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日本神紀  作者: flat face
巻第五 天孫本紀 饒速日と瓊々杵
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第百一段 淡路島

 地底湖の光に忍穂耳たちは魅入られた。

 緑がかったその青い光は、地底湖の水それ自体から放たれており、思わず引き込まれてしまいそうなほど美しかった。

 しかし、長く見ている内に酔いを覚え、気を抜けばその中に落っこちてしまいかねなかった。


「黄泉から流れ込んだ呪力が濃縮されてやがんのか」


 湖に落ちたらとんでもないことになってしまうだろう。


「っ!? 伏せてくだせぃ!」


 三人が後ずさった瞬間、猿田彦が残りの二人にそう指示した。

 彼が空間に道を開くと、何かがそこを通り、背後の岩壁に当たった。

 猿田彦は空間にも道を開通させられ、それは亜空間に繋がっており、その中にいる間は、現実の空間に干渉できなかった。


「苦無?」


 岩壁に当たったものを見て千々姫が呟いた。

 彼女が言う通り岩壁には苦無が何本か刺さっていた。

 ところが、気付けばその苦無が一人の神女に入れ替わっていた。


「じっとしててくださいよ!」


 神女が苦無を投擲し、再び猿田彦が道を開いた。

 苦無はまた道の向こうにある岩壁に刺さった。

 いつの間にか神女は姿を消していた。


「何者なんですかぃ?」


「絆の力を神として祀る神人だね」


 答えなど期待していなかった問いに千々姫が回答し、猿田彦は驚いて彼女を見た。

 千々姫は岩壁に刺さった苦無に呪能の糸を絡ませていた。

 そこから相手の情報を読み取ったのだ。


「縁が結ばれた者を召喚できる。今は自分の持ち物である苦無を利用し、自身を移動させてるって感じかな。違う?」


 にっこりと千々姫が笑みを向けた先には先程の神女が苦無を構えていた。



 神女は苦無を虚しく通過させる猿田彦や、自分の呪能を看破した千々姫を警戒しているらしく、直ぐには仕掛けてこなかった。

 千々姫は神女に問い掛けた。


「名前くらい教えてくれない? 呪能も知られちゃったんだしさ。私は千々姫っていうんだ」


「侵入者に教える名前なんてない」


 再度、神女が苦無を投擲した。

 それに猿田彦も道を開いたが、わざと一本の苦無をあらぬ方向に投げていた。

 それは猿田彦の死角にあった。


 その苦無を縁とし、神女は猿田彦が対応できぬ地点に移動した。

 そして、彼に狙いを定めた。

 神女の呪能が功を奏していないのは、猿田彦が苦無を虚しく通過させているからだった。


 千々姫の呪能も脅威ではあったが、純粋な武力としては問題にならなかった。

 猿田彦を仕留めた後でどうにでも出来た。

 だから、彼女はまずは猿田彦を確実に仕留めるべく意識を集中させた。


 しかし、それは致命的な間違いだった。


「はい、残念」


 何も出来ずにへらへらと突っ立っていた男。

 忍穂耳が呪力の弾を指先から神女へと撃ち込んだ。

 それは舅である高皇産霊の光の礫に似ていたが、効果は全く違うものだった。


「っ!?」


 忍穂耳の早撃ちは目にも留まらぬ速さで、なおかつその精度は驚くほど正確だった。

 経絡に呪力の弾を撃ち込まれた神女は、呪能が上手く働かないばかりか、力が荒れ狂って激痛に苛まれた。

 それが忍穂耳の呪能だった。


 忍穂耳は稲妻の力を神として祀った。

 稲妻は妻である大地に天空から稲という子をもたらすので、そう呼ばれていた。

 それ故に忍穂耳は自分の呪力を弾として撃ち込み、相手の力の流れに異変を起こして狂わせることが出来た。


「さあて、弾の貯蓄は十分だし、知ってることを残らず吐いた方が楽だぜ?」


「その必要はない」


 忍穂耳たちのでも神女のでもない声が遮った。


「正直、騒ぎで起きたばかりで良く分からないが、菊理媛くくりひめが何か粗相をしたのなら謝ろう。ただし、君たちに非があるのなら、娘を全力で守らせてもらう。さあ、この伊邪那岐大神いざなぎのおおかみにわけを話してくれないか?」


 声がしたのは洞窟の岩壁だった。

 そこに声の主はいた。

 黄泉津大神である伊邪那美の背の君たる伊邪那岐だった。



 忍穂耳たちは伊邪那岐に驚いた。

 伊邪那岐と出会えたことに驚いただけではない。

 彼の姿にも驚いた。


 伊邪那岐は下半身が岩壁に埋まっていた。

 上半身も両腕が洞窟に埋め込まれていた。

 しかし、異様であるのはそれだけに限らなかった。


 伊邪那岐は殆ど骨と皮ばかりになっていた。

 ただ眼ばかりが爛々と輝いていた。

 忍穂耳たちはそのような伊邪那岐に微笑まれ、背筋に悪寒を走らせた。


 黄泉から流れ込む呪力を分解するのは、余程の消耗を伊邪那岐に強いたのだろう。

 それでも、伊邪那岐は鬼気迫るほどの覚悟で呪力を分解していた。

 伊邪那美と共に生んだ葦原中国を守るために。


「君たちは誰なんだい?」


 伊邪那岐の問いに忍穂耳たちが答えた。


「天之忍穂耳命。天照大御神と素戔嗚尊の誓約で生まれた」


「栲幡千々姫命。高皇産霊尊と神皇産霊尊の娘だよ」


「猿田彦命。その甥っ子に当たりまさぁ」


「そうかい……」


 それぞれの名乗りに伊邪那岐は目を細めた。

 それは遙か過去を懐かしんでいるかのようだった。

 それでも、忍穂耳たちが悪寒を覚えたのも間違いではなかった。


「この洞窟にある全ての呪力を分解しているけど、それを読み取る限り嘘ではなさそうだね」


 伊邪那美との子である葦原中国を守ろうとする伊邪那岐に手加減は存在しなかった。


典拠は以下の通りです。


黄泉津大神の伊邪那美神と対をなして伊邪那岐神が伊邪那岐大神と呼ばれる:『古事記』


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