×栞ー05(下前上)
「茉莉君、こういう言葉を知ってるかい?」
ふいに、今までの話の流れをばっさりと断ち切って、栞が言った。
「そうなんだけど、僕が思うに数学っていうのはやっぱり―――え?」
何の前触れも無く話が変わったので、対応が遅れる。
え?【算数強度】の話はもういいの?
数学レベルじゃない、小学生くらいまでの算数を、どれだけの人がきちんと本質まで理解しているかという。
…………いや、まぁ僕はどっちでもいいんだけど。結構どうでもいい話だし。
それにしても急に話が飛んだな。
まぁ駄目って訳じゃないけど。
そこらへん、やっぱり栞も女の子なんだなぁ、となんとなく思った。
「……………どんな言葉?」
「前を向くのは、上を向くことよりも難しい。」
また何か哲学的な事か?普通に考えたら、その運動に使用する力とか、明らかに前を向く方が簡単に思うんだけど。
「………それはどういう意味で?」
「言葉通りだ。」
「よく分からない。」
「少しは考えなよ、だから君は馬鹿だというんだ。自分で考える事を止めると、思考が停滞するぞ。……そうだな、じゃあ、一番楽なのは、どの方向だと思う?」
さらりと罵言を投げかけないで下さい。
じわりじわりと確実に傷つくから。
「下、じゃない?」
「そうだ。……なんでそんな自身なさ気に答えるんだ。」
いや、何か引っ掛け問題かと。
「いろいろ考え方があるから。」
「ふん。じゃあ、前と上は?」
「前。」
「何で自信満々に答えるんだ。」
呆れ顔で言う栞。
じゃあ僕はどうすればいいんだ。
「物理的な問題じゃないんだよ?これは精神的な問題だ。」
「そんな事を言われても。」
「前向きに行き続ける事が大事だと言うんだ。…………もういい、なんだか疲れたから今日は帰る。」
何で機嫌悪くなるんだよ。
分からないものは分からないんだから仕方ないじゃないか。
栞が出て行ってから、僕が一番に思ったのは、それでもやっぱり、上を向くほうが難しいんじゃないかという事だった。
上を目指し続けるのも、同様かそれ以上に難しいのではないか、と。




