ノエルの迷い
「それは、どういうことですか?」
「言葉の通り。 君に王様になってもらいたいんだよ。 この国のね」
なんでもないように答えるエルモンドに、ノエルは慌てて否定する。
「いや、ちょっと待ってください! 僕は王になりたい訳じゃなくて、聖帝がしようとしていることがなんなのか確かめて、それを阻止する為に・・・」
「その通り。 でもそれをするには既に君が王になるしかないんだよ」
エルモンドの真剣な眼差しにノエルは気圧される。
「おいちゃんと説明しろよ。 場合によっちゃ俺達も本気でキレるぞ」
リナはエルモンドを睨み付けた。
ノエルを王にする、それはリナ達にかつてのノルウェを連想させることだ。
ノエルを父親のノルウェの様に死なせることはしたくない。
それがノエルと旅をして来たリナ達の共通の思いだった。
「そんな怖い顔しないでよ。 ちゃんと理由があるんだよ」
エルモンドはニコッと笑うと再び表情を引き締める。
「もしこれがノエル君が旅を初めて初期だったらまだ王という選択肢はなかっただろう。 だけど恐らく君が旅を初めて2年近くが経っているはずだ。 その間聖五騎士団との戦闘など色々あっただろう。 となると、どうしてもこんな話が出る<魔帝の息子が聖帝の地位を奪おうとしている>とね」
「僕はそんなこと・・・ 」
「君の意思がどうかではない。 どうやら君達の出来事は秘匿にされているみたいだけど、どうしたって噂は広がる。 聖五騎士団内部、反聖帝派、アルビア事態に怨みを持つ者、そして市民達。 それらの人々が魔帝の子が五魔を集めて聖帝と問題を起こしているとなると、自ずとそういう話になる」
「勝手なもんだな。 なんにも知らねぇくせによ」
「人なんてそんなもんさリナ。 彼等は知らないなりに手に入れた情報を必死に分析して自分なりの答えを出しているに過ぎない。 例えそれが真実でなくとも、少なくともそうやって安全に過ごすための手段を模索しているんだよ。
そんな人達がもし、ノエル君が聖帝のラミーア復活を阻止する為に動いたと知ればどうなる? 反聖帝派や旧魔帝勢力は確実に君に手を貸し各地で戦火が上がる。 それに乗じてアルビア国に怨みを持つ勢力も動くだろう。 また聖帝側も君がもはや無視できない存在であると知っている。 周辺諸国とどう動くかわからない。 君がこのまま動くということはそれだけ大きな争いを生むということだよ」
エルモンドの説明にショックを受けたノエルは、自身の行動の軽率さを思い知った。
自分はただ父が守った平和を守ろうとしただけだった。
その行動自体が、この国の平和を壊すことになるなんて・・・。
ノエルはなんとか冷静になろうと、エルモンドに質問した。
「それで、なんで僕が王にならないといけないんですか?」
「簡単に言えば他勢力の暴走を抑える為、そして聖帝との戦いを長期化させないためだよ。 君が王となる宣言をすれば、少なくとも先程言った中で反聖帝派、旧魔帝派は此方に集結するだろう。 君を王にする為にね。 更に君が王を宣言すれば周辺諸国も君がどういう意図を持つか見極める為そう簡単には動けない。 特に君の父親には痛い目に有った国も多いから尚更慎重にならざる負えないしね。 そして勢力が集まれば、聖帝側にこんな考えが浮かぶ。 聖帝に逆らう者を一網打尽にする好意ではないかと。 そこで一気に攻めるか、もしくは反乱勢力が全て集結するのを待つかで向こうも意見が別れる。 聖帝側も迂闊に攻めてこなくなり、少なくとも無闇に各地で戦火が起きなくなる。 後は・・・リナ達が怒りそうだけどアルビア国自体に怨みを持つ者達の殆どが魔帝であるノルウェ君に怨みを持っている。 つまり・・・」
「てめぇ! そいつらにノエルを襲わせる気か!?」
「ぎひゃ~!? リナ、おちつぐえ!?」
エルモンドはリナに襟首を捕まれ吊し上げられる。
レオナやジャバがリナを落ち着かせると、エルモンドは下ろされケホケホと小さく咳き込む。
「君らが怒るのもわかるけど、それがこのまま行動するなら必要なことなんだよ。 そうすることで彼等の敵意を此方に向けることで、少なくとも民への攻撃は治まるんだよ」
「だからって・・・」
「リナさん、大丈夫です。 大丈夫ですから」
まだ納得していないリナを宥めると、ノエルはエルモンドに向き合う。
「それが、僕の王にならなくてはならない理由ですか?」
「まあね。 付け加えれば、この戦いで君が王にならなくともフェルペスは王としての信用は大きく失うだろう。 少なくともラミーアの事が明るみになるだろうしね。 そうなればどのみちフェルペスは退位せざる負えない。 もしくは王の座を奪おうと内部で争いが起こるだろうね。 そんな混乱を生まない為にも、新たな王が必要なんだよ」
沈黙が流れる中、エルモンドはふひひと笑う。
「まあ、急にこんなことを言われても色々整理もつかないだろう。 今日は色々会って疲れたし、一晩ゆっくり考えるといいよ。 王となるか、それともここで止めるか」
エルモンドは立ち上がるとノエル達に背を向け、自身の小屋に歩み始める。
「あの、師匠」
「ん?」
後ろに続くイトスの声に、エルモンドは首だけそちらに向けた。
「あいつ、大丈夫なんですか?」
「どうだろうね~。 リナ達を集めた時点で彼の覚悟の認めるけど、王となるとまた別の覚悟がいる。 そして彼はそれを理解している。 だからどう転ぶかは僕にもわからない。 心配かい?」
「いや、その・・・」
「ふひひ、まあそう気にする事はないよ。 それよりイトス、君も身の振り方を考えなきゃね」
「え?」
エルモンドの突然の言葉にイトスは足を止める。
「だってそうだろ? どちらに転ぶにしろ、もうここにはいられない。 まあ彼が断念すればまたどこかに身を隠すけど、付いていくことになった場合、君はどうする?」
「俺は・・・」
「おっと、僕が行くから行くなんてことは言わないでよ。 折角この3年で得た君の自立性を壊したくない。 着いていくにしろそうじゃないにしろ、ちゃんと自分で考えなさい。 それこそが、今君がすべきことだ」
エルモンドはニッコリ笑うと、立ち止まるイトスを置いて小屋に入っていった。
その日の夜、リナは落ち着かないようにウロウロしていた。
「なにやってんの?」
リナが振り返ると、レオナとリーティアに抱えられたクロード、ジャバが立っている。
「なんだよお前ら。 みんな揃ってどうかしたか?」
「ちょっとモヤモヤしててね。 多分君と同じ理由で」
クロードはそう言うとリーティアの手を借りながらリナの隣にやってくる。
「ノエル君のこと、どうする気なんだい?」
「あいつが決めることだ。 俺がどうこうすることじゃねぇ」
「とかなんとか言って、本当はなに言っていいかわかんないからそうやって落ち着かないんでしょ?」
図星を突かれたリナはレオナを睨むが、レオナ本人は全然気にしていない。
「まあ、皆同じ感じよ。 正直なんて言ってあげればいいか全然わかんないもの」
「おれ、ノエル励ましたいけど、わからない」
「仕方ないよ。 王になるということはそういうことだ」
エルモンドの言っていたことは正論だ。
実際このまま続けば大きな混乱を生み、やがてその戦火は民にも及ぶ。
ならば王を宣言し、ある程度勢力をコントロール出来るようにするのが得策だし、そうなればフェルペスに代わる王が必要なのも当然だ。
だが王となるということは、民全ての命を背負うということ。
自分の決断1つで多くの民が犠牲となるかもしれない。
ましてや聖帝との戦いは避けられない状況である現状から考えると、確実に犠牲は出る。
このまま続ければ関係ない人が死ぬ、だがこのまま引き下がればラミーアという強大な怪物が災厄をもたらすかもしれない。
ノエルの心にかかる負担は、恐らくリナ達の想像以上だろう。
「たく、ラミーアだ昔の五魔だと訳のわかんねぇ話の後だっていうのによ。 エルモンドの野郎めんどくせぇこと言いやがって」
悪態をつきながらリナもエルモンドの言葉の正しさを理解していた。
ライルの件もありノエルになにかしらしてやりたいという思いもあるが、ノルウェの王としての最後を知り、かつノエルの想いも知るリナには、王となることを肯定することも否定することも出来なかった。
そんなもどかしさから、リナはイライラを募らせる。
「だぁ~!! もうめんどくせぇ! とりあえず飯だ飯! 何か喰ってから考かる!」
「同感。 こんな空気で考え事してたら余計気が滅入っちゃう」
レオナ達も賛同し、小屋の近くに作った簡易型の大型厨房へと移動した。
これはゴブラドがノエルの為に外でも大人数の料理を作れるようにと用意したもので、現在また襲撃があってもいいようにと待機しているゴブリン達がいそいそと世話しなく動いていた。
「おいノエル! 飯だ飯・・・ん?」
「あ、皆様、もう少しで出来ますので少々お待ちいただけますか?」
厨房にはリムを始めとした生活班のゴブリン達のみで、ノエルの姿はなかった。
「ん? ノエルはどうした?」
「実は先程から姿が見えなくて、てっきりリナ様達と一緒だと思っていたのですが」
リムもノエルがリナ達と一緒ではないことに若干戸惑っているようだ。
「あの野郎・・・」
ライルの時と同じ嫌な予感がし、リナ達は厨房から外へと飛び出した。
「夕飯・・・サボっちゃった・・・」
ノエルは空を見上げながらそう呟いた。
ノエルは前に倒れた時以外、今まで食事の準備をしなかったことはない。
どんな時でもその時ある食材で皆の好物や栄養のある献立を考える。
最近はリム達ゴブリンやレオナが手伝ってくれるのもあり、料理をしながら会話をしたりもする。
その時間はノエルにとって一番心が安らぐ時間であり、作った料理を美味しそうに食べるリナ達を見ると暖かい気持ちになる。
だがそんな料理も、今のノエルはする気になれなかった。
自分のしてきたこと、するべきこと、それによる影響、それらがノエルの頭の中をグルグル巡る。
やらなければならないことは分かっている。
それでもそれを消すことは出来ない。
どうすればいいのか、そんなことを考えている内にノエルは森の奥へ奥へと進んでいってしまった。
「ここどこだろう。 皆のいる場所は・・・」
ノエルは辺りを見回すがどこも似たような景色で、自分がどこから来たのかもわからない。
当然目印なんて付けていない。
「またリナさん達に迷惑かけちゃう」
ノエルはリナ達のことを思い、小さく息を吐いた。
「へへ、漸く見つけたぜ」
突然背後からした声に驚き、ノエルは慌てて振り向いた。
「!ライルさん!」
驚くノエルに対し、ライルはへへっと笑った。
 




