チャンスを逃すな
親方マッドと商人アルフレッドは図面を片手に建築現場を指差しながら話していた。金髪イケメンを含めた警護の男達は仕事の邪魔にならないように少し離れたところで待機していた。
その光景を眺めながら自分をどう売り込もうかと考えていた。
いきなり雇ってくださいと言ったところで飴に釣られた、ただの子供だと勘違いされる可能性が高い。
そうならない為にもメリットを提示しないといけない。
一つ目、文字の読み書きができる。幸いにもこの城壁都市ウォンツアは識字率は高くない。近所の同年代の子達は全くといっていい程読めない。ましてや大人でさえも簡単な文字の読み書きできない者いるのだから驚いた。この都市では読み書きの可不可でつける仕事も変わるし役職も変わる。それを知ってからは、読み書きができるロン爺に自分の小遣いを勉強代として支払い必死に覚えたものだ。
二つ目、計算ができる。これに関して前世の知識が残っていたのがかなり大きい。子供や大人でも簡単なお金の計算はできる。けれど計算額が大きくなる、一つの会計を3.4人で分ける場合の計算はできなくなる者がほとんどだった。
この二つができることは有利に働くとは思う。人を一から育てるのは時間がかかる、だからこそ教育済みの子供となればコスパはいいと判断してくれるだろう。
けれど気になることもある、彼はさっき王都での仕入れ話をしていた。王都の教育レベルがどの程度なのか俺には皆目見当もつかない。城壁都市ウォンツアと違って識字率、計算力が高いとなればわざわざ見知らぬ子供を雇うメリットがない。
もう一つか二つ彼に提示できるメリットがあったほうがいいだろう。その為にもアルフレッドの商会がどんな商売をしているか、彼がどんな人物なのかを知らないといけない。意を決して先程話をかけてきた金髪イケメンの元へ歩いていき話かけた。
「お兄さん、こんにちは!少し聞きたいことがあるんだけどおしゃべりして大丈夫?」
「ん?あぁ、君はさっきの。今は休憩中だから構わないよ」
俺は子供らしく、嬉しそうに輝く様な笑顔を作り勢いよく頭を下げた。
「よかった!改めまして僕はルーペックです、よろしくお願いします」
「俺はミズートだ、よろしく。聞きたいことってなんだい?」
俺はアルフレッドから貰った飴玉入りのガラス瓶を手のひらに乗せ、ミズートに見せた。
「これけっこう高いですよね、子供の僕でもわかります。それなのにあの人――アルフレッドさんは、ただ親方を呼んだだけの僕に、これをくれました。あの人はいったい何者なんですか?」
「君はウィリアム商会を知っているかな?」
ミズートはそう切り出すと、ウィリアム商会の規模、アルフレッドの商会での立ち位置などを教えてくれた。
彼の話によると、ウィリアム商会は王都の本店を筆頭に、周辺都市の支店、そして今まさにここで建設中の新店を合わせれば、国内で八つの拠点を構える大商会であるらしい。
そしてアルフレッドは商会長の次男であり、販路拡大を担当してわずか数年で全体の売上を倍にするほどの辣腕を振るう商人だそうだ。
話を聞き終えた瞬間、俺の心は決まっていた。国内屈指の大商会、その筆頭と言ってもいい人がすぐそこにいる。このチャンスを逃せば、俺の理想は手に入らないかもしれない。
俺は手の中のガラス瓶を握りしめ、ミズートの目を真っ直ぐに見据えた。
「単刀直入に聞きます。僕がアルフレッドさんの商会で働くためにはどうしたらいいですか?」
金髪イケメン改めミズートは俺の質問を聞いた瞬間、先程までの温和な雰囲気が薄くなり目を細めた。
「ルーペック、君は今、うちの商会がどれくらいの規模か分かっただろう?なのにも関わらずうちで働きたいと思うのかい?」
ミズートは小さく笑ったが、目は笑っていなかった。暗に夢を見るのは辞めなさいと告げているようだった。
だが俺には叶えたい夢が、理想がある。ここで怯む訳にはいかない。
「僕はいま7歳だけど、文字の読み書きもできるし、計算もできます」
「だったら今から言う言葉を地面に書いてみせてくれ」
ミズートは近くに転がっていた木の枝を拾いあげ、俺に差し出してきた。
それを受け取った俺は、膝を曲げてしゃがみこみ文字を書く体勢をとる。
彼が果物、動物、人の名前を読み上げていく。俺はそれを読んだ順番に地面へと書き起こした。
「へー……嘘じゃないんだな。なら、次は文章を書けるか確かめさせてもらうよ」
いくつかの単語をすんなりと書き起こした俺に、ミズートは少し驚いた様子だった。だが、すぐに面白がるような視線をこちらへ向け、文章が書けるかを試してきた。
俺は躓くことなく彼が喋る文章をスラスラと地面へ書き起こしていく。
「ふむ、よし。次は計算力を確かめさせてくれ」
ミズートの眼は子供を見る目では無くなっていた。一人の人間として、これから仲間に加えるべきかを見極める、真剣なものになっていた。
彼がまず出してきた計算問題は
「合計金額が銀貨2枚、銅貨8枚の取引を、金貨1枚で支払った。お釣りはいくらになる?」というものだった。
この時代、銅貨10枚で銀貨1枚に、銀貨10枚で金貨1枚にといった枚数の数え方をする。正解の釣り銭は銀貨7枚と銅貨2枚だ。
俺がその答えを伝えると、ミズートはさらに類似した問題を二、三問投げかけてきた。だが、それらも難なく解答していく。
「素晴らしい、計算が早いし迷いがない。飴をあげた甲斐があったかな?」
ミズートとの問答に夢中になっており気が付かなかったが、いつの間にかアルフレッドがすぐ後ろに立っていた。
ハッとして振り返ると彼の目線は地面へと注がれ、そこに書かれている文字、数字をジッと見つめていた。やがて、彼は静かに顔を上げた。
彼のキッとした切長の理知的な瞳が、まっすぐに俺の目と重なった。
「私の名前はアルフレッド・ウィリアム。少年、君の名前を教えてくれ」
「僕の名前はルーペックです。――あなたの商会……いえ、僕をアルフレッドさんの下で働かせてください!お願いします!」
俺は自身の熱意を伝えるべく、大きく張りのある声を出し深く頭を下げた。
深く頭を下げ、じっと返答を待つ。張り詰めた沈黙のなか、心臓の鼓動だけがやけにうるさく耳の奥で跳ねていた。




