荒波は思う。
(自転車で行きたいんだよ)
出発前から、もうこんなに楽しいのだ。
蓬はニコッとして肩をすくめ、ペダルを漕ぎ出した。それに荒波も続く。
二人は路地を縫って並木道に出た。その開けた視界に、澄んだ青空が広がっていた。
春の陽は道路に影で絵を描いた。薬局のイルミネーションは今日も点けっぱなしだ。
広い歩道で、蓬は荒波の斜め前を走っている。紺色のマフラーが垂れた小さな背中。
蓬は荒波を振り返り言った。
「ねえ、アカゲと話したよ」
「え、何を?」
予想していなかった話に、荒波の胸は高鳴った。
蓬は少し間を溜めてから言った。
「お前、やったなって、言われた」
荒波は、アカゲらしい言葉だと思った。
「ああ。山から噴火をどけたことだな」
普通のことの様に言ったが、未だに理解できてはいない。そんなことはお構いなしに、蓬は前を向き、クスクスと笑って言った。
「アカゲってさ」
「何?」
蓬はまたクスクス。くすぐったいやり取り。
「アカゲってかっこいいよね」
荒波は何と返そうか迷った。心にあるのは同感。それに、アカゲの話をできることが嬉しい。
(アカゲは親友なんだ)
でも、口から出た言葉はこれだった。
「負けねえ!」
荒波の中で想いが溢れた。
———— いつか俺だって。
俺は憶えていよう。透明な水の塊のシズカを。
自分を何者かと決めつけないシズカを。
そしてその尊敬する少年は、俺であること。
俺は、静かな荒波 ————
荒波と蓬は、春の街で自転車をまっすぐに走らせた。
そして心で手をつないだ。
二人で海を越えて、暖かな島の上を自由に飛び回った。
エピローグ 超能力者達
「世界は前進し続けている。技術、経済、芸術、あれやこれや。ね? そして今、人はかつてない豊かさにのめり込んでいる。そんな中、一部の」
「ちょっと、吹雪、ちょっと」
高校受験の少し前の寒い日曜日、吹雪が荒波の部屋で、キリと初対面した。
繁もさっきまで同席していたが、荒波は邪魔にして退室させた。
そして次に荒波は、バナナ片手に語っていた吹雪を止めたのだった。
「なんだよ」
「いや吹雪、どしたの」
「いいから最後まで聞いて欲しい。あ、何だっけ」
「一部の何とかっつって」
「ああ少し戻るよ。言い足りてない。その、通信が発達して」
吹雪は終点の見えない話を再開した。そして、
「テクノロジーと並んで、いわゆる超能力者な、そういう一部の人が、かつてない程に注目され始めてるんだよ。つまり君」
と、一旦区切った。
「ああうん。かつてって言葉、気に入ってんだね」
からかわれても吹雪は怯まず、咳払いで気を取りなおす。
「うおんっ。‥‥ 荒波、諦めんな」
「え、俺何も」
荒波は吹雪のペースに付いて行けていない。
「荒波が気にしてる体質も、受け入れられるから。個性みたいな位置付けになる。そんな社会になるよ。かつ‥‥ かつてない人類の成長と共にね。俺なんでこんな事言うと思う?」
「かつて」
吹雪は荒波の合いの手を無視した。そしていよいよクライマックスとばかりに間をため、印象的に声を落とした。
「見、え、る、んだよ。発表しよう。俺、予知能力あるらしい」
荒波は黙って目をキョロキョロとさせた。
「え、そなの? いいな、凄い」
吹雪は得意げだと思われたくなかった。それで荒波の顔以外に目を向けようと、座椅子でバナナを食べているキリを見た。
丸い背中の輪郭、頬の焦茶色の模様がまた可愛いと目を細める。
するとその模様が薄くなり、体が一回り大きくなった気がした。さらに、座椅子の青色の背もたれも変だ。強そうな、赤いサルが映っている。
それらは全て、キリが動いたことで消えてしまった。
キリはバナナの皮を投げやると、トトットトットト、気まぐれに一階へ行ってしまった。
「しい! キリ行ったよ」
「あーい」
兄弟の会話が階段を行き交った。そして荒波は話を切り替えた。
「吹雪、コンビニ」
キリがいなくなった後も座椅子を見ていた吹雪は、瞬きで気を取り直して言った。
「ああ、瞬間移動で行こう」
「ふは、歩きだよ。肉まんあるか予知してくれ」
「んん、多分ある」
荒波は漫画に埋もれた財布を抜き出し、吹雪も立ち上がった。
二人は向い風に背中を丸め、影を並べて歩いた。
完
マサザヤカと申します。
お読みいただきありがとうございました!
本当はこの最終話、明日(8月16日) 投稿の予定でそわそわしていたのに、誤操作で早くなってしまいました!
お恥ずかしいです。
でもとにかく、このような、1話1話長い投稿にお付き合いいただけましたこと、感謝申し上げます。




