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日本神紀  作者: flat face
巻第二 神祇本紀 天照と素戔嗚
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第十五段 三貴子

「素戔嗚尊、其の子五十猛神を帥ゐて、新羅国に降到りまして、曾尸茂梨の処に居します」(『日本書紀』)

 伊邪那岐が泣き崩れていると、巫女の装束を着崩した天照あまてらすが心配そうに彼の顔を覗き込んだ。


「お腹でも痛くなったのか、父上?」


 金髪を結い上げた天照は、伊邪那美と顔立ちが瓜二つで、伊邪那岐の目頭が再び熱くなった。


「それよりも親父殿の脱いだ衣が全て我らの兄弟になったことをどうにかすべきだろう」


 白衣で男装して銀色の長髪を左右で束ねた月読つくよみが状況を冷静に分析してみせた。


「父者、俺の上着を使え」


 煩わしげに素戔嗚すさのおが軍服の上着を脱ぎ、引っ詰めた赤毛を掻きながら伊邪那岐に手渡した。

 伊邪那岐が陸に上がって素戔嗚の上着をまとう間、天照と月読は手で顔を覆ってくれた。

 ただし、天照は指の間を広げてばっちり見ていた。


 服を着て気持ちも落ち着くと、伊邪那岐は改めて天照たちが有する呪力の大きさに気付いた。

 恐らく禊ぎで最後に生まれた彼らは、天津神である伊邪那岐と黄泉神になった伊邪那美の気が完全に一体化し、強大さでは別天津神に匹敵する黄泉神の力を天津神としての性質が安定させているのだろう。

 力が強すぎるこの子どもたちをどう遇すべきか伊邪那岐は悩んだ。



 一人で考えても仕方ないとの結論に達し、伊邪那岐は天照たちを連れ、高天原に昇って国之常立の御殿を訪れた。

 天照たちは別室で待たせ、伊邪那岐は国之常立と二人きりで話し合った。

 彼はまずここでの話が誰にも聞かれないか尋ねた。


「空亡とのことは聞いた。安心したまえ。私も金剛杵から化生したゆえ、この部屋くらいならば奴の目を多少はごまかせる」


 伊邪那岐は自凝島に戻ってからの出来事を国之常立に語り、そして、少しためらってから問うた。


「最初からこうなると分かっていながら、僕と伊邪那美に国産みを命じたのですか?」


「卿たちがどうなろうと構わないとは今も思っていない」


「すみません、失礼な口を利きました」


「いや、卿には私を詰る権利がある。仏法を広めようとすれば、空亡に妨げられることは分かっていた。如来がいれば十分それに対処できると考えたのが浅はかだった」


 その如来が法力で生じさせた我が身を国之常立は苦笑して眺めた。


「卿も空亡が如何なる存在かその一端は垣間見ただろう。このまま奴の神国が完成してしまえば、卿たちの身に起こったようなことがあらゆるところに広がる。それを挫くものが仏法だ」


「その法を如来の方々が直に説こうとしないのは何でです?」


「被造物は当然ながら造物主と結び付きが固い。創造が完了すればその束縛も緩まるが、それまでは如来であってもこの天地で十全に法力を行使することが出来ず、そうかと言って神国の誕生を座して待ってもいられない」


「そこで、神人を介して間接的に影響を与え、創造へ介入することにしたと?」


「ああ、こちらも空亡の色に染まってしまいかねないがね」


「被造物が造物主を出し抜くなんて本当に可能なんでしょうか?」


「子どもには親離れせねばならぬ時がある。我が子を何人も送り出してきた卿たちなら分かるだろう?」


 水蛭子たちや迦具土らのことが脳裏に浮かび、伊邪那岐は無言で頷いた。



 今後のことを協議するため、天照たちも伊邪那岐と国之常立のいる部屋に招き入れた。

 別天津神に匹敵する呪力をそのまま放っておくわけには行かなかった。

 強大すぎる力は空亡の注意を引くかも知れず、そのような点からも然るべき対策を講じておくべき必要があった。


「それで、わたしたちに何の用なのじゃ?」


 不貞不貞しく天照が国之常立に訊いた。

 どれだけ不貞不貞しいかと言えば、脚を組んで腕も広げ、座布団であるかのごとく無表情な月読の腿に乗っかり、三人は優に座れそうな長椅子を実質的に一人で広々と占領していた。

 素戔嗚は面倒臭そうに長椅子の傍に立っていた。


「ふむ」


 天照と真向かいに腰掛け、同じように脚を組んで頬杖を突いた国之常立が面白がった。


「少なくとも卿より胆力がありそうだな、伊邪那岐」


 隣に控える伊邪那岐へ話し掛けるも応答がなかった。


「どこか具合でも悪いのかね?」


 不審に思って振り返れば、伊邪那岐は顔を押さえながら震えていた。


「いえ……ここまでアホな子じゃないんですけど、その、無邪気なところが容姿ともども伊邪那美を思い出させて愛しさが……」


「……卿も存外にアホではあるがね」


 憐れむような慈しむような微苦笑を浮かべ、国之常立は天照たちへと向き直った。


「いや、何。卿たちの呪能を聞かせてもらった。大層なものではないか」


 天照は太陽の力を、月読は太陰の力を、素戔嗚は嵐の力を神として祀っていた。


「そうじゃろう、そうじゃろう! わたしは最高に凄いのじゃ!! まあ、こやつらも良い線を行っとるがの」


 妹と弟も巻き込みながら天照は自画自賛した。

 生まれた順もあるが、三人の中で最も行動的な天照が長姉、それへ静かに付き従う月読が次姉、両者に引っ張られる形の素戔嗚が末弟という扱いだった。

 そのような三人を伊邪那岐は三貴子みはしらのうずのみこと名付けたが、彼の親馬鹿を無視して国之常立は天照たちに告げた。


「確かに卿たちは凄い」


「ははは、そう本当のことを言ってくれるな!」


「ゆえ、その凄い力とやらを使いこなせるよう訓練するのに相応しい教師を喚んだ」


 突如として感じた気配に天照たちが振り返れば、高皇産霊と神皇産霊が彼らの背後にそれぞれに恐ろしい笑みで立っていた。


典拠は以下の通りです。


月神が女神とされる:『日本紀私記』

天照大御神が国之常立神と繋がりがある:『伊勢二所皇太神御鎮座伝奇』


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