第十一夜「胡蝶の夢」
春だった。
長い冬が、
終わっていた。
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桜が咲いている。
雨雪があった場所にも。
花街の道にも。
川沿いにも。
どこまでも。
どこまでも。
薄紅色だった。
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「……綺麗ね」
紅が呟く。
赤い傘は、
今日は閉じたままだった。
隣では冬乃が空を見上げている。
白布はない。
火傷は消えていない。
それでも。
もう隠してはいなかった。
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暁は苦笑する。
「ようやく春か」
誰に言うでもない声。
獏は鼻を鳴らした。
「遅ぇよ」
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花街は賑わっていた。
笑い声。
三味線。
酒の香り。
まるで。
何もなかったみたいに。
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けれど。
皆が知っている。
同じ春は、
二度と来ないことを。
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宴が始まる。
桜の下。
人も。
妖も。
夢も。
現も。
境界なく集まっていた。
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夜叉は少し離れた場所にいた。
相変わらず不器用な顔で。
胡蝶が笑う。
「来てくれたのでありんすね」
夜叉は目を逸らした。
「うるさい」
それだけだった。
けれど。
帰らなかった。
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風が吹く。
桜が舞う。
白い蝶が混じる。
誰かが息を呑む。
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胡蝶だった。
桜の下に立っている。
いつもの簪。
いつもの微笑。
けれど。
どこか違った。
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獏が言う。
「調子はどうだ」
胡蝶は少し考える。
そして。
笑った。
「痛みます」
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獏が眉を寄せる。
胡蝶は続けた。
「でも」
桜を見上げる。
花びらが頬を掠める。
「悪くありんせん」
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暁が目を細める。
紅が鼻で笑う。
冬乃が少しだけ笑う。
夜叉が黙る。
獏が肩を竦める。
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それで十分だった。
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宴は続く。
笑い声が響く。
桜は散る。
夢のように。
けれど。
夢ではない。
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胡蝶は空を見る。
青かった。
どこまでも。
どこまでも。
青かった。
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その時。
ひとひらの桜が落ちる。
掌へ。
胡蝶はそれを見る。
静かに。
本当に静かに。
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そして。
小さく微笑んだ。
「春でありんすね」
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風が吹く。
桜が舞う。
白い蝶が舞う。
誰かの夢が終わる。
誰かの夢が始まる。
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花は散る。
夢は覚める。
それでも。
人は生きていく。
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だから。
宴は続く。
今夜も。
明日も。
春が終わるまで。
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桜吹雪の向こうで。
胡蝶が笑った気がした。
それは。
夢だったのか。
現だったのか。
もう誰にも分からない。
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けれど。
確かに。
そこには春があった。




