第四十回『再会と別れ! ルミセラが降ってきた!』
私は武具屋の二階にある自室のベッドに寝転がり、息を吐く。
「また泣き疲れて寝ちゃってたのかなぁ」
外は真っ暗だった。寝返りをうち、ベッドの横に転がっている大きなケースを見つめる。今朝プリムヴェールに送り返された少し後に、リコリスさんが運んできてくれた札束の詰まったケースだ。それは部屋の半分を埋め尽くす勢いで並んでいる。重みで床が抜けなければいいが。
「一億ウィズなんてものじゃないね、これ……」
これできっと、お店は助かる。でも、なんだか釈然としない。
リコリスさんに王女姉妹が、どうなったのか質問したが答えてくれなかった。
「……大変なことになってなければいいけれど」
突然豹変したミルドレッド。でも短い付き合いだけれど私には分かる。彼女は理由もなく、あんな態度は取ったりしない。だったらどんな訳があっての発言だろう。
「簡単だね。私をこの場所に帰してくれたんだ」
私の本心に気がついてた。もしかしたら炎水晶を使われて、部屋で泣いてたところを見られたのかもしれない。戴冠式を潰してしまった彼女に、あの大臣たちがどんなに辛辣な態度を取るか想像に難くない。
「試練の森で崖から落ちたところを助けてくれたよね」
怪我も治してくれた。お母さんの剣を私のもとに返してくれた。そして最後は私の背中に降りてくるはずだった責任を全て肩代わりしてくれた。
「ルミセラとミルドレッドには助けられてばっかりだったよ……」
二人に会いたい。ルミセラとは話す機会さえなかった。
「悩んでてもしょうがないよね。こうなったら、お城に行って…………ん?」
……なんか変なものが浮いてる。
ベッドに寝転がって天井に目を向けていると不思議な物が見えた。寝ている私の正面に空間が水平に裂けて開き、別の部屋が見え――ルミセラの魔法……っ!?
「フルフル~!」
その裂け目からキャンディをくわえた王女様が飛び出してきた。
「ルミセ……あ痛っ!?」
飛び出してきたと言うより落下してきたルミセラは私の額に額を強打し、ひっくり返ってしまった。
「痛い! おでこが~! おでこはだめぇ……!」
「いてて。出口が水平になるなんて。長距離の空間接続は微妙に安定しないんだよなぁ……」
「ルミセラ……! なんでここに!?」
「お邪魔します、フルフル~」
「お邪魔しますって……。お、お城から直接、来たのぉ!?」
ベッドにできた空間の裂け目。向こう側の出口は空間が縦に裂けているようだ。手を振っている少女の姿が見える。
「ミルドレッドっ!」
「フルル。私はひどいことを言いました。ごめんなさい……」
「謝らないで。謝らないでよ……!」
「どうか、妹とお幸せに」
涙ながらに微笑むミルドレッドに私は言葉が詰まる。ルミセラも同じことを言っていた。
「さよなら。お姉様……」
ルミセラの言葉は届いたのだろうか。無情にも空間の裂け目は閉じてしまった。
「ルミセラのことは分かったよ。好きにさせてやりなね」
「ありがとうございます! お母様……っ」
戴冠式の翌日。クロウエアはベッドに横たわりながら、今にも壊れそうな弱々しい表情を浮かべる娘の話に耳を傾けていた。
「ルミセラは第二王女だ。見聞を広げるために市井に出ているとでも言えば体裁が整う」
風に揺れるミルドレッドの輝くプラチナブロンドの髪。フローラと同じ色の髪だ。
いつも自室の扉や窓を開け放してあるので部屋には、昼下がりの緩やかな風が吹きこんでくる。こうでもしなければ閉鎖された城の中は、クロウエアにとって窮屈でたまらない。
「ねえ、ミルドレッド。あれで本当に良かったの?」
「なんの話でしょうか、お母様」
この子の泣き腫らした目。
「好きだったんだろう? フルルのことが」
「いいえ」
「あの武具屋に背を向け、冷たい言葉を放ちながら、あんたは泣いていたじゃないか」
母の言葉にミルドレッドはうつむく。
「なんでも背負いこまないで自分の幸せも考えなよ」
「フルルとの小さな思い出があれば私はそれだけで充分、幸せです」
心底嬉しそうに微笑むミルドレッドに母親として胸が疼く。
「これで私はもう国のために、どんな人と結婚だってなんだってできます」
出来た娘だ、本当に。しかし、国の重鎮たちには王女批判を激化させる口実を与えてしまっただろう。
「あんたもフルルについて行きたかった?」
「私には責務があります」
「正直に答えなさい」
ミルドレッドはクロウエアから目を逸らし、ためらいがちに頷く。
「……そうか」
娘に自由すら与えられない母親か。クロウエアは深く息を吐き、目を伏せた。




