第十九段 詔り別き
天照と素戔嗚はそれぞれ神人たちを現出させたが、それは夫婦による神産みではなかったので、子どもたちは天照と素戔嗚が分担して引き取ることとなった。
三人の女神たちは宗像三女神と名付けられて素戔嗚が引き取り、五人の男神たちは正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命や天穂日命と名付けられて天照が引き取った。
名前に「勝」が三つも入っている子らを引き取り、それによって天照は素戔嗚が誓約の試練に勝利したことを受け入れた。
高天原にいる間、素戔嗚と宗像三女神は天照の御殿で寝泊まりすることになった。
妣国へ往く方法を探すのに協力すると約束した天照は、責任感の強さから修行を怠ることなどはしなかったが、それでも、時間を見付けては素戔嗚を手伝った。
高皇産霊や神皇産霊なら何か知っているのではないかと思い、訊いてはみたけれども分からないと答えるばかりだった。
しかし、妣国へ往く方法を探すことそのものにも何も言わなかった。
それゆえ、素戔嗚と天照は自分たちの力で探すことに傾注した。
ただし、そのことを快くは思わない者もいた。
◆
月読は恨めしそうに高皇産霊と神皇産霊を見た。
「どうして姉御殿と素戔嗚を止めないの?」
拗ねたような月読の口調にはいつもより感情が籠もっていた。
高天原にいて葦原中国の父にも黄泉の母にも会えない月読は、姉の天照には苦労を掛けたくなかったので、親代わりの高皇産霊と神皇産霊にだけ幼い面を見せた。
もっとも、それは単なる甘えではなく、幼子のような素直さで月読は高皇産霊と神皇産霊が課す修行に励んでいたため、彼らも問い掛けに応じた。
「あいつらが真剣なのはお前も分かっているだろう? 下手に禁じても裏でこっそりやられるだけだ。ならば、堂々とやらせる方が監督もしやすい」
稚気に満ちた笑みが高皇産霊の顔に浮かんだ。
「面白いことが起きれば、それを見逃さずに済むしな」
「この人は当てになりませんから、もし何かあれば、私が責任を持って対処します」
相変わらずな高皇産霊の頬を神皇産霊が微笑みながら、拳でぐりぐり殴った。
まるで夫婦漫才を見ているかのようだったが、実際、高皇産霊と神皇産霊は夫婦になっていた。
二人が結婚するという報せに天津神たちばかりか、国津神たちも仰天したものの本人たちは何となく流れでこうなったと述べ、質問攻めにされても軽く受け流し、八意思兼神と栲幡千々姫命の兄妹らを産んでいた。
「余り彼らを責めてくれるな」
まだ納得できていない月読に声が掛けられた。
彼女に話し掛けたのは国之常立だった。
なお、国之常立も豊雲野と夫婦になっていた。
「私が彼らに頼んだのだ。好きにさせてやれと。責任は私が持つ」
「いえ、別に私は誰かに責任を取ってもらいたいわけじゃ……」
自分が述べた不満が大事になり、月読は流石にたじろいだ。
高皇産霊と神皇産霊は義理の両親のようなものだったが、国之常立は敬意を払えども家族とはまた少し違った。
そのような神人に責任を取ると言われれば、万が一、椿事があれば家族内の出来事であると言い張れなかった。
「卿が願わずとも私がそう欲するのだ。私は彼らの行いに望みを託したのだから。期待した通りに行かなかったからと言って頬被りするほど私も恥知らずではないつもりだ」
含みのある国之常立の言葉に月読は真意を掴めないで首を傾げた。
◆
高皇産霊や神皇産霊が天照と素戔嗚を放任しているのが月読には不満だった。
別に姉弟の仲良くしていることが嫌であったのではない。
寂しくないと言えば嘘だったが、それどころではないことがあった。
素戔嗚は高天原に来て騒ぎを起こしたが、それについて天津神たちに弁明しないばかりか、天照の御殿に籠もって彼らと関わりを持とうとしなかった。
当然ながら素戔嗚に対する天津神たちの心証は良くなかった。
それは天照が高天原で築き上げてきた信用を失墜させかねなかった。
素戔嗚の気持ちは月読も理解できなくはなかったが、同時にこれまで天照がどれほど頑張ってきたのかも知っていた。
いずれ高天原を統括する神人となるための重圧や厳しい修行に耐え、なおかつ親しみやすいよう馬鹿なことまでして明るく振る舞い、月読にさえ努めて弱いところを見せなかった。
その甲斐もあって天津神たちは天照を敬愛し、彼女に免じて素戔嗚のことも我慢していた。
しかし、我慢にも限度があり、反省していない素戔嗚は、また何かやらかすかも知れなかった。
実際、彼は姉の御殿に寝泊まりしながら、妣国に往く方法を探っていた。
そのことに頭を抱えながら、月読も天照の御殿に足を踏み入れると、稚日女尊が彼女を出迎えた。
「姉御殿は?」
「素戔嗚さまと一緒に田んぼですよ」
稚日女は苦笑しながらも明るい声で返答した。
高天原を背負って立つため、天照には天津神たちを巧みに使役することも求められ、稚日女もそれ故に付けられた侍女たちの一人だった。
曙の力を神として祀る彼女は、曙光のように真っ赤な長髪を緩やかなお下げにし、風船帽を目深に被っていた。
未だ呪能は開花していなかったのだが、そのような神人を使いこなすのも主神の器量だった。
それに、たとえ呪能を駆使できずとも稚日女は仕事を熱心にこなしていた。
また、その雰囲気が朗らかなこともあって人付き合いも良く、月読も天照の近侍として稚日女とそれなりに長く付き合っており、彼女に抱いていた。
「田んぼということは素戔嗚の土弄りをまた手伝っているか」
呪力の安定を確固たるものにするため、神人たちは御殿を構えるだけではなく、農場を経営するなどして環境の整備に努めており、月読は嘆息しながらも天照の営田へと向かった。
典拠は以下の通りです。
八意思兼神が高皇産霊尊の息子、栲幡千々姫命が神皇産霊尊の娘で、思兼と千々姫が兄妹に当たる:『日本書紀』
国之常立神と豊雲野神が夫婦になる:『霊界物語』




