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日本神紀  作者: flat face
巻第二 神祇本紀 天照と素戔嗚
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第二十五段 天斑駒

 空中に光の矢を何本も浮かべながら高皇産霊は独り言ちた。


「嵐が風を渦巻かせるように光の軌道をねじ曲げたか」


 既に高皇産霊は光の矢を幾つも放っていた。

 しかし、素戔嗚はそれらの軌道を呪能により全てねじ曲げ、突っ立ったまま無傷でやり過ごした。

 光速で発射される光の矢を初めて破られ、高皇産霊はますます興が乗った。


「天照と月読も瞬間移動や時間操作で逃げるなり避けるなりはしていた。だが、ここまで完膚なきまでに打ち破られるとは。楽しくて仕方がない」


「失せろ」


 もっとも、素戔嗚の方は高皇産霊に興味などなく、速やかに排除することしか考えていなかった。

 無数の竜巻を発生させ、それらを素戔嗚は高皇産霊へと四方八方から打ち込んだ。

 けれども、高皇産霊も伊達に別天津神ではなく、自らを包み込むように光を展開させて竜巻を打ち消した。


「なるほど、運動の向きを操り、あらゆる物体を加速するのがお前の呪能か。嵐とは風の運動であるゆえ、空気の流れがあればどこででも巻き起こせる。さあ、もっとその力を振るい、俺を面白がらせてくれ!」


「好い加減ふざけないで真面目にしてください!」


 天斑駒たちを相手にしながら、神皇産霊が高皇産霊を叱り飛ばした。

 闇の穴で引き寄せた天斑駒たちを神皇産霊は重力により地面にねじ伏せ、そのまま行動不能に陥らせようとした。

 けれども、天照の神馬たる天斑駒たちが大人しく這いつくばらされることはなく、再び起き上がっては口から火炎を噴いた。


 太陽は恵みの光をもたらすだけではない。

 浴びれば死を招く光も放射している。

 それを含んだ炎を天斑駒は噴射した。


「信じると言ったのはお前だぞ?」


「それでもです。余りにも遊んでいられましたら、もしものことがあったらと心配でなりません。少しは私のことも考えてください!」


「自分のことだけ心配していろ」


 そう返しながら高皇産霊は呪力を強めた。



 天斑駒は天照の神馬であるため、その炎は彼女の力でもあった。

 飛神明の爆炎がそうだった。

 追い出すことを目的にしていたので、殺傷するほどの威力はなかったが、当たれば神人であっても無事では済まなかった。


 また、天岩戸は広大な洞窟だったが、国之常立が爆発の衝撃を封じ込めていなければ、炎に巻き込まれることは避けられなかった。

 爆発は衝撃を伴ったので、守りに徹した彼が空気の震えを即座に察知し、震動をぶつけて爆炎を相殺した。

 豊受が黒眼鏡の神人に問い掛けた。


「この距離でもまだ無理なのかい?」


 その問いに相手は首を横に振ってみせた。


「国之常立も無傷じゃないってのに困ったもんだね」


 我が身を守る天照の瞬間移動が全自動であるのに対し、国之常立が震動で爆炎を相殺するのは、彼の直感が頼りだった。

 捌ききれないで炎にやられることもあった。

 それを豊受が甘露によって巻き戻した。


 対象に甘露を染み込ませ、そこから読み取られた情報に基づき、その時間を巻き戻すのが豊受の呪能だった。

 つまり例えば国之常立が傷付いても彼に甘露を浸透させれば、傷を負う前の状態に戻せた。

 そうして豊受たちは天照に持久戦を仕掛けられた。


「なに、無事でないのは向こうも同じだ」


 国之常立が指摘する通り天照は呪力が暴走していた。

 瞬間移動は複雑な術式を練り上げねばならず、力が荒れ狂って精密な動作が出来なくなるのも時間の問題だった。

 その時を狙えば、天照を取り押さえるのも難しくはなかった。


 ところが、天照の成長は国之常立たちの予想を超えていた。

 また襲い掛かってきた爆炎に国之常立は震動をぶつけたのだが、炎はそれに共振して更に燃え上がった。

 豊受たちを庇って国之常立は炎に焼かれた。


「お日さんが色んな光を含んどるように自分と相手の呪能を融合させよったんか。そしたら才覚や底力ではあっちが上。向こうの良い様にされてしまうわな」


 黒眼鏡の神人が冷静に事態を分析してみせたが、その結果は絶望的な状況を意味していた。



 何度目かになる光の矢を高皇産霊が素戔嗚へと放った。


「無駄な足掻きをするな」


 天照のような自動ではないが、呪能の力を膜のごとく常に展開させていた素戔嗚は、光の軌道を容易くねじ曲げた。


「どうやらそうでもないようだぞ?」


 しかし、ねじ曲げられた光が更にその軌道を変え、素戔嗚の頬を掠めていった。

 彼の頬に傷が出来て煙が上がった。

 どうしてそのようなことが起こったのか素戔嗚には理解できなかった。


 だが、高皇産霊には何がそうなしたのか分かった。

 他ならぬ神皇産霊によるものだったからだ。

 本来、光がねじ曲がるには多大な重力を要したが、神皇産霊の呪能はそれを可能とした。


 素戔嗚によるねじ曲げは飽く迄も光の直進が前提とされていた。

 そこに神皇産霊の重力が加われば、計算は一気に崩れる。

 湾曲させられた光の矢は螺旋を描き、攻撃の範囲を広げた。


「一体どうするね?」


 けれども、素戔嗚は天照に劣らぬ天才だった。


「無駄な足掻きをするなと言ったはずだ」


「高皇産霊!?」


 湧き上がる積乱雲のように素戔嗚の呪力が高まり、彼の姿が消えたかと思いきや烈風が高皇産霊を巻き込んだ。

 その猛威は正に荒れ狂う嵐を思わせた。

 一千の剣に切り刻まれたがごとく高皇産霊がずたぼろとなって神皇産霊が絶叫した。


典拠は以下の通りです。


素戔嗚尊が一千の剣を立てる:『太平記』


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