偶然
敵軍大将の姿を確認すると、パウルスはその腕に、脚に、力を入れては抜くことを繰り返し、いつでも突撃できる準備を始めた。
だが敵軍大将は周囲に親衛隊員を配し、慢心の様子も見せない。
ここで奇襲を仕掛けたところで親衛隊員の一人を斃すのが関の山、その後は返り討ちに遭ってお終いだろう。それでは意味が無い。
別にこの戦に敗けたとて、ただちに国が侵略されるわけではないが、局面は当然、ブラナテラにとって不利へ傾く。勝つに越したことはないのだ。
だが現状からするに、極めて高い確率でこれは負け戦になろう。それも仕方の無いことか。
そうは思いながらもパウルスは、四肢の準備運動を止めなかった。
ブラナテラ軍の矢が親衛隊員の肩を貫いたのはそのときだった。
偶然にもパウルスの眼前で。偶然にもそれがパウルスから見て敵軍大将の向こう側に起こったことで、隙が生まれた。
パウルスは今が好機と直感し、考えるより先に体が動いていた。
自身の前に積み上げられた石と土とを勢いよく蹴り飛ばし、窪みから躍り出ると、眼前の親衛隊員の左腿を後ろから撫でるように切り裂き、返す刀で大将の首を跳ねた!
さらには唖然とする敵兵をよそに真っ直ぐ駆け抜け、自然の岩場へと身を投じ、夜間に確かめておいた岩陰に潜り込んだ。
以上が事の顛末である。