第二十四段 岩戸開き
高皇産霊と神皇産霊が素戔嗚と天斑駒の対応に赴くと、天安河に残った天津神たちは、天照を天岩戸から引き出すための話し合いをした。
天照の封印を解くには彼女の呪力と同調する必要があった。
錠前を解錠するには鍵穴に合った鍵を差し込まなければならないのと一緒だった。
そして、それには呪能を解析して道具の形に現される思兼が適任とされた。
ただし、三貴子と同調することは、並大抵ではなかったため、他の神人たちも協力した。
幾つもの道具が用意され、何人もの神人たちが参加し、天照の神として祀る力が再現された。
神鳥である常世長鳴鳥たちが鳴いた。
天安河の河上にある堅い石と天金山の鉄を鍛人天津麻羅が取り、それらで石凝姥命が日像鏡・日矛鏡・八咫鏡を作った。
天目一箇神は茅纒之矛を作り、玉祖命は五百の勾玉を連ねた。
天児屋根命と天太玉命は天香山にいる牡鹿の肩の骨を抜き取り、それを朱桜で焼いた。
天香山からは榊も根刮ぎ掘り取られた。
上方の枝には勾玉の玉飾りが付けられ、中程の枝には鏡の中にて最も出来が良かった八咫鏡が掛かり、下方の枝には白と青の和幣が垂らされた。
太玉も榊を捧物として持ち、児屋根が祝詞を述べた。
それから、天鈿女命が天香山の日陰蔓を襷に掛け、柾の蔓を髪飾りとし、束ねられた笹の葉と茅纒之矛を持って歌い踊った。
鈿女は天岩戸の前に伏せた桶を踏み鳴らし、天香久弓を並べて琴のように叩いた。
彼女は乳を露出させて裳の紐を女陰まで推し垂らした。
天津神たちはそれを囃し立てて高天原を鳴動させた。
◆
天岩戸に籠もった天照は、昼と夜の区別も付かない常闇の中で胎児のようにたゆたっていた。
しかし、彼女は決して赤ん坊ではなく、体を動かさない分だけ頭が働いた。
闇に沈みながらも天照は考えた。
本当にこれで良かったのか?
素戔嗚のために天岩戸へ籠もったと言うが、弟に責任を押し付けて自分は逃げたと難じられても否定できない。
自分が本当にしたいことは何だったのか?
「何を欲していたのだ、貴様は?」
どこからともなく声が聞こえきた。
(素戔嗚や月読に母上と父上、それに、皆と一緒にいたかった)
そのことを疑問に思わないで天照は応えた。
「ならば、どうして貴様は一人でいる?」
(それは……)
「貴様は胎児のようなものだ。その勾玉が象るような」
声は天照が伊邪那岐から譲られた勾玉から発せられた。
それは赤い色をしており、火珠とも呼ばれていた。
頭部が膨らんで尾部が細くなっている勾玉の形は胎児のようだった。
「それを恥じるではない。胎児と同様に貴様はこれからも成長できるのだから。引き籠もるのではなく、我が侭を言って彼らにぶつかってみろ。大日の名において保証しよう」
光明と共に岩戸が開いた。
◆
天手力男神が封印の緩んだ天岩戸を開き、国之常立と豊受がその中に乗り込んだ。
天照の呪力は未だ暴走していた。
それに対抗できるのは別天津神を除けば、国之常立および豊受しか高天原にはいなかった。
「さて……」
「そろそろ頭は冷えたかい?」
封印を解かれて力の暴走が再び活発となり、それに耐えながら天照は二人に身構えた。
「ふむ、どうやらそうでもないらしい」
「それを受け止めるのも大人の責任ってやつだろうよ」
「はは、違いない」
国之常立と豊受は共に笑った。
ここまで来れば諍いもない。
大日の使徒として本分を尽くすまで。
「来るな……」
荒れ狂う力に冷静な思考を妨げられ、防衛本能が天照を過剰防衛に走らせた。
「わたしの側に近寄るな!」
天照の姿が消えた。
それと同時に無数の小さな火球が国之常立と豊受に襲い掛かった。
それは天照が呪力によるもので、飛神明と呼ばれていた。
「防御については任せろ」
「あいよ」
国之常立は地震のように大気を震動させ、それによる衝撃波で飛神明の爆撃を防いだ。
「何とかして天照を癒やしてくれ」
「あんなに飢えた子を放っておけるかい」
先程までいたところとは別の場所に現れた天照を見遣りながら豊受は答えた。
次の瞬間に天照はまた姿を消し、飛神明が国之常立と豊受に襲い掛かった。
天照が呪能を振るったのだ。
太陽は一定の間隔で天空に現出し、等質な時間をもたらす。
また、闇や影に対応するところの光り輝きにおいて等質な空間を析出する。
事物や事象は太陽の光り輝きにおいて等質な時空に整序された様相を帯びる。
それゆえ、時空を支配する天照の呪能は、空間の移動に掛かった時間だけ時を巻き戻して瞬間移動を可能とし、それを自身以外のものにも適用できた。
しかも、自身に危険が及びそうになれば自動的に発動され、日没の太陽が弓引くような弦月から逃れるかのごとくその身を危険より遠ざけた。
そのように厄介な呪能を駆使し、天照は国之常立と豊受を天岩戸から追い出そうとしたのだが、彼らも無策ではなかった。
「やはり卿を同行させて正解だったな」
二人の傍らには黒眼鏡を掛けた神人が立っていた。
典拠は以下の通りです。
天照大御神を天岩戸から誘い出すために天目一箇神が鍛冶を担当する:『古語拾遺』
天鈿女命が天香久弓を並べて琴のように叩く:『御鎮座本紀』
天照大御神が大日如来の火珠を持つ:『麗気記』
大日如来の光明と共に天岩戸が開く:『高野物語』




